榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第265話

 五十鈴神社、独特の奉神具である五十鈴(いすず)を使う神道系呪術師の集まり、鈴の音色を利用した術を使う一族。

 三重県伊勢市南部を流れる五十鈴川に関係が深く五十鈴川上流域の神路山の山域内に本殿が有る一族。

 

 加茂宮一族でも有力な氏族であり、出来れば一子様も配下に迎えたいとお願いされた。

 つまり極力殺さずって事だ、派閥争いはしていても弱体化して御三家の地位が無くなるのは避けたい。

 他の当主に付いたとしても共に滅ぶ訳にはいかない、加茂宮一族を支えて貰わなければならないから……

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 改めて僕を睨む巫女さんを見る、右手で鈴の付いた術具を持ち左手で薙刀を持っている。

 

「だが不用意に入ったのが運の尽きよ!怨、滅、閉、塞、捕縛結界発動」

 

 鈴を掻き鳴らしながら言霊を唱える、室内に鈴の音が反響し僕の霊力が外に放出出来ない感じがする……これが霊能力封じの結界か、同時に身体が怠くなるが直ぐに治まった、霊能力だけでなく身体も拘束するのかな?

 綺麗な鈴の音を聞くと心が休まるな、まぁ胡蝶には効かないだろうけど……

 

「動けまい、今仲間を呼んで捕縛してやるぞ」

 

「おい、侵入者を捕まえたぞ、おい、どうした?」

 

 携帯電話を片手に林の連中に応援を頼んだのか、だが赤目達が既に無力化してるからな。

 

「おい、わふって何だ?何を言ってるんだ、ふざけるな?」

 

 凄く慌てているのが状況は切迫してるが面白いと感じる。赤目の奴、奴等の携帯電話に勝手に出たな。

 

「わふ?ああ、僕の仲間が林の連中を無力化したんだ、応援は来ないぞ」

 

「何だと不審者め!だが動けないお前なら私達だけで素巻きにしてやる」

 

 折角の助言も逆効果、素巻きと言いながら薙刀を振り被ったぞ。古民家故に天井が高いから出来るのだが、本来ならば突きだろう。

 

「「なっ?動けるだと!」」

 

 左右の内、右側が攻撃的で左側は警戒している。

 素早く右側の巫女さんに接近し鳩尾に一発、激痛で蹲る彼女の頭に左手を置いて胡蝶が呪術で眠らせる、麻酔と一緒だから気が付いた時には鳩尾の痛みは無いだろう。

 

「君達の負けだ、大人しく降参してくれないか?」

 

 同僚が一瞬で無力化された事に動揺したのか薙刀を床に落として両手を上げた、勝ち目は無いと理解したのだろう。

 

「くっ……変質者め。だが妹は……杜若(かきつばた)を殺さないでくれ、私はどうなっても構わない……だから頼む」

 

 凄い言われようだ、僕が妙齢の女性に何かする訳が無い、そんな性犯罪者を見る様な憎しみの籠もった目で見ないでくれ。

 しかし姉妹だったのか、言われてみれば似ているな。

 

「殺さないし、どうにもしない。抵抗しなければ良いから……三郎が負けたら一子様の傘下に入ってくれ」

 

 警戒を解く為に蹲る妹さんを横にする、直ぐに妹の脇に寄り添い身体を張って守ろうとする姉妹愛にホロリとした。

 敵対はしているが三郎さえ倒せば遺恨は残るが敵対はしなくなる筈だ。

 

「すまないが、それは巫女長が決める事……だが今は抵抗しない、降参する」

 

 座り込んで頭を下げたので胡蝶の力で意識を奪う、無抵抗で降参とは言え裏切る可能性は捨てきれない。

 

『巫女長か、説得は一子様任せだな。だが五十鈴神社の無力化結界は怖いな、胡蝶がレジストしなければ一方的に負けていた』

 

『見ろ、部屋の四隅を……反射板で鈴の音を反射させて増幅したんだな、我には効かぬが一瞬力が弱る感じがしただろ?』

 

 確かに霊力を身体に封じ込められて目眩がしたな……

 

 そうか無差別結界だから他の連中は林の中に隠れてたのか、そして身動きが取れない内に薙刀でボコって弱体化させる。

 または意識を失えば継続して言霊を紡がなくても大丈夫だったか?

 穏やかな表情で気を失う二人を並んで寝かせ薙刀は外に放り出す、寝相が悪くて怪我をするかもしれないし……

 

『さて、次の民家に行くかい?』

 

『何だ、勝者の権利で姉妹丼を食わぬのか?見れば中々の器量良しで霊力も高いぞ』

 

『なに言ってるんですか!時間が無いんです、早く三郎を倒さないと駄目なんですよ』

 

『む、仕方ないな……安心しろ、未だ三郎は動いてない。次の民家には一人だけだな』

 

 もう悠長な事はしてられない、帰ったら亀宮さんに土下座して婚姻届を返して貰い、直ぐに結衣ちゃんにプロポーズしよう。

 警戒しながら次の民家の玄関引き戸を開けた……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 玄関の引き戸が開いた、襲撃者の報告が有り皆が配置に付いて十分も経っていない、最初に一番大きな民家に来たのか?

 確かに三郎様は此処に居たが今は巫女長と一緒に逃げ出した、あの男に付いて五十鈴神社は大丈夫なのだろうか?

 だが今は敵を侵入者を倒す事だけを考えよう。

 

「飛んで火に入る夏の虫ってね!」

 

 馬鹿正直に玄関から入って来たので起爆スイッチを押す、手前の民家に入れば呪術的に無力化して捕縛だったが私の所は物理的に無力化だよ!

 

 玄関に仕掛けた指向性爆薬が起爆、轟音と共に玄関周辺が吹き飛んだ。

 中部カーリット(株)から横流しして貰った爆薬だ、まさか使う事になるとは思わなかったが恨むなら他の当主に付いた自分を恨んでね。

 

 夜風が埃を吹き流してくれる、玄関は跡形も無くなりズタボロの侵入者が……

 

「居ない、居ないよ!粉々に吹き飛ばしちゃったのかな?そこまで火薬は多くしなかったけど……人を殺してしまったの?」

 

 怪我をさせて無力化したかっただけで爆殺するつもりなんて無かった、人を殺してしまった。

 

「ふぅ、問答無用で爆発とは驚いたな」

 

「えっ?生きてる?」

 

 瓦礫の中から起き上がる男を見て呆然とする、大怪我を負ってない事に対して心の何処かで安心したわ。

 でも現実は、あの爆発を無傷で防いだ敵が目の前に居る、私は五十鈴神社の為に姉妹の為に、この敵を倒さなければならない。

 

「見た目通りにタフなのね?」

 

 服に付いた埃を払っている男を見る、流石に額から血を流しているが致命傷は負ってない。

 破けたマスクを脱ぎ捨てると厳つい三十代の男、資料で見た亀宮一族が引き抜いた逸材。

 

「まさか貴方が一子に口説き落とされていたとは驚いたわ、榎本さん」

 

 名古屋の事件で一躍有名になった霊能力者、亀宮当主の伴侶を引き抜くとは一子の略奪愛には脱帽だわ。

 

「出来れば降参してくれ、悪い様にはしない」

 

 爆殺されそうになって許せるとは、単なる馬鹿か度しがたい善人なのか?普通に考えれば一子の傘下に入れって事よね、でもそれは無理。

 

「それは巫女長が、お姉様が決める事よ」

 

 私達は巫女長の決めた事を守る、たとえ駄目な男に差し出されたお姉様でも……それが五十鈴家に生まれた女の生き方。

 

「君もあの姉妹と同じ事を言うんだな、ならば大人しくしてくれ」

 

 頭を振って何を言った?あの姉妹?二番目と三番目の姉様達の事?

 

「まさか、前の民家に居た二人に何をしたの?」

 

「抵抗したから大人しく寝て貰っている」

 

 抵抗した?寝た?この男、姉様達に不埒な真似をしたのね、許さない。

 残りの爆薬を仕掛けたのは今私が居る居間の床、指向性爆薬は直上に爆風が行く様にしている。

 コイツは霊能力が無いんだ、だから姉様達の捕縛結界は効かなかった。

 

「分かったわ、私も降参するわ」

 

 起爆スイッチを床に落とす、勿論玄関に仕掛けた爆薬を起爆したスイッチを……

 

「助かる、それと一応拘束させて貰うよ」

 

 拘束、やはり身動きを出来なくして何かするのね。男なんて皆同じ、巫女長もあんな男に仕えるなんて馬鹿げている。

 でも私達は従わなければならない、嫌でもそれが五十鈴神社に生まれた私達の使命……

 その場で両手を上げて無抵抗の意志を示す、近付いたら共に吹き飛ばしやる!

 目の前2mが爆心地、私も被害に合うがダメージは少ないと思う、罠を張るなら自分の周りが一番安全と思わせれば近付いてくる筈よ。

 

「ええ、だけど姉様達に酷い事はしないで、お願いよ」

 

 表情を緩めた、油断して近付いて来る……一歩……二歩……三歩、あと少し……

 

「今だわ、共に吹き飛べ!」

 

 素早くポケットに入れていた起爆スイッチを押す、瞬間畳が持ち上がり閃光が居間を照らす。

 

 ああ、身体が引っ張られる感覚が有るわ……吹き飛ばされずに引っ張られる?次の瞬間全身を襲う衝撃に意識を手放した……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「けほっ、僕諸共自爆とは思い切った事をするお嬢さんだな」

 

 覆い被さる様に守った巫女さんを見て思う、五十鈴神社系の女性達は普通と違う感性を持っている。自己犠牲を厭わずに僕を害する、だが姉妹愛は強そうだ。

 身体の上に積み重なる瓦礫を払い立ち上がる、おぃおぃ民家が跡形無く吹き飛んでるぞ。

 火災すら発生してないが燻って煙が立ち上っている、暫くすれば火事になるだろう。

 

「そこの貴方、菖蒲(あやめ)を放しなさい!」

 

「姉さん、あの人は菖蒲を助けてくれてない?」

 

 最後の民家に居たのだろう、最後の二人が爆音に驚いて出て来た。

 なる程、全員姉妹らしく似ているな。最後の二人は和弓を持っている、構えてこそないが偉く警戒されてるのが分かる。

 

「そうだ、自爆する所を助けたんだぞ。手前の民家に居た二人も無傷で寝かせている、勿論林の中の連中も同様に無事だが無力化させて貰った。

手荒い真似はしたくない、出来れば降参してくれ。僕は三郎にしか用は無いんだ」

 

 そう言って瓦礫と化した民家から出ていき彼女達の5m手前で菖蒲と呼ばれた女性を大地に寝かせる、これは弓の盾にはしない意思表示だ。

 勿論、弓矢程度ならば叩き落とせるし刺さっても問題無い、銃弾と違い貫通力が弱いから大丈夫。

 

「その子から聞いている、巫女長に話をしてくれと……そして三郎が負けたら五十鈴神社は一子様の傘下に入って欲しい、彼女も悪い様にはしないと言っていたよ」

 

 数歩下がると警戒しながらも妹の状態を調べる為に近付く、首に手を当てて状態を確認して安心したみたいだ。

 

「杜若と山百合も無事なんですね、護衛の伊勢衆の連中全員を無力化とは……流石は亀宮が捜し出した逸材。

私達姉妹も全員無事ですし降参します、ですが三郎様を倒せるのですか?」

 

 伊勢衆?鬼童衆みたいな連中の事か?それは聞いてなかったな、短時間で全ての情報を聞くのは無理だったし脅威と思われなかったのだろう。

 少しだけ警戒を解いた彼女達に笑いかける、敵意が無い事を態度で示す為に。

 

「問題無い、巫女長の説得は一子様任せにするが怪我はさせない、安全は保証する」

 

 姉妹二人で無言で見つめ合ってるが、もう時間は余り無いんだ。早く決めて貰いたい。

 

「分かりました、後はお任せします。巫女長を姉様をお願い致します」

 

 二人並んで深々と頭を下げられた、家の為に加茂宮の為に玉砕は出来ないよな、あとは姉妹の為にか……

 

『胡蝶さん、三郎は大丈夫かな?』

 

『ふむ、逃げてはないが慌ただしく動いている。此方の様子は監視してたみたいだな』

 

 腕時計を確認すれば、父島に上陸してから四十分が過ぎた、爆発してからは十分弱か……周りが騒ぎ出す前に終わらせるか。

 

「赤目、灰髪、林の中を迂回して畑の後ろ側に回ってくれ、三郎を逃がすな」

 

「「わふ!」」

 

 何時の間にか背後に控えていた愛すべき式神(愛玩犬)に指示を出す。

 

「あんなに巨大な式神犬を操るとは情報に無かったですよ。それと、三郎様は地雷原に貴方を誘導しようとしています。切り札に銃も持っています」

 

「地雷に銃かよ、もう少し霊能力者っぽい戦いを望んだんだけどな。有り難う、打つ手は有るから安心してくれ。

直ぐに一子様と関西巫女連合の連中が来ると思うから宜しく」

 

 片手を上げて別れると真っ直ぐ畑に伸びる道を上る、月明かりだけでも見通せるな……

 

 そして畑の真ん中に二十代後半の男と残りの巫女達を見付けた、なる程愛人を囲うだけあり霊力も強いしイケメンなのも気に入らないな!

 




明けましておめでとう御座います、今年も宜しくお願いします。

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