榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第246話

 かつて僕が解放した犬達が居た、犬飼現当主に畜生霊として使役されていた犬達だ。

 主人に育て上げられ主人の手で殺されて畜生霊として使役されていた犬達……

 

「お前、あの時の赤目かよ。何で成仏しなかったんだ?」

 

 全力で頭を足にこすり付ける赤目を持ち上げる、コラ、べろべろ舐めるなよな。

 

『もう一匹居たな、灰髪と呼ばれた甲斐犬の霊が……式神札を使えば具現化出来るかもしれぬぞ』

 

 灰髪か、赤目とは兄弟みたいに育った子だよな。もう一枚、式神札を取り出し同じ様に霊力を込める、霊力を込めている段階で確信した……あの子が来る。

 

「出でよ、灰髪!」

 

 式神札の周りに霊力が集まり犬の形を成していく……

 

「ワォーン!」

 

 灰色と黒色の斑模様の毛を持つ懐かしい犬が現れた、一吠えしてから飛び掛かって来た。

 

「ちょ、お前も……舐めるな、顔がベタベタだぞ……落ち着けって」

 

 尻尾を千切れんばかりに左右に振りながら口の周りをペロペロ舐める灰髪の両脇に手を入れて持ち上げる、この子もメスか……

 

「あの犬飼の現当主は飼犬は女の子ばかりだったのかよ、お前達は兄弟じゃなくて姉妹か?」

 

『性別の違う方が懐き易くメスはオスに尽くすからな、だからメスなのだろう』

 

『なる程ね、だから大婆様の日本狼はオスだったのか……』

 

 赤目と灰髪が仲良く並んで膝の上に乗っている、重さは殆ど感じないけど強い存在感が有る。

 ワシワシと撫でるが動物特有の油脂が手に付かない、サラサラの手触りが気持ち良い。ペットは鳥派だが犬も可愛いものだな、特に因縁が有った子達は。

 

「二匹、犬神が二匹も……こんなに具現化して自我のある子達は珍しいですよ。榎本さん、何か命令してみて下さい」

 

 東海林さんの目が初めて御札を見た時と同じだ、空気の五十嵐さんの前に出てグイグイ迫ってくる。

 てか、幾ら男性恐怖症かもしれないけど当主が後ろに立ち尽くして無言って駄目だと思うぞ。

 

「命令?そうですね……赤目、灰髪、お手!」

 

 犬に命令と言えば定番のお手、お代わり、伏せ、かな?

 

「「わふ!」」

 

「お代わり」

 

「「わふ!」」

 

 完璧だ、完璧にシンクロした動きでお手とお代わりをする赤目と灰髪。

 

「偉いぞ、お前達。完璧だぞ!」

 

 ご褒美に頭をワシワシと撫でる、目を細めて喜んでいる二匹……癒される。

 

「「わん!」」

 

「違います、式神としての命令です。でも部屋の中は狭いですし庭に出ましょうか?」

 

 ああ、そうだった。この子達は式神だったので戦闘力とかを示せば良いのかな?幸い力強いし鋭い牙や爪が有るから対人戦力としては有効だろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 庭に出ると知らない内に話が広まっていたのだろう、風巻のオバサンが様子を見に来た。どうやら若宮の婆さんや陽菜ちゃんは居ないらしい。

 

「なにやら大袈裟になってますね、この子達のお披露目にしては……」

 

 僕の足元の左右に控えている赤目と灰髪、今は大人しくしているが周囲を警戒し鋭い視線を放っている。

 案内された亀宮本家の中庭は和風庭園で綺麗な芝生が敷き詰められて、所々に庭木や石が配されているけど……

 

『胡蝶さん、この子達って強いのかな?力も有るし牙や爪も鋭いけど庭木とか攻撃しても大丈夫かな?』

 

『ふむ、取り敢えず庭石に攻撃させてみろ。生身と違い式神だから大丈夫だろう』

 

 うーん、前は畜生霊だったが今回は式神に変わったからどうなんだろう?

 

「赤目、灰髪、あの庭石を一回ずつ攻撃しろ!」

 

「「わふ!」」

 

 試しに一度攻撃させてみようと命令したが、赤目と灰髪は小さく吠えると左右に飛び出した!

 

「早い、それに……」

 

 右に跳んだ赤目は地面に着地すると直ぐに庭石の真上に飛び入り、右前足の爪で袈裟懸けに表面を削り取った。

 

 左に跳んだ灰髪は地面に着地すると低い姿勢で突撃し、鋭い牙で庭石の下端に噛み付き歯形を残した。

 

 お互い上下同じタイミングで仕掛けた連携もだが、固い庭石を牙と爪で抉り取る攻撃力の高さも凄い。二匹はそのまま僕の足元に素早く戻って来た。

 

「よしよし。凄いぞ、お前等は!」

 

 ご褒美に首の付け根をワシワシと撫でるが、式神でも元は犬だから嬉しいのだろうか?目を細めて嬉しそうにグルグル唸ってるぞ。

 

「石を削り取るなら人間など紙くず同然ですよね」

 

「これ程の連携を一言の命令で実行するなんて……私の門下生でも上位の者達が使役する式神と変わらないですよ。

凄いですね、主と絆が強く結ばれている式神は更に強くなります」

 

 中級の式神札だが胡蝶の霊力を大量に注ぎ込んだ事と赤目や灰髪との魂との繋がりが有った事で、普通じゃない式神に成ったのかな?

 

『そうだな、初めてにしては上出来な僕達(しもべたち)だ』

 

『胡蝶さん、赤目と灰髪とは縁が有ったが三枚目はどうなるのかな?』

 

 この子達は特別だ、じゃ普通に式神札を使うとどうなるのかな?

 

『ふむ、宿る魂は無い訳だが……試してみるか?』

 

 懐から三枚目の式神札を取り出し、同じ手順で霊力を注いで起動させる。手元を離れた式神札は地面に落ちて周りを霊力が包み込む……

 

「普通の式神ね、三匹目はなかったみたいね」

 

「やはり魂との縁か絆が無ければ普通の式神犬か……」

 

 赤目や灰髪と違い質感がツルツルで紙っぽい無表情な犬になった、これが普通なんだろうな。

 

「よし、庭石に攻撃だ」

 

「……」

 

 無言で真っ直ぐ庭石に飛び掛かり、ガジガジと噛み付いているが表層に付いた苔や汚れが剥がれるだけだ。

 普通の犬の攻撃力と大差無いな、数は召喚出来るので使い道は有るけど見劣りするな。

 

「普通ですね、本来の式神犬です」

 

「前の子達より見劣りするけど襲われたら血だらけになりますよ、コレはコレで凄いんですよね?」

 

 漸く五十嵐さんが感想を言ってくれた、疑問系だったが確かに対人戦力として凄いのだろうな。

 三匹目と繋いでいるラインを通じて式神札に戻る様に命令すると、一瞬で札に戻りスルリと地面に落ちた……

 三匹召喚して感じたのは起動時には霊力が必要だが維持コストは低そうだ。

 

「東海林さん、この子達が傷付いたら回復は出来るんですか?そもそも被ダメージって回復出来るのかな?」

 

 幾ら力強くても傷付いたら回復しないとかなら使い道は狭まる、無理はさせられない。

 

「この子達クラスになれば傷付いても時間が経てば自動で回復します、酷い怪我の場合は御札に戻して霊力を送り込めば徐々に回復しますよ。

次に来る時にウチの式神使いを紹介しますので色々教えて貰って下さい、私は御札は式神よりも攻撃や防御に使う方が得意なので……」

 

 ああ、あの御札ファンネルは凄かったな。空中にバラ撒いた御札が一斉に対象に張り付くのだから……

 だが恩ばかりが積み重なっていくのは不味い、何か対価を渡さないと駄目だ。

 少し調べたけど陽香家と言えば陰陽道の大家、その当主が門下生でもない僕に此処まで配慮してくれるのは重い。

 

「それは嬉しいのですが恩ばかり積み重なるのは心苦しいんですよ」

 

 笑顔の東海林さんが少し、いやかなり怖く感じるんだ。

 

「出来の良い弟子みたいな榎本さんには色々と教えてあげたいのが師としての思いなんですが……

そうですか、では榎本さんの古文書への造詣の深さを見込んで解読して欲しい書が有るのです」

 

「古文書の解読ですか?」

 

『正明、請けろ。古文書の解読とは内容を知る事が出来るのだ。秘蔵の古文書か、楽しみだな……』

 

 胡蝶さんは最近学ぶ楽しさを覚えたのかな?まぁ700年物の胡蝶の知識は凄いから大丈夫か……

 

「良いですよ、それでお礼になるのなら喜んで解読しましょう」

 

「そうですか!助かります、本職に頼むには書自体に呪いが掛かっていて無理だったんです」

 

 ニヤリとした彼女を見て対価としては期待以上なのが分かった、ならば遠慮は無用かな?

 

「それと今度紹介する湊川(みなとがわ)は式神に長けた術者です、その子達の維持や日常の扱い方等を教えてくれますよ。

今は御札に還すしかないですが自分の影に入れたりする術式も有りますから使い勝手は良くなるでしょう」

 

 流石は陰陽道の大家の当主、痒い所に手が届く配慮だ。まさに必要な事を提案してくるので断り辛い、恩を返したつもりが重なっていく……

 

 次に亀宮本家に来る日程を調整し赤目と灰髪のお披露目は終わった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 亀宮本家の祭壇、それは清浄に維持された空間であり特定の神を祀っている場所ではなかった。

 多宗教からなる者達を束ねる亀宮一族だからこその多目的祭壇?多目神祭壇?

 

 お神酒とお供え物、それに榊を祭壇に並べて準備万端の魅鈴さんは真っ白な袴姿で座っている。

 普段は無意識に色気を振りまく艶っぽい女性だが、今は清純な神々しさを身に纏っている。

 

「女性は衣装や立ち振舞いで雰囲気が変わるよな……」

 

「榎本さん、縁ある品を」

 

 此方に振り向き手を差し出して来た、それだけで身が締まる思いだ。

 

「コレです、このエプロンでお願いします」

 

 思わず敬語になってしまうのは仕方ないだろう、それだけのナニかを彼女は纏っているのだから……

 祭壇にエプロンを供え、魅鈴さんが祝詞を唱え始める、因みに僕の隣には亀宮さんが居て後ろには滝沢さんが控えている。

 

 祝詞が長い、前にお願いした時よりも……時間的には十分を越えただろうか?

 壁掛けの時計も無く腕時計もしていないので正確な時間は分からないが、少なくとも十分以上は掛かっている。もしかして竹内さんは生きているのか?

 

「…………榎本さん?」

 

「はい、何でしょうか?」

 

 これは竹内さんは未だ生きているのか、エプロンでは喚べなかったのどちらかか?

 

「竹内さんの魂とは繋がったのです、繋がったのですが……こう、間に何か壁の様な物を感じるのです。

なので魂を自分に降ろす事が出来ない、こんな事は初めてなのです」

 

 凄く困った顔をしている、今迄こんな事は無かったのだろう。

 

「竹内さんの魂との間を塞ぐ壁ですか?」

 

 真剣な彼女の顔を見ればどれ程の事なのかは分かる、捜し当てた魂を自分に降ろせない、何か壁が有る……

 

「つまり竹内さんの魂は結界の中に閉じ込められているのですね?彼女が死んでる事は確定、だが何かに捕われていると考えられるな」

 

 黙って頷く彼女の額には汗が浮き上がり何本か髪の毛が張り付いている、相当疲労しているのが分かる。

 

「魅鈴さん、少し休んで下さい。お蔭である程度絞り込む事が出来ました、有り難う御座いました」

 

 やはり竹内さんは死んでいたか……

 コレでピェール氏の犯人説は濃厚、後は柳の婆さんの結果次第だな。婆さんが失敗したら洋館に原因が有る、どうするかは未だ分からないが……

 

『最悪は洋館に乗り込むか?』

 

 胡蝶さんの問に一瞬だけ悩む、だが僕の霊感が訴える。

 

『そうだね……ホラーハウスに突撃は危険過ぎると思うが他の原因は全て消えた、もうあの扉しか原因は考えられない』

 

 避けては通れない道だと理解している、柳の婆さんでも仕留められなければ胡蝶の贄としては上等だ。

 

「申し訳ありません、榎本さん。お役に立てなくて……」

 

 本当に申し訳なさそうに下を向く彼女を労う為に肩に手を置いてお礼を言う、本当に霊媒師としての彼女は有効だ。竹内さんの死と現状を教えてくれたのだから……

 

「いえ、本当に有り難う御座いました。残っていた可能性が無くなり原因を絞り込む事が出来たので、後は僕等で何とかなります。

さぁ少し横になって休んで下さい。亀宮さん、申し訳ないけど魅鈴さんが休める場所を用意して貰えないかな?」

 

 僕に与えられた部屋の奥に仮眠用のベッドが有ったけど、彼女を部屋に連れ込み寝かせたとか言われたら悪い噂になるだろう。

 

「分かりました。滝沢さん、客間の用意を」

 

 嗚呼、亀宮さんの気分が悪くなってるな、回復させないと大変だぞ。


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