榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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幕間第20話

 また親父さんの知り合いの訳有りOKの個人病院のお世話になっている。

 今回も大怪我を負ってしまった、特に両手を怪我したのが痛い、右腕は骨折、左親指は骨にヒビが入った。

 毎回死にそうなのだが、もう少し除霊スタイルを変えないと復讐を終えない内に殺されてしまうな。

 次回からはもう少し除霊スタイルを変えてみよう……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 やはり「箱」が中途半端に治療をしてくれたらしく、右腕のギブスは三日目に外してもOKとなった。

 左親指の骨のヒビは全治二週間前と言われて今も大袈裟に包帯が巻かれている、全身の打撲や擦り傷は何時もの事だ。

 親指が曲がらなくても子供握りでフォークを使い、慣れない左手でサラダの胡瓜を突き刺して食べる、安っぽいドレッシングが妙に美味しく感じる。

 プラスチックの容器に乗せられたメニューは食パン二枚にハムサラダ、コーンスープにパック牛乳、デザートはグレープフルーツ。

 左手でも食べれるのは嬉しいが前回と全く同じメニューとは栄養士さんは何を考えているのだろう?

 時間を掛けて朝食を終えて抗生物質と痛み止めを飲んだら眠くなってきた。

 丸一日寝ていたのに、人間って寝れるんだな。

 僅かに開いた窓から気持ち良い風が入り込んで頬を撫でる、どの道寝るしか時間を潰す方法が無いから構わないか?

 今晩は寝れないかもしれないが、美浦さんに雑誌の差し入れを頼めば良いか。

 

 僕は意識を手放した……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 昼の十二時きっかりに起こされた、昼食だ。

 メニューはシーフードピラフに中華スープ、ヨーグルトのブルーベリーソース掛けにパック牛乳。

 シーフードピラフは油分が少なくパサパサで炒飯みたいだが味は悪くない、スプーンで掬い口の中に入れる。

 美浦さんが差し入れに雑誌を数冊持って来てくれたが、彼の趣味が分かる。

 ゴシップ記事満載の週間毎朝とか月刊相撲倶楽部、それに旬を過ぎた落ち目アイドルのセクシー写真集……僕にどうしろと?

 痛み止めが利いているので無理をしなければ動く事が出来る、ベッドに腰掛けて週間毎朝を読む。

 

「近隣の二国と緊張状態、食品に毒物混入、生活保護の不正受給、国会議員の汚職、警察官僚が痴漢で逮捕……明るい記事が無い」

 

 こういう不安を煽る記事ばっかりってどうなんだ?読者は喜ばないだろうに……

 

 更にページを捲るとカラーページに変わり際どいヌード写真が四ページほど掲載されている、顔も名前も知らなかったAVアイドルが挑発的なポーズでカメラに目線を送っているが、二十代半ばはオバサンだ。

 自分がロリコンだって何と無く自覚し初めているので年上に興味は無い。

 カラーページの次には連載小説と特集の隣の国の将軍様の動向だ、正直どうでも良い。

 

 良い感じに眠くなって来たので本日二回目の意識を手放した……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 夕食かと思えば三時の差し入れを持って軍司さんが見舞いに来てくれた。分厚い見舞金を何とか断る、厚さが1㎝は有ったぞ。

 厳つい身体を備え付けのパイプ椅子に押し込む、見舞金は遠慮したが特大のフルーツ盛りは受け取った、メロンの魅力に負けた訳では断じて無い!

 

「元気そうで安心したぞ、でも相変わらず遠慮癖は抜けないな」

 

「あんな分厚い見舞金なんて怖くて貰えません!でもフルーツは頂きます、食べるだけが楽しみなので……」

 

 入院中の娯楽は少ない、特に同じ入院患者が居ないので話し相手は美浦さんだけだし。

 

「今日来たのは結果報告だな」

 

 軍司さんの話を纏めるとこうだ、先ずは僕が気を失って直ぐに病院に運び込んでくれたが屋敷の方は美術品の持ち出しをしていた。

 元々奴の両親は資産家で美術品や骨董品の収集と転売をしていた、警察が家宅捜索をしても事件に関係無い美術品や骨董品は証拠として持ち出さない。

 流石に金庫の中身や現金は持ち出したが、裁判中で罪が確定する迄は資産の差押えも無理だ。

 だから奴が自殺し容疑者不在で裁判で有罪判決が出た後で、被害者の会が差押えに向かったら悪霊化した奴に返り討ちになって遺産に手を出せなかった。

 だから土地と建物込みで競売に掛けた、少しでも被害者の為に金が欲しいが中に有るだろう美術品の値段は査定額に組み込め無い。

 だから土地と建物の最低入札額は1500万円と破格の安さだった、少しでも入札額を上げて欲しかっただろうが同行した霊能力者が匙を投げた為に義理入札。

 一万円上乗せした親父さんが、まんまと落札してしまった。

 

 奴が僕の侵入を拒んだ二階に美術品や骨董品は集められていた、刀剣類七点、絵画十六点、掛け軸三点、茶器等の骨董品が45点、他に貴金属や高級時計等で合計で百点近いお宝が見付かり、直ぐに屋敷から運びだした。

 今日は家財道具一式を運び出してリサイクルショップに売るそうだ、徹底しているな。

 親父さんの家に運び込まれたお宝は現在鑑定中、

 刀剣類は一本三百万円以上、絵画は一点百万円から最高額は八百万円、掛け軸は三本合わせても五十万円程度、骨董品の茶器類は鑑定中だが数千円から十万円前後が多いらしい。

 先代は現代美術や刀剣類の目利きは確かだったが骨董品類はイマイチだったんだな。

 他にも貴金属の中には記念金貨や宝石類、腕時計もBVLGARI等の高級ブランド品ばかりだし最終的には七千万円は越えるらしい。

 勿論、正規の転売じゃない裏ルートだから税金は掛からないので丸儲け。

 

「あの屋敷は壊して傘下の建設会社の資材置場にするぜ、その後に月極駐車場、そして転売だな。

十年も放置して置けば噂は風化して適正価格で売れるだろう。

榎本先生のお陰で一億円近い利益が出そうだぜ。親父も今回の報酬も五百万円だって言ってたぞ」

 

 バンバンと肩を叩かれたが血の気が引く思い出だ、三件除霊して報酬が合計千五百万円とは二十歳過ぎの若造には怖い金額だ。

 只でさえ親父さんの屋敷に居候して衣食住の面倒を見てもらっている、医療費も全額負担して貰ってるんだぞ。

 

「相場通り何ですか、高過ぎませんか?そんなに凄い悪霊じゃなかった……」

 

「榎本先生よ、俺等に借りを作りたくないのは分かるが不当な評価はしたくねぇんだ。

今回の件も他の二組の霊能力者が降りた、今売出し中の摩耶山のヤンキー巫女と高野山の元僧侶はな、最近じゃ名古屋で最強って言われてる連中だぞ。

そんな奴等が除霊を嫌がったんだ、榎本先生は謙遜なのか自信が無いのか分からないが低く見過ぎだな」

 

 男前に笑い掛けられても僕の実力じゃないから辛いんです、「箱」というズルをしてる最低の男なんです。

 

「何でそんなヒデェ顔をするんだ?榎本先生がスゲェのは俺達皆が認めてるんだぜ。今夜は羽生ん所で宴会だ、盛大に楽しもうぜ!」

 

 バンバンと肩を叩いて励ましてくれる、思わず兄貴と慕いたくなってしまう……怖いな、ヤクザテクニックは。

 しかし高級料亭でキャバ嬢接待は気を遣うし大変なんだよな。

 

「有り難うございます、頑張ります」

 

 在り来たりなお礼しか言えなかった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 あれから二件の除霊を行った、相変わらず生傷が絶えない。

 あの屋敷が取り壊されると聞いて様子を見に来た、既に庭には重機が入り込み二階部分は半分壊されている。

 日曜日だから解体作業は中止、何と無く足を向けたが見上げる屋敷に感慨深い気持ちは沸かなかった。

 

「あら?自分が除霊した現場の確認かしら?」

 

 女性から声を掛けられて振り向けば、キャバ嬢っぽい派手なブランドスーツを着た若い金髪女性が腕を組んで僕を睨んでいる。

 組んだ腕で胸が強調されて気持ち悪い、やはり微乳は美乳、デカいのが好きな連中は納得出来ない。

 

「誰だっけ?」

 

 気持ちが荒んで好みと真逆な女性から敵意を滲ませた視線を向けられている為か、受け答えが攻撃的になってしまうな……反省。

 

「誰って……貴方は商売仇について調べてないの?」

 

「商売仇?えっと、誰だっけ?」

 

 派手な女性は記憶に無いな、こんなケバい……あれ?

 

「ああ、摩耶山のヤンキー巫女だっけ?」

 

「もう良いわ、全く奴と屋敷に囚われた女性達の魂を解放に来たんだけど……」

 

 屋敷の二階部分に視線を彷徨わせている、あの入札の立ち会いの時に囚われている女性達の存在に気付いてたのか?

 

「居ないだろ……奴を祓う時に一緒に八人の女性達の霊も……その、祓ったよ」

 

 語尾が小声になってしまった、正確には「箱」が魂を食べてしまった。

 奴に囚われているより無に帰った方が良かったと思いたい、そう思わなければ心が壊れそうだ。

 

「あら?そうなんだ。私以外にも気付いて祓っていたのには感心するわ。

でも貴方、酷い顔をしてるわよ、目付きも危ないし身体中怪我だらけだし……

まるで野良犬の狂犬みたいだから少しは周りに気を遣いなさい」

 

 ビシッと鼻先に指を差すな、マナー違反なんだぞ!

 しかし未だ二回しか会ってないし会話も今日が初めての相手を狂犬扱いとは驚いたヤンキーだな。

 やっぱり女性は年下のお嬢様タイプが好みだ、気の強い年増はノーサンキューだよ。

 

「狂犬か……間違ってないよ、狂ってなければ正気を保っていたら」

 

 人の魂を化け物の贄になど捧げられる訳が無い、僕は狂って誰彼構わず噛み付く狂犬さ。

 

「何よ、途中で止めるなんて男らしくないわよ!最後まで言いなさい」

 

 摩耶山のヤンキー巫女が何か言っているが、僕には復讐する相手が残ってるんだ。

 次は潰れたボーリング場に現れる元店長が開発業者の邪魔をするだったかな?

 自分が使い込みをして潰したのに身勝手な奴だ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「毎回一晩で解決、毎回怪我をする、もう少し上手く使えないのか?」

 

「しかし怪我はすれど入院する程でもねぇ、最近は準備や逃走準備も考え初めているぜ」

 

 榎本先生に仕事を頼み初めて二ヶ月、既に十五件の除霊を遣り遂げた。

 驚異的なスピードと結果だろう、全てが難易度AAAの困難な物件を下準備を覚え始めたとはいえ突撃して一晩で解決するパターンだ。

 既に周りからも注目と警戒を集めている。

 

「復讐鬼って奴は本当に恐ろしいモンだな、榎本先生の動機は悪霊全般に対する復讐、アレが人に向いたらどうなる事やら」

 

「既に取り込みたいって奴等が動いている、だが女にゃ靡かず金に執着は無い。

家族や師匠が殺されたんだから人質も無理、訳分からん力を持つ榎本先生に直接交渉はリスクが高過ぎる。

最近凄味が出て来たからな、ありゃ呪殺くらい出来る力は持ってるだろう」

 

 ヤレヤレ、厄介だが有能だから始末に困る。

 だが復讐は周りを巻き込んで大抵は自滅が相場だ、もう少し除霊を頼んだら一旦距離を置くか……

 本人も俺達との付き合いには線引きをしたがったからな、恩には金(報酬)で報いてるから貸し借りは無い。

 だが生き残っている内は力を借りるのも必要、盛大に送迎会を催して関係者に顔見せしとくか。

 

「軍司、もう少し榎本先生を鍛えろ。

あと何件か除霊を頼んだら一旦距離を置くぞ、復讐の自滅に巻き込まれたら堪らんからな。

だが復讐を遂げたなら、榎本先生は俺等側になってるだろう、縁は残しておくべきだ」

 

「そうだな、今の榎本先生は危うい、ウチの鉄砲玉連中ですら怯える位に鬼気迫ってる。

だが俺は割と気に入ってるんだ、榎本先生は狂っている事を自覚して行動しているからな。あんな馬鹿は珍しいぜ」

 

 狂人は自分は普通で周りが変だと自己弁護するんじゃないのか?

 それを自覚してるって奴は相当の狂人だぞ、まぁ悪霊なんて非常識な存在を相手に復讐し続けるなんて正気じゃ無理か……

 

「お前が気に入る連中は全員普通じゃねぇな。だが奴の狂気に巻き込まれない様に気を付けろよ」

 

 巷で噂になりつつある榎本先生のあだ名、確か「狂犬」か……

 悪霊絡みなら誰彼構わず噛み付き何時も傷だらけ、目付きは悪く常に突撃除霊じゃ正しく「狂犬」だ。

 

 だが宿した力は本物だ、奴は犬程度で収まる器じゃ無いかも知れないぜ。


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