榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第254話

 遂に山手の洋館の秘密に辿り着いた、異世界へ繋がるドアだったとは予想外過ぎたが扱っている奴は霊能力に関しては素人だったので楽勝だ。

 異世界のピェール氏の存在は自分と同じ存在に劣等感を抱いて殺害、秘密を知られた竹内さんと高梨修も殺害。

 竹内さんについては秘密のドアを出入りしている所を見られたので、向こう側の世界に連れ込み殺害したそうだ。

 魅鈴さんの降霊に応じなかった壁とは文字通り異世界の壁だったんだな。

 高梨修については再度恐喝されたので誘き出して殺害したそうだ、奴も同じ様な秘密に辿り着いたので口封じ……

 この辺が杜撰だったのだが深読みし過ぎて捜査が難航したんだ。

 しかし今回は素人さんが先に秘密に辿り着いて被害に有ったので本職としては恥ずかしい限りだったな。

 

 原因が分かれば早々に異世界への出入口を処分して安全を確保するべきで、欲を出して異世界を調べたいとか言い出す奴が現れない内に処理をする。

 当事者の唯一の生き残りの美羽音さんの言質は取ったのだから遠慮は要らない。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 拘束したままのピェール(偽物)を担いで焼失した秘密のドアを潜り抜け異世界へと移動する。

 毎回移動が成功するか保証も無いので心配だが仕方ない、これが最後の移動になるのだから……

 奴を一階の玄関に転がして再度目隠しと猿轡を噛ます、これから僕が行う事は周りからも注目を浴びるだろうから奴を放置しても助かるだろう。

 

「短い付き合いだったがお別れだ。美羽音さんに感謝しろよ、命は助かるんだからな」

 

 ムームーと何か唸ってるが、フザケルナ!とか言ってるんだろうな。

 室内を見回すが本当に汚いな、散らかり放題で微かに腐った臭いもする。だが悪食の眷属にとっては良い環境だろう。

 

「悪食、この世界の眷属達を集めるんだ。この洋館を食い尽くすだけの数を集めろ!」

 

 そう命令して階段を上り二階へと移動する、悪食は僕の影から飛び出すと玄関ホールの真ん中に陣取る。

 触角をヒクヒクと動かすと悪食の周りに直径1m程の影が現れて、中から大量の眷属(チャバネ&ヤマト)が湧きだした!

 

「ああ、その偽物は食うなよ。腹を壊すから……」

 

 何万と言う眷属が黒い波となり一階部分を覆い尽くす、奴も埋もれているが生命に別状は無いから罰として我慢するんだな。

 周辺からカリカリと固い物を噛る小さな音が聞こえる、この規模なら15分もすれば金属類を残して完食するだろう。

 足元の床がグラグラしだしたので逃げる事にするか……

 

「悪食、戻って来い。引き上げるけど眷属達に洋館を完食する様に命令しておいてくれ」

 

 携帯電話を録画モードにして秘密の扉を映す、毎回思うが異世界を越える理由が分からない。悪食が僕の頭に飛び乗ったのを確認してからドアを潜り抜ける。

 

「さようなら、異世界のピェールさん。今後は真面目に生きろよな」

 

 そう言ってドアを閉めた、奴の悲鳴が聞こえたが猿轡のガムテープが剥がれたのかもな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 その場で五分程待って再度携帯電話の録画モードで壁を映すがドアは無かった、どうやら上手く行った様だ……

 応接室に向かうと美羽音さんが片付けを初めていた、何かをやってないと考え込んでしまい辛いのかも?

 

「美羽音さん、全て終わりましたよ。向こう側の洋館は跡形も無く消し去りました、もう秘密のドアは現れず行き来も出来ませんから安心です」

 

 三角巾にエプロンをしてゴミの分別から始めている彼女に声を掛ける、元が真面目で敬虔なキリスト教徒の彼女らしい行動だ。

 

「有り難う御座いました、本当に……後日改めてお礼をさせて下さい」

 

 今回の件は報告に困る内容が多いが少なくとも柳の婆さんとメリッサ様、若宮のご隠居と風巻姉妹には説明しなければならない。

 若宮のご隠居からは一応依頼を請けているから報告書も作らないと駄目か……

 荒唐無稽な話だと思われるよな、実際に異世界に連れて行ければ簡単だが放置するには危険過ぎた。

 ピェール氏も失踪扱いになるし警察も黙ってはいないと思うが、その辺は美羽音さんが上手く話してくれるだろう。

 浮気の証拠も有るし裁判沙汰になっても向こうの親類縁者と戦っても勝てるかな。

 

 その辺は松尾の爺さんと相談だろう……

 

「いえ、勝手にやった事なのでお構い無く。ですが詳細は今後の打合せが必要かな……

僕からもセントクレア教会に連絡しておきますから、美羽音さんからもメリッサ様に伝えて下さい。では、僕はこれで……」

 

 深々と頭を下げる彼女に手を振りピェール邸から出て門の手前で振り返り洋館を見上げる。

 

『ねぇ胡蝶さん?結局この洋館は憑喪神化してたのかな?コッチは放っておいても大丈夫なのかな?』

 

 移動先は潰したが、そもそもはこの洋館が力を持ち焼失した部屋を求めたのが発端だった筈だ。

 

『向こう側の洋館の存在が無くなった時にな、コッチの洋館も力尽きたみたいだったぞ。だから放置しても大丈夫だろう……』

 

 しかし不思議な事件だったな、原因追求を半ば放置して安全を優先したが後悔はしていない。

 あの不安定なドアを何度も使用するのは自殺行為だったし、向こう側の僕と胡蝶に会うのも恐かった。

 

『我が身の一部が焼失したから異世界と繋げて補填するか……』

 

『昔から人間が異世界に迷い込む話は数多く伝わっている。森を彷徨っていたら誰も居ない屋敷に辿り着いたとか……案外似た様なモノかもしれんぞ』

 

 「迷い家伝説」とか確かに世界には類似する話が多く伝わっているよな……異世界、パラレルワールド、平行世界、言葉は違えど原因は同じかも知れないな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 山手の洋館、ピェール邸で起こった怪奇現象について横須賀中央に有る事務所で報告書を作成している。

 資料も少なく美羽音さんの証言が唯一の証拠だが、当事者が納得しているのでよしとしよう。

 今回、美羽音さんからは報酬は貰わないので心霊詐欺とか霊感商法とか言われる筋合いもない。

 若宮のご隠居との契約については微妙だ、分かりやすい成果が無いからな。

 まぁ未達成で無報酬でも構わないと言えば構わない、今回は色々と自身のパワーアップが出来たので多少の事は気にしない。

 

「新たな仲間、式神犬の赤目と灰髪、犬飼一族の秘宝雷の勾玉、陰陽道の術、どんどん人間の範疇から外れていく気がする……」

 

「気にするな、我は気にしない。それよりも新しい教材が欲しいぞ、陰陽道とは奥が深くて興味が尽きぬ」

 

 来客用ソファーに寝転び、東海林さんから貰った陰陽道の教材を読み耽る胡蝶さんは、少しばかり無防備な格好だ。愛用の巫女服だが隙間が多いんだよね……

 

「む、誰か来るぞ。風巻の姉妹だな、我は戻るとするか」

 

「ああ、済まないな」

 

 そう言って直ぐにモノトーンの流動体となるとスルスルと僕の左手首へと入り込んでくる、未だに慣れない感覚だ。

 直ぐに呼び鈴が鳴り、灰髪が玄関まで出迎えに行って鍵を開ける。

 

「わん!」

 

「あっ!灰髪ちゃん、こんにちは」

 

「お出迎え出来るなんて偉い子だね!」

 

 ウチの式神犬はお持て成しが出来る賢い子達だった、普通に玄関扉の開け閉めが出来るんだ。

 

「「こんにちは、榎本さん!手伝いに来たよ」」

 

「「わん!」」

 

「いらっしゃい、赤目と灰髪は手伝わなくて大丈夫だ、遊んでいて良いぞ」

 

 赤目達は僕の護衛や接客と忙しく働いているので、それ以上の事はしなくても問題無い。

 

「「式神を甘やかし過ぎだよ!」」

 

「「わふ?」」

 

 今日、風巻姉妹を呼んだのは彼女達の調査報告を纏める為にだ。

 セントクレア教会には美羽音さんが連絡を入れてくれたので潜伏中の柳の婆さんも戻って来た、彼方の説明は美羽音さんに任せて僕は報告書を作って若宮の婆さんに提出しなければならない。

 

「雛型作ったから報告書の内容を打ち込んでくれる?」

 

「分かったわ、後は不明な部分の穴埋めね」

 

 何度か仕事を一緒に行っているのでスムーズに進むのは有り難い。

 応接セットにノートパソコンを用意し暫らくはカタカタとデータを入力するタイプ音だけが響く……

 

「今回の件はマル秘扱いになりますから達成件数には含まれないんですよね?」

 

 佐和さんが嫌に平坦な声で話し掛けて来た、ノルマ的な意味で無駄骨って怒ってるのかな?

 

「そうだね、異世界へ繋がるドアなんて荒唐無稽過ぎて理由にもならないだろ?」

 

 電話で簡単な報告と説明をした時、若宮の婆さんも十秒くらい無言だったし……

 

「でも美羽音さん的には解決した訳じゃん!」

 

 此方は興奮気味だな、姉妹で情緒不安定だぞ。

 

「まぁね……僕等の依頼人じゃないから何とも言えないけどね。

結局旦那は死んでるのに秘密にして行方不明として扱い、七年後に死亡確定で遺産相続だ。知らない人が聞いたら遺産争いに関係してると疑われても文句は言えない」

 

 黙り込む二人、下を向いてしまったぞ。何だろう、この状況は……何故二人が落ち込むんだ?

 

「今回は残念会になるな、横浜そごうに美濃吉って京懐石の店が有ってさ。そこを予約しておくよ、帰りに下のブランドフロアで何か買ってあげるよ」

 

「「ヤッター!それを聞きたかったの!」」

 

 ああ、そうだった。仕事を達成したらピェールさんの店で何か買ってあげる約束だったんだ。

 笑顔で凄いスピードで仕事を始めた二人を見て現金だなぁって思う。

 

「じゃ頑張って終わらせますか」

 

 残りの報告書を仕上げる為にパソコンの画面と向き合った……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「えらく荒唐無稽な報告書ですね」

 

 自分で最初に読んで次に風巻に渡した、十分程で読み終えた後に深いため息をついたな。

 そのまま陽菜に渡したがパラパラと流し読みしている、速読術だな。

 

「ああ、普段の真面目で几帳面な榎本さんを知らなければ笑い飛ばす所だ。

だが美羽音・ビーノはそれで納得しているし怪奇現象は収まった、信じるしかあるまい」

 

 先程持ち込まれた報告書を風巻と陽菜を交えて読む、分かり易く纏まっているが内容がブッ飛び過ぎている。

 

「でも美羽音さんの今後の事まで考えているよ。本当に基本的には優しい人だよね、でも可能性を全部潰してから直接乗り込む慎重派タイプなんだ。

一番敵に回すと厄介なタイプだね、手足をもいでから自分で止めを刺すって事は究極的には自分しか信じてないんだよね」

 

 む、あれだけ懐いていたのに評価に毒が含まれてないか?

 この子は人の本質を見る事が出来るのだが、陽菜から見たら榎本さんは他人を信用しないって事か?

 

「だが自身の力が凄過ぎるから他人を自分と比較して信用し切れないのかもな。最後は自分が出れば解決出来るとなれば、それも仕方あるまい」

 

 小原氏の時も岩泉氏の時も最後は自分が突撃して解決している、今回も摩訶不思議な洋館に単独で乗り込み解決した。

 榎本さんにとって背中を任せられる強さを持つ者は御三家当主位だろう……

 

「うん、そうだね。榎本さんに頼りにされる位に強くならなくちゃ!」

 

「そうじゃな、陽菜はもっと強くならねばな」

 

 取り敢えず公表は出来ないが依頼は達成扱いで処理するか、此処でケチっても仕方ない。少しでも恩義を感じてくれれば儲け物だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 深夜に目が覚めた、携帯電話を開いて時刻を確認すれば三時過ぎ……まだ四時間近く寝れる。

 

「ねぇ、胡蝶さん」

 

「何だ、寝れないのか?」

 

 抱き枕にしている胡蝶さんに小さな声で話し掛けてみたが返事をしてくれた、起きてたのかな?

 

「美羽音さんの件が片付いた、そろそろ加茂宮の方に取り掛かるかい?」

 

 加茂宮の前当主が仕掛けた実子達を贄とした蟲毒の呪い、胡蝶さんの過去に関連する相手らしい。

 

「ああ、そうだな。だがお前が関西に行けば目立つだろう、奴等はお前の動きを監視しているからな」

 

 一子様の配下だけでなくその他の連中も動くだろう、彼女本人が接触していた僕が関西に行く事は意味深だから……

 

「だけど後手に回ると負ける可能性が有る、危険だけど一子様に連絡してみよう」

 

 彼女の安否も気になるし共闘するなら早い方が良い。


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