榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第266話

 月明かりが照らす父島のフルーツ畑、その中に二十代後半の和服姿のイケメンと彼を取り囲む巫女達。

 一見幻想的だが僕等はこれから戦わなければならない、事前に教えて貰った情報によればフルーツ畑の中には地雷が埋まり奴は銃を持っている。

 近代兵器に身を固めている癖に強い霊力も纏っている、一子様から聞いた話では奴の能力は言霊による除霊……つまり言葉に霊力を乗せて放つ事が出来る。

 だが胡蝶の因縁深い相手の力の一部を受け継いでいる筈だ、それが何かは分からない。

 

「やぁ!今晩は。榎本さんだね?」

 

「やぁ!初めまして。三郎さんですね?」

 

 爽やかなイケメンの問い掛けに爽やかに真似て返す、イケメンは悉くモゲレば良いんだよ!

 しかし改めて巫女さん達を見ると巫女長と思われる三十代前半の女性と……どう見ても十代半ばの女の子達。

 あれ?菖蒲さんと杜若さん達の妹さんにしては似てないぞ、古風な感じの彼女達と違い今風な感じだし。

 

「何も語る必要は無いと思うが一応聞くよ」

 

 確かに食うか食われるかの関係だから話す事は無いと思うが、大袈裟な仕草で両手を振り回しているが何を言いたいんだ?

 

「なんだ?」

 

「何故一子みたいなババァの手助けをする?女性は若い程良いものだろう、いや良いものだ!」

 

 何だと?三郎は同じ性癖を持つ者だと……確かに巫女長以外は僕の守備範囲だが、巫女長が三郎の愛人じゃなかったのか?

 数秒言葉が詰まる、巫女長は顔を背け若い巫女さん達は三郎に抱き付いた。

 彼女達も五十鈴神社系の巫女さん達なのだろうか?

 

「どうした?惚けた顔をして、榎本さんは一子や桜岡霞、亀宮の当主と年増ばかりの尻を追い掛けているからな、僕とは意見が合うまい」

 

 まさか初めて出会った同じ性癖を持つ者が敵だとは、何という運命の巡り合わせ、何という皮肉。

 

「いや、それは……(その通りだ、敵として出会う前に語り合いたかったが)出来ない、残念だがな」

 

「ふん、ロリを愛でる事は出来ないか……では退場願おうか年増趣味め!」

 

 蔑んだ目で僕を見るが、お前も巫女長に蔑んだ目で見られているんだぞ!

 

『正明、馬鹿な事は考えるな!来るぞ、奴は植物を操る』

 

「何だと?これは蔦?」

 

 大地から緑色の蔦が生え出して右足に絡み付く、咄嗟に後ろに飛ぶが二重三重と絡み付く蔦は切れずに逆に引っ張られる。

 腰に吊したブッシュナイフを抜いて蔦を叩き切る、3m程下がるって三郎を睨み付ければウネウネと畑中に蔦が伸びて動いている。

 

『不味い、絡み付かれて地雷原に引き寄せられたら負ける』

 

『ふむ、植物ならば悪食の出番だな。奴の眷属は都会に暮らす奴等と自然界に暮らす奴等の二種類が居る。

そして南国小笠原諸島には固有の大型眷属が居るだろ?』

 

『暖かい土地は生き物も大型化するか……だが悪食を見せるのは社会的に死ぬと同義、だが負ける訳にはいかない』

 

 近寄る蔦を切り払いながら心の中で葛藤する、バレたら社会的に死ぬ、女性陣から拒絶される。

 

『全くお前ときたら……我が霧を発生させて視界を悪くするから、さっさとやらんか!』

 

 確かに視界が悪くなれば迂闊に地雷原を逃げ回れない、奴はあの場所で警戒するだけだな。

 

「悪食よ、畑の植物を食い荒らせ!」

 

 胡蝶が周辺に霧を濃霧を発生させた後に悪食を呼び出し、眷属を大量召喚させる。

 目には見えないがカサカサという音が幾重にも重なり波のような音が辺りに響き渡る、霧が晴れたらトラウマになるな。

 自分を取り囲む何万匹かも分からない大量の黒い悪魔達か……

 

「なに?ナニこれ、何なの?」

 

「嫌、嫌よ。何か怖いのが私達の周りに居るよ!」

 

「ひっ?これ……家の中で感じる、怖いアレ……」

 

「何だ?何が起こってる?僕の植物達が食われているぞ……何なんだ?」

 

 ふむ、大分慌てて怯えているが見えないのに真実に辿り着いている子が居るな、偽装が必要だな。腰のポーチから式神札を十枚取り出して、いかにも式神を操った振りをする。

 

「悪食、終わりか?」

 

 僕の頭の上に飛び乗った悪食が前足で突いて合図をしてくれた、奴の操れる植物達は全て食べ尽くしたのだろう。

 

「よし、悪食は眷属を還してくれ。胡蝶さんは霧を晴らして……

直ぐに式神犬を召喚して奴に向かって走らせる、地雷が有れば起爆して安全な道が確保出来るだろう。

後は接近して左手で掴んで終わりにしよう、銃弾は我慢する、急所に当たらなければ大丈夫だ」

 

『やれやれ、無謀だが確実だな』

 

『霧が晴れだした後に直ぐ突っ込む、急がないと島民や警察、駐屯している自衛隊も動き出すよ』

 

 数秒待って悪食の眷属が周りの林と僕の影の中に入ったのを見届けてらか式神犬を召喚する。

 

「行け、式神犬よ!」

 

 奴との距離は20m、召喚数は十匹なので二列にして走らせる。やはり途中に地雷を埋めていたな、10m辺りで式神犬六匹が吹っ飛んだ!

 

「今だ!」

 

 残りの式神犬は四匹と共に三郎に向かい突貫する。

 

「貴様、式神使いか!だが弱い式神犬だな」

 

 懐から取り出した拳銃を式神犬に発泡、慣れているのか四匹に当たり式神札に還された。顔の前で両手をクロスして防御、一気に距離を……

 

「役立てよ、年増!」

 

「なっ?」

 

 巫女長を僕に向かって突き出し、更に拳銃を向けやがった。

 咄嗟に彼女を抱いて三郎に背中を向ける、躊躇無く二発撃ったな。拳銃はリボルバーだったから装填数は六発、弾切れだが……

 

「グハッ、しまった……肺に当たった……か……」

 

 血の塊が喉の奥から迫り出してきた、吐き出すと鮮血だ……

 

「お前、仲間を盾どころか……的に……した……な……」

 

『喋るな、正明。今治す、治すから落ち着け。大丈夫だぞ、直ぐに治るぞ、だから喋るな』

 

『有り難う、胡蝶……』

 

「ふん、年増を守るか。馬鹿だな、突き飛ばせば勝てたかもしれないのに」

 

 焼ける様な痛みは右の肺と腹部、どちらも致命傷に近いし筋肉の鎧を纏っている為か弾は貫通せずに体内に残ったか。

 

「貴方、何で私を庇ったの?私達は敵同士なのよ」

 

 巫女長か優しく背中を擦ってくれる、だが未だ治療は掛かりそうだ。会話で時間を稼がないと……

 

「約束した、君の姉妹達と……それに、一子様も……君達の事を心配……してたよ。同じ加茂宮の一族だ、当主が争う……関係ないって……」

 

 冷めた目で見下す三郎、奴の中では敵は倒すし味方も駒でしかないのだろう。僕の話に苛つきを隠さない、もう時間稼ぎは無理だな。

 足に力を入れて立ち上がる、巫女長は背中に隠す。嫌がる巫女長を左腕を後ろに回し動きを止める、震える僕の腕を弱々しく掴んでいる。

 

「楓(かえで)コッチに来い、ソイツは敵だ」

 

「嫌です、命を救われたのです、例え三郎様が五十鈴宗家の跡取りでも……」

 

 五十鈴宗家?ああ、選抜当主だっけ……奴は先代加茂宮と五十鈴家との間に生ませた子か。

 だから五十鈴神社系の巫女達は奴に付いた、上手く勝ち抜き当主になれば権力が集まるからな。

 

『正明、肺の傷は塞いだ。残りは腎臓だ、あと少し掛かる』

 

『腎臓か……一つ無くても大丈夫だろ、もう時間稼ぎは無理みたいだ』

 

 余裕綽々に新しい弾を込め始めた、装填し終われば撃つだろう。

 赤目達に指令を送ろうにも痛みでラインを繋げる事が出来ない、最初の命令を守って逃げ道を塞いでいるな。

 

「三郎様、巫女長を殺すのは止めて下さい」

 

「お願いします、三郎様」

 

「黙れ!お前達は俺に奉仕してりゃ良いんだ、俺に命令するな」

 

 若い巫女達が三郎に懇願するが、一喝され殴られた。コイツも同化が進んで情緒不安定か凶暴化してるのか?一人称が僕から俺に変わったな……

 

『未だ動くな、あと少しだ』

 

『悪いが無理だ、相当ムカついた!』

 

 巫女長を庇う為に回した左腕で背中に背負った大振りのナイフの柄を掴む。込み上げて来た血溜まりが口を押さえた右手から零れ落ちる。

 

「なんだ、直ぐに死にそうじゃないか?楓、ソイツに止めを刺したらお仕置きだ、全く年増の癖に反抗しやがって。それじゃアバヨ」

 

「お前がな!」

 

 奴の顔目がけて大振りのナイフを投擲する、回転しながら左目付近に当たったが柄の部分だったのか刺さらず、奴の撃った弾は左太股に命中。

 痛みを我慢して飛び掛かかるが左太股の痛みで膝が落ち、奴の腰にタックルして押し倒す形になってしまった。

 

「未だ動けるとは呆れたが、男に組み敷かれる趣味は無い、放せ!」

 

「放せと言われて、ハイ分かりましたとは言わないぜ」

 

 拳銃を持っている右手を握り潰す、握力200㎏は伊達じゃない。

 

「痛い痛い!何を見ている、俺を助けろ馬鹿者共がぁ!」

 

「掴んでしまえばコッチのものってね」

 

『胡蝶さん、頼んだ!』

 

『任せろ、左手で頭を掴むんだ』

 

 巫女さん達がオロオロしてる内にケリを付けるべく、三郎の頭を掴む。

 

「なぁ?ああ……あばばば……あひゅ?」

 

「悪いな、恨みは無いが許してくれとも言わないよ」

 

『うむ、美味だ……時間が無くて味わう暇も無かったが確かに旨かったぞ』

 

 胡蝶により強引に魂とその身に宿した力を食われた三郎は眠る様に死んだ……

 呆気ない死に様だな、罠を張り巡らせて違法な拳銃や地雷まで用意しても、僕の捨て身の特攻に負けたか。

 両膝に力を入れて立ち上がる、三郎の力を取り込んだ為か胡蝶もパワーアップしたみたいだ。

 肺と脇腹は鈍い痛みを感じるが粗方治ったみたいだ、太股に左手を翳して治療をする。

 

「凄い、心霊治療ですか?拳銃で撃たれても治せるなんて……」

 

 よろけてはいないが巫女長が肩を貸してくれる、いや身長差が有るから脇の下を支える感じかな。

 

「三郎様、死んじゃったの……」

 

「寝てる様だよ、でも息をしてないよ」

 

 彼の取り巻きの少女達が三郎の周りに集まり泣き始めた、仕えた当主が死んだのだから当たり前か。

 

「今、一子様を呼びます。今後の打合せをしないと駄目ですね、派手に爆発音とかさせちゃったし……」

 

 無線機で三郎を倒した事を伝えた、直ぐに行きますと返事が有ったし他に何か言っていたが疲れと痛みで聞き取れなかった。

 身体のダメージは深刻かもしれないが、もう一踏張りだぞ、頑張れ!

 警察沙汰になったら有罪だろう、だが一子様が確認する前に三郎の死体を処理は出来ない。

 

「あの、服を脱がせないで下さい。傷なら大丈夫じゃないけど大丈夫ですから……」

 

 ゆっくり優しくだが服を脱がそうと釦を外すのは止めて下さい、女性に身体を撫で回されるのも擽ったいです。

 

「命の恩人を放っては置けません、心霊治療をしたとはいえ傷口を綺麗にしないと感染症が心配です。貴女達、もう三郎に囚われてはいないのです、泣き止みなさい」

 

 茫然自失の少女達を一喝する、確かに今後について考えなければならない。

 あのロリコン(同じ性癖)は少女達を強引に愛人にしていたのかも知れない。

 だが彼女達はこれからの加茂宮に、一子様に必要な人材だから悪い様にはしないだろう。

 

「でも、これから私達どうすれば……」

 

「三郎を倒した僕が言うのも筋違いだとは思うが、一子様の元で頑張って欲しい。悪い様にはしない筈だから……」

 

 そう言うと目眩がして座り込んでしまった、傷口は塞がったけど出血による貧血状態か……ヤバい結構しんどいぞ。

 

「壊れてない民家に運びます、貴女達も手伝って。早く、その男は放っておきなさい!」

 

 巫女長の叱責にノロノロと立ち上がる少女達だが、人の死を間近で見るのは初めてだろう。

 

「大丈夫です、そろそろ一子様も来ますから」

 

 五十鈴神社系の今後の為にも僕に気を使ってくれている巫女長をやんわりと身体から放す。誤解でも一子様や高槻さんに見られたら纏まる話も拗れそうだ。

 

「血が足りない、島寿司が食べたい」

 

「私の手料理で良ければ直ぐに用意しますわ」

 

 今は父島の名物の島寿司を腹一杯食べる事を想像し目眩と痛みを耐える事にする。

 


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