榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第36話から第38話

第36話

 

 初日から、どうしても廃墟に行かせたいAD君。何度説明しても納得しない。いや、どうしても僕らを廃墟に行かせたい感じがするんだ……

 勝手に先方にアポを取ったりしてるし。テレビ局的な都合で、早く廃墟に行かせたいのか?それとも何か他に考えがあるのか?

 彼の行動には注意が必要だ……

 AD君かテレビ局が、何を考えているか分からないけどね。何にしても、面倒臭い事には変わりないな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「貴方の近くにあった本当に怖かった話2011」

 

 それの企画変更会議。桜岡霞の除霊コーナーを設けた夏の心霊特集だったが、梓巫女の桜岡霞がゴネやがった。

 ディレクター西川が集めた関係者は自分の他にAD(アシスタントディレクター)君。TD(テクニカルディレクター)君。それと脚本担当・演出担当・宣伝担当だ。

 自分より上に報告する為の根拠を作らねば、番組の変更は難しい。小会議室に全員が集まっている。

 煙草と灰皿、それに新しい缶コーヒーを持って現れた西川。

 

 パイプ椅子に浅く座り、周りを見渡すと「聞いてると思うけど、今さっき霞ちゃんが来たのよ。弁護士と筋肉質な坊さん連れてさ」と切り出した。

 

 梓巫女の桜岡霞が、同業者の坊さんは分かるが何故に弁護士を呼んだのか?

 

「何か番組で揉め事ですか?企画を変えるなら急がないと!今からなら脚本も書き換えれるけど……」

 

「そうですよ。桜岡霞と差し替えるとなると……見た目のランク落ちますよ。ヌレヌレ・スケスケな彼女には固定ファンが付いているし。

他の(霊能者の)連中も夏は忙しい。早めに押さえないと」

 

「そうだな。今から演出を変えるとなると、目玉が欲しいな。西川さん、どうするよ?」

 

 各担当が、自分の仕事に影響が出そうな事を理解して西川に詰め寄る。

 

「落ち着けって。霞ちゃんが連れてきた弁護士は、契約内容についてだよ。契約に疎かった彼女には、負担が多いからね。誰か入れ知恵しやがったんだ」

 

 責任の殆どを彼女に押し付けたから、見る奴が見れば此方が不利とは言わないが公表されると困る。

 

「AD君に聞いたが、その筋肉坊主が例の廃墟ホテルがヤバいって騒いでるんだろ?本物の坊主らしいし、業界的に本物の心霊現象を流すのはヤバいぜ。

程度によるが……稲荷神とかは、将門の首塚や四谷怪談のお岩さん級に厄介なら問題だぞ」

 

 テレビ業界で噂になっている、将門の首塚と四谷怪談のお岩さんは度々映画やドラマになる。だが出演者や関係者が参拝を怠ると、確実に呪いを受ける事で有名だ。

 それは現場スタッフだけでなく、関係者にも降りかかる。つまり我々も危険なんだ。

 

「その筋肉質な坊さんは何て言ってるんだ。事前調査くらい、やらせれば良いだろ?」

 

「放送は7月だから半年有るんだ。製作期間に余裕は有るが、予算をふっかけられてるのか?どうなんだ、西川さんよ」

 

 我が身可愛い連中は、危険が回避出来るなら言う事聞いてやれよと騒ぐ。

 

「ん、まぁ本番のコメンテーターの雛壇芸人を2人も切れば平気だな。でもバーターで来てる連中は無理か……誰だっけ?セットで来る奴は?」

 

 バーター……業界用語で「束」の逆読みで、同じ事務所から抱き合わせで、格下か知名度を上げたい新人とかを出演させる事。

 意外と人気芸能人には、バーター出演の新人がセットで付いてくる。

 

「今回は……大物は呼ばないからバーターは平気だが。あの団体女性ユニットを呼ぶからな。16人は来るぜ」

 

 今人気上昇中の48人ユニットアイドルだ。その1/3を呼ぶとなると結構な出費だ。その分、現場に行く女は格下モデル達だからギャラは安い。

 逆に露出度は高い。

 

「そうだな。各々ファンが居るし、誰々が出ないとなるとクレームが酷いよな」

 

 コアなファンは、彼女達が出演する番組をチェックしている。それで贔屓のメンバーが出ないと文句を言うんだ。

 

「何で○○ちゃんを呼ばないんだよ!」

 

「○○呼んで○○ちゃん呼ばないって何でだよ?総選挙の順位知ってる?バカなの?」

 

 言いたい放題言いやがって!フザケンナ!48人も呼べる訳ないだろ?

 

「彼女達は視聴率が取れるからな。外せないか……本番のスタジオで霞ちゃんと掛け合わせたいしな。

じゃコーナー1つ切るか?心霊写真の診断コーナー切れば、あのババァのギャラが無くなるだろ?その分の予算を回そう」

 

 毎年夏近くになると、番組で鑑定して欲しい心霊写真と思われる物が沢山来る。その殆どが光の加減や影、自然の造形物が人の顔に見える程度だが……稀に本物が混じっている。

 それらを番組で紹介し鑑定・除霊するコーナーを受け持つのは、小太りな中年女性だ。

 

「この写真に写り込んだ霊は、写真の男の子の縁者です。心配で見に来たんでしょう」

 

「これは、この写真のグループが楽しそうなので惹かれて来たのでしょう。特に問題は有りません」

 

「この写真の霊は危険だ。番組で責任を持って供養します」

 

 お決まりの台詞で写真を鑑定し、護摩壇で御焚き上げ供養をして貰った。だが今回は仕方が無い。ヤバそうなのは返却するか、纏めて焼却処分すれば良い。

 または保管庫行きだな……曰く付きの品々を纏めて保管してる倉庫が有るから、其処へ突っ込めば平気だろ?

 

「そうだな。この筋肉坊主は、不動産や警備会社のお抱えだ!だからアイツは本物なんだよ。しかも、この企画をやりたくなさそうだった」

 

「つまり、出来ればやりたくない?裏を返せば本物の心霊物件で、しかも相手は強力か?」

 

 全員に沈黙が降りる。本物の霊能力者が避けたい物件だ。でも逆に番組的には、本物の心霊物件を引き当てた事になる。

 当たればデカいし、ヤバそうならオリジナルビデオ化しても良い。

 

 番組内の宣伝で〈驚愕の真実!地上波では放映出来ない内容をオリジナルビデオにまとめました。近日中に販売します〉的に煽れば、売上は伸びるだろう……

 ついでにゴールデンでは放映出来ないお色気を絡ませれば?

 

 〈あの梓巫女の桜岡霞が?次々と女性陣に降りかかる色情霊とは?〉とか煽りを入れる。

 

 序でに際どいカットを幾つか1秒単位で差し込めば、それだけで食い付く奴は居るよ、絶対に!ヨシ、上司の説明は固まったじゃん。

 

「予算については一考しよう。我々の安全が第一だからな。じゃ解散で!ああ、AD君だけ残ってくれ。少し話が有る」

 

 AD君を残し、他は小会議室から出て行く。皆が出て行ってから暫く無言で向かい合う二人……

 

「西川さん、なんすか?」

 

 沈黙に耐えられずに話し掛ける。

 

「君、霞ちゃんの事前調査に同行するんだろ?カメラと音声連れてけよ。それと……あの筋肉坊主を番組に巻き込んじゃえ」

 

「えっ?巻き込むって出演させるんすか?さっき予算が足りないって言ってたじゃないすか!出演者を増やすのは……」

 

「違うよ。筋肉坊主なんて視聴者は喜ばないって!見てて気持ち悪いだろ?あの坊主、この企画に反対な感じだった。

つまり嫌な物件なんだよ。実績有る本物の拝み屋がだぞ。だから企画から離れられない様に巻き込め。やり方は任せるけど、手紙を送ってきた管理者に合わせるとか。

とっとと廃墟に連れ込むとか、色々有るじゃんか!

上手く行けば霞ちゃんとセットで使えるよ。番組の華は霞ちゃんで、裏方に実績有る筋肉坊主。美女と下僕みたいで受けるかもな」

 

「成る程……でも自信無いっす」

 

「そこはADちゃんの頑張り次第だよ。上手く行けば希望してた番組の担当にしてやるよ。好きなんだろ?あのアイドルがさ」

 

 筋肉坊主は保険だよ。どうにも霞ちゃんに惚れてる感じ?だった。霞ちゃんも話し合いの途中途中で目線を送ってたし。

 少なくとも良い関係なんだろうな。だから霞ちゃんを巻き込めば、あの筋肉坊主も確実に付いて来る。

 

「西川さん、本当っすか?約束っすよ!」

 

「ああ約束するよ。だから上手くやるんだぞ」

 

 ご機嫌で小会議室を飛び出して行くAD君を見て思う。安っすい奴だな……あんな、マルマルがモリモリとか言ってる小学生が好きなんてよ。

 ロリペドの変態小僧が!女はもっと、こう……バインバインなボッキュボンだろ?その点、霞ちゃんは合格だよな。

 あのロケットみたいなオッパイはスゲーよな。今回もロケ中に雨降んないかな……あの透けた巫女服は……ハァハァ堪らんのよねぇ!

 

 西川の妄想は続く……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 渋るAD君をいなし次の目的地である滝を目指す。錆びた看板には桃源の滝と書いて有ったが、本来の名前では無いだろう。

 ホテル側が勝手に付けたんじゃないのか?車で徐行して進むが、本当に荒れている。途中で避けられるが落石や倒木も有った。

 カーブの吹き溜まりには落ち葉が堆積してるし、普通のスピードで走っても事故りそうだな……

 もし廃墟で何か有った場合に逃走ルートは、この道か未だ見ぬ集落が使っている道しかない。原生林に近い山の中に逃げ込むのは危険だ。

 本来の遭難の心配の他に、街に住み慣れた連中が山に住んでる連中に勝てる訳が無いからだ。

 心霊現象だけでなく、普通の人間が信用出来ない場合も有るしな。

 最悪の場合は、この道は捨てて山を降る事も考えておくか……助手席に座り、ニコニコしている桜岡さんの様子を伺う。

 満腹のせいか機嫌は良さそうだね。

 

「ん?何かしら?」

 

 僕の視線に気付いた彼女が聞いてくる。

 

「いや……上に行く程、荒れ果ててるよね。また落石だ。倒木も有ったし、夜に走るのは危険だね……」

 

 また1つ落石を避けて進む。二車線だから良いが、対向車が来たら大変だな。池から進む事10分。

 

「あっ!榎本さん、看板が有りますわ」

 

 彼女が指を指す方を見れば、問題の滝の入り口を示す看板が見えた。道路の脇に待避スペース程度の、車3台が止まれる場所が有る。

 そこに生い茂った木々に隠れる様に「この先50m桃源の滝」と書いてある看板が見えた。

 通り過ぎてしまった為にハザードを点けて後続車を止めて、更にバックで車を移動し待避場に縦列駐車した。

 

 車を降りて、看板の指す方向を見る。道?らしき草木が少なく真っ直ぐ延びている空間が有るが……

 

「ここも池の遊歩道と同じ様に草ボウボウだな……」

 

 やれやれ、またジャングル体験か。

 

「しかも獣道みたいだわ。地面も舗装されてないし、自然石を並べただけね……」

 

 妙に近くに居る桜岡さんが、又なの私は嫌よ!的なオーラを醸し出している。女性陣には辛いロケーションだが、これも仕事だ。

 しかし先程の遊歩道より確実に草木の生い茂る量は多いな。桃源の滝なる場所へは、この険しい獣道を進まないと駄目そうだね。

 

「やれやれ……じゃ準備しますか」

 

 前回と同じ様に「蕨手山刀」を取り出し腰に差す。それと今回は予備で持ってきていたコンバットマシェットナイフを取り出す。

 此方はアーミーショップに行けば良く売っているブッシュナイフだ。

 イスラエルのUZI社製の刃渡り585mmのステンレス製。グリップはゴムでケースはプラスチック。一万円以内のお手頃ナイフだが、使い勝手は良い。

 安いから乱暴に使えるから気楽だ。

 AD君達もタオルでほっかむりをしたり、虫除けスプレーを吹いたりして準備オーケーみたいだ。

 

「じゃ行きますよ。順番はさっきと同じで」

 

 そう言ってコンバットマシェットナイフを振りかぶった。明日は筋肉痛かも知れない……そんな考えが頭の隅をよぎったのは内緒だ。

 

 

第37話

 

 原生林には程遠く、雑木林としては草木が密集している。普通は太陽の光が届かない部分には草木は生えず、苔や光を余り必要としない背の低い草がチョボチョボ生える程度なのだが……

 鬱蒼とした木々を縫って歩道を造った為に日の光が入り、腰の近く迄草が生えている。それをブッシュナイフで水平に薙いで行く。

 当然屈んだ状態じゃないと低い位置からは切れない。格好は稲刈りに近い。

 

 つまり腰が……腰が痛いんだ。

 

「榎本さん、大丈夫ですか?仰け反って腰を叩く姿がお爺さんみたいですよ」

 

 僕が薙いだ草木を踏み固めながら後ろに付いて来る桜岡さんから、失礼な意見が来ました。

 

「んー、結構辛くなって来たな。AD君代わってよ。ほら、ブッシュナイフ」

 

 中列を歩く彼にブッシュナイフを渡す。カメラさんと音声君は機材を持っているし、女性陣は論外だ。手ぶらでウザい彼に頼む事にする。

 

「えっ、僕っすか?うわぁ!凄いナイフっすね。ロープレのショートソードみたいだ」

 

 無邪気にはしゃぐ彼を見て、ああ彼もゲーム世代なんだなと思う。

 

「グリップの紐を手首に巻いて固定するんだ。振り回すから、すっぽ抜ける場合が有るからね。それと細い竹や枝を斜めに切ると、切り口が刺さって危ないから水平にね」

 

 簡単なレクチャーをして列の二番目に移動し念の為、彼から2m程後ろに離れる。嬉しそうにブッシュナイフを振り回しているが、アレでは20m位でギブアップか?

 距離的には丁度滝に着くから良いか……でも力の入れ過ぎだよ。刃が欠けるかもしれないが、必要経費で落とすから気にしない。

 元々使い捨てのつもりだし。

 腰に差した蕨手山刀はオーダーメイドの逸品で、10万円以上もする趣味の物だから経費には乗せられない。

 

 でも……あの調子だと、もう一本位必要だったかな?

 

 楽しそうに振り回すAD君を見て、細い癖に結構体力が有るんだと少しだけ見直した。

 

「ねぇ、榎本さん。気が付いてます?」

 

 肩と腰のコリを揉み解してしると、後ろを歩いていた桜岡さんが無理やり横に並んで話し掛けてきた。

 

「ん、何を?」

 

 道幅は1mも無いから、殆ど密着状態だ。毎回思うが、この辺のガードが甘いんだよな。

 普通なら「俺に気が有るんじゃね?」とか勘違いする態度だぞ!

 

「私達、滝に向かってますわよね?看板にも有りましたが距離は50m。でも私達は既に30m以上は歩いてますわよ」

 

 確かに看板の距離を信じれば、半分以上は来たな。そろそろ滝が見えても……

 

「あれ?そうだね、気付かなかったよ。滝なのに水音がしないぞ。滝なら川も有る筈なのに……」

 

 AD君が草木を薙いでいる音以外聞こえない。

 

「幾ら何でも、そろそろ水音が聞こえても良く有りません?」

 

 立ち止まって耳を澄ましても、水音なんて聞こえない。風も無いから草木が揺れる音もしない。

 幾らAD君が頑張っても、川のせせらぎや滝の音に勝てるとも思えない。振り返って音声君に聞いてみる?

 

「音声君、マイクで水音拾ってない?」

 

 彼はマイクを前方に向け、ヘッドフォンに意識を集中しているが……やがて首を横に振った。

 本職でも水音が拾えないって、どういう事だ?

 

「道を間違えるにも、道らしき物は此処しか無かった……川が枯れている?渇水時じゃないし、最近雨も降ったよな」

 

「川の水が枯れるなら、周りの木々も元気が無い筈でしょ?でも青々としてるし、土も適度な湿り気が有りますわ……」

 

 立ち止まって話ていると、AD君が何かを見つけたみたいだ。

 

「桜岡さーん!榎本さーん!何かショボい溝みたいな物が有るっすよー」

 

 8m位先まで道を作った彼が、手招きをしている。近付いて見れば……綺麗な窪みの溝が出来ていた。

 地面がU字型に窪んでいて、表面には細かい土か砂が表れている。これは水が地面を削って出来た跡みたいだ。

 しかし水が流れていたとしても、川幅?は1m程度で深さは20cmも無い。溝の土を触ってみたが、僅かに湿っている程度。

 

「これが川?じゃ滝って何処だ?」

 

 周囲を見回すと10m位先の上流部分に、2m位の段差が有るけど……

 

「まさかアレ?みたいですわね……」

 

 滝と言われれば否定出来ない程度の落差だ。

 

「滝?桃源?何処が?」

 

 良く有るガッカリ観光地より酷いぞ。何か納得出来ない。一応デジカメで撮影する。

 さっきの池は撮るのを忘れたが、カメラさんからデータを貰える事になった。車にノートパソコンを積んでるから、SDカードを借りてデータを貰おう。

 

「しかし酷いな。滝って言うけど、水量が多くても滝とは……」

 

「看板のデフォルメした滝の絵だと、10m以上有りそうでしたよ」

 

「詐欺だろ?訴えられたら負けるぞ。最も訴える相手も居ないけどな」

 

 皆さん酷い感想を言って、折角頑張って切り開いた道を戻る。今度は僕が最後尾だ……桜岡さんと次の予定を考える。

 まだ2時間程、時間的余裕は有るから。

 

「池も滝も観光地としてはショボい。でも池は収穫が有ったね。後は……地図に載っていた鳥居のマークが気になるよね」

 

「この調子ですと期待は出来ないと思います。でも逆に荒れ果てた神社でしたら危険だわ」

 

 祠には石の御神体が有り、丁寧に祀られていた。しかし鳥居って事は神社のマークだ。

 荒れ果てた神社……確かに良くないな。

 

「看板によれば、ホテルへの道なりに池・滝・鳥居だった。つまり道路に戻り少し登れば鳥居の場所だね」

 

「行ってみましょう。巫女としても、もし神社が荒れ果てていたら何かしない訳にはいかないわ」

 

 梓巫女として正式に修行を修めた彼女としては、神社が荒れ果てていたら我慢出来ないのだろうな……車に戻り更に坂を登る。

 すると1分位で神社らしき建物が現れた。今までの池と滝と違い、道沿いに建っている為に直ぐに見付けられた。

 ハザードを点けて車を前に停める。道路から苔むした大谷石の階段を8段ほど登れば境内だ……

 境内はそこそこ広い。大体20m四方は有るだろうか?階段を登り切った所に鳥居が一つだけ有り、正面に建物で右側に倉庫。

 左側には石積みの台の様な物が有る。

 

「アレは……寺の鐘つき堂に似ているな。此処は神社より寺の配置に近い」

 

「そうですわ。入り口の鳥居も、山門の跡に無理矢理取り付けたみたいですわ」

 

 廃仏毀釈……そんな文字が頭をよぎる。

 

 現代では宗教戦争など日本で無かったと思われているが、それに近い物は有った。明治維新の後に公布された大政官布告。

 幕府と強い結び付きが有り、独自の権力の強かった寺社・神社の締め付けがそれだ。それまで寺社・神社が所有していた権利や敷地外の土地を没収。

 極めつけは寺院法度で決められていた坊主の妻帯と食肉の禁止を「妻帯肉食勝手に候」と言って認めた。

 

 新政府お抱えの国学者達が外から入ってきた仏教を締め出し、既存の宗教たる神道を強め様とした。神仏習合を廃し、坊主の神職への転向を求めたり。

 色々他に考えは有っただろうが、仏教界としては迷惑な行為だ!しかも実情は生活の基盤たる土地を没収された多くの寺社は生活に困窮。

 寺は焼かれ仏像・仏具は壊された。

 有名な所では千葉県の鋸山に有った五百羅漢は全て破壊されたし、奈良県の興福寺の食堂は焼かれた。

 民衆は領内の寺を焼き払い神社を建て、明治政府からの補助を求めた……僕の実家は田舎故に、檀家衆との結び付きが強く難を逃れたらしい。

 

「この神社は、大政官布告による廃仏毀釈で寺から神社に建て替えられたみたいだね。でも誰か定期的に手入れはしているみたいだ。そんなに荒れてない」

 

 周りを見回す限りでも、それなりに手入れはされている感じだ。

 

「だからかしら?鳥居が伊勢鳥居なのよ。ほら、笠木が珍しい五角形でしょ?

新明鳥居の派生系だけど、伊勢神宮でしか使えない筈なの。獅子と狛犬が無いのも考えらんないわ。何もかも中途半端……」

 

 鳥居が宗派により色々有るのは知っているが、ドレがナニかは僕には分からない。流石は本物の巫女さんだ。

 

「神殿は閉められてるから、確認のしようは無いな……いや伊勢神宮に問い合わせれば、分かるかな?」

 

 この神社の管理者が分かれば、調べようは有る。けれど……

 

「桜岡さん、この神社から力を感じる?神域内に居るのに、僕には何の力も感じ取れないんだ……」

 

 彼女はハッとなり、目を閉じて神経を集中する……そのまま1分位だろうか?

 

「駄目だわ。何の力も感じないわ。そもそも御神体は何なのかしら?云われの説明も無いし、本当に伊勢神宮派なのかも分からないわ……」

 

 二人して、ウンウンと悩む。

 

「単に神様が居ない偽物神社っすか?なら心配する事無いですよね?」

 

 AD君に言われて気付いた!

 

「そうだね。別に問題が有る訳じゃないな。さて、時間に余裕が出来たから問題の廃墟を確認しよう。此処からなら5分とかからずに見れる筈だ」

 

 看板の地図によれば、直ぐ近くにホテルは書かれていた。此処まで来たら、見るだけは見てみよう。

 

「あっ!じゃ先方に連絡するっすよ。ヤダなぁ榎本さん。行かないかと思いましたよ」

 

 いそいそと携帯を取り出すAD君を止める。落ち着けって!

 

「遠くから確認するだけだよ。会ったりする時間も少ないからね。様子だけ見たいんだ」

 

 時刻は3時前。タイムリミットは後1時間かな。

 

「えー、折角来たんだから挨拶だけでもしましょーよ」

 

 ウザいAD君を無視して車に戻る。来た道を再度見上げても……アンバランスな神社だな。御神体を祀っていないのか?

 でも境内は悪い感じはしなかった。つまり神域としての結界は張られてるのかな?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 車で5分も走らない内に、問題の廃墟……潰れたホテルが見えた。

 鉄筋コンクリート、8階建で本館の他に低層棟やコテージ風の別棟も有る。庭は荒れ果てて草ボウボウ。

 テニスコートやプールらしき施設も見える。入り口には簡易的にチェーンが張られ、破れた警告の貼り紙が有るだけだ。

 

「想像よりデカい……しかも禍々しいぞ。本気で此処に居たくないんだ」

 

「本当だわ……物凄く嫌な感じ。誰かに見られている様な、ザワザワした感じね」

 

 近年稀に見る敵意を外に放っている建物だ。こりゃヤバいぞ。彼女も危険さが分かるのだろう。僕の腕にしがみ付いて……ん、しがみ付く?

 

「あら?やっぱり榎本さんって霞ちゃんの彼氏じゃん!ヒューヒューアツいねぇ?」

 

 マネージャーの目線を追うと、僕の腕にしがみ付く桜岡さんが……一瞬彼女と目が合うが、慌てて腕を振り払う!

 ヤバい対応だ。これじゃ初々しい中学生カップルだよ。

 今まで借りてきた猫の様に大人しかったマネージャーが、獲物を見付けた牝豹に変貌。ウザい位に囃し立てる!

 

「やっぱ付き合ってるじゃん!嫌だなー秘密にしちゃってバレバレだよ?」

 

 性懲りもなく桜岡さんが腕にしがみ付いて……そしてズルズルとしゃがみ込んでしまった。

 

「どうした、桜岡さん?大丈夫か!」

 

 顔を真っ青にしてしゃがみ込む彼女。本能が、この場所はヤバいと感じる。彼女をお姫様抱っこして車に戻り、急いで山を降りる。

 

「ナニかに見られているの……」

 

 腕の中で震えながら呟いた一言が、重くのし掛かる。僕は気が付かなかったけど、ナニかは彼女に害をなしたんた……

 助手席のシートを倒して寝かせている彼女を横目で見ながら、安全ギリギリのスピードで車を走しらせる事しか僕には出来なかった。

 

「あの廃墟に、ナニが居るんだ?」

 

 

第38話

 

 突然倒れた桜岡さん。彼女を車に乗せて、麓まで一気に車を走らせた!

 山を降りてから彼女は徐々に回復したが……顔は未だに真っ青だ。これは演技では出来ない。

 本物の「ナニか」に襲われたんだろう……麓まで降りてから、一旦車を路肩に停める。

 田舎道の路肩だから、一般車に影響は無い。今までにすれ違った車も無いのだから。

 山あいの直線道路を見渡しても、右も左も野原と点在する住宅だけ。長閑な田舎町だ……

 桜岡さんを抱っこして車から降ろし、皆にも降りて貰う。彼女は僕の車に積んでいたクーラーボックスに座らせる。大分辛そうだな。

 

 二台並んで停めたのを確認し荷台から清めた塩を出して、先ずは車にバンバンかける!車体の屋根と四方、タイヤ周りまで念入りに塩で清める。

 本当は錆を誘発するから嫌なんだけど仕方ない。その後にマネージャー・AD君・音声君そしてカメラさんにも塩を掛けて清める。

 最後に桜岡さんを念入りに塩をかけて清めた。

 

「有難う御座いますわ。大分楽に……」

 

 少しだけ顔の色が良くなったみたいだが、まだ立てない様だ。駄目押しに御神酒を少し口に含ませ、彼女の周囲にも撒く。

 御神酒は同様に車の四方にも撒く。周囲に芳醇な日本酒の匂いが立ち込める。用意した酒は松竹梅。

 祭壇に丸一日祀って清めた物だ!其処までして漸く自分も一息ついた……

 

「ヤバい物件だな。建物の敷地外の彼女に影響を及ぼすなんて……」

 

 残った酒を煽りたいが、飲酒運転は絶対駄目だ!

 

「あの時、視線を感じて廃墟を見たの……どことなくよ。なのに視線が合った気がしたら、力が入らなくなってしまって……」

 

 キューブの助手席に再度座らせて、その時の様子を聞く。場所の特定は出来ないが、あの廃墟が問題なのは間違い。

 

「なぁ榎本さんよ……これを見て欲しいんだ」

 

「あとコレも……聞いて欲しい」

 

 カメラさんと音声君が、機材を広げている。しかし様子が少し変だ。差し出されたのはカメラのモニター。

 

「ここ……建物を撮っていたけど、桜岡さんが倒れたんでカメラを回した……ほら、ここだ!」

 

 言われた通りにモニターを見れば、廃墟を右から左へ順番に撮している。そして画面が急に右側に動いて、僕に縋りつく桜岡さんを捉えた。

 画面には僕と桜岡さんだけだが……彼女の肩に白い手がのっている。男女どちらかは分からないが、青白く華奢な手だ。

 

「手が……一瞬後には、何も写ってないな」

 

「枯れ枝みたいな手だな……信じらんない位に青白いし」

 

 思わず撮れた心霊画像に、覗き込んで見ていた他の連中も息を呑む。青白く血管の浮き出た細い腕。首の後ろから肩に手を回している……

 

「あとコレ。コレも聞いてくれ。ほら……俺ら以外には居なかったのに、変な話し声が聞こえるだろ?」

 

 差し出されたイヤホンを耳に付けて聞いてみれば……イヤホンから聞こえる声は、マネージャーさんが僕らをからかう声。

 それに掠れた囁く様な声で「……あー……あ……うー……げっ……の……」耳元で聞き取り難い話し声?が聞こえた。

 

 もう一度巻き戻して貰い、神経を集中して良く聞いてみる。

 

「……お……前……のせ……我ら……つ……ら……殺し……や……」

 

 これは、恨み言だ。殆ど聞き取れないが、呪詛の類だろう。イヤホンを外し、ふーっと息を吐く。

 廃墟に居る「ナニか」は、確実に桜岡さんに恨み辛みを伝えてきている。僕や他の皆ではなく、彼女にピンポイントで来たのは何故だ?

 

 女だから?いやマネージャーと二人いるし、どちらも若い女性だ。霊能力者だから?

 僕もそうだからイマイチ違う気がする。美女とオッサンなら美女が良い?いや「ヤツら」は容姿で選り好みとかしない。

 縋れるなら誰でも構わない連中が殆どだ。逆に特定の条件で選べる連中は、それだけ強力なんだよな。

 

「カメラさんと音声君は機材に、このお札を貼って。カメラさんは画像データをコピーさせて下さい。音声君のデータってコピー出来るかな?」

 

 こんなヤバい物件は放置したい。でも桜岡さんが魅入られていた場合は危険だ。彼女を追ってくる可能性も有る。

 

「microSDだからパソコンにインストール出来る。でもヤバいのか?俺らが持っていて平気か?」

 

 気持ち悪いデータだ。こんな物を持っているのは、誰でも嫌だろう……荷台からノートパソコンを取り出し、借りたmicroSDからデータをコピーする。

 カメラさんからはデジカメのデータも貰う。全てをコピーしてからパソコンを閉じてお札を貼る。

 

「なぁ、何故いちいちお札を貼るんだ?」

 

 腰のポーチに入れている、ゴムで束ねたお札を見ながら質問する音声君。

 

「ん?ああ、地縛霊じゃないと憑いて来る事が有るんだ。彷徨う霊とは救いを求めている場合が殆どだ。

桜岡さんは彼らと波長が合ったのか、別の理由かは分からないけど狙われた。一応出来る手立ては行った。けど、相手が僕より強ければ……」

 

 それでも彼女に憑いてくるかも知れない。

 

「今日は解散しよう。出来るだけ安全運転で帰るんだ。僕はもう少し結界を張り、痕跡を消してから彼女を送って行くから」

 

 もし先に帰した彼らを追って行けば、此処で結界を張っている僕が感知出来るかも知れないし。どちらにしても、彼女を一人には出来ない。

 最悪、憑かれていたら今夜が山場だ!

 

「撮影はどうするっす?中途半端っすよ!」

 

「バカヤロウ!逃げるのが先だろ?これを見せるか聞かせるかすれば、西川さんだって……」

 

「あの人、自分に害がなきゃ続けろって言うぜ。ヤレヤレだぜ」

 

 プロ根性なのか、一応撮影の続行・中断を心配している。

 

「様子を見よう。兎に角、一旦離れた方が良いだろう。準備調査だけで、この有り様なんだ。半端に挑めば、取り返しがつかないからね。

西川さんには、此方から連絡するよ。桜岡さん次第だから、今夜が山場なんだ。何もなければ、明日にでも今後の相談しよう」

 

 そう!彼女に憑いているか、いないかは今夜がヤマなんだ。撮影の心配は、明日を迎えてからだよ。

 

 心配そうにしている彼らを送り出す。何か有れば携帯で連絡を取り合う為に、名刺を交換して別れた。見送る彼らを追っていく気配は感じられない。

 走り去るライトバンが見えなくなるまで神経を集中して感知したが、大丈夫そうだな。

 残りの日本酒を再度車の周りに撒いてから、空き瓶を車に積んで出発だ!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 キューブを安全運転で走らせ、彼女の車を停めている場所まで向かう。先発の連中より10分程遅れて出発したから、既に彼らは居ないだろう。

 

「ごめんなさい、榎本さん。私……迷惑をかけてばかり」

 

 弱々しく謝るのは良くない兆候だ。意識をしっかり持たないと、彼らに対抗出来ない。

 

「謝るのは無しだ!今日はウチに泊まるんだ。結界を張って出来る限りの防御をする。心配し過ぎかも知れないが、ヤルだけの事をする。

今晩何もなければ、取り敢えずは安心出来る。後は対応を考えれは良い。弱気は禁物だよ」

 

 この車は結界を張ってパーキングにでも置いて、彼女の車で今日は帰る。勿論、僕が運転する。

 幾つか用意している家の中でも、防衛に優れた家に泊まって貰う。そこで祭壇の部屋に、結界を高めて泊まって貰うしかないな。

 元々可能な限りの結界を張ってある。勿論、防衛の為と何か有った時に逃げ込む為だ!

 自宅には結衣ちゃんが居るから、憑れて帰る訳にはいかないからね。

 

「泊まる?ヤルだけヤル?いえ、まだ早いですわ……その、ヤルなんて下品ですわよ。心の準備とムードを考えて下さいな……」

 

 真っ赤に俯く彼女を見て、何か悪い物でも食べたのか?と思ったが空気を読んで沈黙する……桜岡さんもアレから話さないし、やはりお腹が痛いのかもしれない。

 トイレ休憩を挟まないと駄目かもな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 途中、高速道路のインターで休憩をとらせる。走りっぱなしは疲れるし危険だ。しかも桜岡さんの車はスカイライン。

 スポーツカーはハンドル硬いし車高は低いし、慣れない車の運転は疲労も倍増だ。

 だからインターの駐車場に車を停めたら、外に出て屈伸運動をする。彼女も外に出て伸びをしているが、早くトイレに行かなくて平気か?

 

「此処を出たら隠れ家までノンストップだよ。トイレは済ませてね」

 

 きっとトイレに行くのは恥ずかしいのだろうから、話題を振る。

 

「もう!子供扱いしないで下さい」

 

 プリプリ怒っているが、トイレには直行した。やはり我慢してたんだな……栄養補給に何か食べようと思い、売店を見る。

 二店舗有る売店のメニューは……右側が、たこ焼き・焼きそば・お好み焼き・フランクフルト・フライドポテトと揚げ物中心。

 左側が、ソフトクリーム・各種ジュース・チェロキー・揚げパン・アメリカンドッグ・かき氷とデザート中心だ。

 兎に角、疲れを取るには糖分だ!

 先ずは右側の店で、たこ焼きと焼きそばを二つ買い、左側の店でソフトクリームを買う。三浦名物メロンソフトと普通のミルクのダブルをチョイス!

 これは一人で食べるのだ。

 備え付けのイートインのテーブルに陣取り、トイレから出てくる彼女を待ちながらソフトクリームを食べる。濃厚なミルクと安っぽい無果汁なメロン味のバランスが絶妙だ。

 直ぐに食べ終えてしまったが、丁度彼女が出て来たので手を振る。

 

「あら?たこ焼きと焼きそばですか?此処で食べるなら、何か飲み物でも買ってきますわ」

 

 そう言って売店に向かった。既に買ってあるたこ焼きとかを見て、遠慮して飲み物位は私が……みたいな事だろう。

 相変わらず育ちの良いお嬢様だ。ボーっと彼女を見てると、コーラ二つにソフトクリームだと?

 トレイにソフトクリームスタンドにのせたコーラと、バニラ&巨峰・バニラ&抹茶を運んでくる。

 

「どうぞ。榎本さんはコーラ大好きですものね。あと、疲れには甘い物が良いですわ」

 

 差し出されたソフトクリームを見て思う。本日二本目だが、どちらが僕用だ?

 

「美味しそうだね。で?どっちが僕のかな?」

 

 違った方に口を付けたら大変だから聞いてみる。

 

「えっ?半分こでも良いですわ。私、両方食べたいですし」

 

 おぃおぃおぃ……間接キスより厄介だぞ!見れば周りに居る客達も、こっちを伺ってやがる。見せ物じゃないんだぞ。

 しかし、相変わらず男女間のガードが緩いぞ。周りからは嫉妬オーラが滲み出してきやがった。

 

「はっはっは!それは駄目だよ、だからミルク&抹茶を頂こう。はい、たこ焼きと焼きそば。食べたら出発だ」

 

 どの道、運転手たる僕は車では食べれないからね。衆人環視の中でも、此処で食べていくしかない。

 

「いただきます!」

 

 二本目のソフトクリームだが、出来る限りの速さで食べる。「あっ?」とか言われたが、30秒で完食だ!

 

 お陰で頭の後ろに鈍痛が……

 

「もう!私も食べたかったのに……」

 

 少し機嫌が悪くなった桜岡さんも、上品にソフトクリームを食べ始めた。やっぱりミルク&抹茶も食べたかったのか!

 僕は隠れ家にストックしている食料品を思い出したが、何処かで買い出しをしないと駄目だな。

 まぁ、これだけ元気になれば、取り敢えずは一安心だね。

 


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