第277話
六郎の配下の鷺山衆との話し合いは一子様の配下に納まる事で落ち着いた、実際に四子の一族みたいに皆殺しで喰われたら堪らないだろう。
残りの当主陣は八郎だけ、彼の本拠地は岐阜県にある白山(はくさん)を信仰の山として崇める土着信仰の一族っぽい。
色々調べたのだが、イマイチ良く分からないのが本音だ、石川県と岐阜県に跨る白山は霊峰として多くの信仰を集めている。
717年(養老元年)に泰澄上人が開山したと言われ、905年(延喜5年)には古今和歌集の中で「しらやま」として詠われている。
最後の噴火は1659年6月(万治2年)に噴火し周辺に甚大な被害を及ぼしている、その後に江戸幕府の直轄領となっている。
昭和30年代には白山国定公園に指定され最近はパワースポットとして見直されている。
だが八郎との繋がりが分からない、八郎の基盤が霊峰白山と白山神社の関係は無い。
白山神社の祭神は菊理媛神(白山比咩神、ククリヒメのカミ)・伊弉諾尊(イザナミ)・伊弉冉尊(イザナギ)の三柱を崇めている。
だが白山神社は全国に点在する、東北地方で17社・関東甲信越で16社と亀宮一族の支配地域では合計33社と少ないのだが、加茂宮一族の支配地域・岐阜県だけで21社・愛知県では60社と近畿地方82社の殆どを占めている。
因みに伊集院一族の支配地域である四国と九州では合わせても10社と少ない。
この数ある白山神社が八郎の逃走の手助けをしているかと言うと違うのだ、奴は加茂宮一族の中でも異端的存在らしい。
電車を使った逃走、微妙に痕跡を残す。それは追跡者にあと少しで捕まえられると錯覚を起こさせる罠だと僕は考えている。
だが何時までも逃げ切れる訳でもないし、逃げ勝ちも無い。既に残りは3人で一子様と九子は別格の強さだ。
何か逆転の隠し玉が有るのか、単に逃げる事しか出来ないから逃げているのか八郎は何を考えているのだろう。
◇◇◇◇◇◇
八郎の捜索は一子様の手の者(ファンクラブ)に任せるしかない、僕は人探しには向かない戦闘要員だ。
だが八郎の本拠地である岐阜県の白山信仰について調べる事にした、一子様は鷺山神社に暫く滞在する事にしたので一室とパソコンを用意して貰う。
「先ずはネットで情報を調べるか、最後まで生き残っている八郎の秘密を調べるには奴の力を調べるのも一つの方法だ」
妙に豪華な和室に置かれた机とノートパソコンがミスマッチだが仕方ない、しかも急須やポットとお茶の準備も万端だ。
最初は巫女さんが部屋の隅に座ってお世話をすると言われたが丁寧に断って退出して頂いた。
多分だが鷺山一族は一子様の傘下に加わったが、彼女が最も信頼してるパートナーと僕を紹介したのが原因か……
白山信仰、加賀国・越前国・美濃国(現石川県・福井県・岐阜県)に跨る霊峰白山連峰は山岳信仰で有名だ。
原始的な山岳信仰、「命を繋ぐ親神様」とも言われ水神や農業神として崇められている白山から齎される神水も信仰の対象。
白山も水源とする川は九頭竜川に手取川・長良川流域を中心にしている。
山岳信仰は修験者によって全国に広められて行き、白山は修験道として体系化して行った、俗に言う熊野修験と並ぶ白山修験だ。
僕は修験道絡みが八郎の力の根源と睨んでいる、一子様も八郎の配下には山伏(やまぶし)が多いと掴んでいる。
そして八郎のあだ名は仲間内では『カラス天狗』と言われ恐れられているとも掴んでいる。
加茂宮の当主陣として八郎の名前を貰う前は若王子(にゃくおうじ)実篤(さねあつ)と言う大層な名前だ。
この若王子だが、十一面観音や天照大神と同一視している宗派も有る。熊野那智大社大五殿に祀られる神様だが関連が有るのか?
そもそも白神を信仰している筈だが熊野信仰も混じっている、実際にどうなんだ?
「調べれば調べるほど分からない、変に先入観が無い方が良いのか?」
「なんだ、肉体派の癖にパソコンで調べ物とはギャップが凄いぜ」
六郎の養子だった鷺山忠臣(ただおみ)が部屋に入って来た、勿論近づいていたのは察知していたがノックも無しに……って襖じゃ無理か。
「使える物は何でも使う、現代の除霊は情報も重要だ。手っ取り早いネットで調べてから裏を取る、何か用か?」
敵意が剥き出しだな、金的攻撃はしたし術具も奪ったから仕方ないか……
「昼飯だ、アンタって本当は一子様の情夫じゃないのか?あの女帝が男の為に動くとか信じられないぞ」
凄い微妙な顔をしているが、変な噂はお断りだぞ。まるで亀宮さんから寝取られたみたいな扱いは嫌だ。
女帝といか女王様だな、男は平伏す奴隷でしかない……と思われているだろう。
「僕と一子殿は協力者だ、共に九子に狙われているから利害が一致している。だが互いに見捨てはしない、一蓮托生・呉越同舟の関係かな」
「嘘だ、死ぬときは一緒で共に生き残ろうって亀宮一族の御隠居衆の前で啖呵を切ったって知ってるぞ」
え?そんな話だったか?彼女が死ねば契約は無効だから共に生き抜いてから報酬を決めようだったと思うのだが……
「いや、違うぞ。そんな事は……」
「早く大広間に来てくれ。なんで俺が伝令なんだよ、しかも急所は蹴るし術具は返さないとか酷くないか?」
さっさと背中を向けて着いて来いって感じで歩き出した、特に否定が出来ないので黙って付いて行く。
「なぁ?」
「何だ?」
此方に顔も向けないが声質は真剣だ。
「本当に親父殿は殺されたのか?」
「ああ、加茂宮一族の当主争いとはそう言う事だ、殺し殺される関係だからこそ僕と一子殿は手を組んだ。油断すれば殺される」
「そうか……現代日本なのにな、生きるか死ぬかって何だよ」
ポツリと呟いた言葉に彼が未だ学生だと気付かされた、特殊な家系に生まれても未だ未成年なんだ。
「日本霊能界の御三家の一角、加茂宮一族の次期有力者だろ。生き残りの爺さんを支えてやれよ。僕も好き好んで敵対はしないさ」
亀宮一族は加茂宮が衰退しても積極的に支配下拡張には乗り出さないだろう、だが伊集院一族は阿狐ちゃんは違うな。
彼女は新興勢力故に一族を纏める為にも攻めに転じる可能性が高い、一応九子を倒すまでは不干渉をお願いしたがどうだろう?
「へっ、アンタに言われる筋合いは無いけどさ。勿論祖父様を支えるのは俺の仕事だ」
「あの爺さんも良い孫を持ったな。必ず一子殿を勝たせて見せるから、お前も頑張れ」
頭を軽く叩く、少しだけ年相応な笑顔を見せた。そう言えはこの年代の少年と話すのって初めてじゃないか?
前に山崎不動産絡みの仕事で知り合った進藤貴也(しんどうたかや)は典型的な甘ったれニートだったし。
「なに?私を待たせて男同士でじゃれ合わないでくれるかしら?」
「「げ?一子殿(様)」
あまりに遅い所為か態々呼びに来てくれた一子様が腕を組んで仁王立ちしていた、忠臣の怖がり方が異常だな。
「そんなに怯えるなよ」
「アンタ、華扇に張り付けていたウチの精鋭のなれの果てを知ってるか?ああは成りたくないぞ」
精鋭?ああ、あの一子様の瞳術で支配下に置かれた連中か。あの後はどうなったんだろうか?聞きたくても怖くて止めた。
◇◇◇◇◇◇
一子様が用意してくれた昼食は広島県の郷土料理だった、前回は夜食で中華料理を振る舞って貰ったが今回は鍋か?
座敷の中央に置かれた円卓には僕と一子様だけが向き合う様に座るらしく忠臣は知らない内に消えていた。
「さあ、どうぞ」
割り箸を割って差し出してくれるのが嬉しいのか怖いのか……
「有難う。ははは、至れり尽くせりだね」
割り箸を受け取り料理に挑む、メインは鍋みたいだがコレは牡蠣の土手鍋かな?
土鍋の周りに味噌を塗り付けて牡蠣と豆腐と野菜を煮ながら食べる郷土料理だ、味噌は府中の白味噌で甘みが強い。
我が家では結衣ちゃんが鍋奉行だったので自分では調理しなかったが、周りに塗った味噌を溶かしながら食べるのが正当らしい。
「はい、熱いわよ」
鍋の具材を取り皿によそって貰ったが、ちゃんと味噌を溶いて味を調整してくれている。ゴージャス美人に鍋って違和感が凄い、普通は洋食か?
「うん、上手いね。この牡蠣は生じゃなくて下茹でしてるのかな」
「ええ、あとは地産地消で庄原の白ネギにアスパラガス、それと三原のわけぎに千浜にんじん。藤利の木綿豆腐の豪華鍋よ」
豪華って鍋単価よりも君のお世話の方が高額請求で怖い、その笑顔の対価に僕が払える物が有れば良いのだが。
「ご飯物はね、アナゴ飯よ。付け合せに山豊の広島菜の漬物ね」
「高菜・野沢菜・広島菜だね、日本三大漬け菜とは嬉しいね。改めて頂きます」
ここまで用意されたら後は残さず食べるしかないだろう、一子様の誠意には完食で答えるしかない。
あとは無言で差し出された料理を食べる、流石にお酒は無いが何故かコーラは用意してくれた、世界の炭酸飲料コーラは牡蠣の土手鍋にも合うな。
「完食ね、毎回思うけど本当に霊力回復って食べ物なの?」
凡そ十人前は有った料理を全て残さず完食した、相当に満足したが食べて寝てばかりじゃヒモと変わらないな。
差し出された湯呑から日本茶を飲む、これも地産地消で世羅茶と呼ばれる広島県唯一の希少ブランド茶だそうだ。
「落ち着いた?気持ちが良い位に食べるわよね、鈴代楓が言っていた事が少し理解出来たわ」
「楓さんが?確かに島寿司は美味しかったけど他に何か言ってたの?」
「何でも有りません、さて仕事の話よ。私の手の者が追跡している八郎の動きだけど違う動きをしてるの、今回は痕跡じゃなくて直前まで追い詰めたのよ」
直前まで追い詰めた?それは八郎の姿を確認したが逃げられたって事か?
湯呑のお茶を飲む、今まで用意周到に追跡をかわしていた八郎が、此処にきて姿を見られる程に接近を許したと?
「偽物の可能性は?」
「無いと思うわ、でも不思議なのは取り巻きも居ないで一人だったのよ。最後に見つけた場所は神奈川県横浜市JR横須賀線保土ヶ谷駅構内よ」
土壇場で僕の地元だと、しかも亀宮一族の勢力圏内じゃないか。
「見つけた状況は?」
「東海道新幹線に乗っている情報を掴み追跡、品川駅で横須賀線に乗り換えたのを確認して新川崎駅から配下が乗り込み車内を捜索。保土ヶ谷駅で気付かれて降りたのよ」
凄い追跡劇だな、一体何人投入してるんだ?もしかしなくても鉄道職員が情報を流している、主に防犯カメラ映像か切符の購入記録か……
考え込んでいて湯呑の中が空なのに気付かなかった、お代わりを注いで貰う、しかし陳腐なミスじゃないか?これは罠の可能性が高くないか?
或いは本当に逃走劇に疲れてミスを犯したか?
「その後の動きはどうだい?JR保土ヶ谷駅なら僕も土地勘は有る、地元だからね。だけど今迄の八郎には考えられないミスだ、一子様の配下が優秀なのを差し引いてもね」
「罠よ、多分だけど私達と九子を共に誘っているわ。三つ巴に持ち込むか潰し合いをさせるか、大体そんな所よ」
凄く嫌そうな顔だが、もしかして一子様と八郎って過去になにか有ったのかな?
「だが罠でも行かなければ駄目だな。直ぐにでも横浜に向かおう、幸い新幹線なら四時間で行ける距離だ」
「そうね、直ぐに手配するわ。その後の八郎の動きが掴めれば良いのだけど、今は報告は無いの」
この戦いも終盤戦だ、詰めを間違うと僕と胡蝶でも危険だが急がないと九子に先を越されて喰われてしまう。流石に六郎を食ってパワーアップした九子に八郎まではやれない。
ただ、一子様は今のままでも十分に強い事は分かった、洗脳能力が此処まで恐ろしいとは考えてなかった。
忠臣が言った恐ろしさの訳、それは直立不動で一子様の後ろに立つ嘗ては鷺山一族の精鋭と言われた男達のなれの果てを見て実感した。