榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第250話

 横浜山手の洋館ピェール邸、此処の住人で有る美羽音さんから相談を受けたのが発端だった。

 彼女はセントクレア教会に通う信者で、その伝手を使い僕にも声が掛かった。

 アドバイスだけだと言われたが柳の婆さんの企みにより巻き込まれた感じだ。

 

『家の中に知らない男が居て何時の間にか消えてしまう、長男マリオ君の部屋に現れる』

 

 だが美羽音さんの夫であるピェール氏は心霊否定派、洋館に器材を持ち込む事すら許さない最悪の部類の依頼人。

 

 美羽音さんの弟である高梨修も接触してきた、姉の不幸を自身の心霊記事のネタにしようとして……

 僕は洋館が妖しいと睨んだがセントクレア教会の柳の婆さんはピェール氏本人にナニかが取り憑いているか、又はドッペルゲンガーじゃないかと疑った。

 

 確かに性格が急変し別人みたいに振る舞うらしいので、身の危険を感じた美羽音さんはマリオ君と共にセントクレア教会を頼り家を出た……

 僕も悪霊か怨霊が取り憑いている事には賛成だ、だが根本的な原因は洋館の過去に焼失した部屋とその扉に有ると思っている。

 事件は心霊被害だけでは収まらず、ベビーシッターの竹内さんの失踪を皮切りに高梨修の恐喝事件から彼の他殺事件へと続いた。

 

 そして肉親が殺された美羽音さんは隠れている訳にもいかずに実家に姿を現した。

 彼女の身を心配しセントクレア教会が動いた、柳の婆さんが直接ピェール氏の悪魔祓いを強制的に実行したが……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

『榎本さん、失敗したわ。あの男には何も取り憑いていなかった、又は一時的に離れたのか分からない。

でも取り憑かれた時の記憶は残る筈なのに慌てたり恐怖したりする素振りも見せなかった。

私は姿を隠しますので鶴子の事を頼みます』

 

 携帯電話の留守電機能に録音されていた柳の婆さんからのメッセージ、あの準備万端迎え撃つのを得意とするエクソシストが自分の陣地に対象を引き込んで負けたとはな……

 着信時間は早朝四時八分、悪魔の力が強くなる深夜に挑んで結果的には何も出来ずにピェール氏を解放したって事か。

 

 留守電を聞いた携帯電話を閉じて枕元に放り投げる、何と無く寝返りを打って携帯電話のLEDが点滅しているのに気付いたのだが……

 

「まさかの失敗か、用意周到な柳の婆さんが自分の陣地に引き込んで負けた。いや負けたと言うよりは見込み違いだったのか?」

 

 両手を頭の後ろに組んで暗い天井を見上げる、周りが起きだす迄には暫く考える時間が有る。

 

『胡蝶さん、ピェール氏に悪霊が取り憑いているって間違いかな?やはりドッペルゲンガーなのかな?』

 

『ドッペルゲンガーが夫婦の営みをするとは聞いた事が無いし同じ人間が重複するのも疑問だな。しかし記憶を残さずに取り憑くとは厄介だな、幾ら説明しても信じないだろう』

 

 胡蝶さんが応えてくれた、確かに心霊否定派だし自分の事ですら信じない可能性は高いな。

 でも少し変なんだ、確かに悪食と視覚共有して見たピェール氏の性格は違っていた。

 仮にも自分しか居ない家にピザの出前やデリヘル呼んで気付かないとか有り得ないだろう。

 

『ならば前提条件が違うのか?』

 

『何を前提条件とする?洋館の怪異は間違いないぞ、焼失した部屋と扉は存在する。後は……』

 

『悪霊の有無だ』

 

 僕の問いに想像もしてなかった返しが来た、思わず腹筋の要領で上半身を布団から起こしてしまった。

 

『悪霊が居ない訳がないだろう、竹内さんの魂を霊界に閉じ込めておける程の力を誰が持っているんだ?』

 

『だが我は主の不在時だが洋館に行ったが、何も気配を感じなかった。

悪食を通して見た時も奴からは力を感じなかった筈だぞ。普通は何かしらの痕跡が残るのにだ……』

 

 言われてみればワインをラッパ飲みしデリヘル嬢を自宅に呼んで夫婦の寝室に連れ込んだ男からは霊能力に関する物は感じ取れなかった。

 隠蔽体質の疑いも有るが、確かに只のチンピラにしか見えなかったな。

 

『だけど性格が豹変しただけの本人ってオチじゃ竹内さんや高梨修の事が説明出来ないよ。

完璧に女性一人の身体を隠して魂も隔離出来るのに、高梨修は刺殺してバレた。

 

『だが家出中の嫁は炙り出された、これが理由なら簡単に人を殺せる手強い殺人鬼だ』

 

『確かに美羽音さんを見付ける為だけに簡単に人を殺せるなら……霊能力者の範疇じゃない、警察の仕事だな』

 

 柳の婆さんも失敗した、奴を拉致ったが悪魔祓いは失敗し解放して自分は雲隠れ、笑えないオチだ。

 もしも奴が危険なら美羽音さんが危ない、状況的に家出をして姿を眩ましていた彼女の方に過失が有る。

 普通は旦那が別人だとか家に人じゃないナニかが出るから息子と家出した、セントクレア教会を頼ったじゃ通じない。

 しかもセントクレア教会の柳の婆さんは拉致監禁の容疑者だ、警察は確実に婆さんを捜し出して捕まえるだろう。

 

 そこまで考えて再び布団に倒れ込む、何度同じ事を考えただろうか?

 毎回結論は同じ、今は美羽音さんの安全を考えなくては駄目なのに状況は全て向こうに有利、果たして焼失した扉を調べて解決するのか?

 

『胡蝶さん、やっぱり分からないよ。扉を調べて仮に塞いだとして悪霊の影響を受けていないピェール氏が元に戻るのかな?』

 

『最初から奴は殺人鬼だったとは考えられないか?我等は奴を直接見てないし深く調べてもいないぞ』

 

 大どんでん返し、実は最初から悪人で僕等は騙されていた……可能性は有る、だが竹内さんの件は?に戻ってしまう。

 ピェール氏と直接対決は既に柳の婆さんが実行し失敗、やはり洋館を調べるしかないのかな?

 

『駄目だ、堂々巡りで解決の糸口すら掴めない』

 

『そうだな、厄介だ……』

 

 初めてだ、胡蝶が積極的に協力してくれても解決出来ないなんて……考え込んでいたら朝日が差し込んできた、もう五時過ぎかな?

 

 枕元に放り投げていた携帯電話を取出しメリッサ様宛てにメールを打ち始める。

 

『柳の婆さんから留守電に連絡を貰った。

知っているかもしれないが例の件は失敗、対象は解放し自分は雲隠れをすると。何か有れば力になるが此方は未だ動かない』

 

 具体的には書かずに相談を受けると書いておく、自分達で対処出来なければ頼って来るだろう。

 後は警察の動きを知りたい、ピェール氏が通報すれば柳の婆さんは拉致監禁の実行犯だ、除霊の為にとかは通用しない。

 携帯電話の画面に映る時刻は五時十八分、あと一時間以上は寝れる計算だ。

 

「八時を過ぎたら亀宮さんと若宮のご隠居に報告だな、特に若宮のご隠居には今後の方針を相談しなければ駄目だ、今回の依頼主はご隠居だからな……」

 

 手を引くか継続か、または……

 

『なんだ、一新教を信奉するシスターに対しては冷たいんだな』

 

 確かに僕は愛染明王を信奉してるけどさ、仲間を助けるのに宗派は関係無いと思うんだ。

 

『まさか!知り合いがむざむざ不幸になるのを黙って見ているつもりは無いよ。美羽音さんと接触出来ればピェール氏が不在の時に洋館に招いて貰う事も出来る、直接乗り込むさ』

 

『全く準備万端、調査に時間を掛けても最後の最後は突撃か?くっくっく……そうだな、駆け出しの頃の正明を思い出す無鉄砲さだぞ』

 

 後の事は何も考えずに突っ込んで行った若い頃か、あの時の複雑な心境は今思い出しても苦くて辛い。

 

 だが蛮勇という勢いは時に色々なプラス要素も多かった、マイナス要素がより多かったけどさ。

 

『昔とは違うよ、全ての不確定な要因を排除して原因を絞り込んだんだ。

後は焼失した扉の謎を調べるしか残された可能性は無い、何も調べず考えずに特攻した昔の餓鬼とは違うさ』

 

 すっかり目が覚めてしまったので布団から起き上がる、先ずはメリッサ様に連絡だ。

 未だ美羽音さんを匿っている筈だから打合せをしておかないと駄目だからな。

 女性に電話するには些か時間が早いとは思うが構わずアドレス帳から検索し通話ボタンを押す、数コールで繋がった。

 

「もしもし?メリッサ様?」

 

『何ですか、朝も早くから……その、今私に連絡は……』

 

 警察沙汰になってるから不用意な通話は控えろって配慮だろう、メリッサ様に何時もの快活さが無いし……

 

「美羽音さんに伝えてくれ、山手の洋館に戻るならピェール氏が居ない時に呼んでくれと。僕が直接出向く、悪いが拒否権は無い」

 

『榎本さん、それは……』

 

「拒否権は無いって言ったよ、じゃ大変だけど頑張ってね!」

 

 よし、伝手を使い洋館へ招かれる布石は打った、後は美羽音さんの頑張り次第だ。

 身の危険を感じて実家に籠もるも改めて家出するもよし、異変と真っ向から向き合い洋館に戻るなら手を貸すつもりだ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 それから二日後、待っていた美羽音さんから連絡が来た。

 かなり長いメールだがメリッサ様から事務所のパソコンに転送されてきた、僕のメアドは教えても良いって言ったのだが美羽音さんが自分のメアドを知られたくなかったのか?

 出勤して直ぐに調べたのだが受信は深夜一時四十七分、随分と遅い時間だ。

 

 

『榎本様、姉弟共々距離を置かれていたので手を差し伸べてくれるとは思っていませんでした。

我が身可愛さに頼ってしまったセントクレア教会の方々には多大な迷惑を掛けてしまい、心苦しくなっていましたので本当に感謝しています。

お礼については出来る限りの事はさせて頂きます。

シスター・メリッサより話は伺ってますが主人が不在の日ですが、明後日の夜は人と会う約束が有るそうで帰りは遅いそうです。

昼間は家に居て私を常に監視しています』

 

 

 本文をそのまま転送してくれた、その後にメリッサ様からの追加説明文も送られて来た。

 だがメリッサ様が受け取った時間は一時三十分、メールを転送すると本文と共に送信者一覧や受信時間等も分かるのだが美羽音さんと思われるアドレスはパソコンから送られている。

 あの洋館にはパソコンは無かった筈だが……

 

 驚いた事にピェール氏は柳の婆さんの件を警察には訴えてないそうだ。

 美羽音さんが帰る事を条件に不問にすると連絡して来たので、本人と相談し山手の洋館まで送り届けたそうだ。

 高梨修の葬儀については検死や遺体解剖などの手続きをしていて葬儀の日程は未定だが両親は急いで執り行いたいそうだ。

 

「そうだ、ばかりだがセントクレア教会としては飲まざるをえない条件だな。

只でさえ警察に睨まれていたのに拉致監禁じゃ社会的に抹殺される、もう教会と保育園の看板は下ろさなければならない」

 

「ふむ、いよいよ直接対決だな!」

 

「「わん!」」

 

 何時もの巫女服姿で来客用ソファーで寛ぐ胡蝶さんと、その両脇に寝そべる赤目と灰髪。

 一応このマンションはペット可だが内緒にしている、この子達は普通の犬じゃないから興味を持たれるのは不味い。

 

「いや、少し調べるよ。このメールは怪しい、パソコンから送られているのに洋館にはパソコンは無かった。

美羽音さんは洋館でピェール氏に監視されている筈なのに深夜にパソコンでメールのやり取り?

それに彼女はシスター・メリッサ等と呼ばなかった、メリッサ様と呼んでいた。罠……だと思う」

 

 ニヤリと獰猛な笑みを浮かべる胡蝶さん、凄く楽しそうだな。

 

「なる程な、夜にゴーストハウスに呼び込むとなると準備万端で待ち構えている訳だな。奴は一神教の連中は誤魔化せたし弱みも握った、だが洋館が怪しいと睨んでる我等は厄介な存在だ」

 

 そう、もうセントクレア教会はピェール氏に手出しは出来ない。胡蝶の言う通り、後は僕等を何とかすれば安心だと思っているだろう。

 だから処理する為に準備を整えて明後日の夜に呼び寄せるんだ。

 

「馬鹿正直に明後日の夜になんて行かないよ、直ぐに行動だ!先ずは洋館に悪食を忍び込ませて様子を確認しよう、今迄は後手に回ったが……」

 

「ふむ、最後の対決は先手を打つ訳だな」

 

 黙って頷くと奴等を誤魔化す為に了承の旨の返信メールを作成する。明後日の何時に伺えば良いのかを……


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