榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第260話

 セントラル木更津マリーナ、会員制の高級マリンクラブだ。

 停泊には色々と手続きが有るらしいが若宮の御隠居に丸投げした、ブルジョア共め。

 あの関西で実業家として成功している桜岡さんの御両親でさえ、別荘は有れどもヨットは持ってないと言ってたぞ。

 維持費が大変らしいが庶民派の僕には関係無い話だな……

 一子様を出迎えるメンバーは僕と若宮の御隠居、それに風巻のオバサンの三人だ。

 マリンクラブ内に併設されたカフェで一杯1500円の珈琲を飲みながら海を眺める、老婆と中年女性とオッサンの組合せは周りから見ても不思議だろう。

 海の近くのオープンカフェというシチュエーションはバッチリなのに好みの女性と同席出来ない、不幸だ……

 因みに美女と言えば同行したがった亀宮さんは当然だが却下した、亀宮一族の当主自らが迎えに出るのは余りにも不自然。

 彼女は亀宮本家で、どっしりと構えていて欲しい。

 等と考えていたら沖合いから眩しい純白の大型モータークルーザーが近付いて来た、全長50フィート(15m)は有るだろう。

 

「国産の特注品か、イグザルド45コンバーチブルのフルカスタムとはな」

 

 若宮の御隠居がボソリと呟いた、因みに御隠居のメガクルーザーは同メーカーのイグザルド36スポーツサルーン、シャチの様なカラーリングと流線型のボディ。

 一子様のより一回り小さい全長40フィート(12m)だが此方もフルカスタムで、お値段は二億円だそうだ……

 因みに僕は若宮の御隠居のクルーザーの方が好きだが買おうとは思わない、船本体の値段もそうだがマリーナの停泊料は年間五百万円、燃料費や点検整備費を合わせれば一千万円は越えるそうだ。

 まぁ目的地にもよるが燃料を一回の航海で300リッター近く消費するらしいから上流階級の遊びで良いだろう。

 

「あのクラスだと操船に三人位要りますよね、二十人は乗れそうだから大丈夫なのかな……」

 

「そうですな、沖まで出れば一人でも大丈夫ですが流石に係留は無理でしょうね。

もっとも専属の航海士とかもいるでしょう、加茂宮の当主自らが舵を取るとは思えないですぞ」

 

 つまり配下が最大でも二十人近くは同行してる可能性が有るって事だな、加茂宮の筆頭当主である一子様が単独行動など考えられない、特に今は命を狙われているのだから。

 

「では行きましょうか?」

 

 レシートを掴んで席を立つ、支払いはするが領収書は貰うのが個人事業主である僕のクオリティだ!

 

「む、申し訳ないですな」

 

「いえいえ、お気になさらず」

 

 レジで支払いを済ますと一子様の大型モータークルーザーが係留作業を初めていた、驚いた事に巫女服姿の女性達が作業を行っている……ん?巫女?

 青い海、白い雲、緋色の袴の巫女装束を纏った若い女性、周囲の利用客が注目しだした。

 流石に金持ち連中だけあり不用意に撮影とか始めないのには感心した、最近流行の呟くアレで『千葉県の某マリーナに巫女さんナゥ!』とか写真や動画を掲載されたら大変だ。

 そこから他の当主連中に情報が流れてしまう、最近のネット民の情報収集能力は侮れない。

 

「加茂宮一子は居るかい?亀宮一族の若宮が迎えに来たぞ」

 

 何と無く見覚えが有る巫女さんだが、もしかして名古屋で会ってたかな?

 高槻さんは覚えていたがモブな巫女さん達はうろ覚えなのだが……

 慣れた手付きでロープを手繰り船を固定している、巫女さんがヨットガール?だと違和感が凄い。

 

「暫くお待ち下さい。あと榎本さん、お久し振りです」

 

「ええ、名古屋以来ですね。元気にしてましたか?」

 

 名前も思い出せないのだが、僕は知ってます的に返事をする、彼女達が居るならば……

 

「あら?お久し振りです、榎本さん」

 

 改造巫女服に独特の化粧を施した美女が含み有る笑顔を向けてきた、アイラインに緋色を使い狐目っぽくしている。

 

「高槻さん、お久し振りです」

 

 巫女さん達のリーダーの高槻さんも当然居る、彼女は関西巫女連合から派遣されたのだろう。

 モータークルーザーからタラップが伸ばされ下船の準備が整った、そして本日の主役が現れる。

 

「やぁ、一子様。お久し振りです」

 

 此方は正統派巫女服を着て豊かで艶の有る髪の毛を後ろに束ねている、彼女は神道系術者だったな。

 

「ええ、榎本さん。お久し振りですね」

 

 ナチュラルに手を差し出してきたので軽く握ってタラップを下りる補助をする、周りからの視線と騒めきが大きくなってきたな、早めに移動するか……

 

「久しいな、加茂宮殿」

 

「ええ、久し振りですわね。若宮さんと風巻さん。直接会うのは一年振り位かしら?

今日は私の我が儘の為に時間を取らせてしまい、申し訳なく思います」

 

 向かい合う僕と一子様の後ろに各々の関係者が並び妙なプレッシャーを撒き散らす、基本的には敵対組織だから仕方ないか……

 

「時間が押している、車に案内しよう」

 

「ええ、高槻は私に同行しなさい。他は船で待機」

 

 敵地に二人は豪気だが既に下話はしてあるのだろう、配下の巫女さん達は何も言わずにお辞儀をして見送った。

 用意した黒塗りのリムジンは四台、二台は無駄になったが元々は護衛だ。

 先頭と最後尾に護衛、二台目に僕と若宮の御隠居と風巻のオバサン、三台目に一子様と高槻さんが乗り込む。

 一子様と同じ車に乗るのは遠慮した、亀宮一族に要らぬ警戒を抱かせない様にしなければ駄目だ。

 基本方針は決まっている、僕は彼女に助力出来る。

 後は亀宮一族と加茂宮一族との調整協議だが、僕は参加しない方が良いだろう。

 派遣される僕の前で条件云々(うんぬん)は言い辛いだろうし……

 

 リムジンの車内は広い、だが後部座席に僕を含む三人では狭いので助手席に座る事にした。

 因みに運転手は知らない若い女性だ、若宮家の一族か専属運転手かな?

 車窓から外を見る、長閑な田園風景だ……

 

「榎本さん、加茂宮一子を様付けで呼ぶのは感心せぬぞ。せめて殿かさんにして下され」

 

「ん?ああ、そうですね。亀宮家当主ですらさん付けでした、僕の様付けは警戒と距離を置く意味なのですが、確かに様付けは加茂宮の配下みたいに取られますね」

 

 そう言えば何時から一子様と呼び始めたっけ?そうすると加茂宮殿か一子さん?違和感が凄いが仕方ない、星野一族辺りが難癖付けて来そうだ。

 

「加茂宮殿との話し合いに榎本さんは……」

 

「出来れば欠席で。僕が居たら話し辛いでしょうし……助力は決まっているなら後は亀宮一族と加茂宮一族との話し合いですから、僕は不要ですよね?」

 

 当事者の前で条件の話はし辛い、逆に居なければ僕に何か条件が付けられる事もない。

 彼女は僕を巻き込んでの話し合いにしたい筈だ、僕が妥協すれば亀宮一族は強く言えない。

 当事者が良いって言ってるのに何もしない連中が文句を言うなってね。

 

「そうじゃな、変な言質を取られるよりはマシ……と言う訳か」

 

「ええ、彼女の本質は交渉術。押しが強いので僕は苦手意識が高い。亀宮さんや御隠居衆の前で変な約束をさせられるのは困りますから……着きましたね」

 

 下話をしていたら亀宮本家に到着した、今回は正門前に停まり歩いて本邸に入る。

 僕は途中でフェードアウト、割り当てられた部屋で待機か高槻さんの相手をするか……いや、彼女は一子様に同行するだろう。

 車を降りると正門前に方丈さん達が黒服連中を従えて並んでいる、御手洗達は居ないが全員良い筋肉をしているな。

 

「さて、加茂宮殿。案内致そうか」

 

「ええ、お願いするわ」

 

 スルリと先導する御隠居達を抜き去り、さり気なく僕の手を取ろうとはしないで下さい。

 一子様に向けられていた周りからの敵意が僕に移ったぞ、知っててやったな。

 

「話し合いに参加出来るのは亀宮様と御隠居衆のみ、僕は不参加です」

 

「あら、当事者なのに?」

 

 本当に苦手な女性だ、魅惑的な目で見つめてくるが既に交渉が始まっている。

 主に僕との距離が近い事を周りに態度で示しているんだ、これにより僕は亀宮一族に居辛くなるのを分かってやっている。

 自分への敵意が増えるのは承知でだ、どうせ敵対組織だし今更嫌われ様が関係無い。

 

「既に加茂宮さんに助力する事は基本的に了承しています、後は提示される条件次第。

僕とは別に請負契約を結んで貰います、良い条件で互いが納得出来ると助かりますね」

 

「名前では呼んでくれないのね、意地悪な人。後で時間を下さいな、提示された条件を飲みますから」

 

 顔を近付けて目線を合わせて言われた、亀宮一族から助力を引き出すだけでなく僕の引き抜きへの布石を打って来たな。

 これで僕の亀宮一族での評価は微妙になった、前と逆戻りだ。

 だが亀宮さんは問答無用のヤバい切り札(婚姻届)を持っている、彼女からしたら一子様の行動は滑稽に見えるんだろうな。

 何故なら『貴女の言い寄る男は既に私のモノなのよ』って言えるから……

 

 黙って一礼して彼女から離れる、果たして御三家同士の交渉は上手く纏まるか疑問だが気にしても仕方ないか。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 与えられた部屋で一子様と結ぶ雇用契約書を作成する、裏に約款が細かい字で書いてあるが更に今回は追加する。

 

 曰く『雇用主(加茂宮一族)は榎本心霊調査事務所(僕)に対し契約達成に著しい障害をもたらす事を秘密にしていた場合、一切の契約条件を無効にする』

 

 これは先代加茂宮当主が仕掛けた蟲毒と現当主達が食い合い力を蓄える事を僕が知ったら契約は無効、敵対当主達を捕まえても一子様に引き渡す必要は無い。

 勝手に胡蝶が食べても(法的には別として)構わないのだ。

 

 契約書を二部作成しプリントした、これに署名捺印してくれたら今回の件は勝ったも当然だ。

 まぁ交渉術に関しては向こうが数段上だから上手く行けば儲け物程度だな。

 自分の欄に署名捺印しクリアファイルに入れて準備は完了、後は待つだけだが……

 

「長いな、既に一時を過ぎているぞ」

 

 食事抜きで一時間以上は話し合っている、途中休憩は無しか。

 

『ああ、まだ奴等は大広間に居るな。気になるなら悪食の眷属でも放ってみるか?』

 

『いや、バレた時が怖い。腐っても御隠居衆だからな、探索系術者が居ないとも限らない。此処は亀宮一族の本拠地なのだから……』

 

 この屋敷自体も所々に霊的な仕掛けが施されているのを感じるんだ、無闇に悪食を出す訳にはいかない。

 

『あれ?此処で胡蝶さんを出したの不味かったかな?』

 

『ん?問題無いぞ。ちゃんと目と耳は潰しておいた、奴等に察知はされてないぞ』

 

 やはり部屋に監視が霊的と機械的に有ったのか、信用されてないんだろうな……僕は色々とやらかしているから。

 

「はぁ、人生ってままならないモノだよな」

 

『そうだな、我を崇める一族の血縁が独りだけだ。早く産めよ増やせよと発破を掛けても一向に増えぬ、しかも五年も待てとは……本当に人生とは、ままならなぬモノよ』

 

 独り言に突っ込みを入れられた!しかも反論出来ない内容と来たものだ。

 

『胡蝶さん、それは……』

 

『む、誰か来るぞ』

 

 思わず立ち上がって心の中で反論したが、誰か来る情報で座り直す。暫く待つと扉をノックされたので返事をして室内に招いた。

 

「お兄ちゃん、昼食未だだよね?」

 

 最近知り合った美少女中学生が扉を少し開けて顔だけ出して覗き込んで来た。

 

「ああ、陽菜ちゃんか……未だだよ、彼等の話し合いが終わる迄は出掛けられないと思ってさ」

 

 部屋付きの冷蔵庫にも流石にコーラ以外の食品は入っていなかった。

 外食するにも出掛けられず屋敷の方に飯をくれとも言えずに我慢してたんだ。

 

「はい、おむすび十個作って来たよ。後は白菜の浅漬けにとろろ昆布のお吸い物、それとデザートは梨を剥いて来た」

 

 顔を引っ込めて台車に乗せた料理を運び込んで来た、形が少し歪なのは手作りかな?

 

「もしかして陽菜ちゃんの手作りかい?」

 

「うん!」

 

 嬉しそうに頷く彼女を見て高い懐石料理なんかよりも嬉しいと実感するな。

 


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