榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第273話

 六郎関係者、父親と養子に襲われ撃退した。

 悪食の眷属を潜り込ませたので、中々尻尾を掴ませなかった六郎の潜伏場所を知るチャンスだ。

 既に六郎本人は確認した、父親と養子の少年とは上手く行ってない感じだが父親と養子は爺さんと孫として良い関係を築いている。

 確か力有る子供達を養子として迎えているらしい、つまり手駒として抱え込んでいると見るべきか……

 

 既に六郎は部屋から出て行ったし、残された二人や部屋から場所を特定する物は無さそうだ。

 眷属に指令を送り部屋の外を探索させる事にする。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 部屋からカサカサと素早い動きで障子に向かう、視界を共有してるので地を這うスピード感は凄い。

 先ずは廊下に出た、薄暗く長い板張りの廊下の幅は90㎝位で良く磨かれている。

 

『廊下の右側に進んでくれ』

 

 僕の指令に一旦天井まで上ってから下を見下ろす右側からは明かり見えるが左側は真っ暗闇だ、未だ夕方前なのに雨戸でも閉めているのか?

 天井を器用に走り明かりの方へ向かう、明かりの正体は台所と言うか立派な厨房だ。ステンレスの輝きの流し台や調理台、大型の冷蔵庫が二台並んでいる。

 

『旅館か料亭かな?大人数に食事を提供する施設には間違い無いな』

 

 部屋の隅に積まれた段ボールからは野菜が見える、つまり現在も利用されている施設か……

 冷蔵庫の扉に貼られたカレンダーは恵比寿ビール、下には星崎酒造と書かれているので念の為に社名と電話番号を控えた。

 奥の方に事務机が有りスタンドが点いている、この明かりが漏れていたのか。

 

『よし、机に向かえ』

 

 此処で羽根を広げて滑空した、そうゴキブリは飛べるのだ。

 事務机の上には固定電話にノートにメモ帳、それにノートパソコンにボールペンが置いて有る、だがパソコンやノートは開けないから無理だしメモ帳は白紙で何も書かれていない。

 

『参ったな、場所を特定する物が無い。外に出るか……』

 

 諦めて家の外に出ようとした時にホワイトボードを見付けた、色々と書かれているが団体客の予定みたいだ。

 

『日付別に団体客の名前が書かれている、西原商事八名、篠原氏法事十七名、関電社十一名……結構繁盛しているな、何日かは満席ってなってる。

後は幹事の名前と連絡先か、だが彼等に連絡して予約を入れた日を言っても店は教えてくれないな』

 

 一応分かる範囲の情報を書き留める、最悪は買収するかして聞き出すか。

 

『部屋の明かりが点いた、誰か来たのか?隠れろ』

 

 突然周囲が明るくなったのは誰か部屋の照明を点けたんだ、厨房にゴキブリが居れば退治されるので急いで隠れさせる。

 入って来たのは板前みたいな格好をしている、何やら冷蔵庫を開けているな……

 

『板前服の胸に刺繍で縫われた文字らしきモノが……割烹華扇、はなおおぎって読むのかな?』

 

 その後に数人の調理人が現れ料理の下準備を始めた、夜の来客の準備だろう。

 板前全員が胸に同じ華扇と刺繍で文字が縫ってあったので間違い無いな、一旦眷属とのリンクを切る、鈍い痛みが両目の奥に……

 慣れた事で大分視覚共有も長く出来る様になったな。

 

 スマホを取り出し『広島県 華扇』でキーワード検索をすると見付かった、普通にホームページも出している料亭だ。住所に電話番号も載せているな……

 

「電話か、確か事務机の上に固定電話が有ったぞ」

 

 予約客を装って確認するか、確か満席の日が何日か有ったと思い手元のメモ帳を見る……酷い字だ。

 仕方ないか、両目は視覚共有してるからメモ帳を見ながら書いてない、読めはするが大人の文字じゃないな、重ねてたり極端に右上がりだったり……

 

「だが今週末と来週末の金曜日は満席か、敢えて聞いて断られるか」

 

 場所が特定出来れば強襲すれば良い、だが六郎が居る事の確認と仮にも普通の料亭だからお客も居る、深夜か明け方だな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 一子様に携帯電話を用意して貰った、番号を特定されても困らない一般人を装える物だ。

 名義人は矢上裕也(やがみゆうや)、諜報部隊に属する中年男性だが普段は自営業で実際に若者向けのセレクトショップを営んでいる。

 また本殿に篭り先ずは借りた携帯電話に華扇の電話番号を打ち込む、それから悪食の眷属と視界を共有をする。

 厨房の固定電話を見れる位置に移動してから電話を掛ける、暫く呼出し音がして板前が受話器を取ると同時に繋がった。

 

『はい、料亭華扇です』

 

 間違い無い、これで場所は特定出来た。

 

『もしもし、ホームページを見て電話をしたのですが予約をしたいのですが……』

 

 緊張したのか渇いた唇を舐める、なるだけ自然に話す様に気を付ける。

 

『はい、何名様で何時でしょうか?』

 

 視界に写る板前がペンを取りメモに書ける準備をする、先ず記録してから予定の確認だな。

 

『来週末の金曜日、人数は八人です。出来れば六時か七時開始で空いてますか?』

 

 復唱しながらメモを取る、しっかりした従業員教育をしているな。

 

『ちょっとお待ち下さい』

 

 メモとホワイトボードを比べている、残念そうな顔だが満席なのは知ってるよ。

 

『申し訳ありません、その日は既に予約で埋まってます』

 

『そうですか、では結構です。お手数掛けました』

 

 そう言って電話を切った、これなら不審な電話として記憶には残らないだろう。

 視界共有で見ているが電話を切った板前も不審とは思わずに調理に戻った、後は襲撃計画を練るだけだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 場所の特定が出来たと一子様に伝えて貰う、同時にインターネットに繋がるパソコンも用意して貰う。

 場所を応接室に移動、既に一子様と高槻さんが座っていてモブ巫女さんがコーヒーとケーキを配る、モンブランだな。

 彼女達がコーヒーを飲んでいる内にGoogleで華扇を検索、周辺マップを表示する。

 

「それで、六郎の潜伏場所が分かったのね」

 

 ノートパソコンの画面を彼女達に見せる。

 

「ああ、場所は此処だ。料亭華扇、此処に六郎と襲撃してきた爺さんと少年も居たよ」

 

 実際に見て確認したから間違いは無いが移動した可能性も有る、だが建物周辺を探るのは向こうに気付かれそうだ。

 直前に悪食の眷属で確認しないと駄目だな、不法侵入をするからには万全の体制を敷かないと。

 

「一人で部屋に篭ったり携帯電話を貸せだとか、それで場所の特定が出来るなんて凄いわね」

 

「まぁね、方法は教えられないけどね。後は襲撃の方法と手順だ、不法侵入をするからには入念に計画を練らないと駄目だ」

 

 華扇は呉市の郊外にある閑静な住宅街の中に有る、前面は県道右側は専用駐車場、左側は雑居ビルで後ろは個人邸が並んでいる。

 雑居ビルの住所と名称で検索するとテナントとして入っているのは商社と呉服店の事務所だな、三階建だし常駐警備員は居ないし住居として使ってもなさそうだ。

 専用駐車場は問題無い、勿論使用しない。裏の民家が問題だ、騒ぎを聞いたら警察に通報するだろう。

 一応GoogleEarthのストリートビューで周辺も確認する、現地に行かなくても実際の周辺画像が見えるって凄いよな。

 

「あら、華扇ね。盲点ではなかったけど六郎の傘下企業よ、確か一度調べた筈だけど……」

 

「調べた後に移動してきたのでは?流石に見張りを張り付けてませんし」

 

 今回は父島に潜伏していた三郎と違い周りに一般人が多過ぎる、警察沙汰になれば完全に負ける。

 だが奴を人気の無い場所に呼び出す手段は無い、速やかに襲って食うしかないが一子様に潜入作戦は出来るかな?

 

「何ですか、その目は?もしかして私が足手まといだとでも?」

 

「深夜か明け方に侵入する、出来るだけ人数が少ない時間にね。

一般客と板前達が帰った後がチャンスだけど、仮にも当主の潜伏先だから護衛は居る筈だ。後は襲う側の僕等は完全に犯罪者だからね、警察沙汰になったら負ける」

 

「そうよね、六郎達は警察沙汰になっても被害者で済むけど私達は犯罪者ね。だけど事前に警察関係に圧力を掛ける事は可能よ、でも六郎に時間を与えて逃げられる危険性は有るわ」

 

 確かに言われた通りだ、悠長に警察関係に根回しをしていたら六郎に気付かれる。

 彼の協力者が警察内部に居る可能性も高い、上層部は抑えても地域密着なら末端から情報が流れる心配が有る。

 再度ストリートビューを確認する、周囲を囲むブロック塀は九段で高さは約180㎝、視線は隠せる。

 だが雑居ビルとの境にブロック塀は無い、境界ギリギリまでビルが建っているので隙間も50㎝有るか無いかだ。

 画像を見る限りでは三階迄は双方共に窓も無く手前を木柵か何かで塞いでいる。

 

 専用駐車場の出入口にはポールが立っているから閉店後はチェーンで侵入禁止にしそうだ、深夜に駐車したり人が居れば目立つ。

 問題は対岸のコンビニとマンションだ、コンビニの防犯カメラはレジと出入口に向いている、それとマンションはベランダに出れば丸見えだ。

 五階建で一階層に六部屋、少なくても三十世帯は居るだろう、つまり目撃される可能性は高い。

 侵入進路だが、やはり駐車場側のブロック塀を乗り越えるしかないな。

 問題は六郎に気付かれ逃げ出された時に、奴は強盗だと騒いで裏手の民家や道路に飛び出せば僕等は犯罪者として成立する。

 その後に警察署にでも駆け込まれれば現場検証で痕跡が見付かり指名手配、一時期にとは言え当主争いから脱落。

 やはり警察上層部に根回しは必要、出来れば胡蝶の単独侵入で済ませたい、今回一子様に六郎を食わせるのはデメリットが多い。

 

『胡蝶さんどうする?六郎を一子様に食わせるには条件が厳し過ぎるよ』

 

『正明、目的を履き違えるでないぞ。我等が加茂宮の当主争いの手伝いの真似事をしているのは宿敵を倒す為、今後の勢力バランスとかは二の次だ。

今は九子に食われる前に六郎を食わねばならぬ』

 

『そうだな、だが一子様は華扇への突入メンバーに強引に入ってくるだろう。

彼女も後が無い、生き残りは六郎・八郎・九子と後三人しか居ないからな。

拙い侵入技術では直ぐにバレて逃げられる、その場で戦いになっても時間を掛ければ警察が来て面倒な事になる。

僕等の理想的には単独で胡蝶に侵入して貰い六郎を倒す事だね』

 

 僕から500m離れられて身体を流動化出来る彼女ならではの侵入方法だ、いかに六郎とは言え胡蝶には敵わない。

 

『言い難いのだがな、正明と混じり合った事によりだな、その……我が単独で離れられる距離が縮まったのだ』

 

『え?聞いてないよ?』

 

 それって戦術の幅が狭まるよね?

 

『三郎を食って力が増した、それで色々と能力の効果や制限が変わったのだ。

我と正明の結び付きが強くなった為に互いが離れられる距離は縮まった、今は精々50mだな。

融合が進めば何れは10m位で固定だろう、だが正明の身体強化は比べ物にならぬ、一長一短だが強化した正明と二人で戦えるのだ。

色々と条件が変わるが徐々に教えていくぞ』

 

 レベルアップの恩恵による変化か、確かに胡蝶との結び付きが強くなれば宿主から簡単に離れられなくなるのが自然か……

 

『そうか、そうだね。胡蝶に任せ切りのお荷物にならないなら喜ぶべき変化だな。だが有効範囲が50mだと料亭の大きさを考えれば一緒に乗り込む必要が有るな……』

 

 最大50m直径だと100m、意外に狭いぞ、今迄と違い胡蝶との連携が必要になってくる。

 そして同行する一子様や他の連中に胡蝶の存在がバレる可能性が高い、だがこの先10mで固定になるなら関係無いと言うか……

 

『別に式神として公表しても構わぬぞ、元々我は人の手で造られし偽神、諏訪の和邇(わに)と呼ばれた存在。

特殊故に多用は出来ぬと言い含めれば良いだろう、実際に瑠璃姫と言う人型式神も居るのだからな』

 

 諏訪の和邇、あの犬養一族最後の試練の犬神も言っていた、700年も前に諏訪一族が人間の姫を呪術的に偽神に、人神に造り上げた存在……

 

『式神としてか……確かに赤目や灰髪を使役出来る実績は持てた、後は犬飼一族の遺産の銅板とかも手元に有るし根拠付けにはなるか。

だが仮にも師事した東海林さんには疑われるな、僕は駆け出し陰陽師だから、胡蝶さんクラスの式神を得られた事は不自然だ』

 

 素直に諏訪の和邇姫(わにひめ)と言っては駄目だ、文献とか残ってたら700年前の存在とバレてしまう。何か上手い理由を考えないと駄目だな。

 


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