榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第264話

 逗子マリーナを出港し途中で大島に立ち寄り補給と時間調整を含んだ休憩をとった。

 大島から父島迄は約24時間、深夜に上陸となれば大島を夜十時に出れば間に合う。

 高級ホテルにでも泊まるかと思えば普通の民家に隠れ家を用意していた、一応東日本は亀宮の勢力圏なのだが一子様は日本中に拠点や協力者が居そうで怖い。

 この隠れ家も普通の土産物屋の独身店主が家主で、我が女神が来てくれて感激ですとか涙していて怖い。

 僕の事はボディーガード程度の認識らしく見向きもされない、彼は一子様を褒めるのに夢中だが食事の手配や船の燃料、飲料水等の手配も滞りなく行っており驚かされた。

 因みに彼は四十代で日焼けした如何にも海の男って感じ、日焼けした太い二の腕が逞しい。

 

「はい、榎本さん。沢山食べて下さいね」

 

「ああ、有り難う御座います。まさか高槻さん達の手料理が食べれるとは思いませんでした」

 

 高槻さんとモブ巫女さん達が甲斐甲斐しく手料理を振る舞ってくれた、メニューは炊き込みご飯に里芋と烏賊の煮物、地魚の刺身に海藻サラダ、具沢山の味噌汁とお袋の味だ。

 しかも巫女服にエプロンというコスプレ?って微妙な格好だが僕向けのサービスらしく着替えてくれた。

 

「はい、大盛りですよ。新婚さんみたいですね?」

 

 ヤバい、ハニートラップか?高槻さんも一子様に負けず劣らず美人だから嬉しいけど嬉しく無い。

 モブ巫女さん達の生暖かい視線も針のムシロっぽくて辛い、手料理が普通に旨いのが細やかな救いだ。

 

「どうですか?」

 

「普通に美味しいです、高槻さんの手料理が食べれる彼氏は幸せですね」

 

「あら?では旦那様になって頂いても良いですよ?でも桜岡さんにどう説明します?」

 

 悪戯っぽく笑われたが彼女達なりのお礼と遠回しな取り込みだろうな、僕だけに戦わせる事への……

 後は心情的に仲良くなった異性は突き放し辛い。

 

 社交辞令を交えた会話を交わしつつ腹一杯食べて少し仮眠させて貰った、まぁモータークルーザーに乗ってる時も手伝う事は無いので寝てるか一子様と話すだけだけど……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 日が暮れる前にクルーザーに乗り込み夜十時丁度に出港した、燃料は満タンだが予備として鉄製の20リットルタンクも多目に積んでいる。

 天気には恵まれ波も弱く絶好の航海日和、夜間でもGPSの発達により安全な運転が出来るらしい。

 航海中は僕は荷物でしかなく大人しく船内デッキに籠もり寝ているしかない。

 大島に滞在中に伊集院さんから返信メールが来た、加茂宮の当主達と戦うならお手伝いしますと書いて有ったが丁寧にお断りした。

 それと加茂宮九子を倒したら一子様との共闘は終わると明言しておいた、このままズルズルと関係を続ける訳にはいかない。

 

「しかしフルカスタムだけあり立派だよな、クルーザーなのに客室が四つも有るなんて……」

 

 三畳程のスペースにベッドとドレッサー、机に椅子、それに小さな冷蔵庫まで完備されている、中身がコーラだけなのも僕の情報が流れてるな。

 でもクルーザーって動く密室と同じ、それに女性だらけの中に僕だけ……いや、今は考えないでおこう。

 

 そうして23時間後、僕等は父島の沖合い5㎞の地点まで来ていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 夜間にゴムボートに乗るなど初めてだ、何処の特殊部隊だよと正直恥ずかしく思う。

 六人乗りのゴムボートには僕の他には一子様と高槻さん、後はモブ巫女が二人の合計五人。

 六人乗りだが僕の重量が二人分らしい、因みに一子様の公式データは48㎏、彼女は有料会員制ホームページが有り色々な情報を発信している。

 人心掌握術も近代化したもんだ、因みにこの有料会員制ホームページの閲覧には資格審査が有り三親等に遡る身元調査や思想チェックまで行われる。

 僕は特別会員らしく常にランダムで数字が変わるキーホルダーを貰った、毎分数字が変わるパスワードだそうだ。

 

「月明かりでも見渡せるんだな」

 

 父島の山岳地帯に近い場所は人工の明かりに乏しい、だがモブ巫女さんは迷わずゴムボートを操り目的の場所に向かっている。

 定期的にライトが点滅している、先行した配下が上陸のサポートをしている。

 残り200mを切った辺りで探索するが……三人か?

 

『胡蝶さん、陸の人達って三人かな?』

 

『正解だ、それと山の方に巧妙に隠されているが僅かな霊力を感じるぞ』

 

 上陸場所から300m範囲に敵が潜伏してるのか、奴等にも気付かれた可能性を考えないと駄目だな。だが向こうは罠を張って待ち構えているだろう、未だ逃げ出しはしない。

 

 それから10分程で小さな入江の様な砂場に上陸、素早く岩陰にゴムボートを隠す。先行した配下の連中は若い男だ、パッと見は大学生?

 

「お待ちしておりました、一子様」

 

「御苦労様、門脇。連中の様子はどうかしら?」

 

 姫に謁見する騎士みたいに片膝付いて頭を下げている、もう洗脳に近いな……

 

 因みに他の二人は周囲を警戒してるが、此方も男で大学生っぽい。

 後で聞いたら関西の本当に大学生で歴史サークルの仲間達と父島に来ているらしい、小笠原諸島の歴史を語ってくれたが長いので割愛する。

 なんでも最初の発見は1543年にスペイン人より発見されて、その後1593年に小笠原貞頼が探索し更に後にその子孫が幕府に領地として申請しその名が付いたらしい。

 諸説有り第二次世界大戦でも硫黄島の激戦で知っている人も多いだろう、海上自衛隊が駐屯する意味等を調べるなど確かに大学の歴史サークルのテーマとして島中を調べても不自然じゃない。

 

「榎本さん、三郎の潜伏場所の大体の位置が分かりました」

 

 高槻さんが呼んでくれるまで歴史談義を一方的に聞かされた……

 

「何処ですか?」

 

「現在位置が此処、この砂浜から岩場を抜けて林に入ります。

直ぐに林道に突き当たりますので真っ直ぐ上ると数軒の民家が有り、全て奴等が住んで居ますが目標がどの家かは分かりません」

 

 Google Earthの航空写真には林が拓けて民家の屋根が四軒写っている、多分だが中央の家かな。守りに徹するなら端には住まずに守り易い中心に居るだろう。

 

「あれ、この民家群の後ろの……畑かな?」

 

 上り坂の反対側、民家群の先に四角く区画された場所が幾つか繋がっている。

 

「フルーツ畑です、島レモンやマンゴー、パッションフルーツや日本で唯一コーヒー豆も栽培してます。この民家群は農家ですね」

 

 ああ、島レモンか。アレってグレープフルーツ位の大きさになるんだよな。

 だが今は何も栽培してないのだろう、土の部分が露出し茶色が目立つ。

 畑の先は林になっており更に逃げ込まれたら探すのに苦労しそうだ、夜の林の中を追い掛ける……罠とか仕掛けられてたら回避出来るだろうか?

 

 周辺地図と航空写真を貰う、此処から先は一人で行く事になる。

 装備の最終確認だが先ずは服装、皮ジャンにワークパンツ、コンバットブーツは黒で統一した。

 武器は両脇に特殊警棒二本、背中に大振りのナイフと腰にブッシュナイフを差した。式神犬札は百枚、使い捨てだ。

 他の装備品はマグライト二本、発煙筒にライター、ワイヤー20mにガムテープ、それに十徳ナイフと無線機だ。

 出来れば拳銃も持って来たかったが色々とヤバいので断念した、夜襲しても倒すのは三郎のみ、万が一警察介入となり生き残りの人達が犯人は拳銃を持っていたとなれば亀宮や加茂宮でも揉み消しは厳しい。

 日本は銃器類に対して厳しい取り締まりをするから……

 

「じゃ行ってくる、其方からの無線機使用は緊急時のみにしてくれ。

音で場所がバレるかもしれないから、危なくなったら僕に構わず逃げてくれ。もし三郎を捕縛出来たら連絡するが抵抗が激しければ倒すよ、良いね?」

 

「ええ、構わないわ。良い結果を待ってます」

 

 綺麗な笑みを浮かべる一子様に皆が見惚れる、ロリコンフィルターが作動したので魅力50%カットだが若干のダメージは受けた。

 軽く手を振り坂道を駆け上がる、100mを10秒切る程にドーピングされた身体は激しい運動にも耐えられる、息を切らさずに目的地が見える場所まで到着した。

 

『民家全てに灯りが漏れてるな、見張りが居ないのは既に侵入がバレたな』

 

 心の中の胡蝶さんに話し掛ける、僕の探査術では妨害されて分からない。

 

『そうだな、情報では五十鈴神社の巫女が十人に取り巻き二十人だったな。

霊能力の無い取り巻き達が左右の林に隠れているぞ、巫女達は手前の民家に二人、真ん中の大きな民家に一人、奥の民家に二人か……

三郎は残りの連中と共に奥の畑に移動してるな』

 

『完全な罠だな、何故バレたのかな?探査系の術に触れたつもりは無かったけど?』

 

 配下に時間稼ぎをさせて逃げる算段か?

 時間が無い、逃げに撤しられたら狭い父島で鬼ごっこになり朝になれば人目を気にしなければならない。

 端から見れば僕は襲撃者で犯罪者、向こうは美人を侍らせているから被害者、通報されたら分が悪い。

 

『罠と分かっても進むしかない、左右の林の連中は赤目と灰髪に任せよう。民家群は悪食を先行させて様子を見よう、待ち伏せ式の罠だと思う』

 

『ふむ、赤目達を先に放ち林に潜む連中は無力化しよう、民家群は正明が乗り込め、我が守るし悪食と視覚共有して調べてたら時間が掛かりすぎる。

三郎は畑の中程で様子を見てるな、状況が不利になれば逃げ出すぞ』

 

 時間は少ないって事だな、だが民家は罠が張って有り中に居る巫女さんの役目は……

 

「赤目、灰髪、出ておいで」

 

 僕の呼び掛けに足元の影から飛び出してくる我が愛犬達。

 

「こら!舐めるな、戯れ付くなよ」

 

 既に大型の戦闘体型、ライオン並みのサイズの二匹が草履みたいな舌で顔を舐める、くすぐったいが程良く緊張が解けた。

 

「お前達、左右の林に隠れている連中を無力化するんだ。だが殺すなよ」

 

「「がう!」」

 

 小さく返事をすると飛び出して行った……速いな、僕でも目で追うのがやっとだよ。

 

『さて、僕等も行こうか?』

 

『ふむ、先ずは手前の民家だが……呪術封じの結界が巧妙に隠されて配置しているのか、中に入ったら霊能力は無力化されるぞ』

 

『普通の霊能力者だったらだろ?

中に居る巫女は二人、呪術の発動は最初だけだが霊能力は無力化しても物理的には戦える。つまり彼女達は霊能力無しでも戦えると思えば良いかな?』

 

『多分な、そして無力化したら周りの連中が押し寄せる。流石に二十人も入れないだろうが効率は悪いだろ』

 

 攻略を考えながら赤目達が林の中の連中を無力化するのを待つ、生命反応が途絶えなければ三郎も察知出来ないだろう。

 まさか潜伏中に携帯電話や無線機で会話はしないだろうし……

 

『よし、無力化したみたいだな。正明、最初の民家に行くぞ』

 

『はいはい、玄関からお邪魔しますか』

 

 念の為に頭全体を覆うマスクを被る、防犯カメラに映像が残れば不法侵入で訴えられる、指紋も残さない様に皮手袋も嵌める、流石の胡蝶も最新防犯設備には無力だ。

 警戒しながら進むが特に反応は無い、発動条件は中に入ったらかな?

 今時珍しい曇り硝子を嵌め込んだ引き戸の取っ手に手を掛ける、何かが反応した事を感知する。

 

『引き戸にも無力化結界が仕込まれてるな、中に入れば発動するぞ』

 

『女性を武器で脅すのは嫌だな』

 

 何の抵抗も無く引き戸は開いた、施錠してないのは誘いだろうな。

 古民家の特徴か玄関は広い、土間は二畳程有り靴は女物の下駄が二足か……

 悪いが土足で入らせて貰う、玄関から上がると直ぐに台所で奥の襖から灯りが漏れている。

 

「お邪魔するよ」

 

 スッと襖を左右に開くと巫女服を着込み薙刀を構えた若い女性が待ち構えていた。

 

「一人だけとは余裕だな、この不審者め!」

 

「だが不用意に入ったのが運の尽きよ!怨、滅、閉、塞、捕縛結界発動」

 

 腕輪の四方に鈴を配した術具を掻き鳴らし結界を発動、なる程……霊能力が身体に留まり外に発せない感じがする。

 

 これが五十鈴を用いた結界か、凄いな。

 




今年一年有難う御座いました。来年も宜しくお願いします。
元旦から三日までは連続投稿します。

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