榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第274話

 胡蝶さんから重大な秘密を聞いた、僕と混じり合う事により色々と能力の効果や制限が変化してきているそうだ。

 確かに自分も人間の枠を外れ人外として変化しつつある、ならば僕と混じり合う胡蝶さんにも変化は有るのは当然。

 取り敢えず僕から単独で離れられる距離が500mから50mに縮んだ、最終的には10mで固定らしい。

 単独行動は出来なくなったが、役立たずで残されるより一緒に戦える事を喜ぶべきだろう。

 だが秘匿が難しくなったと言うか無理だ、何かしらの形で周りに教えないと駄目だろう。

 おおっぴらに公表はしないが仕事を共にする仲間には見せる事になる、隠し通すのは無理だ。

 

 だが式神として赤目達の動物とは違い見た目は美幼女を使役するって、人として問題視されるだろうか?それが問題だ!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 胡蝶は諏訪地方の豪族である和邇(わに)氏の姫だったが、禁術により人が造り出した偽の神である人神(ひとがみ)として生まれ変わった。

 普段は愛くるしい美幼女だが戦う時は口から皮が反転し鰐(わに)に似た形状に変わる、この時は本当に鰐の顎を持ち敵を噛み砕く事が出来る。

 この最終形態は流石に人には見せられない、異質な存在として畏怖されかねない。

 人間は異物を恐れ嫌う、数の暴力とは少数の自分達とは違うモノを多数で排除する行為だ、今の僕ですら既に畏怖と嫉妬の対象だ。

 今は未だ人の枠内だが、これから大きく外れる事になる、注意は必要だな。

 

 胡蝶さんとの取り決めで式神として喚ばれた時は喋らずに額に護符を貼り顔を見せない事にした、衣装は巫女服で最終形態は無し。

 それでも強力な人型の式神には違いない、入手方法は犬飼一族の遺産として八ノ倉攻略の成功報酬だと言う事にする。

 実際は狛犬と言うか犬神だったが、使役出来るモノが居たのは嘘じゃない。

 東海林さんには最後の試練で手に入れた木箱を開けたら現れて、勝負を挑まれ勝ったら使役出来たと言う。

 犬飼一族300年の秘宝と言えば調べ様が無いので分からないだろう。

 

 今僕は誰も居ないライトバンの後部座席で精神統一をしている、襲撃に備えて六郎や他の護衛の場所と数を調べる為だ。

 時間が無い一子様は、その日の内に六郎を襲撃する事に決めた、僕も異存は無い。

 だが敵の正確な配置と状況を知る為に事前に悪食の眷属を使い調べている、華扇の平面図は一子様が建築局に手を廻し前回改装時の確認申請の図面を手に入れる事が出来たので助かる。

 後は図面の情報を元に虱潰しに調べれば良い、実際に隠し部屋とは言わないが不自然な出入口しか無い部屋が幾つか有る。

 四方が壁で出入口の場所が隣の部屋の床の間だったりする、これは掛け軸をめくると中に入れる忍者屋敷的カラクリ?

 後は中二階みたいな部屋や天井の部分を低い倉庫にしたりと増改築を繰り返した為に迷路みたいになっている。

 

『見付けたぞ、隠し部屋に一人で篭ってるのか……』

 

 最初に睨んだ床の間の奥の部屋に六郎が居た、ワイシャツにスラックスとラフな格好でウイスキーの水割りを飲んで柿ピーを食べている、だがその表情は硬い。

 奴の脇には日本刀が置かれているが、アレが一子様の言っていた『妖刀等活丸』かな?

 他にも場違いな簑笠(みのがさ)も置いて有る、多分だが霊具だろう。

 

『む、奥にもう一つ不自然な壁紙の部分が有るな』

 

 上手く一枚壁に見せているが扉状の筋が見える、円卓と座布団しかない狭く薄暗い部屋だと目立たないな。

 普通なら中に入って誰も居なくて隠れる場所も無ければ気付けない、上手く考えている。

 図面で確認した時は入口は一つだと思ったけど、奥は何だったかな?

 悪食の眷属に命令して一旦天井裏に上らせる、その後に扉の奥の部屋に天井伝いに移動させて天板の隙間から中を見る。

 

『隠し通路だ、幅は狭いが成人男性でも通れるだろう。外に出れるのかな?』

 

 一本道で真っ直ぐな廊下を歩くと直ぐに突き当たりとなり鉄製の扉が……

 これは眷属では開けられないが逃走経路だろうな、多分だが方向から考えると裏の民家側だ。

 住宅街に逃げ込まれたら隠れる場所も多いし探索には苦労する、ましてや相手は土地勘が有る地元民だ。

 

 因みに爺さんと少年も近くの部屋に待機して談笑している、この二人は血が繋がってないのに仲が良いな。

 だが実質三部屋先だから騒ぎが有れば直ぐに駆け付けて来る、この二人の戦闘力は確かだ。

 その他の連中は全部で男ばかり八人、大部屋で待機しているが二人組で巡回もしている、だが霊力は感じない。

 幸いなのは赤外線監視装置や防犯カメラの類は無い事か、侵入者に対する科学的な感知装置が無いとは無用心な事だ……

 

 こちらの戦力は一子様と高槻さん、モブ巫女五人の他に伊勢衆達を含めた配下が二十六人、合計三十四人が九台の車に分乗して周囲に待機している。

 だが敵に発見されない様に警戒して1km以上は離れている、配下の連中には全員で押し込めば勝てると言う奴も居たが甘いな。

 

『此処で逃がすと後は無い、九子が広島県に入ったと報告が有った、彼女の力は未知数だ』

 

 彼女は普通に新幹線のグリーン車で一人で広島駅に降りたそうだが、追跡した連中は途中で見失っている。

 影の移動が出来るから追跡は難しいだろう、あの神出鬼没な移動術は反則だろ!

 

『早々に直接対決したいがな、あの女も最後まで力を蓄えてから我等に挑んで来るだろうな』

 

 狂ってはいるが戦いに関しては研ぎ澄まされているのだろう、胡蝶の因縁の相手と混じり合っているのだから油断は出来ない。

 常識の通じない相手が理性のタガまで外している、しかも戦闘力は未知数だ。

 

『そうだな、奴の影を利用した移動方法は我でも感知し辛い、知らない内に接近されてる場合も有るぞ。

だが先ずは六郎だ、二人で乗り込み一直線に奴が隠れる場所に向かえ。

途中で邪魔する奴等は赤目と灰髪に任せるとしよう、配下の連中は建物を囲み逃げ出さない様に監視だな』

 

『そうだね、爺さんと少年、それと六郎の三人を僕と胡蝶、それと一子様の三人で迎え撃つ。胡蝶の存在を一子様に知られてしまうが仕方ない、上手く式神の振りをしてくれよ』

 

 まさか戦っている相手と同じ存在ですとは知られたくない、因みに胡蝶が僕の身体から離れても雷撃は使える。

 有る程度の回復力と人並み外れた身体能力、それに少年から奪った十手に黒縄、後は特殊警棒に大振りのナイフが手持ちの武器だ。

 赤目と灰髪は大型犬形態迄はOK、後は普通の式神札が百枚、これで飽和式神犬攻撃が出来る。

 

「それじゃ一子様に声を掛けて行きますか?」

 

 時刻は早朝四時丁度、日の出迄は約二時間、人間が一番眠りの深い時間帯だ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ライトバンを華扇から30m手前で停める、同行者は一子様だけだ。

 高槻さんは対人戦闘は苦手らしいので車で待機、連絡を受けたら直ぐに車を華扇の前に着けて逃走する段取り。

 一子様は何時もの正統派巫女服ではなく真っ黒な革ジャンに同じく真っ黒なスラックス、自慢の髪を纏めて帽子の中に隠している。

 更に黒の皮手袋にスニーカーを履いている、武器はボゥガンだけだが腕が確かなのは先の戦いで実証済み。

 人も車も通らないのを確認して車から降りる、吐く息は白い、明け方の冷え込みは身体を固くする。

 

「一子様、行くよ。奴等は未だ起きている、警戒しているのだろう」

 

「そうね、お互い後が無く時間も無い。六郎も九子が広島県に乗り込んだのは知ってる筈だから警戒もするでしょう」

 

 最も殆どの駒は潰したから僅かな配下しか居ないわねって怖い笑みを浮かべた、彼女は本当に怖い。

 既に三百人近いファンクラブ会員達が呉市に集結している、勿論殆どが一般人だが数はそれだけで脅威でしかも統率されている。

 

 警戒しながら道を進む全身黒系統で統一された服装の二人は目立たないが目立つ、一度見れば不審者として記憶に残るだろうな。

 事前に打ち合わせた侵入方法は駐車場側から塀を乗り越える事、この程度の高さなら彼女を抱えて飛び上がれる。

 駐車場入口のチェーンを跨ぎ中に侵入、街灯の明かりも届かない一番奥にするか……

 

「一寸我慢してね」

 

「え?ちょ、榎本さん?」

 

 彼女を所謂お姫様抱っこをしてブロック塀の上に跳び上がり内側に罠や危険物が無い事を確認して飛び降りる、降りる先に物が置いて有ったりすれば危険だし大きな音がして侵入がバレる。

 膝を折り曲げて衝撃を吸収すれば殆ど音を立てずに侵入出来た、ついでに屈んでいるので目立たない。

 

「もう、先に言っておいて下さいな」

 

「ちょ、もう大丈夫ですから離れて下さい」

 

 ガッチリ首に抱き着かれ耳元で喋られると息が当たって擽ったい、それに良い匂いがする。

 不法侵入の為に香水の類は付けてないから彼女の体臭か、嗅覚も強化されてるんだよ僕は!

 

 一瞬の油断の後に周囲を警戒する、確か二人組の巡回は外部も見ていた。出入りは厨房に面した扉だったから目の前だ、マズいぞ厨房に明かりが点いた……

 

「巡回の男達ね、私に任せて」

 

 扉が開いて屈強な男が二人、マグライトを片手に外に出て来た、一子様は立っているだけだ。

 

「なっ?女だと?」

 

「お前は誰だ?」

 

 警戒してポケットからスタンガンを取り出した男の両手がダランと下がった、二人共にだ。

 

『瞳術だな、敢えて目の前に現れて視線を合わせるだけで術中に陥れる、我等には効かぬが中々に使い勝手が良いではないか』

 

『これが最初の加茂宮家当主争いで一の文字を継いだ彼女の真骨頂だな、怖いものだ』

 

 全く精気を感じさせずに佇む男二人、既に術に嵌まり彼女の指示を待つ操り人形に成り下がった。

 

「次に交代する迄の時間は?」

 

「はい、十分程度です。外を見回り帰ります」

 

「中の護衛は何人?」

 

「我々の他に八人、内二人は六郎様の父上と息子です」

 

 躊躇せずに情報を話すけど彼等は抵抗する意思とかはないなかな?

 

「榎本さんの情報通り、流石だわ」

 

「君の能力の方が怖いぞ」

 

 殆ど洗脳に近い、問答無用で他人に言う事を聞かせられるって凄い能力だぞ。

 

「でも時間が無いわね、この男達の残りも支配下に置くわ。榎本さんは残り三人の術者の方をお願い」

 

「残りは六人も居るぞ、一子様だけじゃ危険だろ?」

 

「私は平気よ、この下僕達を盾にするし私は視線を合わせなくても格下なら支配下に置けるのよ。それが私の能力の最大の秘密なの……」

 

 なんだと?とんでもない能力だな、胡蝶ガードに感謝しきれないな。もし僕が彼女の瞳術に抵抗出来なければ、あの精気の無い連中みたいに下僕扱いだったのか?

 

「分かった、任せたよ。では僕等も本命を捕縛しに行こう。赤目、灰髪、おいで」

 

 自分の影から二匹の愛すべき式神犬を呼び出す、大型犬サイズだが頼もしい存在だ。

 

「赤目達は爺さんと少年の相手をしてくれ、僕は真っ直ぐに六郎の所に行くよ。一子様も無理せず彼等を肉の壁にして守りを固めてくれ」

 

 彼女が見えなくなった所で式神バージョンの胡蝶を呼び出す、これじゃ愛染明王を信奉する在家僧侶じゃなくて陰陽師だな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 先に赤目達が爺さん達が待機する部屋に乱入した、騒がしい音と怒鳴り声で分かる。僕も六郎が居る隠し部屋の前に立ち声を掛ける。

 

「探したぞ、六郎。隠し通路に逃げても無駄だ!」

 

 稀にピンチになると一目散に逃げる奴も居るので逃げ道は無いと告げる、勿論ブラフだ。

 一子様の配下が警戒はしているが当主の一人に勝てるかは疑問だ、これは既に隠し通路の存在がバレていると知らせる為だ。

 

「ふん、女の色香に騙された亀宮の熊風情が大口を叩くなよ」

 

 掛け軸を切り飛ばして出て来た六郎はワイシャツとスラックスの上から編笠を被り簑をマントの様に羽織り抜き身の日本刀を持っている、正しく仮装かコスプレだ……

 

「時代に合わない霊具って大変だな」

 

「煩い黙れ!」

 

 ああ、六郎も自分の格好が変だと気にしてたんだな。

 


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