榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第253話

 山手地区の洋館ピェール邸の住人から怪奇現象の相談を受けたのが事の始まりだった。

 セントクレア教会経由で巻き込まれる形で始まった依頼も、元凶たるピェール(偽物)を捕まえた所で一旦終了。

 後は尋問タイムだ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 何時迄も居られるか分からない向こう側の世界から、何かを通さないと見えないドアを潜り抜け本来の自分達の世界へと戻って来た。

 携帯電話の録画モードを起動し左手で構えながら肩にはピェール(偽物)を担いで右手でドアを開く。

 美羽音さんは僕のシャツを掴んでいる、問題無く元の世界へと帰還出来た。

 何かを通さないと見えないドアだが方法を知っていれば誰でも可能みたいだな……

 

 先ずはピェール(偽物)の拘束をする、長柄の箒が有ったので両足に添え木としてガムテープでグルグル巻きにする。

 これで膝が曲がらず立ち上がる事が困難になる、両手も後ろに回して同じ様にガムテープで固定。

 ポケットを改めると財布と折り畳み式ナイフを隠し持っていたので没収、財布はピェール(本物)の持ち物だ。

 運転免許証の写真は本当に同一人物にしか見えないな。

 猿轡を噛ましてガムテープで目隠しをして二階の客間に放り込む、先ずは美羽音さんの治療が先だ。

 

「手錠を壊します、危ないから横を向いて目を閉じて下さい」

 

「はい、何から何まで……」

 

 目を閉じて横を向いた隙に胡蝶さんにお願いする、流動化したまま器用に手錠を破壊し僕の中へと直ぐに戻ってくれた、この間五秒。

 

「はい、外れました。先ずは消毒しましょう」

 

 目を開けて不思議そうにネジ切られた手錠の残骸を見る、幾ら僕が筋肉達磨とはいえ普通の人間なら無理な事だ。

 だけど流石は霊能力者って事なんですね?と変に納得していた。

 

 備え付けの救急箱からマキロンを取り出して両手首と足首に吹き掛けて消毒したら擦り傷に効く軟膏を薄く塗り伸ばして応急措置は完了。

 彼女が着替えたいと言うので応接室で暫く待つ事にする、妙齢の女性としては何日も着替えてないのは嫌だったのだろう。

 因みにピェール(偽物)には赤目と灰髪を監視に付けているから安心だ。

 

『胡蝶さん、アイツはヤクザな世界に片足突っ込んでる様な奴だったけど霊能力者じゃなかったよね?』

 

 ソファーに深々と腰掛け上を向いて目を閉じて瞑想してる振りをする……

 

『ああ、奴は此方の世界と向こうの世界を行き来する方法を知っただけの小物。原因はこの洋館に有る、長年存在し力を持った洋館は失った自分の一部を……

焼失した部屋の存在を異世界に求めたのだな。だからこの洋館は二つの存在が重なっていたのでピントがズレた感じがしたのだ』

 

 失った自分の一部を求めたら異世界の自分に繋がって重ねたのか……

 長い年月を経たモノが力を付けて付喪神になる事が在るから有り得ない事じゃないな。

 

『胡蝶さん、アッチの世界ってパラレルワールドって奴かな?

ピェール氏(本物)は同じ存在であるピェール(偽物)に殺されて偽物が成り代わっていた。ならば僕や胡蝶と同じ存在も探せば居るって事だよね?』

 

 パラレルワールド、平行世界、呼び方は色々有るけど要は異なる世界に自分と同じ存在が居る訳だ。

 

『ふむ、当然我等も居るだろうな……だが奴等を見れば分かるが全く違う性格や関係かも知れぬぞ、会うのは危険だな』

 

『同一人物が仲良く出来る保証は無い……近親憎悪か同族嫌悪か分からないけど自分と同じ存在で優劣が付いていたら受け入れ難いのかも知れないね。

ピェール(偽物)も社会の裏側を歩いていた存在みたいだが、自分と同じ存在が別の世界で表側で成功してるのが気に入らなかったのかもな』

 

『だから殺して入れ替わったか?羨望や劣等感から殺意が湧いたか……』

 

 他人なら未だ我慢出来たかもしれない、だが同じ自分じゃ我慢出来なかったか……

 

「すみません、お待たせしました」

 

 思考を中断された、美羽音さんを見れば紅茶セットのトレイを持っている。接客の為だろう余所行きの服に着替えて軽く化粧も施しているな。

 

「キッチンも凄く汚れていて……」

 

 ああ、酷い散らかりっぷりだったからカップとか洗っていて遅くなったのか?

 

「お気にならさず大丈夫ですよ」

 

 温かい紅茶よりキンキンに冷えたコーラが飲みたいのだが上流階級の婦人の選択肢には無いな、コーラは……

 

「どうぞ」

 

「頂きます」

 

 暫くは無言で紅茶を飲む、直ぐに本題に入らないのが日本人だが時事ネタで雑談も無理だろう。半分ほど紅茶を飲んでから事の顛末を相談する事にする。

 

「美羽音さんが知っている事を教えて下さい」

 

 下を向いて両手を膝の上に揃えているが小刻みに震えている、殺人事件も絡んでいるから当然だな。

 

「はい、アレは……」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 彼女の話を纏めると……

 

 先ずピェール氏が入れ替わったと感じたのは僕等に相談した直ぐ後、竹内さんの失踪前だった。

 彼女の失踪後、徐々に性格が粗暴になり初めて怖くなりセントクレア教会を頼り家出した。

 その後、弟の高梨修の死を知り実家に帰ったがピェール(偽物)が押し掛けて来て洋館に連れ戻された。

 後は軟禁されていたと……

 

 確かに彼女は殆ど知らないだろう、だがピェール(本物)や竹内さんが奴に殺された事は知ってしまった。

 全てを話し終えた時は両手で顔を覆って泣き崩れてしまった。仕方ないだろう、自分の置かれた現実は悲劇でしかない。

 

 暫く彼女が泣き止むのを待つ、急いでは良い事は何も無いからな。漸く泣き止んだ彼女に今後の事を提案と相談しなければならない。

 

「美羽音さん、良く聞いて考えて下さい。真実を警察に伝えても信じてはくれないでしょう、精々が本物のピェール氏が竹内さんと弟さんを殺したって事になりますね」

 

「そんな!あのドアの向こうの世界を見せれば……」

 

 うん、凄い証拠だと思うけどアレは公表出来ないから隠蔽されるだろうな。

 下手に公にしたら向こうの世界からも干渉されて大騒ぎだ、異世界間で紛争とかになるなら口封じ位するのが政府で……多分それが正解だ。

 

「あのドアを公表すれば二つの世界は大騒ぎ、最悪は……僕等は口封じの為に始末される。

当たり前でしょうね、自分と同じ存在が居る星丸々一つと今後付き合っていけますか?」

 

「榎本さんって……メリッサ様の言う通り見た目と違い法律を遵守する真面目で、でも親しくない人には冷たいんですね。でも確かに公表して大騒ぎになるなら……」

 

 メリッサ樣、彼女に何を吹き込んだのさ! 

 

 他人には冷たいとか君には随分面倒を見ている筈だけど?この事を報告する時に色々と言わないと駄目だな、柳の婆さんとも話し合いが必要だ!

 

「提案が有ります、多分これが一番問題が少なく貴女の為になります。感情は納得しなくてもね」

 

「教えて下さい」

 

 何故か涙を浮かべながら睨まれた、仕方ないとはいえ辛い事を言わねばならない。

 

「美羽音さんの今後に一番良い方法の提案ですが……

ピェール氏は失踪という事にして警察に届けます、七年間その生死が明らかでない場合は普通失踪として家庭裁判所に申し立てて失踪宣告が出来ます。

法律上死亡したものとみなす効果が生じるので遺産相続が可能となります。申立人は利害関係人ですから不在者の配偶者である美羽音さんが出来ます。

後は不在者財産管理制度を申請して家庭裁判所の監督下で遺産を保護して貰いましょう、法律に則った財産を管理する人が居れば不要ですけどね」

 

 長い話を言い終わって彼女を見たが不満顔だな、犯人を放置してお金を取れって意味だからな。

 

「つまり、あの二階に居る人を裁けず復讐も出来ない、でもあの人の財産は七年後に貰えるって事ですか?」

 

 睨まれた、彼女はピェール氏を愛していたんだな、見逃す事は気持ち的に無理か……

 

「そうだね、君が奴に復讐したいと言うなら僕が殺すよ。どのみち二度と此方の世界に来れない様に向こうの洋館は燃やしてしまうつもりだ」

 

 少し強い口調で告げる、向こうの洋館は実際は燃さずに悪食の眷属達に食わせる予定だ。少なくとも二階部分は完全に無くす事にする、今後復旧出来ない様に……

 

「そんな、私の代わりに殺すなんて……

すみません、本来は関係の無い榎本さんは助けてくれただけでも感謝しなければならないのに、気が高ぶって八つ当りをしてしまって。本当にすみませんでした」

 

 深々と頭を下げられてしまった、多少感情的になってしまったが普通の女性には辛い判断だ。

 

「良かった……殺すって言うのは嘘ですよ、貴女の恨みの深さを知りたかっただけです。

奴が憎くても復讐の為に殺しては美羽音さんは生涯悔やみ苦しむ事になる、だから奴への罰は財産全てが焼失し一から頑張る事。宜しいですか?」

 

 悩んでいるな、高野さんと違い彼女は復讐の後の罪悪感に押し潰されてしまうだろう。

 裏の世界で薄汚く生きる僕等とは違うんだ、例え仇が討てなくて後悔しても殺人の咎(とが)を背負い潰れるよりはマシだ。

 

「その場の勢いだけで事を急いで後悔する所でした、有り難う御座います。それで……それで、お願いします」

 

「ええ、全て任せて貰って大丈夫ですよ。法的手続きも知り合いの弁護士を紹介出来ますし、ピェール氏側の親族との交渉も手伝いましょう」

 

 七年間遺産を運用出来るか分からないからな、今の内に押さえて現金化して財産管理をすれば大丈夫だろう。

 七年位なら銀行の預金や親を頼っても問題無く暮らせるだろうし……

 

「では僕は奴を尋問してから向こうの世界へ帰してきます、それと向こうの洋館は燃やしてしまいますね。二度と此方の世界に来れない様に……」

 

 黙って頭を下げる彼女を応接室に残して二階へと向かった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「おい、起きろ!」

 

 拘束し寝かせていたピェール(偽物)の目隠しと猿轡を外す、どうやら意識は戻っていたのか直ぐに悪態をつき始めた。

 

「お前、俺に何かしたらどうなるか分かってるのか?ああ、ブッ殺すぞ!」

 

 芋虫の様に身体をくねらせながら恫喝されても怖くも何とも無いな、思わず笑ってしまう。

 

「お前、俺をどうする気だよ?何だよ、その暗い笑みは!」

 

 失礼な奴だ、僕の微笑みが暗いって何だよ?

 

『正明は見た目が厳ついからな、恫喝の笑みって奴だ。小物のコイツには堪えたのだろう』

 

『久し振りに話し掛けられたのに内容が辛い、そんなに厳ついかな?』

 

 思わず顎を擦ってしまったら余計に恐がられた、正直凹む。

 

「冗談は此処までだ、正直に話して貰うぞ」

 

 僕の脅しに連動し赤目と灰髪が噛み付こうとして大きな口を開く、鋭い牙が並んでいる……虫歯は無さそうだな。

 

「くっ喰われるのは嫌だ、わわわ分かった、全て話すから……コイツ等を何とかしてくれ!」

 

 すっかり怯えたピェール(偽物)は渋りながらも全てを話しだした……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 奴の話は大筋予想通りだった、違ったのは本物が最初にあの扉を見付けて偽物と接触したらしい。

 物珍しさや同じ顔に親近感が有ったのか最初は互いに友好的だったそうだ。

 だが暫く交流を持つと互いの事を色々と知ってくるのだが何て格差の有る人生なのだろうか!

 

 偽物は劣等感に苛まれた、自分の妻は生まれたばかりの子供を連れて夜逃げした。

 親から受け継いだ洋館も痛み具合が全然違う、向こうはアンティークで高級な洋館で自分は只の古く汚い洋館。

 自分は妻子に逃げられたのに奴は若く美しい妻と生まれたばかりの可愛い息子がいる、妻は全然違うのに息子は逃げた自分の息子と瓜二つ。

 なので何度も子供を見に行ってしまった、これが最初の怪奇現象で本物が洋館に他人を入れさせなかった秘密がコレか……

 

「少なくとも最初は此方の世界のピェール氏はお前と友好的な関係だったんだな。だから洋館を調べる事を嫌がったのか……」

 

「友好的だと?ふざけるな!」

 

 どうやら未だ秘密が有りそうだな。


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