榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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胡蝶の章
第257話


 加茂宮九子と配下の鬼童衆に襲われた翌日、一子様と一緒に亀宮本家に事情の説明と協力要請をする様に頼んだ。

 派閥争いに他の勢力の配下の僕を名指しで派遣する様に頼むのだ、それなりの対価が必要なのは分かっている。

 その辺の交渉事は魅了系術者の一子様が本領を発揮出来るだろう。

 

 問題は……正論も理屈も損得勘定も感情で捻伏せる亀宮さんだろう、絶対に反対するし抵抗する。

 

 最悪は泣き出す位するな、彼女は一子様に敵対意識を持ってるし、そもそも御三家とは勢力争いをしている関係だ。

 敵の当主陣が潰し合うなら大賛成、だが淘汰され生き残った当主は最強だ、僕と胡蝶でも三人食べた奴は倒せない。

 黙って見ているのは悪手、ならば話し合いが出来る一子様と共闘し残りの当主陣を胡蝶に食べさせるのが僕的ベストだ。

 実際は一人くらい一子様に食べさせないと加茂宮一族が弱体化し過ぎる懸念は有るけど、その辺は状況により臨機応変に行くしかないか……

 

 彼女と合流し亀宮本家に同行する予定だ、京都府から千葉県にだと新幹線か飛行機が早く安全な移動手段だと思っていた。

 だが待合せ場所に指定されたのは逗子マリーナ……

 あのブルジョアめ、自家用クルーザーで亀宮本家に乗り込むつもりだな。

 

 だが亀宮本家に船着き場は無い、最寄りのセントラル木更津マリーナに停泊させて貰い車を回すしかないんだ。

 高級会員制マリンクラブだが当然の様に若宮のご隠居様は会員で自家用クルーザーも持っていたので手続きは丸投げした、ブルジョア共め。

 

 当日は先に亀宮本家に行って事前打合せを行い最低限の方向性と妥協点を決めて午後一番に一子様を迎えに行く、ハードなスケジュールだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 一子様に電話をした翌日、先に乗り込み亀宮さんや若宮のご隠居様と下話をしなければ駄目なので自宅を六時半に出る。

 久里浜港発の七時最初のフェリーに乗れば金谷港に八時に到着、そこから車で約一時間で亀宮本家に到着。

 流石に九時前に訪問は失礼だろう、其処まで逼迫した状況じゃない。

 

「では行って来ます、帰りは遅くなるかもしれないから途中でメールするよ」

 

「気を付けて下さい」

 

「亀宮さんに宜しく伝えて下さい」

 

 

 玄関先には桜岡さんと結衣ちゃんが並んで見送りをしてくれる、亀宮さんに会う事や加茂宮の相続争い、一子様と共闘するだろう事は伝えてある。

 関西巫女連合は親加茂宮派で高槻さんは一子様の配下みたいな立ち位置だ、桜岡さんの義理の母親で摩耶山のヤンキー巫女にも今回の件は伝えた。

 彼女も所属する加茂宮の当主争いには立場的に無関係は無理、必ず当主の誰かの下に着く。

 有力なのは一子様だが能力的には九子だと思う、アレは既に一人食って交じり合っている。

 

 愛車キューブに乗り込み安全運転で久里浜港に向かう、通勤時間帯だからか国道16号は混んでいる。

 余裕を持って出掛けたので問題無く久里浜港に到着、車検証を持って乗船手続きを行う。

 愛車を船に乗せる手続きは車検証が必要だ、サイズや重量を登録する必要が有る、過積載など普通の手続きをすれば起こらない。

 手続きを済まし料金を払い愛車をフェリーに乗せる、誘導に従い縦列駐車。

 乗せる時は後から降ろす時は前からなら車は真っ直ぐ動くだけで良い。

 所定の場所に駐車しサイドブレーキを確認したら客室へ移動、売店でコーラとアメリカンドッグを二本買ってケチャップを沢山付ける。

 

「トマトケチャップだけでマスタードは付けないのが僕のクオリティ!」

 

 甲板に上がり空いていたベンチに座る、平日のこの時間帯だと乗客は釣り人ばかりだ。

 定刻通り四十五分後に金谷港に到着、此処でアクシデント発生……

 

「来ちゃった!」

 

 まるでアポ無しで付き合ってる彼女が自宅に訪問して来た時に言う様な台詞だ、輝く笑顔でアピールされた。

 

「陽菜ちゃん、何故此処に居るの?」

 

 元気良く手を振る彼女はお供の姿が見えない、パーカーにホットパンツ姿の美少女が一人だと目立って仕方ない。

 彼女の集めた視線が僕の方に移るのに時間は掛からなかった、ナチュラルに腕を捕まれた時の嫉妬と犯罪者を見る様な冷たい視線が辛い。

 

「迎えに来た!今日は私達にとっても重要な日だから」

 

 元気溌剌で大変好ましいのだが、平日の早朝にVIPを一人で放置するか?

 

「お供は?迎えの人と車は何処だい?」

 

 広い港前ターミナルを見渡しても黒塗りの送迎車も無く付き人も見当たらないぞ。いや、霊力を感じる……三人?

 

『そうだな、50m後方のお土産屋二階に我等を伺う奴等が居る。後は進行方向に路駐している車も怪しいな……』

 

 御隠居衆筆頭、若宮家の次期当主だから陰日向と隠れた護衛は当り前か、彼女も大変だな。

 

「えへへ、榎本さんの車を見付けた時点で先に帰って貰ったんだ」

 

「取り敢えず乗る前に自動販売機で飲み物を買おうか」

 

 ゴネても無駄だ、陽菜ちゃんとのドライブは嫌じゃないが彼女は若宮のご隠居の秘蔵っ子だ、車内という二人切りの空間で何か聞きたいのだろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「それで、我が儘を装って二人切りで話したい事は何だい?」

 

 助手席で美味しそうに『がぶ飲みメロンソーダ』を飲んでいる陽菜ちゃんに話を振る、彼女は英才教育を施された悪いが五十嵐さんよりも有能な子だ。

 意味も無く連絡無しで迎えに来たり自分の護衛を先に帰したりしない。

 まぁ隠れた護衛は居るが彼女が、その存在を知っているのかは分からない。

 

「バレてたのか……やっぱり榎本さんって自分の力しか頼らないタイプかな?」

 

「仲間の必要さは身に染みたよ。適材適所、頼れる所は信頼出来る仲間に頼む事にしている。

だが直接戦闘で背中を任せられるのは亀宮さんだけだ、他は守るべき存在だからね」

 

 やはりだ、彼女は僕が亀宮さんや若宮のご隠居様と相談する前に何かを確認したがってる。

 横目で見れば真剣な表情だ……美少女の真面目顔って見惚れるよね?

 

「うん、霊的にも物理的にも戦闘力で榎本さんと互角な人は亀宮一族には亀宮様しか居ないよね」

 

「ああ、自惚れじゃなくても上位陣に食い込んでいると思っている。

だが……初めて勝てないかも知れないと恐怖した存在と会った、アレは普通じゃない」

 

 一瞬驚いた顔で僕を見る、未だ誰も加茂宮九子の危険性を認識していない。

 亀宮さんの所で散々やらかした僕が勝てないかも?と言った事は重い。

 山名一族と五十嵐の跳ねっ返りを潰した僕でさえ勝てないと思う相手、敵に回せばどうなるか理解した筈だ。

 因みに先代加茂宮が仕掛けた子供達を蟲に見立てた蟲毒の呪いについては教えられない、知れば一子様も同様の脅威と見られ下手をすれば闇から闇へと始末されるだろう。

 僕は彼女に力を貸すつもりだが、同時に他の当主達を誘き寄せる為の贄とも思っている。

 勿論、彼女を胡蝶の贄にするつもりは無い。

 

「榎本さんが勝てないの?だって……」

 

「僕も信じられないが奴は霊能力者を取り込んで力を得るんだ、この目で見たから脅威と感じている。今は互角、だが時間が経てば負けるだろうね」

 

 取り込むと多少マイルドに言ったが本当は『霊能力者を食う』だ、文字通り捕食する、肉体も魂も……

 普通の人間なら食われる、捕食される事に凄い抵抗が有るだろう。

 

「取り込む?お兄ちゃん、そんな危険な相手に挑むなんて……」

 

 漸くお兄ちゃんって言ってくれたな、榎本さんって呼んでいた時は若宮の後継者としての意識が高かったのだろう。

 千葉県の市街地は信号が少ない、暫く走り赤信号で停まった時にコーラを飲む……少し温くなったか。

 

「今朝から御隠居衆が全員集まっているんだ、加茂宮一子さんへの協力は揉めると思う。

亀宮様は絶対反対って騒いでたよ、話の内容次第では若宮家と風巻家、五十嵐家は支持すると思う。

中立は方丈家と土岐家、それに高尾家かな?後の四家は基本的に反対、羽鳥家に井草家、星野家と新城家だね。

特に星野家は何を言っても反対すると思うな」

 

 亀宮さんを含めて十一人、過半数を得るには中立の三家を説得しなければならない。

 先代加茂宮当主が仕掛けた蟲毒の話をすれば、ある程度の理解は得られる。

 敵対する御三家当主が膨大な力を得るのを邪魔するのは当然だ、だが同時に一子様が強くなるのも妨害したい。

 だから蟲毒による現当主達全員にチャンスが有るのではなく、あくまで九子が異常だと話を持っていかないと揉める。

 

「過半数の賛成票を得られれば良いんだよね?亀宮さんは感情的になってるから無理かな……」

 

「何故、お兄ちゃんは一子さんに協力するの?確かに九子さんに襲われて手助けをする様に言われたらしいけど……」

 

「全員倒せば関西も亀宮の勢力下に置ける?」

 

 権力者なら当然考える支配地の拡大、特に御三家は昔から争っている。

 御隠居衆の中にも加茂宮に恨みが有る連中は居るだろう、何故憎き敵の手助けをしなければならない?

 

 蓋を開けたまま缶ホルダーに入れていたコーラを半分ほど一気飲みする、温いが喉を刺激する炭酸は爽快だ。

 

「打算的に考えれば僕は加茂宮一族の事を殆ど知らないし関西の地理にも詳しくない。

敵地に現地のサポート無しで巨大な敵に挑むのは馬鹿だ、利権や派閥の複雑に絡んだ亀宮の実行部隊を率いて行くつもりも無い、僕は一人で行くよ。

加茂宮から貰う対価は皆で今日決めれば良いと思う、僕は何時もの雇用契約を結ぶつもりだ」

 

 今回は僕一人で行く、同行者は不要。

 現地のサポートは一子様とその配下に任せれば良い、僕は彼等が見付け出した当主を倒し……あわよくば胡蝶に食わせる。

 

「そんな顔をしないでくれ……

本心は知り合いが不幸になるのを黙って見てはいられないんだ、特に一子様は関西巫女連合に支持されてるからね。

彼の連合には知り合いも多い、参戦するなら彼女達にも危険が伴う」

 

 凄く不安そうな顔をした陽菜ちゃんの為に納得し易い理由も付ける、当然だがどちらも本心で最後に胡蝶の為にと足される。

 

「良いなぁ、桜岡さんって……自分の為に巨大組織に単身戦いを挑む彼氏が居るなんて羨ましいし妬ましい」

 

 は?純真無垢な美少女から生々しい嫉妬が漏れたぞ、聞き間違いだよな?

 

「まぁ本心の方は言わないから皆には内緒だよ!情に流される強力な術者なんて危険だからね。

あくまでも放置は危険だから早期に使えるモノは使って対処するで説得するさ」

 

 少なくとも僕は九子にロックオンされてる、様子見や放置は出来ない。

 

「それも間違いじゃないけど……後は一子さんから何処まで譲歩を引き出すか、だね!」

 

 天真爛漫な笑顔だけど内容は次期当主として利権を考えたものだ、この辺の考え方は流石だ。

 五十嵐さんも少し見習えよ、成人女性が中学生に負けているんだぞ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 その後は少し時事ネタを交えた雑談をしていると亀宮本家に到着、No.12のスペースに愛車キューブを停める。

 元気良く飛び出す陽菜ちゃんに断りを入れておくか……

 

「陽菜ちゃん、一時間位部屋で休んでるよ。話が纏まったら呼びに来てくれるかな?」

 

「分かった、先にお祖母様達に説明しとくね。方向性が決まったら呼びに行くよ!」

 

 元気良く屋敷に駆け込んで行ったが、やはり事前に話を聞いて若宮の御隠居様か御隠居衆全員か知らないが僕抜きで話をする予定だったんだな。

 だが悪感情は無かった、少なくとも陽菜ちゃんは味方か最悪でも中立、若宮の御隠居様も孫の意見は無視しない。

 彼女から少し遅れて屋敷に入ると滝沢さんが出迎えてくれた……しまった、事前に到着予定時刻を連絡するの忘れた。

 

「ごめん、連絡忘れちゃったよ」

 

「大丈夫だ、陽菜様の位置はGPSで確認していた。当然だが、隠れた護衛も居たんだぞ」

 

「うん、付かず離れず護衛が居たね」

 

 もしかして僕が陽菜ちゃんに何か悪さするか心配で監視していた訳じゃないよな?

 幾ら僕がロリコンでも流石に自重するぞ。

 


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