亀宮本家に加茂宮一族の跡目争いについて一子様に協力するかの相談の為に来た。
事前に陽菜ちゃんが僕の本意を探りに来た、あざといと思う無かれ僕が呼ばれる前に御隠居衆と下話をしてくれている。
彼女は悪い方に感じていない、僕に協力的だ。
勿論、午後から加茂宮一子様本人が来るので本番は当事者を交えた場になるだろう。
彼女の提示する対価案により話し合いの方向が決まる、出来れば双方納得の行く結果になれば良いが……
◇◇◇◇◇◇
少し困った顔をした滝沢さんと並んで廊下を歩く、何か言いたいのだが言えない感じだ……
ああ、そうか!僕の割り当てられた部屋に亀宮さんが居るんだな、彼女と亀ちゃんの霊力を感じた。
「もしかして不機嫌な亀宮さんが部屋に居るのが言い辛かったりする?」
歩みを止めて此方を見る、表情から図星か。
「なっ?何故分かるんですか?」
本当に滝沢さんは気遣い美人だな、こんなオッサンの事を心配してくれてるのだろう。
「滝沢さんは大切な仲間だからね、考えている事は大体分かるよ」
No.12のルームプレートの付いたドアの前で立ち止まり深呼吸をする、未だドアは開けられない、精神統一をしなければ……
「あの、榎本さん?早く入りませんか?」
「もう少し待って……うん、大丈夫だ」
意を決しては大袈裟だが心構えをしてからドアを開ける……ああ、完全に拗ねてるな、拗ね捲ってるな。
「おはよう、亀宮さん」
ソファーに両足を揃えて腕を組んで座っている彼女に挨拶をする、チラリと視線だけ向けてくれたが……
「むぅ、私怒ってます!」
此方を向かずに横を向いてハムスターみたいに頬を膨らませている、幼い感じで可愛らしい拗ね方だ。
彼女の怒ってるは心配しているのと事前に相談しなかった事かな?
「何をって聞いて良いかい?今日は相談に来たんだ、話し合わないと何も分からないよ」
優しく諭す様に話し掛けながら向かい側に座る、直ぐに滝沢さんが瓶コーラとコップをテーブルに置いてくれた。
最近知ったんだが、僕の部屋には冷蔵庫が二つ有り一つはコーラとコップが冷やされている。
氷は入れない派なのでガラスのグラスを一緒に冷やしてくれている、多分だが用意したのは五十嵐さんだと思う。
「何故、加茂宮の一子に榎本さんが協力しないと駄目なんですか!」
未だ顔を向けてくれない、僕は彼女に敵対しないと誓った、なのに何故敵対する御三家当主に助力するのかって話か……
「滝沢さん、席を外して欲しい。出来れば十分間だけ誰も部屋に入れないでくれるかな?」
暫く考えてから此方を見て頷いてくれた。
「分かった、この部屋に盗聴器や監視カメラの類は無い。私も話し声が聞こえない距離で待機する。亀宮様、失礼します」
一礼して部屋を出てくれた滝沢さんだが、物分かりが良過ぎじゃないか?
仮にも亀宮一族の当主と、何処の馬の骨だか分からないオッサンと個室で二人切りにする位、彼女は僕を信用してくれている。
彼女の気持ちを裏切る事は出来ないな。
「胡蝶、出て来てくれ」
『何だ、亀憑きには全てを話すのか?』
左手首の蝶の痣からモノトーンの流動体が膝の上に溜まり少女の形を成していく。
「久しいな、亀宮の当主よ。名古屋の洞窟以来か?」
「胡蝶ちゃん!」
凄い早さで亀宮さんは胡蝶に抱き付いて膝の上に乗せた、艶髪の攻撃を躱した僕が反応出来ないスピードなんて……
「おっ、落ち着け、落ち着かんか!こら、揉むな撫でるな抱き付くな」
「嫌よ、落ち着ける訳無いじゃない!」
美女と美幼女の戯れを見ながら亀ちゃんが器用に瓶を咥えて注いでくれたコーラを飲む。
「最近どう、北海道は大変だったんだろ?」
コクコクと頷く亀ちゃん、大分意思の疎通が出来る様になったな。
思えば亀ちゃんも700歳以上なんだよな、何か胡蝶や加茂宮に憑いてる奴の過去とか知らないかな?
「正明、亀と遊んでないで何とかしろ。早く我を助けろ!」
「ん?ああ……亀宮さん、落ち着いたかい?」
力一杯胸に抱き締められた胡蝶が右手を差し出して助けを求めて来た、力ずくで振り解けるのに彼女も丸くなったもんだ。
「ええ、久し振りに胡蝶ちゃん成分を満喫出来たわ!」
どうやら機嫌は回復したみたいだ、さっき迄は拗ねていたのに今は満面の笑みで胡蝶さんを抱いている。ある意味母娘と見えなくもないか?
「じゃ聞いてくれ、僕等と加茂宮に取り憑く奴との因縁を……」
◇◇◇◇◇◇
「それが真実なのですね、胡蝶ちゃんと彼等との間に有る因縁とは……」
僕と胡蝶が交じり合ってるとか先代加茂宮が我が子達に仕掛けた蟲毒の話はしていない。
加茂宮の当主達に胡蝶の因縁有る奴の力を分散して宿した事、その中で九子だけが適正が高かったのか同調してしまい兄弟姉妹を襲い始めた。
九子の力は他の霊能力者を取り込み自分の力に出来る事。
彼女は一子様を最後に取り込む事と加茂宮一族以外の霊能力者も狙っていて、次は自分、その次は亀宮一族と力を増す為に動くだろう。
今なら力は拮抗してると思うが、時間が経てば手に負えない強敵となる。
以上を掻い摘んで説明した、兎に角一子様に協力し彼女の伝手を頼りに九子を捜し出して倒す。
亀宮一族の霊能力者を伴わず自分だけで行くのは、取り込まれたら相手がパワーアップするので逆に足枷になるから。
「ええ、放置すれば確実に負けます。
奴も因縁有る胡蝶の存在に気付いて決着を付けようとしている、加茂宮の当主達を取り込んだ後なら確実に勝てるからね」
暫く無言で下を向き座っていたが、控え目なノックに気付き視線を上げて目が合った、何故赤面するの?
「どうぞ」
「失礼します、話は終わりましたか?屋敷内が慌しくなりました、そろそろ呼ばれるかも知れません」
壁に掛けられた時計を見れば三十分近く話し込んでしまった、滝沢さんには十分と言ったのに悪い事をしたな。
「あらあら、これは急がないと駄目ね!榎本さん、この書類に署名捺印をして下さい。今日の話し合いの切り札になりますわ」
署名捺印?って、この書類は……
「婚姻届じゃないか!亀宮さんの欄は既に記載捺印済みだけど、何でコレが交渉の切り札何だよ」
コレは不味い、コレが正式な手順で行政機関に提出し受理されたら、僕と結衣ちゃんのハッピーブライダルがバツイチに……
『委細承知!正明、身体を借りるぞ』
『ちょ、駄目だって!胡蝶さん、それは悪魔の契約書だ!』
扉をノックされた時点で僕の中に入り込んでいた胡蝶さんが、身体を操り婚姻届にサインをして捺印してしまった……
『胡蝶さん、駄目だって!絶対に亀宮さんは勝手に婚姻届を行政機関に提出するって』
『良いではないか、良いではないか!軒を借りて母屋を盗るだったか?
これで亀憑きは正明の嫁、旧家の権力者ならば妾は必須、養い子も霊媒母娘も梓巫女も男女も一神教のシスターも、皆お前の妾だ!』
『ちがーう!五年間は待つ約束だろ?』
『む?我も加えろと?分かった分かった、我も正明の妾として奉仕してやるぞ。変わりにお前も我を崇めるのだぞ』
もう訳が分からない、足腰の力が抜けて座り込んでしまった。
「はい、有り難う御座います!
これで榎本さんは私の伴侶、亀宮一族当主の番(つがい)ですから加茂宮への移籍も有り得ないし一子さんとナニかしたら浮気ですよ、暴れますよ?
大丈夫です、提出は夫婦一緒ですから大丈夫なんです!」
両手を床に付いて慟哭する僕の背中を優しく擦る亀宮さんを見た滝沢さんの顔面が崩壊していた。
「榎本さんが苦渋に満ちた顔で婚姻届にサイン捺印をしてから、四つんばいになって慟哭しているだと?」
てか、女性がそんな顔をしては駄目だって!
◇◇◇◇◇◇
「陽菜よ、どうだった?」
お兄ちゃんと別れてお祖母様の部屋に向かった、風巻のおば様と五十嵐のお姉ちゃんがソファーに座っている。
この三人、三家が親榎本派、お祖母様は今回の件でお兄ちゃんの本心を探る様に頼んだ。
皆は日本茶だけど僕は冷蔵庫からカルピスソーダを取り出す、今の僕のマイブーム。
「今回の件だけど、単純にお兄ちゃんは脅威となる敵を倒すのに効率的な手段を取っただけだったよ。
加茂宮九子はお兄ちゃんでさえ勝てるか分からない相手、しかも他の霊能力者の力を取り込めるみたい。
相手に時間を与えれば確実に負けるって……」
喋り終わり一呼吸置いてお祖母様達を見る、ただ驚いた顔、苦虫を噛み潰した顔、思案顔と面白い。
因みに上から五十嵐のお姉ちゃん、お祖母様、風巻きのおば様の順番。
取り敢えずカルピスソーダをコップに注いで飲み干す、榎本さんの言った炭酸が喉を通る時の刺激は確かに堪らない。
「あの榎本さんが勝てないかも知れない相手って……」
「敵地に乗り込むなら協力者として加茂宮一子は最適、だが同時に最悪でもある。
アレが勝てないかもと言う相手だ、最悪共倒れをけしかけるやも知れない。我々は最大戦力を失い加茂宮一子は一族を纏め上げる事が出来る」
「基本的に私達は榎本さんに信用されていない、毎回仕事で交わす契約書が物語っています。
今回の加茂宮一子への協力は、遠因に関西巫女連合所属の桜岡霞の存在が有ります。
余り反対や条件を付けて助力を渋ると、派閥から離れる可能性を捨て切れないですね」
同じ順番に意見が出た、ただ驚くだけ、一子さんを信用してない事、榎本さんの移籍を心配している事、後半の二つは有り得そうだけど僕としては移籍の件が近いと思う。
榎本さんは大切な人に順位を付けている、ある程度なら平等だけど一定量を過ぎると残酷なまでに差を付けると思う。
今の榎本さんの一番は桜岡霞さんと結衣ちゃんだと思うな、彼女達が危険になれば何よりも優先するだろう。
「榎本さんは桜岡霞さんを大切にしているよね、彼女の危機に対して妨害したり反対したら……
榎本さんは亀宮一族から離れてしまうよ、そうならない様に僕等は動かなければならないと思う」
僕の総評に皆が納得してくれたみたい、だって加茂宮一子が何を考えていようとも放置は自分の首を絞めるのと同じ。
結局は彼女に協力するのが一番効率的なのは間違いないし……
コップに注いだ二杯目を飲む、やはりカルピスソーダはパイナップル味が好き、グレープやマンゴーは微妙だった。
「つまり加茂宮一子に協力するしかないのか、あの女の提示する内容にもよるぞ。榎本さんを出すのに安い対価では釣り合わない」
「それは交渉次第だよ、僕等は加茂宮への助力を反対してないから、榎本さんの能力に見合う対価を提示しろって言えば良い。
本人の目の前で一子さんは見合う対価を示さないとならない、見栄や今後の関係を考えても評価を盛らざるを得ないと思うよ」
榎本さんの目の前で『私は貴方をこれだけ評価しています』って示すのは結構辛い。
欲を掻いて評価ギリギリだと良い感情を持たれないからね『俺ってこんなモンかよ?』って思われたら今後の関係に悪影響を与える。
だから当然正当評価以上を提示してくる。
でもそれは私達も同じ事……
自分達は何もしてないのに対価を貰えるんだ、此方も欲を掻いては駄目だ。『そんなに貰うのかよ、何もしないんだから遠慮すれば?』とか思われたら嫌だ。
「だが本人と無関係な者達が欲を掻き過ぎても駄目だな、難しい……これだから欲望の薄い男は扱い辛いのだ、金と女が使えないからな」
うん、お祖母様は僕の言いたい事をちゃんと理解してくれた。
でも桜岡さんが榎本さんを墜とせた理由って、やっぱり大食いなのかな?
お色気スケスケ梓巫女の色モノ霊能力者の彼女を大切にする榎本さんの気持ちが分からない。
「あーあ、僕の旦那様になってくれるならこんな苦労はしないのに……駄目だった、亀宮様がヤンデレてNiceなBoatになっちゃう、依存って怖いな」