榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第251話

 山手の洋館の怪奇現象、いよいよ解決へと急展開を迎えている。

 セントクレア教会のメリッサ様経由で美羽音さんから連絡が有り、明後日の夜にならピェール氏は不在で洋館を調べられると連絡が来た。

 漸く問題の洋館に直接出向いて対処出来る……

 

 だが、それは罠である事が濃厚だった。

 パソコンの無いピェール邸、昼間も夜もピェール氏に監視されている美羽音さんがメールを送信出来るのか?

 しかも文面も怪しい、シスター・メリッサと書いてあったが彼女はメリッサ様と呼んでいた。

 深夜にゴーストハウスに呼び出し、怪しいと思わない方がおかしいだろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 先ずは情報を集める為に悪食をピェール邸に侵入させなくてはならない、前回と同様に近くの側溝から排水管経由で建物内に侵入させる。

 思い立ったが吉日と直ぐに行動開始、横須賀中央に有る事務所に顔を出してメールと留守電をチェックして重要な用件が無いのを確認、昼間の予定も無いので自由に動ける。

 事務所を十時前に出て京急横須賀中央駅から快速特急に乗り横浜駅へ、JRに乗り換えて石川町駅で降りる。

 十一時前には到着したが既に観光客が凄い、学生からお年寄りまで男女共に沢山居るのに僕は浮いているな……

 気分を切り替え駅に有った周辺地図を頼りにレンタカー屋を探す。

 

 監視のキモは悪食、コイツとは視覚共有が出来るので頼りになる式神だ!

 

『前回と同様に車を使うよ、近くのパーキングに停めて徒歩で近くまで行く』

 

『そうだな、我も行くぞ。焼失したドアは無理でも近くで奴を確認したい』

 

 今回はレンタカーを借りる、問題が有りそうだが自分の車を使っても調べれば僕まで辿り着いてしまう、ならば桜岡さんや結衣ちゃんが怪しまない様に自宅の車は使わない、タクシーだと視覚共有する時に困るから……

 だが駅周辺にはレンタカー屋は無く、少し離れた場所に有った日本レンタカーで日産マーチを借りた。

 このマーチ、5ナンバーだが割と小型で燃費も良く運転席も広い……その分後ろは狭いが同乗者は居ないから関係無い。

 しかもナビ付きだから交通量が多い横浜中心地区でも安心だ。

 

「では出発、先ずは近くまで行って悪食を降ろすよ」

 

「ふふふ、未だ準備も出来てないのに悪食の監視により丸裸になるな」

 

 ちゃっかり助手席に具現化した胡蝶さんが座っていて悪い笑みを浮かべている。

 

「そうだね、速攻片付けよう。もう後手に回るのは嫌だから……」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ナビに従い山手地区を走る、観光客も多く他県ナンバーもチラホラ見掛ける。

 比較的人通りの少ない裏道に車を停める、悪食は僕の影の中に居る為に僕自身が近付かないと駄目だから……

 

 ピェール邸まで500m離れた場所に車を路駐し観光客を装い歩いて近付く、少し浮いているが良く見れば男一人の観光客も……居なくはないな。

 カメラを首から提げてブラブラしながら時折洋館の外観写真を撮りまくっている連中が結構居る。

 最近古い建物が見直されていると聞くが、あの連中の事だろうか?

 

 彼等とは違い、なるべく目立たず不審に思われない程度に普通に歩く事を心掛けて移動し目的の側溝の脇で立ち止まる。

 携帯電話を確認する振りをしながら足元の影から悪食を出してピェール邸に向かわせる、後は車に戻って監視だな。

 

 スルリと影から黄金虫が飛び出した時は思わず周りを見回してしまったが、誰も此方を気にしていないな。

 カサカサと素早く側溝内を走り去っていく悪食を確認してから路駐している車へと向かう、駐車違反で捕まってなければ良いが……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 15分程で戻れたので駐車違反の切符は貼られていなかった、一安心だ。

 直ぐに車を走らせて前回了解した公園の駐車場まで移動する、此処までは順調だな。

 信号に捕まり目的地まで中々進めないが焦りは禁物、此処で事故でも起こせば全てが終わるから慎重に運転する。

 

「正明、いよいよだな、ワクワクするな!」

 

「はいはい、いきなり実体化すると驚くだろ。だが悪食で確認して行けるなら迷わず攻めよう」

 

 何時の間にか助手席で胡坐をかいて座る巫女服姿の美幼女は目立つんですけど……

 

「誰も居なければ侵入、美羽音さんが居れば訪問、ピェール氏だけなら……」

 

「我だけで侵入して調べるぞ、正明が見つかると問題だしな」

 

 胡蝶の言う通りだ、僕等は焼失したドアを調べたいのでピェール氏が居なければ僕も行くが居たら……

 家には入れてくれないだろう、直ぐに警察に通報されそうだ。

 

「その時は胡蝶さんに任せるよ、連絡が取れないのが辛いんだよな……胡蝶用のスマホ買おうかな」

 

「我は要らぬ、文明の利器など使う妖(あやかし)など妖では無いぞ!」

 

 ああ、拘りが有るのかな?確かに携帯ゲームや携帯電話を扱う胡蝶さんの姿は想像出来ないな。

 彼女は流動化もするから持たせたら能力を制限する事になるし毎回無くされても困る、そこから身元がバレる、携帯電話など個人情報が詰まってるからね。

 本人もそうだがアドレス帳に登録している名前から本人を取り巻く人間関係まで分かってしまう。

 

「便利なんだけどね、仕方ないか……」

 

「長生きして嬉しかった人間の発明など酒と食い物だけだぞ、贄となる連中の質も悪いし昔の方が良かったな」

 

 昔は良かった発言は年寄りの定番だが美幼女姿の胡蝶さんが言うと違和感が半端無いぞ。

 

「漸く駐車場に到着したが、空きスペースは一台だけか……」

 

 業務用ライトバンにラック、タクシーと盛り沢山だが特に僕等に興味は無さそうだ。各々が食事をしたり仮眠をしたりしている。

 空きスペースはトラックとタクシーの間で狭かったがバックナビが付いていたので問題無く駐車出来た。

 

 胡蝶さんは目立つので身体の中に戻って貰った、巫女服姿の美幼女は目立って仕方ないから。

 車を降りて身体を解す為にラジオ体操を実施、大分肩凝りが治まった。

 自販機でコカ・コーラとエメマンを購入、運転席に戻りエメマンを一気飲みして眠気を覚ます。

 

「さて、やりますか!」

 

 座席を倒し如何にも仮眠してる風を装い身体を伸ばす、楽な体勢にしてから悪食とのラインを繋げる……

 目を閉じて真っ暗な視界が段々と明るくなりボヤけた景色が見え始め、更に暫くするとクリアになった。

 

「よし、成功だな」

 

『ふむ、大分ラインを繋げるのが早くなったな』

 

 脳内会話で胡蝶さんからお褒めの言葉を貰った、確かに悪食とのラインを繋げる事が早くなっていると自分でも思う。

 覗きの技術に磨きが掛かってるみたいで少し嫌だが有効だから仕方ない。

 

『ありがとう。さて……此処はキッチンだね、悪食の好きな場所だな。特に周りに人は居ないが、大分汚れているぞ』

 

 テーブルの上やシンクの中には汚れた食器が山盛り、隅には透明なビニールに分別もしてないゴミが無造作に突っ込まれている。

 床も何だか汚いし、僅か一週間位で更に汚れているのは何故だ?

 汚れた食器も元は高級なのは見た目でも分かる、アレだけアンティークに拘り洋館を大切にしていたピェール氏の仕業とは思えないな。

 

『悪食の眷属が大量発生してるね、整列させて指導してるよね?』

 

 目の前には整列した悪食の眷属達が……百匹以上居るな、周辺からも集まったのか?

 チャバネにヤマト、大きさもマチマチな眷属が悪食を注目している、つまり悪食と視界を共有している僕を見詰めているのは壮観だ、寒気すら覚えるな。

 

『悪食、眷属達を隠れさせろ。だが戦力にはなるから出来るだけ集めてくれ』

 

 悪食と眷属達は蔵を丸ごと食い尽くす力を持っているんだ、最悪は洋館を食わせるのも悪くないか……

 悪食の号令(触覚を動かす)により散っていく眷属を眺めて、僕も凄い奴を式神にしたなと染々思う。

 

『もういっそ悪食に洋館全て食わせるか?』

 

『確実に他人に見られるから直ぐに僕まで辿り着くだろうな……嫌だぞ、黒い蟲使いとか噂になるのは社会的に死ねる』

 

 あの洋館の霊能力関係者は洗い浚い調べられるだろう、候補に上がっただけでも大変だぞ。

 

『蟲使いか……昔は居たぞ、厄介な連中だったな。地虫で地震を起こしたりバッタを大量に召喚し文字通り何もかも食い尽くすとかな、流石の我も手を焼いた』

 

 現代の蟲使いなんて比較にすらなんない環境破壊な連中が居たんだな、今なんて精々が毒のある蜂や蜘蛛、蠍や百足を大量に操って人を襲う位なのに都市を襲える連中なんて……

 

『胡蝶の生きていた時代って凄いな、凄過ぎるよ。そんな連中と敵対……ああ、一子絡みはそんな連中か……』

 

『そうだ生き残りが二人食えば我等でも苦労する、前より我も力を付けたが三人食ったら勝てるか分からん』

 

 そうだった、ピェール氏の件を手早く済ませて手を打たないと駄目だな。

 今回の件で後手に回る事が状況を辛くするのは良く理解した、どの道一子様との関わりは公になっている……

 

『そうだな、加茂宮の残りも絡んでくるのは間違い無いぞ。我等の為にも奴は、奴等は食わねばならぬ』

 

 話が脱線したが悪食との視界共有に精神を集中する、乱雑に汚れたキッチンを出て応接室へと向かう。

 此方も酷い事になっている、ソファーの上には衣服が脱ぎ散らかしてあるしテーブルの上も汚れ放題だ。床も酷いな、台風が通り過ぎたみたいだ……

 

『酷い有様だな、一階には誰も居ないようだ。問題の二階に行ってみるか』

 

『人の気配がせぬな、本当に美羽音とやらは戻ったのか?』

 

 確かに彼女が居るのに家の荒れようはおかしい、やはり罠だったか……ならば彼女は何処かに囚われているのか?

 

『二階に行ってみよう、彼女が囚われているかもしれない(または既に)』

 

 覚悟を決めて悪食を二階に移動させる、ゆっくりと階段を上らせると問題の焼失したドアが見えたが今は此処は後回しだ。

 残りの部屋を確認する為に先へ進む、階段を中心に右側に二部屋、左側手前に一部屋、奥に焼失した部屋。

 先ずは左側手前の部屋の中に悪食を進める、ドアノブに飛び付いて掴まり捻る様にして開ける、本当に器用だ。

 

『此処は客間かな、掃除はされてないが散らかってもいない』

 

 古風なデザインのデスクにチェアー、ベッドにクローゼットしかないシンプルで殺風景な部屋だ。

 薄らと埃が積もってるしカーテンも閉めっぱなしの為か湿っぽい感じだな。

 

『此処は何もないな』

 

『そうだね、次は寝室だな』

 

 右側の二部屋の内、手前は夫婦の寝室になっていた筈だ。

 悪食に指示をだして右側手前の部屋に侵入させる、慎重にドアノブを回し僅かな隙間を開けて中を覗き込む。

 カーテンが閉まっている為に薄暗いが此処も散らかり放題だな、ベッドのシーツもグシャグシャで何日も交換してないと思う。

 

『軟禁されてるなら寝室だと思ったけど誰も居ない』

 

『正明、ノートパソコンが有るぞ。それに電話も有るな』

 

 む、確かにガウンで半分程隠れていたがノートパソコンが無造作にベッドの上に置かれている。無線LANかな?

 電話機も置かれているがジャックが抜かれていては通話出来ないだろう、出来ればパソコンの送信履歴を調べたいが流石に悪食には無理だ。

 いや、悪食がパソコンとか操作出来たら怖いだろ?

 

『此処にも誰も居ない、後一部屋しか残ってないぞ』

 

 大切にしていた洋館が随時と汚なくなったものだな。最後の部屋へと悪食を移動させる、少し目に疲労が溜まって来たな。

 

『此処は物置扱いだったみたいだな……』

 

 壁際にはクローゼットが二つ、他には大小の段ボールが沢山積まれている。試しに一つ段ボールを開ければ衣類が畳まれて入っていた。

 

『今、洋館には誰も居ない。居る筈の美羽音さんも居ない』

 

『ならば侵入してドアを調べるぞ』

 

 悪食との視界共有を切る、少し目の奥が痛いが我慢出来る程度だ。

 レンタカーは有料駐車場に停めてタクシーで近くまで行く事にする、今回は調査で時間が掛かるから駐禁取締りが心配だから……


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