榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第271話

 伊豆大島温泉旅館での宴会で、僕の九割本音トークを聞いて信じてくれたのだろう。

 守りたい人を守る手段と覚悟と打算、それと亀宮一族(の一部)を信用していないリアルな話、その中に一応自分も入っている事を確認出来た。

 未だ引き抜きの余地が十分に有ると感じただろう、実際に加茂宮一族は先代の思惑と違い半数は胡蝶が食べてしまったから強大な当主は生まれない。

 それでも残り二人を食べた九子は脅威だが絶望的な戦力差ではなくなったのが救いだ。

 

 宴会の翌日に定番の旅館の朝食を食べた、焼き魚・温泉卵・板わさ・冷奴・ハムサラダ・味噌汁・味海苔と梅干しに漬物、ほうじ茶に御飯はお櫃(ひつ)で食べ放題。

 特に焼き魚はムロアジにエボ鯛、それにカマスと三匹が網の上で固形燃料を使い焼かれていた。

 味噌汁も豆腐とネギと定番中の定番で嬉しかった、日本人に生まれて良かったと感じる瞬間だよね。

 満腹感に満足しながらモータークルーザーに乗り込み本土へと戻った、目差すは六郎の本拠地である島県呉市。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 広島県呉市、現在の人口は約23万人だが第二次世界大戦時には帝国海軍の拠点として40万人を越えていた。

 古くは村上水軍が根城にしていた自然の要害だ、因みに海軍絡みのネタとしては京都府舞鶴市と共に『肉じゃが』発祥の地を名乗っている。

 横須賀市も『海軍カレー』発祥の地として全国区に売り出している、どうでも良いが僕は家庭のカレー派なのでスパイシーな物は好まない。

 呉の名の由来は一帯を包む連峰を「九嶺(きゅうれい)」と呼び、時間が経って訛り「くれ」となった、つまり何が言いたいかと言えば歴史有る古い街で六郎の実家である鷺山家は地元の有力者として根付いている。

 幸いな事に呉市は全国的にも観光地として有名で、他県から来ても怪しまれる事は無い。

 映画『男達の大和』で有名になった『大和ミュージアム』や退役した本物の潜水艦が展示してある『てつのくじら館』等、一部の人達には堪らないだろう。

 

「榎本さん、戦艦大和の展示スペースに宇宙戦艦ヤマトの模型が有りますけど?」

 

「大和繋がりでの展示じゃないですか?」

 

 今は一子様と二人で呉市内を観光している、大島から神奈川県の葉山マリーナに向かい新幹線にて当日に広島県入りをしたが直ぐに六郎の居場所が分かる訳でもない。

 先ずは情報収集も兼ねて市内観光をしている、囮として先方からの接触待ちも兼ねて。

 広島県入りしてから直ぐに、一子様の配下の何人かと連絡が取れなくなった、六郎の所在地を探していた連中とだ。

 六郎側は僕等が広島県に来た事を知っている、だが巧妙に居場所が分からずに何回か調査隊は罠に引っ掛かり戦闘不能にされている、つまり大怪我を負わされた。

 このままではジリ貧だ、コチラの人員だけが減らされて向こう側の情報は殆ど分からない、既に五日間も無駄足を踏み少なくない人数が戦線を離脱した。

 

「凄いわ、零戦の復元……でも思ったより小さいわね」

 

 大和ミュージアムは中央部分に戦艦大和の縮尺模型が有り、その周りが何階層かの吹き抜けになっていて見上げたり見下ろしたり出来る。

 別棟には零式艦上戦闘機やチハ型中戦車?や高射砲等の現物が展示されていて間近で見る事が出来る。

 海外の激戦区だった所から発見されて持ち帰り復元した零式艦上戦闘機を見詰める、素人目にも力強く美しく感じる、何時の時代も軍事兵器は最先端技術が盛り込まれるから。

 戦争云々や人を害する兵器云々は別として、男として見るのは楽しい、しかも美女同伴だからな。

 周りの連中がカメラを彼女に向ける度に鋭い視線で威嚇し、さり気なく身体で隠す、加茂宮の当主とのツーショットなど色々と問題だ。

 

「現在のジェット戦闘機と違いレシプロですから、でも詳しいですね」

 

 これ以上は時間も掛けられない、九子の動きが分からないから少し危険だが囮として一子様と二人で目立つ行動をしている。

 流石に一子様は駄目だ、彼女に何か有ればコチラの負けだ、最初は周りが懸命に止めた。

 だが彼女曰く自分の隣が一番安全だし僕と別れたら各個撃破されて負けると押し切った、勿論賛成だ。

 僕等は一子様を守りつつ六郎を倒し食う必要が有る、それは向こう側も同じだが地の利は圧倒的に不利。

 潜伏場所が見付からなければ向こうから来て貰えば良い、既に何人かを捕まえて僅かながらの情報を得た。

 捕まえた霊能力者は主力級も居て、胡蝶が摘み食いをしてしまったが……

 

『結局僕も同じ穴の貉(むじな)なのに、何が全ての霊能力者の為にだ』

 

『確かに我等は霊能力者達を食う、脅威には間違い無いが制御された力と本能に突き動かされる暴力とは違うぞ。まぁ我が言えた義理ではないがな』

 

 脳内で胡蝶に激励されてしまった、割り切るしか無いのだが皆を騙す秘密を抱えるのは辛い。

 

「どうしたの?酷い顔よ。戦争について悲しい思い出でも有るのかしら?」

 

 一子様が右腕に抱き付いて見上げてくる、胸を当ててるのは故意にだと思うが周りの視線が痛い、いや寧ろ殺意すら篭っている。

 この大和ミュージアムは色々な思いで来館される人々も居るが、趣味の方々も多く男ばかりのグループか男一人が多い。

 一子様は人の手で作り上げた芸術品と言っても良い完成された人工の美女だ、つまり注目度が半端無い。

 そんな彼女に抱き着かれるのが筋肉ムキムキのオッサンでは納得出来ないのだろう、怨嗟の目に最近慣れた。

 

「いえ、何でもないですよ。少しだけ焦りを感じてしまって……」

 

「確かに状況は一進一退だけど焦っては駄目よ、六郎の配下で主だった霊能力者は殆ど潰したわ」

 

 そうだ、向こうも僕等を襲撃して来た、目立つ様に呉市内を動き回り獲物が奴等が近付いたら人気の無い所に誘導して潰す。そして一子様という餌に引き寄せられて……

 

『正明、また来たぞ。今度は二人だな、それと霊能力の無い者達も多数来ているぞ』

 

『そろそろ痺れを切らして素人衆を使い始めたかな?』

 

 さり気なく彼女の肩を抱いて出口に誘導する、もう囮は十分だし狩りの時間に変更だな。

 

「また来たかな、霊能力者は二人だが雑魚も多いな……此処を出て港の方に行こうか?」

 

「本当に榎本さんの索敵能力は凄いわ、私という極上の蜜に引き寄せられる羽虫だけど段々と六郎に近付いている。でも素人の投入は頂けないわね、彼等は私の配下に相手をさせるわ」

 

 当然だが一子様の配下も呉市内に集まっている、先に戦った伊勢衆も参加している。

 僕等が囮として目立つ行動をすると情報が六郎側に行き捕縛部隊が来る、これの繰り返しだが駒が無くなれば六郎本人か側近が来る筈だ。

 加茂宮の当主連中には時間が無いのだが、逃げ回る八郎と違い六郎は理解している、だから本拠地に陣を敷いて迎え撃つつもりなのだろう。

 だが偽情報の拠点を潰し捕獲部隊も潰す、駒の少なくなった奴はどう動く?

 

 大和ミュージアムを出て港方面に向かう、ガントリークレーンや街灯それに鉄道のレールや防空壕と戦争遺構も多い。

 石畳で舗装された道を歩き海へと向かう、途中で倉庫郡を見付けて向かえば敵は包囲網を敷いて来た、中々連携が取れているな。

 一子様の手勢はファンクラブから百人、伊勢衆が二十人、伊勢衆に予備は居ないがファンクラブは損害を受けても常に定数が居るヤバイ連中だ。

 

『敵側の雑魚は四十人位だな、霊能力は無いがソコソコ鍛えてそうだぞ』

 

『つまり荒事専門か、なりふり構わなくなって来たね。コッチも真っ正面から来たみたいだな』

 

 倉庫郡を抜ける道の真ん中に二人の男が立っている、距離は20m位で一人は和服の小柄な老人でもう一人は学生服を来た高校生と思われる少年だ。

 

「鷺山銅掌斎(さぎやまどうしょうさい)久し振りね」

 

 一子様が歩いて近付く老人に声を掛ける、少年は三歩右後ろに付いて来る。

 

「久しいな、加茂宮一子殿。ソレが主(ぬし)の連れ合いか?」

 

 険しい顔をして見詰める一子様を見て鷺山銅掌斎と呼ばれた老人が強敵だと悟る、実際に霊力は漲ってるし何とも言えないプレッシャーも感じる。

 

「祖父様、親父殿の敵を前に呑気だな。捕まえて突き出すのに会話なんて必要ないじゃん」

 

「ふむ、忠臣(ただおみ)は親父殿の為に頑張れば良いのだ。大人には大人の対応というものが有る」

 

 鷺山の名前、祖父と親父、つまり六郎の父親と息子と言う訳か。家族も自分の権力争いに使うのか自主的に協力してるかは謎だが、二人共ヤル気だな。

 コチラも一子様の前に出る、彼女は直接攻撃力の低い後方支援型、コイツ等は無手だが接近攻撃型と見た。

 

「六郎は多くの養子を貰っているわ、我が子ではなく配下として。彼はその筆頭で忠臣(ただおみ)とは忠臣(ちゅうしん)と同義なの、二人とも古武術の使い手よ」

 

 実の父親や我が子迄も駆り出すか、業が深いな……

 古武術とは日本古来の武伎や武芸と呼ばれる物、剣術や柔術、居合術や忍術、砲術に捕手術とかの現代のスポーツ化した健全に競うスポーツではなく人を殺す技を使う、少し前には骨法とか流行ったな。

 

「二対一か、不利は認めるが簡単に勝てると思うなよ?」

 

 上着を脱いで一子様に持たせる、腕を捲り動き易くするのを黙って見ているとはサービス精神に溢れてるのか?だが互いの距離は10mも無い。

 

「良い筋肉だ、噂では防御とタフネスさを磨いてスピードを捨てたそうだな」

 

「技巧派か肉体派か、テクニックかパワーか、分かり易いのは助かるけど僕等には良いカモだよ。捕まらなければ一方的に嬲るだけさ」

 

 凄い自信だな、未だ二十歳にも満たないのに人を害する事に躊躇のカケラも感じつない。

 今回拳銃こそ持って来なかったが何時もの特殊警棒に大振りのナイフを仕込んでいる、だが刃物は控えて特殊警棒にするか。

 

「最後通牒だ、降参しろ」

 

「意味も無し、降参は死と同じ」

 

 僕の返事に爺さんが突っ込んで来た、早い!

 

 腰に差した特殊警棒を右手で振り抜くが屈んで腕の下を潜り懐に入られた、完全に開いた右腕を掴まれて捩られる、小柄な癖に力が強い。

 強引に力比べに持ち込む、不利と思ったのか両足で僕の腹を蹴り後ろに飛んだ。

 右腕にダメージは無い、特殊警棒を爺さんの顔目掛けて投げ付け、更に突進する。

 渾身の力で縦回転で飛んで行く特殊警棒を少年が50㎝程の金属棒で叩き落とす、良く見れば十手か?

 更に十手で突きを二回繰り出して来たので手の甲で弾く、霊力で強化したので痛みは感じるが怪我は無い……いや、違和感が有るぞ。

 

『正明、あの十手は霊具だな。触れる物に倦怠感を与える、何度も受けると疲労困憊になるぞ』

 

『なるほどね、十手使いは捕縛術使い、疲労困憊で無傷で捕まえたいってか?』

 

「なんて馬鹿力だ、体重を掛けてスピードを乗せて捻ったのに無傷だと?」

 

「それに特殊警棒も凄い力で投げていたよ、弾かれた僕の手の方が痺れてる。祖父様、コイツは人間か?熊か何かだろ?」

 

 義祖父と養子なのに連携が取れている、あの鬼童衆の斬達よりも強い。しかも未だ爺さんの方は霊能力者としての力は見せていない、少年同様に武術だけじゃない筈だ。

 

「悪いが熊は止めてくれ、躾の行き届いたクマさんってアダナを付けられた事が有るんだ」

 

「躾が?まさか、人食い熊の間違いだろ?」

 

 少年が飛び掛かってくる、縦横無尽に十手を繰り出すが基本は突きだ、しかも目や喉と急所を狙う嫌らしさ、庇うから当然十手に当たり疲労が蓄積されていく。

 

「俺を忘れるなよ」

 

 爺さんは柔術がメインで組み手を仕掛けてくる、主に体勢を崩させる様に、二人の連携は流石だが、そろそろ均衡を崩すか。

 

「赤目、灰髪、爺さんを抑えてくれ!」

 

『悪食、眷属の小さい奴を奴等の周りに集めてくれ』

 

 影から式神犬を召喚して爺さんを牽制、少年に狙いを絞る。今まで捕まえた奴等は一子様の瞳術でも六郎の居場所を教えなかった、いや知らされてなかった。

 だが自分の父親と養子なら逃がせば六郎に辿り着くかも知れない。

 

 


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