榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第276話

 広島県呉市に拠点を置く六郎への襲撃、用意周到に準備を重ねて潜伏先の料亭『華扇』に攻め込んだ。当主の六郎を捕縛し手下は一子様が下僕にした、途中迄は完璧だった。

 だが影を渡る術を使う九子の襲撃を受けて、六郎は奪われてしまった……

 

 完全な油断と慢心だった、折角六郎を捕まえても目を離した隙に襲われて奪われた。

 しかも秘密主義が仇となり、一子様に間違った判断をさせてしまう。死ねば力は奪えないのは嘘なんだ。

 

 瞳術で支配下に置いた男達に後を任せて撤収する。六郎の父親、鷺山銅掌斎(さぎやまどうしょうさい)と養子の忠臣(ただおみ)は放置だ。

 雷撃で轟音を出してしまったから付近の誰かが警察署や消防署に通報されると動きが制限される。

 一旦引いて後から共闘の申し込みをするか、最終的に六郎を食うのは九子だから敵の敵は味方か最悪休戦で。

 

「おい、どう言う事だ?六郎は何処へ行った?」

 

「親父殿は?お前、俺の黒縄(こくじょう)と十手(じゅって)を返せよな」

 

 放置と決めた相手が出て来た、お互いに大凡(おおよそ)の状況は理解しているだろう、当主の六郎が九子に連れ去られたのだから……

 

 警戒しながらも情報を得る為に話しかけてくる、僕と一子様と元は自分達の仲間が一子様を守る様に取り囲んでいる、時間が限られているし長い話は無理だな。

 

「六郎は九子が乱入して連れ去った、残念だが生きてはいないだろう。一旦引き上げるが午後に連絡する」

 

「何だと、お前等の所為で親父殿が攫われたんだ!」

 

「まさか敵側の当主が二人も呉に来ていたのに分からなかったのか……」

 

 残りは一子様と八郎と九子の三人だけだ、八郎の本拠地は岐阜県だが常に移動しているので所在が掴めない、九子は影から移動するから余計に分からない。

 だが六郎の配下である鷺山(さぎやま)神社の氏子達を野放しには出来ない、九子は味方をも吸収し強くなっているんだ。

 

「鷺山銅掌斎殿、悪いが鷺山一族の明暗は貴方次第だ。敵討ちも良し、傘下に下っても良いが放置はしない。良く考えてくれ。

それと九子に負けた四子の生き残りの事を調べると良い」

 

 そろそろ時間だな、警察沙汰は嫌だから逃げ出すぞ。

 

「明日の午後二時に鷺山神社で待つ、それ迄に一族の総意を纏めておく」

 

「祖父様、こいつ等の言う事なんか聞かないでくれ」

 

「我等は日本霊能会御三家の一つ加茂宮一族、当主争いに敗れたならば取れる手段は服従か死だ。氏子総代としての立場もある、すまぬ忠臣よ……」

 

 祖父と義理の孫との温かい触れ合いを見て鷺山衆が少なくとも問答無用で敵対しないと分かった、先ずは撤退し此方も話し合いだな。

 一子様をお姫様抱っこして暗闇に飛び込む、抱えて走った方が早いんだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 料亭『華扇』から逃げる様に前に停めたライトバンに乗り込む、少し走ったら車を乗り換えて拠点まで戻る事になる。

 最近は監視カメラが至る所に有るので注意が必要だ、コンビニのレジの防犯カメラも外部の歩道や車道をカバーしてる場合も多い。

 車を運転するのは一子様のファンの一人、運転手は顔が映る場合も多いので僕や一子様は後部座席に乗っている、沈黙が辛い。

 

「最後の詰めが甘かったわね、私が素早く六郎を食べてしまえば良かったのよ」

 

 いや、あのタイミングで現れたとなると九子は何処かで状況を確認していた気がする。早目に手を出せば一子様に危害が加わった可能性が高い。

 九子だが完全な戦闘系術者だ、炎を吐いたり爪が伸びたり何処のモンスターだよ。

 

「いや詰めの甘さは僕の方だな、一子様の食事が済むまで同席するべきだった、少なくとも不意打ちは防げただろう。

もう後が無い、九子よりも先に八郎を抑えなければ不味い。僕の切り札二枚が効かなかった、初見殺しは有効なんだけどね」

 

 隣に座る一子様がコテンと頭を僕の肩に預けて来た、気の強い彼女には珍しい事だ。

 

「あの式神少女と雷撃ね?でも腕から雷撃ってどうやって出すの?」

 

「いや手をニギニギしないでくれ、くすぐったいよ」

 

 右手を両手で握られるとくすぐったいんだ、以外と小さな手なんだな。派手なネイルは付けてないが形や色は綺麗だ、手入れは欠かしていないのだろう。

 

「だって雷撃よ、稲妻が走ったのよ。もしかして菅原道真公に関係してる?」

 

 いえ違います、犬飼一族の秘宝です。六ノ倉の試練をクリアーして貰った水晶の勾玉三個を掌に埋め込んでいます。

 

「そんな大物の御霊(ごりょう)の力を借りられる訳が無いですよ、雷神菅原道真公なんて早良親王(さわらしんのう)や

井上内親王(いのえないしんのう)と他戸親王(おさべしんのう)の親子クラスの偉大な御霊ですよ」

 

 実際は三個の勾玉を並べて巴紋とする事で神紋(しんもん)か寺紋(じもん)として力を引き出しているのだろう。

 地元横須賀市にも『雷神社(いかずちじんじゃ)』が有り火雷命(ほのいかづちのみこと)を祭っている、同様に雷を御神体にする神社は多い。

 

「それじゃ理由は何かしら?言わないとこうするわよ」

 

「くすぐったいって、止めて降参するって……」

 

 沈んだ気持ちが少しでも切り替われば良いと思うが、身を乗り出してまでオッサンの掌を両手で揉む美女って結構な羞恥プレイだぞコレは……

 

「そろそろ車を乗り換えます、準備して下さい」

 

「そう、分かったわ」

 

 楽しそうだった一子様の返事が事務的で平面的な声に戻った、こういう特別扱いをされると男って単純だからコロッと逝くんだろうな、僕は酷いロリコンだから平気だけど。

 乗り換え場所はトンネルの中、対向車線から来た白いワンボックスに素早く乗り換える、仮に追跡者が居ても来た道を戻るとは思わないだろう。

 最初に乗ったライトバンはそのまま山陽自動車道を通り一子様の本拠地である京都まで真っ直ぐ向かう、片道360km約四時間半のドライブだ。

 

 一旦本拠地に帰る事も考えられるから、この囮車は有効だろう。そして同時刻帯に一子様と僕は京都市内の傘下ホテルでファンの連中との懇親会を行った事になっている。

 実際に会場には一子様のファンが100人近く集まるので警察がアリバイを調べても全員が『間違いなくその場に一子様と筋肉が居た』と証言する。

 ファンの集いの内容を聞かれても直前に実際に行った事をそのまま話すから辻褄も合う、殆ど秘密クラブだから情報漏洩も無い。

 

「本当に怖いのは一子様だろうな……」

 

 最悪裁判沙汰になっても証人も弁護士も検察官も、裁判官でさえ彼女の支配下に置かれたら社会的にも法的にも抹殺される。

 

「え?何かしら?」

 

 ヤバい、独り言っていうか考えが口に出ていたか?

 

「いえ、何でも有りません」

 

「帰ったら反省会をして夜食を食べて休みましょう、八郎の情報は集めてるから鷺山衆と話を付けたら直ぐに向かうわよ」

 

「ああ、分かった。夜食はラーメンが食べたいな」

 

 折角広島に来たのだから人気の広島ラーメンが食べたい、西部の豚骨醤油ラーメンと中央部の醤油ラーメンを食べ比べたいんだ。

 特に西部の豚骨醤油ラーメンは具材もチャーシュー・茹でモヤシ・ネギ・シナチクとシンプルながら食べ応えが有る、そして何故か炒飯や餃子の他にオデンが有るのだ。

 なぜラーメン屋にオデンなのかは知らない、そして寿司屋のメニューに中華そばが有る、時間が有れば広島県のB級グルメ制覇を……

 

「私を放っておいて何を考えているのかしら?」

 

「えっと、ラーメン?」

 

 僕は花より団子なんだ、呆れた一子様が宿泊中のホテルに大量の出前を取ってくれた、鳥の名前に関連した超人気ラーメン店が何件も出前に応じてくれたのは謎だが。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 翌日、鷺山衆の総本山である鷺山神社に向かう、前日栄養補給と言うラーメンを堪能出来たので満足だ、気力は充実している。

 初めて広島ラーメンを堪能した、少し伸びていたが十分にウマかった。特に鳥系と言われる老舗ラーメン店の味には感激したな……

 

「有難う、一子様。こんなに嬉しく思った事は久し振りだよ、凄く感謝している」

 

「嫌味を含めて注文したラーメン十七杯に炒飯十杯、餃子が百個以上を完食したのね……呆れを通り越して感動したわ」

 

 本日の送迎車はベンツ黒色、僕は黒っぽい背広が用意され一子様は真っ赤なドレスを着ている。傍から見れば特殊な職業の方とその情婦に見えるぞ。

 ゆったりした後部座席に座り車窓から景色を眺める、長閑な観光地だ……昨晩殺し合いをしたとは思えない。

 呉市は温暖な気候に恵まれた自然豊かな臨海都市だ、明治頃の建物の残っておりノスタルジックになるな……

 

「僕は食べて霊力を回復させるからね。美味しい物が食べれればヤル気も出るって事さ」

 

「花より団子なのね、私がこんなにも甲斐甲斐しく世話を焼く殿方なんて今迄居なかったのに、食べ物を優先するとは酷い扱いだわ」

 

 若干拗ね気味な一子様のご機嫌を取っていると鷺山神社に到着した、一般参拝客の入れる本宮の他に関係者しか立ち入れない奥宮(おくのみや)が有る。

 典型的な例としては山裾と山頂に二社に同一の祭神を祭る場合、山裾の神社を本社・本宮・下宮と呼び山頂の神社を奥宮・奥社・上宮と呼ぶ。

 

 鷺山神社は鷺山と言う山自体を神域として麓の本宮は一般参拝客用として、一族や氏子衆のみ立ち入れる奥宮が存在する。

 標高300m足らずの山だが、巧妙に隠した侵入者よけの仕掛けや陣が組み込まれている。決められた手順か順路を通らないと罠が発動するのだろう。

 運転している高槻さんは迷いなく車を走らせて15分ほどで山頂に有る奥宮へ到着した、余談だがGoogleマップの衛生写真で大体の建物の配置は確認済みだ。

 

 鳥居前に銅掌斎の爺さんだけが立っていて出迎えてくれた、殺意は無さそうだが未だ分からない。先に車を降りて周囲を確認するが爺さん一人だ。

 

「良く来られたな、加茂宮一子殿、榎本正明殿」

 

「ええ、来たわよ。鷺山銅掌斎、一族の話は纏まったかしら?」

 

 一子様の斜め前に立ち安全を確保する、僕等は当主であり息子である六郎を殺すつもりで襲ったんだ。恨まれて当然だ。

 

「そんなに警戒するな、儂等はもう敵対はしない。一族の長老としての立場で動かねば成らぬのだ」

 

 そう言って先に奥宮へと入って行く、後に付いて来いって事だろう。

 

「高槻は車で待機。榎本さん、行くわよ」

 

「了解した」

 

 躊躇無く後に続く一子様の斜め後ろを歩く、交渉事は嫌いじゃないが今回は加茂宮一族内の当主争いだ。

 邪悪な物の侵入を防ぐ髄神門を通り拝殿に入る、拝殿を抜けて本殿へ。拝殿とは人間の為の建物、神官が祭典を執行したり参拝者が拝礼をしたりする。

 本殿は神様の為の建物、祭神を安置している。僕は神道でなく坊主だが本殿に関係者一同が集まってるが良いのだろうか?

 

 鷺山衆の長老や氏子総代達が向かい合う様に座っていてその先に座布団が二つ置いてある、銅掌斎の爺さんは対面に座った。どうやら一子様は上座か……

 二つ並んでいるが警戒して一子様だけ座らせて僕は後ろに控える、何か有れば即対応出来る様に。

 

「見上げた忠熊振りだな。亀宮の懐刀と言われた榎本殿が、こうも加茂宮一子殿の為に動くとは信じられん」

 

 忠犬じゃなくて忠熊かよ、だが相当なレベルで僕の事を調べているのだろう。改めて参加メンバーを見渡せば高齢の者が十人、彼らが鷺山一族の重鎮達だな。

 

「共闘と思って下さい、僕は加茂宮九子と敵対している。邪魔する奴は排除する。加茂宮一子殿とは目的が一緒だから手を組んだ」

 

 流石に一子様とは言えない、完全に下僕扱いになるから。

 

「そうよ、態々この私が亀宮本家まで出張って口説き落としたんだから、対応に注意しなさい」

 

 その言い回しは色々な意味に取れる、流石は交渉に長けた一子様らしい。僕が彼女の頼みを聞いた事になった、つまり彼女は依頼人。

 

「ふむ、時間も無いし本題に移るか。早速だが我等鷺山一族を加茂宮一子殿の傘下に加えて欲しい」

 

 銅掌斎の爺さんが頭を下げると全員が平伏した、これで六郎の勢力は一子様の配下となったか。

 

「良いわ、認めてあげる。鷺山銅掌斎、一族を纏めなさい」

 

「はっ、我等鷺山衆一同、加茂宮一子殿の配下となり力となります」

 

 そりゃ四子の配下みたいに負けたら全員喰われちゃ堪らないからな、妥当な結果だろう。

 

 


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