榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第256話

 セントクレア教会に呼ばれ、メリッサ様達に事件のあらましを説明しての帰り数日間此方を遠巻きに監視している連中が接触して来た。

 色々とやらかしているので放置は結衣ちゃん達の安全に不安が有る為に、田浦港近くの倉庫群に誘い込んだ。

 どの勢力がどんな目的で監視していたか分からない、だが確認しないと人質とか最悪な手段を取られても困る。

 この倉庫群は旧日本海軍の軍港近くに作られた歴史の古い倉庫群で、今は使われてないが貨物列車の引き込み線も残っている。

 不況の波を食らってか倒産した倉庫会社も有り廃墟となった建物も多い。

 天気は生憎の雨、激しい雨や風が多少の音や痕跡を消し去ってくれるだろう、荒事には絶好な日だね。

 

 僕は廃墟となりシャッターが開け放された倉庫に入る、元は食品を扱っていたのか使われてない大型の冷蔵コンテナが数個放置されている、スレートの屋根や壁は所々に穴が開き雨漏りが酷い。

 倉庫の真ん中まで進み振り返り入口を見詰める、悪食は既に影から這い出して周囲に眷属を配置している。

 僕の手持ちの武器は特殊警棒に大振りのナイフ。

 赤目と灰髪は影の中で戦闘体型で待機、胡蝶さんはヤル気満々だ……

 

『正明。奴だ、奴の反応が有る……コレは一人食ったみたいだな。クックック、向こうから来てくれるとは有難いじゃないか!』

 

『加茂宮の誰かって事か……だけど気配は複数で倉庫を取り囲む様に動いてる、全部で十七人、いや二十人位は居るな』

 

 建物周辺の反応は十七人分、入口付近に四人、合計二十一人か……

 

『ふむ、正解だ。やはり奴か、七百年に及ぶ因縁を此処で晴らすぞ』

 

 完全に囲まれた、広い倉庫だが出入口は限られる、だが脆いスレートだから何処でもブチ破る事は出来るので出入口に向わなくても脱出は可能。

 先ずは会話をして情報を引き出そう、倒すかは会話の内容次第だ。

 

「包囲が終わったなら顔を見せてくれないか?僕は逃げも隠れもしないよ」

 

 開いていたシャッターから黒塗りの外車が倉庫内に乗り入れて来た、直ぐ外に路駐していた奴だが中まで入ってくるとは。

 ライトを向けられているので逆光で見にくいので身体を右側にずらす、10mも離れてないが突進してきても避けられるだろう。

 少し待つと後部座席が開き中から出て来たのは若い女だ……

 年の頃は十代後半、特徴的な茶髪を腰まで長いツインテールに纏めている。

美少女だが、美少女がしてはいけない目を僕の向けていてテレビで見る48人グループが着ている様なステージ衣裳が廃墟には物凄く場違いだ。

 

「こんにちは、加茂宮九子(くこ)様。僕に何か御用ですか?」

 

 女性は一子様の他に三人、二子は胡蝶が食べたし手に入れた情報では四子は二十代半ば、消去法なら彼女は九子だ。

 

「くふっ、くははっ、用です用があるのですよ。初めまして、榎本さん!今日は顔見せだけだったんだ、でも我慢出来ないみたーい!」

 

 背中を仰け反らせて此方を伺う少しヤンな気質が有る女性だ、ロリ成分は十分だが食指は全く動かない。

 

『我の食指はビンビンだぞ!早く食おう、アレは既に誰かを食っている』

 

『つまり二人目を食われたら手に負えない?だが囲まれているな、どうするか……』

 

「では食い合おうか?僕は構わない、何時でも掛かって来なよ」

 

 右手を前に突き出し掌を上に向けてオイデオイデをする、一瞬で彼女の白目と黒目が反転したぞ。挑発には弱いのかな?

 

「くはっ!榎本さん、チョータイプだよ。食い合おうって肉食系男子って感じ?」

 

 両足を軽く開き両手を垂らす独特な構えだ、彼女の能力は何だろう?

 部分強化じゃない、醸し出すプレッシャーは相当だぞ、胡蝶と解き放し赤目と灰髪で牽制、僕は配下の連中を倒すか。

 

「お待ち下さい、九子様。此処は我々にお任せ下さい」

 

 車に同乗していた三人が僕等の間に割り込んで来た、屈強な体躯の男達だが既に手に武器を持っている。

 術者ではない、だが荒事専門の連中だろうな、軍司さんと同等の覇気を身に纏っている……つまり強い。

 

「なに、邪魔すんの?くははっ、私を取られるって嫉妬した?した?」

 

「主を先に戦わせる訳にはいかないので……俺は鬼童衆が一人、穿(うがつ)、コイツ等は斬(ざん)と薙(なぎ)だ」

 

 組立式の槍が穿、日本刀が斬、太刀が薙ね。己の得物に関した分かり易い名前で良いのかな?

 

『正明、殺すか?相手は殺る気満々だぞ、手加減は付け上がるだけだ!』

 

 話し合いをスッ跳ばして殺し合いか、人間って奴は意思の疎通が出来る生物じゃなかったかな?

 交渉による妥協や擦り合わせは全く無いとは泣けるが、胡蝶との因縁や強さを考えれば仕方無し。

 

『初手は受けで、殺意が有る攻撃なら遠慮しない方向にしよう』

 

「先ずはお前達からか……お相手するよ」

 

 腰に差した特殊警棒を右手で取り出して一振り、カシャって軽い音を立てて70㎝まで伸びた。

 左手はフリーにして何時でも胡蝶の力を使える様にする、掴んだら勝てる。

 

「三対一だが悪く思うナ!」

 

 最後の発音が変だったが、躊躇無く顔に向かって槍を突き出して来た……端から殺る気満々だな!

 胡蝶と交じり合った僕の動体視力は異常な域まで発達している、穿の渾身の突きを前に出ながら躱して腹に拳を叩き付ける。

 肋骨数本を叩き折った感触を感じながら穿を九子の方へ弾き跳ばす!

 

「穿!貴様よくも」

 

「斬、連携を忘れるな」

 

 右側が斬、左側が薙、どちらも一瞬だが隙が出来たが動揺したのは斬の方か?

 しゃがみ込んで右足を軸にして弧を描く様に左足で斬の足を払う、バランスを崩して倒れ込む奴の側頭部にもう一回転させた左足で蹴り跳ばす。

 首から嫌な音がしたが気にせずに右足一本で後ろ側に跳ね跳ぶ、一瞬の後に薙の太刀が通過していった……

 

「よくも穿と斬を!許さないぞ」

 

「お互い様だ」

 

 太刀と特殊警棒では間合いは断然太刀の方だ、だが僕の特殊警棒は特注品の鋼鉄製、如何に太刀と言えども断つ事は出来ない。

 薙の太刀筋に合わせて特殊警棒を振り抜く、化け物じみた怪力の僕の一振りは太刀の刀身をくの字に曲げた!

 

「馬鹿な?太刀が曲がるなどと……」

 

 僅かだが動揺し自分の得物に視線を向けた隙を突く。

 

「油断大敵ってね!」

 

 薙の股間にヤクザキックを見舞う、ナニかを潰す感触を感じた後に、その場に崩れ落ちた。

 

「スゴーい、鬼童衆の精鋭がダサい位に簡単に負けたねー!くはっ、榎本さんサイコーだよ、一子姉さんには勿体無いな。やっぱ私が欲しいな、くははっ」

  部下が悶絶してるのに右手を額に当てて楽しそうに笑っている、やはり僕と同じく同化が進んでる。

 しかも僕と違い取り込んだ奴の影響が強い、共生出来ずに徐々に吸収されてる感じだ。

 今倒さないと危険で厄介な敵になるだろう……

 

『胡蝶さん!』

 

『ああ、今此処で止めを刺すぞ』

 

 距離を詰めようとした時、狂った様な笑いが止まった、急に真面目な顔をして僕と目を合わす。

 

「今日は顔見せだったんだ、でも榎本さんってマジタイプで九子ドキドキのキュンキュンだよ。でもお前達は嫌い、邪魔した挙げ句に負けるなんてサイテー」

 

「九子さまっ?」

 

「おっ、お助けを」

 

「嫌だ、餌は嫌だー」

 

 倒した三人が暗い影へと引き摺り込まれていく、これは胡蝶の食事方法と同じ……

 

「なんか興醒めしちゃつたな……私は関西の加茂宮本拠地で待ってるよ、一子姉さんの手助けをしてやってね。

私と食い合うのは最後の楽しみで、悪いけど加茂宮の跡目争いに巻き込むね。じゃバイバイ」

 

 馬鹿な、倒した三人と共に自らも影に沈んで行ったぞ!

 

 可愛らしく手を振る彼女を呆然と見詰めていた、影の使い方は僕等より上かもしれない。

 

『周囲の連中の気配も消えたな、残された奴等も逃げて行った。此処で仕留められなかった事が後々後悔しなければ良いが……』

 

『僕等も切り札を見せていない、それは向こうも同じだけど九子が後一人食べたら僕等で勝てるかな?』

 

 強さの片鱗を見せ付けられた、だが交じり合った弊害なのか精神的に狂ってる感じがする。

 九子は正直に加茂宮の跡目争いに巻き込むと言った、一子様の手助けもしてくれと……

 

「これは一子様に連絡を入れないと不味いかな、亀宮との調整も必要だ。

亀宮に所属する僕が加茂宮の跡目争いに一子様の協力者として参戦、どんな理由なら若宮のご隠居達は納得するか?

一子様から譲歩や融通を利かせる対価を払わせられるかが問題だぞ」

 

 亀宮一族と加茂宮一族との間で取り決めを交わさないと僕は表立って参戦出来ない。

 だが亀宮さんに駄目と言われても参戦しなければ駄目な理由が有る、落し所が難しいぞ。

 

『黙って参戦するには柵(しがらみ)が多過ぎるか……正明、亀憑きを押し倒せ!言う事を聞かせるには情婦にすれば良いだろ?』

 

『ごめんなさい、胡蝶さんの考えが斬新過ぎて理解が追い付かないです。

亀宮当主の情夫になったらさ、安全の為に奥へ引っ込んで子供を沢山作れって言われると思うんだ。

そして対応が遅れて九子は手が負えない存在へとなってしまう』

 

『それはそれで……でも奴を野放しにすれば何れ被害を受けるのは明白だ。ぐぬぬ、ままならぬな』

 

 ぐぬぬ、じゃないだろ胡蝶さん?

 どちらにしても加茂宮の跡目争いには参加しなければ駄目なのは確認、九子の言質も取った。

 

『先ずは一子様に連絡し九子に襲われた事、一子様を手伝えと言われた事を伝えて助力が必要か確認しよう。

必要な場合は亀宮に対して何を対価として払えるかだね、僕等が奴等を食いたい事は教える必要は無い』

 

『助力すると見せ掛けて我が食うのだな、更に亀憑きの一族に配慮させるか。正明も悪になったな……』

 

『もう既に薄汚れて手遅れだよ、後悔も反省もしていない。僕と胡蝶が最終的に幸せなら喜んで悪と言われよう』

 

 あれほど吹き荒れていた雨風が止んだ、外に出れば暗い雲の隙間から太陽の日差しが漏れている。

 どうやら峠は越えたみたいだな、国道まで戻ってタクシーを拾うかJR田浦駅まで歩くか?

 

「タクシー拾って横須賀中央の事務所に行くか、自宅から一子様に電話するのは気が引ける」

 

 ポケットに両手を突っ込んで所々に出来た水溜まりを避けながら市道を歩く、革靴が水を吸って気持ち悪いけど我慢だ。

 

『だが加茂宮の当主達を食う理由が出来た、ある意味九子には感謝だな』

 

『確かにね、普通なら他勢力の跡目争いなど関わり合いを避ける出来事だ』

 

 途中自動販売機でコカ・コーラを買って一気飲みをする、気付かなかったが緊張して喉がカラカラだったみたいだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 横須賀中央の事務所に到着、名刺ファイルに入れっぱなしだった一子様の名刺を探し携帯電話の番号に連絡を入れる。

 

『はい、何方かしら?』

 

 ワンコールで出たのに何方かしらは無いだろう?

 

「ご無沙汰してます、榎本です」

 

『榎本さんが私に連絡をしてくるなんて嬉しいわね、何か相談かしら?』

 

 さて、僕は彼女に苦手意識が有るのだが、何処まで交渉出来るかだな。唇を舐めて気持ちを落ち着かせる、此処からが本題だ。

 

「一時間位前に加茂宮九子と配下の鬼童衆に襲われて撃退したよ、九子は一子様に助力してやれって言っていた。

君は僕の力を必要とする状況に追い込まれているのかい?」

 

 電話口からでも彼女が息を呑むのが分かった、かなり動揺している。たっぷり十秒以上は無言だが、敢えて催促はしない。

 

『ええ、私は榎本さんを欲しています。対価は私自身、お願い事は加茂宮の他の当主達の捕縛または撃退、お願い出来るかしら?』

 

「無理です、対価は僕が参戦する事を亀宮一族が納得する事が出来るモノ、それと仕事として請けますので正式な契約を結びましょう」

 

『失礼極まりない言葉に目眩がしたわ……明日、亀宮本家に行くから途中まで迎えに来て下さい』

 

 そう言われて電話を切られたが、何処に迎えに行くんだよ?


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