榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第261話

 昼食抜きで待機かと思えば美少女中学生に手料理を振る舞われた、おむすびだけで形も歪だが具材は豊富で味も良い、大切だから二回言うが美少女中学生の手作りだ!

 備え付けのキッチンで日本茶を煎れる、結衣ちゃんが好きなので煎れ方は学んでいるし用意されている茶葉も高級品だ。

 

「ありがとう、美味しいよ」

 

「へへへ、形が歪でごめんね。なるべく大きく作ろうとしたけど手が小さいんだ」

 

 なる程、歪なのは無理に大きく作ろうとしたのか、具は鮭・子持ち昆布・梅干し・明太子とバラエティーに富んでいる、普通に旨い。

 半数を食べ終わった所で一子様の話題を振ってみる。

 

「話し合いは上手く行ってるのかな?」

 

「うーん、難航してるかな……」

 

 右手人差し指を頬に当てて上を向いて考え込んでいるが、やはり彼女にはリアルタイムで情報が流れている。

 御隠居衆筆頭、若宮の次期当主の肩書きは伊達じゃないな。

 

「加茂宮の対価少なかった?亀宮の要求多過ぎた?」

 

「うーん、細かい話になってる。勢力圏の線引きなら分かり易いんだけど国のね、依頼部署の話まで出ちゃうと僕だと未だ分からないや」

 

 少し困った顔で手に持つ湯呑みに視線を落とした、どうやら話辛いみたいだな……

 

「そりゃそうだ。アレかい?文部科学省はウチで農林水産省はオタクみたいな?」

 

「もっと細かいよ、省じゃなくて局まで行ってる。もっとも話を拗らせてるのは星野家だけで他は簡単な条件だけだったんだけど……」

 

「うん、話辛いなら良いや。僕は僕で加茂宮とは雇用契約を結ぶし短期戦だから細かい取り決めは縛りが強くなる。

ある程度は自由裁量が欲しいんだよね」

 

 余りガチガチな契約は行動が阻害される、何か有った時にアレは駄目コレも駄目は辛い。契約違反は此方の過失になるから余計にだ。

 今回は対人戦がメイン、一子様以外の他の当主は全員食われる、つまり死ぬ事になる。

 それを僕に内緒にするか正直に話すかによって対応が変わる、一蓮托生・呉越同舟か……それなりの付き合い方になるか。

 

「お兄ちゃん、怖くないの?僕は怖いよ、御三家の当主って全員が人でない、人の範疇を越えてるんだよ。

残りの伊集院なんて獣化出来るって噂だし、僕は……」

 

「怖くないと言えば嘘になるね、正直僕だって怖いさ。

今迄だって逃げれる相手ならば逃げたし派閥の誘いが酷くなれば亀宮一族を頼ったりね、だが今回は違う。僕は既に腹を括っている、今更慌てないさ」

 

「覚悟を決めても勝てない時は勝てないよ?戦いは精神論じゃ無理だって、勝てる根拠が無きゃ駄目だと思う」

 

 手厳しいな、綺麗事だけじゃ納得しないぞって顔だ、いや中学生の上目遣いにしては結構くるな。

 陽菜ちゃんは僕が善意のみで動かないのを感じている、誤魔化しは利かないが未だ甘いよ。

 

「む、切り札が二枚有る。自信の源となるモノがね……どちらにしても今回は短期決戦だ、ある程度の無謀さも覚悟してるよ」

 

 建前の切り札二枚は赤目達と勾玉を使った雷撃、裏は胡蝶の力だ。

 式神犬は十分に切り札となりえるし雷撃は対人戦では有効だ、どちらも理由として成り立つ。

 

 話ながらも食べていたので最後のおむすびの欠片を口に放り込む。

 

「ん、ご馳走様でした」

 

「お粗末様でした」

 

 互いに向かい合い手を合わせてお辞儀する仕草が面白かったのか、陽菜ちゃんはクスクス笑っている。

 年相応の仕草は可愛いものだが、幼いなりにも色々と考えて行動しているのが分かる。

 

 若宮の御隠居が自慢する孫娘だけの事は有るな……

 

「未だ掛かりそうだけど、お兄ちゃんはどうする?」

 

「そうだね、先に帰れないし出掛けられないし……」

 

 どうすると言われても部屋から離れる事は無理だし昼寝でもするかな?

 防諜防犯の為か窓の無い部屋だから時間の感覚が無くなるけど、僕が一人で亀宮本家を徘徊するのは大問題だろう。

 

「暇なら書庫で本でも読む?僕、鍵を借りれるよ!」

 

「古文書か……でも勝手に弄るのは駄目だよ、きちんと管理されてるからね」

 

 貴重な古文書は桐の書棚に厳重に収納されている、勝手に漁れば問題だ。

 

「むぅ、じゃ僕とお話しよう!」

 

「陽菜ちゃんとかい?何か合う話題が有るかな?」

 

 お腹の膨れた午後、美少女中学生と二人切りで時事ネタを交えた会話を楽しむ、幸せな一時だ。

 僕の関係者で一子様との会談に出てないのは陽菜ちゃんの他に御手洗達も居るが、仕事中だろうから遊びには来れない。

 彼女は気を遣ってくれたのと好感度UPを狙ったのかな、わざわざ手料理まで作ってくれたし……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 陽菜ちゃんも三時前には帰って行った、会談は長いな。

 流石に暇だ、やる事も無いしパソコンでネットサーフィンとかしたいが履歴が残るし何を調べてるか知られるのも嫌だし……

 『榎本さんって、こういうの好きなんですか?』って言われたら死ねる、勿論アダルトな奴じゃなくて具体的にはインコとかの画像や動画だけどね。

 僕のイメージには小動物を可愛がるは無いだろう、どちらかと言えばトレーニングとかか?

 内蔵ゲームのソリティアで遊んでいたが流石に飽きた、三十分も遊べば三十代は目と肩に疲れが来るんだよ!

 

「はい?」

 

 扉を叩く音に返事を返す、漸く終わったか?

 

「お待たせ、終わったよ。お兄ちゃん契約書を交わすなら大広間に来てって、皆内容が気になるみたい。変な契約を交わされないか心配なのかな?」

 

 陽菜ちゃんが呼びに来てくれたが、公開契約じゃないんだが……

 印刷した書類一式、正副二部をクリアファイルに入れる、署名捺印済だから後は一子様が必要事項を確認し署名捺印をすれば完了だ。

 今回は個人契約でも仕方ない、因みに契約書の内容は彼女の業務をサポートする為の派遣に近い形にしている。

 報酬の欄も拘束期間掛ける日当にしてあるが今回は報酬目当てじゃなく奴等を胡蝶に食わせるのが目的、この辺は一子様と話し合いだな。

 実際には法的な効力は少ないだろう、まさか人間の捕縛や撃退を正直に書ける訳が無い、完了後は適当な物件の調査で心霊現象は無しの偽装報告でお茶を濁す。

 馬鹿正直に一人捕まえて幾らとか証拠になるモノは残せない、報酬額は一子様が僕をどの程度信用してるかの指針になる。

 最悪騙されて無報酬でも基本的に構わない、勿論そうなれば一子様とは敵対、最悪は胡蝶に食わせる事にもなりかねないが……

 

 契約を重視する僕だが今回は殆ど適当、契約書の体を為していれば良いだけだ。

 

「分かった、ありがとう」

 

「じゃ案内するよ!」

 

 腕を抱いて引っ張るのは嬉しいが、これも対外的に若宮と僕は上手く行っているアピールだろう。

 陽菜ちゃんは純真無垢だが次期当主の一面も持っている大人顔負けの美少女中学生だ。

 ほら、擦れ違った女性達は苦笑したが袴姿の男性は睨んで来たし。

 

「お婆様、榎本さんをお連れしました」

 

 襖の前で声掛けをして、部屋の中から了解の返事を聞いて襖を開けて身体をずらす、つまり陽菜ちゃんは中には入らない。

 

「ん、ありがとう。失礼します」

 

 部屋の中には亀宮さんと御隠居衆の全員、一子様と高槻さんが居る、にこやかに笑う一子様と疲れが伺えるが微笑む高槻さんを見て交渉は加茂宮側が有利だったなと感じた。

 

「あら、榎本さん。後は貴方との雇用契約を結ぶだけですわ」

 

 ロの字形に座る皆の前を通り過ぎて一子様の前に座り契約書と渡す、黙って熟読する彼女を見詰める。

 五分程読んでいただろう、最後に深いため息を吐き出した……

 

「これは重い契約書ですね」

 

「加茂宮殿、見せて頂いて構わぬか?」

 

 若宮の御隠居の言葉に黙って差し出す契約書を受け取り渡す、正副二部有るので回し読みされてます。

 待ってるだけの僕に陽菜ちゃんが座布団とお茶を用意してくれる、何故か袴姿に着替えているけど?

 

「お兄ちゃん、どうぞ」

 

 今回はお兄ちゃん?

 

「ああ、ありがとう。何故に袴姿?似合ってるけど」

 

 巫女の緋袴でなく大正浪漫溢れる方の袴姿を披露してくれた陽菜ちゃんが大きな湯呑みを置いてくれた。

 

「何だ、この契約書は!細かい約款ばかりだが要は日当三万円に成功報酬は相手任せ、馬鹿か?」

 

 む、星野家が握り潰さんばかりに契約書を振り回しているが本書なので丁寧に扱って欲しい。ある程度読み回したのか皆が困った顔や呆れた顔をしている。

 

「落ち着け、星野。だが榎本さん、これでは成功しても日当だけで無報酬の場合も有りますよ」

 

「または言い値で寄越せか?強欲だな」

 

「適正価格を相手に決めさせると?今はどうしても助力が欲しい相手にコレはキツいですな。報酬を釣り上げているとしか思えない」

 

「加茂宮を信用すると言う意味でも少し変だと思いますね」

 

 御隠居衆から色々な意見を貰った、どれも好意的じゃない。

 これだけの大仕事に日給のみで成功報酬の欄は未記入で相手任せ、自分達が散々条件で揉めた後だと余計に不自然に見えるだろう。

 星野家なんてマッチポンプかデキレース位に思ってるな、最初から話は済んでるんだろうって……

 

「今回は何時も結んでいる法に準じた契約とは違う、何故なら条件が違うから。

殺し合いになる、間違いなくね……九子は霊能力者を言葉通り食べて力を付ける能力を持っている。

既に配下の三人を食べるのをこの目で見ているから確かだ、そんな相手に法に準じた契約で対応出来ると?

それは僕等の関係を互いが理解する為に結ぶ契約、九子に勝てなければ僕も加茂宮さんも殺されて食われる、勿論負ける気は無いし見捨てる気も無い。

だが全てを掛けて戦わなければならない、成功報酬は互いが生き残った時に考えてくれれば良い」

 

「つまり一蓮托生ですね、私が死ねば報酬など絵に書いた餅と同じ。二人で生き残るか一緒に死ぬか、なんだか不思議で強い絆を感じます。

この条件を飲みましょう、色々細かい条件を付けられるより万倍マシです。ねぇ皆さん、これほど分かりやすく重い条件は無いですよね?」

 

 うわっ、嫌味だろ今のは絶対に……相当細かい条件を交わしたんだな。御隠居衆のコメカミがピクピク動いてるぞ、笑顔も無理矢理だし後で詳細を聞いておくか。

 

「では署名捺印をお願いします。最初に言っておきます、今回の敵は今の僕でも勝てないかもと感じてます。

どんな時も勝てなくても負けない方法は思い付いたが、今回だけは全力で挑んで何とかなるかどうかです。

なので要らぬ妨害は止めて頂きたい、此方も余裕が無いので手加減は出来ません……良いですね?」

 

 星野家を筆頭に鳥羽家と新城家を順番に見詰める、まさかとは思うが結果を考えずに妨害する奴等は必ず居る、嫉妬とはそういう理性的な考えを放棄する場合が多々有るからな。

 

 星野家は睨み返し他の二家は黙って頷いてくれた、妨害は最悪自分達の地位を脅かす愚策、出来れば共倒れが理想だろうな。

 

「亀宮さんも良いかい?」

 

「ええ、構いません。加茂宮さんも約束を違えない様にお願いしますわ」

 

 婚姻届が有るからか、余裕の笑みだ。

 

「勿論、私からは何もしませんわ、私からはね」

 

 此方も誘惑術に自信があるせいか、余裕の笑みだ。

 

「「うふふふふふ……」」

 

 互いに見詰め合い笑い合い牽制し合う、本当に女って怖い生き物だな。

 ああ、そうだ。阿狐ちゃんにメール入れとくか、彼女達は加茂宮のゴタゴタを静観するとは思えないからな。

 僕が九子に狙われて一子様と共闘するが、亀宮一族も了承済みと教えよう。

 御三家の一角だが、他の二家が共闘してると知れば手は出さないだろう。

 彼女は僕に貸しが有るから、僕が当事者になってるなら邪魔はしない筈だ。

 この騒動が沈静化して静観してくれていたら、貸し借り無しと伝えよう。

 何時迄も伊集院一族に貸しが有ると思われるのも良くないから丁度良いや。

 

「「榎本さん?他の女の事を考えてませんか?」」

 

「いえ、考えてませんよ」

 

 二大当主に睨まれた、何故分かったんだ?


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