榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第255話

 ある天候の荒れた日の午後、セントクレア教会へと向かう事になった。

 昼前から急に強く降り出したのだが、数日前からの約束だったので風雨の強い日を選んだ訳ではないのだが……

 

 横須賀中央の事務所から最寄りの京急横須賀中央駅に行くだけでずぶ濡れ、そのまま上大岡駅まで快速特急で向かい横浜市営地下鉄に乗り換えた。

 セントクレア教会は新羽駅から徒歩だが流石に雨が強くなってきたのでタクシーを使う事にする。

 タクシー乗り場には屋根は有るけど横殴りな雨には無抵抗だ、並ぶだけで濡れてしまう。

 運良く待機していたタクシーに乗れたので五分程の距離だが利用した、当然だが領収書は貰います。

 中小企業にとって領収書は税務署と戦う為の武器だから!

 タクシーを降りて園内に駆け込むとお迎え待ちで退屈していた園児達に気づかれてしまった。

 

「マッスルなオッサンだー!」

 

 目ざとく見付けたのは年長組の子だったかな?

 

「オジサン高い高いしてー!」

 

 もう止まらない、皆が一斉に振り返り走り出してくる。

 

「ボクもー!」

 

 わらわらと集まってくる園児達の邪気無い笑顔と悪気の無い言葉に心が折れそうになる、未だお兄さんなんです!

 

 保育士さん達も応援が来ましたラッキー!みたいな視線は止めて下さい。

 

「園児達、お兄さんは保育士さんじゃないんだぞー!分かるかい?」

 

 最初に突撃してきた男の子を持ち上げる、凄い笑顔だが高いのは怖くないのだろうか?

 

「きゃは!オジサンすごーい。パパより力もちだー!」

 

「ボクもー、クルクル回ってー!」

 

 毎回チビッ子ギャング共に囲まれて容赦無い労働(高い高い)を強要されるのだが、メリッサ様も笑顔で子供達をけしかけないで下さい。

 天候不良の為に早めにお迎えに来る様に連絡網を回したのか、続々とお迎えの親達が来る。

 マッスルで怪しい僕にも大分慣れたのか普通に話し掛けて来ます。

 

「榎本先生は子供達に凄く好かれてますね」

 

「家に帰ってパパに同じ事を頼むんですよ、でも持ち上がらなくて……」

 

「たまにしか見掛けませんがヘルプなんですか?」

 

 園児達の母親から普通に話し掛けられるのですが、僕は保育士さんではないのですが……

 

 一時間ほど園児達と遊ぶと全員が保護者と一緒に帰って行った……未だ雨は止まない、逆に強くなってきてるな。

 

「僕は保育士さんではありませんよ、メリッサ様も勝手に榎本先生とか教えないで下さいね」

 

 漸く姿を現した元凶に向けて説明を求める!

 

「はいはい、園長室へ行きましょうね、榎本センセイ?」

 

 全く堪えて無かった……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 もう何度目の訪問になるのだろうか、園長室に入るとソファーに座り柳の婆さんと談笑していた美羽音さんが立ち上がりお辞儀をしてくれた。

 少しやつれた影の有る笑みだが仕方有るまい、今の彼女は夫が失踪し弟が他殺されたのだ、家族に不幸が続いてるのに元気に振る舞う事は出来ないだろう。

 

「ああ、美羽音さんも呼ばれてたんですか?」

 

 僕は彼女の隣にメリッサ様は柳の婆さんの隣に座る、直ぐに彼女には日本茶を僕にはコーラをペットボトルのまま出してくれたので驚いていた。

 

「炭酸好きなので気にしないで下さい」

 

「そうなんですか……」

 

 取り敢えず一口飲んで気持ちを切り替える、皆さん黙って僕を見詰めても困りますが?

 

「それで、今日の本題はなんですか?」

 

 良い感じて窓の外は強風、窓ガラスに雨粒が叩き付けられている……電車止まらないよな?

 

「「お礼の件です」」

 

 メリッサ様と美羽音さんの言葉がシンクロしたぞ、お礼って……

 

「お礼は要りません、正確には貰えませんかな。僕は今回の件について若宮のご隠居から依頼を請けていましたから報酬は頂いてます、だから気にしないで下さい」

 

アレ?女性陣が酷くショックを受けたみたいな顔してるけど、まさか無償で助けたとか思ってたのか?

 

「鶴子、美羽音さん、榎本さんの言ってる事は事実ですが少し違います。確かに若宮の当主は榎本さんに依頼をしてましたが、此処まで親身になる必要は無かった。

榎本さんが来る前に美羽音さんから聞きましたよ、アフターケアまでして頂けるそうですね?」

 

 柳の婆さんが言うと何か含みが有りそうで怖いんだよな、フォローっぽい事をしてくれたが糸みたいな細い目で何を考えているんだか分からない。

 

「失踪の件はね、真実が常に正しくて幸せとは限らない。被害者に優しくない結果なんて嫌だろ?」

 

 どこぞの名探偵小学生みたいに真実は一つじゃないし被害者の為なら嘘をつくのも気にしない。

 

「それはそうですが……」

 

「この話はお終い、メリッサ様の事は亀宮さんも気にしていたからね。喧嘩友達がゴシップ記事を飾るなんて嫌だろ?

だから真実を潰した、ピェールさんには悪いがね」

 

 あんな異世界へ行けるドアなんて公表したら大騒ぎになるからな、僕等からすれば潰して正解だったと思う。

 残ったコーラを一気飲みする、炭酸が喉を刺激して爽快だ。

 

「そっ、それは……嬉しくはないけど、感謝はします。その……有り難うございました」

 

 亀宮さんの気遣いにメリッサ様がデレた、珍しい事も有るもんだな。嬉し笑いを噛み殺す彼女と違い、美羽音さんは少し不機嫌だ。

 長居するとヤバそうだし早めに切り上げて帰るとするか、少し勿体無いがハイヤー呼んで貰い家まで送って貰うか……

 最近少し財政が豊かなので多少の贅沢は許されるだろう。

 

「今迄のお詫びも含めて、これを榎本さんに差し上げます」

 

 柳の婆さんが懐から取出しテーブルの上に置いたのは……古いロザリオだ。

 

「僕は在家ですが僧侶ですよ、キリスト教のロザリオを持っていても……コレって、このロザリオは?」

 

 人差し指が触れただけで指先に電気が走った、これは術具として強い力を秘めている。

 だけど清浄な感じはしないぞ、どちらかと言えば奸(よこしま)な雰囲気。

 

「かつて私には妹が居ました、大切な妹が……」

 

「はぁ?それがロザリオと何か関係が?」

 

 突然昔話を始めたがボケるには早いぞ、アンタはメリッサ様を後継者として育てる義務が有るだろ!

 

「妹は私よりも強力に神の奇跡を扱えたのですが、性格がブッ飛んでまして教会関係者からは忌み嫌われていました……」

 

 異端……と言えば良いのか?人間は自分達と違うモノを拒絶し敵対し集団で攻撃する、僕が気を付けているのもその為だ。

 

「それは大変だったでしょう、キリスト教は異端を極端に嫌いますよね?」

 

 ニヤリと笑いやがったぞ、この婆さんは?

 

「ええ、見下していた連中に嵌められて妹は異端として扱われ、戦って戦って戦って、そして……」

 

 随分と戦ったんだな、キリスト教の異端審問って嫌なイメージしか無いんだよな、魔女狩りとさか。

 

「戦い続けて負けたのですか?本人にしたら辛いか悔しいでしょうね」

 

「日本に派遣されていた異端審問官達を粗方倒して、最後は力尽きて……」

 

 下を向いて黙ってしまったが、何となく分かったぞ。このロザリオは妹の怨念を封じ込めているんだな?

 

「倒されたんですね?」

 

「いえ、逃げ出しました。それ以来、妹とは会っていませんが数年に一回程度強い力を持つ品々を送ってくれるのです。このロザリオは、その中でも一番強力な物ですので使って下さい」

 

 おぃおぃ、普通は妹は死んでいて形見の品とかって振りじゃないのか?婆さんより強力なエクソシストが送ってくる品々って絶対曰く付きだろ!

 

『胡蝶さん、どうかな?使える品かな?』

 

 曰く付き術具といえば胡蝶さんだ、問題のロザリオを手に取り入念に調べるが悪意は感じない。だが使えなければ食べてしまえばよい。

 

『ふむ、興味深いな。正明、貰っておけ』

 

 胡蝶さんが興味を持つなんてな、中々の術具なのだろう。

 

「では、有り難く頂きます」

 

 そう言って胸ポケットへしまう、このロザリオはネックレスタイプではなく手に持って掲げたりする大きさだ。

 全長20㎝程で材質は真鍮だと思う、磔にされたキリストとかは居なくて本当に只の十字架の形をしたシンプルな造りだ。

 

「ええ、役立てて下さい。私達では使い熟せなかったので……」

 

 メリッサ様を盗み見れば固まっている、このロザリオについて知っているんだな……後でメールして聞いてみるか、婆さんの本音も分かるかもしれないな。

 

「さて、長居してしまいましたね。

美羽音さん、何か有ればセントクレア教会を通じて連絡下さいね。出来る限りの事はしますよ。

メリッサ様、ハイヤー呼んで貰って良いかな?流石に歩いて帰るには辛い天候だ……」

 

 窓に吹き付ける雨粒の勢いは止まらない、逆に強くなってないかな?

 京急線はそうでもないが横須賀線とか雨に弱いんだよな、線路が冠水するとかさ。

 

 未だ話したがっていた女性陣だが渋々ハイヤーを呼んでくれた、美羽音さんの分も合わせて二台だ。

 彼女は夫婦共有財産と認められている分でも結構な金額が有り、何とか一人で暮らしていけるので安心した……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「お客さん、横浜横須賀道路通行止めだから一般道になりますよ」

 

 漸くハイヤーに乗れたが風雨が強く高速道路は全て通行止め、一般道をゆっくり走る事になる。

 

「構わないよ、濡れないだけでも助かる。横須賀のダイエーの前辺りで起こしてくれるかな、後は誘導するよ」

 

 後部座席に深々と座り目を閉じる、靴やズボンがずぶ濡れで気持ち悪いが我慢だ。流石にセントクレア教会で脱いで乾かす訳にもいかなかったからな……

 

『正明、警戒しろ!此方を監視する目が増えたぞ』

 

 胡蝶さんからの警告、最近術を用いた遠距離監視が度々有り、彼女が術を散らしていたのだが相手も我慢の限界か?

 

『何時もの遠距離監視じゃないんだな?』

 

『ああ、近いな。どうする?』

 

 近いとは相手も車で追跡している、このまま自宅に帰るのは問題だな。

 

『会ってみるか。どの勢力なのか知りたいし危険度を計らないと周りの警備レベルも決められない』

 

 桜岡さんや結衣ちゃんに護衛を付ける必要が有るのか、亀宮の力で抑えられるか……

 

『田浦の倉庫群には使われてないのも有ったな。そこに誘き寄せるか……』

 

 携帯のメールで若宮の婆さんと風巻のオバサンに状況を知らせる内容を送る、最悪の場合は桜岡さんと結衣ちゃん、小笠原母娘の保護を頼むと。

 

「運転手さん、行き先変更、田浦の倉庫群に行ってくれるかな?入口辺りで良いから」

 

「倉庫群ですか?」

 

「うん、知り合いが経営してるから事務所に寄りたいんだ」

 

 下手な嘘だが運転手さんは不審がらずに了承してくれた、ルームミラーをチラ見したが雨が強くて後続の車のライトしか確認出来ない。

 暫く走ると倉庫群の手前に有る空き倉庫の前に停めて貰い料金を精算する。

 

「さてと、敵は食い付いてくれるかな?」

 

 倉庫の奥へと進み悪食の眷属を召喚、薄暗い倉庫内に多数配置して完了だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「どうします?誘われてますよ?」

 

「行きなさい、度胸の有る男って大好きだわ」

 

「はい、先に倉庫を他の連中を使い包囲しときますよ。逃げられたら嫌ですからね」

 

「逃げ出す?馬鹿ね、アレはお前達が束になっても勝てないわ。少し話がしたいからタイミングを計ってたのに逆に警戒されたら世話無いわね」

 

「我等鬼童衆(きどうしゅう)の精鋭二十人でもですか?」

 

「ええ、姉さんの周りを調べていたら面白い男を見付けたわね。私の中のアレが騒ぐのよ、彼に会えばこの気持ちが分かるかしら?

くふ、くふふ……あはははははぁ!」

 

「大丈夫ですか?」

 

「あは、あはは、平気、平気よ。私の中のアレが嬉しくて堪らないみたい。早く、早く車を倉庫に付けなさい」

 

「はい、配置も完了しましたので向かいます」

 

「あはっ!一人食べてもこんなに高揚しなかったのに、彼に近付くだけで、アレが……アレが凄く騒ぐのよ!あはははっ……」


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