榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第243話

 ピェール氏について悪食と視界共有したが色々と新事実が浮かび上がった。

 セントクレア教会の柳の婆さんの睨んだ通り悪霊の類がピェール氏に取り憑いているのは間違い無い。

 普段と違う行動は憑依説の裏付けには十分だが……

 

 分からないのは焼失した部屋の扉との関係だ、過去に火事が二度有ったのは分かった。

 一回目は昭和二十年六月、終戦二ヶ月前の空襲により洋館の一部が焼失したが完全に部屋が無くなる迄は燃えてない。

 死者が出たかは不明、厳しい時代だったし誰もが生きるか死ぬかの厳しい時代だ、調べるのは難しいだろう。

 二回目の火事は大分時代が近付き昭和五十二年九月二日、当時の建物所有者はアメリカ人でロジャー・ウイルス。

 火事の原因は特定出来ず不審火となっているが、彼の八歳になる息子が逃げ遅れて死んでいる。

 他にも洋館に関わって死んだ人間は多いが成人男性は六人、再度風巻姉妹に調査を頼んだ。

 色情霊っぽいから、その辺を重点的に調べて欲しいとメールを送ったら即『セクハラですか?』って返信が来た。

 彼女達は有能なんだけど扱い辛い時が有るんだよな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 Google Mapでピェール邸周辺500m圏内を調べる、胡蝶さんを送り込んで待機してても怪しまれない場所は……

 ビジネスホテル、有料駐車場、喫茶店やレストランと色々有るが、例の扉を調べたいので悪食と視界共有もしたい。

 何故見えている扉を悪食が戸惑ったのか、胡蝶が実際に見る時に自分も悪食の目を通して確認したいんだ。

 筋肉ムキムキのオッサンが精神統一してても怪しまれない場所は、ビジネスホテルか車の中位だな。

 だがビジネスホテルには宿泊記録が残り有料駐車場は大抵監視カメラが有る、警察にバレる可能性は高いから偽装が必要なのだが……

 

『正明、近くにラブホが有るぞ。誰か女を連れ込めば良いだろう?』

 

『駄目だって!理由にはなるけど胡蝶の存在や悪食との視覚共有がバレる。この条件を満たせる相手は亀宮さんだけだが、一族のトップをラブホに連れ込むってどうなのよ?』

 

 唯一僕以外で胡蝶の存在を知っていて覗きとも取れる悪食の行動を知っても悪く思わないけど、それはそれで後が怖いぞ。

 

『チッ、全く弱腰だな』

 

 舌打ちされた、脳内会話で舌打ちされたよ、どんだけ子孫欲しいの?いや子孫繁栄は榎本一族と胡蝶との約束だ、破る訳にはいかない

 だがしかし、結衣ちゃんは十四歳だから法的には後二年は無理だ。出来れば高校生活は送らせてあげたいので十八歳迄は待ってあげないと……

 

『四年も待てないぞ、手っ取り早く梓巫女か亀憑き、それに霊媒女と男女が居るだろ?もう四択で決めろ!』

 

『桜岡さんに亀宮さん、魅鈴さんに晶ちゃんか?皆さん十八歳以上だけど育ち過ぎてるから無理です!』

 

『もうアレか……我か、我が子を産めれば問題無いんだな?』

 

 胡蝶の思考がヤバい方向に向かっているの、何か気を逸らさないと駄目だ。仮に胡蝶が僕の子を孕んだ場合、妊娠中はどうなるんだ?

 生んだら生んだで法的な手続きが可能だろうか?DNA検査で僕の実子と証明出来るが、胡蝶の遺伝子はどうなるんだ?

 

「駄目だ、頭がパンクしそうだ!」

 

 布団に倒れ込んで一旦思考をニュートラルに切り替える、僕は未だ三十代前半、四捨五入すれば三十歳でこれから男盛りを迎えるんだ。

 子孫繁栄は大丈夫、甲斐性だって有る、預金も二億円を超えている、仕事も順調だ、何の問題も無い。

 

『胡蝶さん、五年以内に子供を作るから今は我慢してくれ。その代わり加茂宮一族の当主達を贄として捧げるから……一子様は無理かもしれないけど残り五人は頑張るよ』

 

『ふん、考えていれば良い。約束だぞ、五年以内にだぞ、十人以上だからな!』

 

 ノルマが増えた、結衣ちゃんに十人も産ませるのは無理じゃないか?未だ四年間の猶予が有るから良く考えよう、最善の方法を……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 結局ピェール邸に行き悪食とエプロンを回収するのは翌日の昼間にした、夜より目立つがピェール氏が不在の方が洋館内で動き易いから。

 流石にピェール氏が居る時に胡蝶が扉を調べるのは見付かる確率が高い、それに深夜に周辺を徘徊するのを見られるのも不味い。

 だから車で500m圏内迄移動し胡蝶が移動して調べる事にする、前に韓国大使の高柳氏の魂を食った時もファミレス待機だったし大丈夫だろう。

 問題は離れている時の通信手段だ、携帯電話は便利だが通話記録や受信基地局を特定されるのが不味い。

 今回は国家権力に目を付けられているから色々と注意しないと詰むぞ。

 

 翌朝普通に出勤する、結衣ちゃんは先に学校に行ったので見送りは桜岡さん。

 清楚なブラウスにロングスカート、ざっくり編んだカーディガンを羽織っての見送りは若奥様風。

 ロングの黒髪が清楚さを更に醸し出す、当然だが彼女は見た目は清純な梓巫女だ、中身は中年のオッサンも同居してるけど……

 

「行って来ます」

 

「行ってらっしゃい、今日は珍しく車なんですね?」

 

 自然に質問された、基本的に僕は公共機関を利用するから一人の時は余り車を利用しない。

 

「ええ、三浦市の隠れ家から荷物を運ぶので。途中の無人野菜販売所で何か美味しそうな野菜が有れば買ってきますね」

 

「枝豆が旬ですわ!甘辛く煮ると美味しいです」

 

 三浦市の隠れ家に行くのはアリバイ作り、彼女を騙すのは辛いが秘密の漏洩防止とは極力関わる人を減らすのが基本だ。

 

「枝豆ですか!では麦酒も箱買いしますね、スーパードライで良いですか?」

 

 笑顔で希望を聞いたら日本酒を頼まれた。流石はお嬢様、久保田の万寿って壱万円近くするんだよな。

 

 久し振りに愛車キューブのエンジンを掛ける、軽やかだ……

 自宅から最寄りの高速道路を利用すれば早いが、監視カメラが豊富な高速道路は使いたくないので地道に一般道を走る。 

 途中でコンビニに寄って目的地の駐車場で軽くストレッチ、固くなった身体を解す。

 後は冷たいコーラを飲んで気分転換をしてからが本番だ!

 

 此処は割と大きく整備の整った公園の駐車場だ、トイレや自動販売機が有り運転の途中で休憩しても怪しまれない。

 実際に現地に向かえば八台停まれる駐車場にはライトバンと2tonトラックが停まっていた、運転手は座席を倒して寝ている。

 

「割と良さそうだな……胡蝶さん、行けるかい?」

 

 近くに歩行者は居ないし停車中の運転手も寝ているみたいで僕等に注意を向けていない。

 

『ふむ、大丈夫だ。洋館の場所は分かるぞ』

 

 久し振りに左手首の蝶の形の痣から、モノトーンの流動体となった胡蝶が流れだした。

 

『行って来るぞ』

 

 そのままドアの隙間から外に流れだし近くのマンホールの中に流れ込んで行ってしまった、もしかして下水道を通って行くのかな?

 

 暫くは他の運転手と同じ様に座席を倒して寝ている振りをする、目を閉じて約束の時間を待つ。

 十分後に悪食と視界共有をする為に精神統一をしてラインを繋げる。成功、悪食は収納室の中で大人しくしていた。

 

 周りを見回せば胡蝶が居た、流動体の塊が部屋の隅で蠢いている。

 悪食が流動体の胡蝶さんを触手で突く、僕とラインが繋がった事を教える為に……

 悪食を見てラインが繋がった事を確認すると流動体から全裸の胡蝶さんへと姿を変える、薄暗い部屋の中で彼女の病的な迄の白さが浮き上がり思わず生唾を飲み込む。

 小さな指で上を差す、二階に移動するんだな。会話が出来ないのでゼスチャーしか手段が無いのが地味に痛い。

 

 急いで胡蝶の後ろを悪食が追う、見上げれば可愛いお尻が丸見えだ!

 

「何て眼福、何てサービス精神!」

 

 ふりふりと階段を上る度に可愛いお尻が……もう幸せ過ぎて辛い。

 

 棚ボタな幸福を噛み締めていたが、問題の扉の前に来た。やはり無い筈の扉がハッキリと見える、この中に火事で死んだ誰かの霊が居るのか?

 

「胡蝶さん、気を付けて開けて……あれ?」

 

 何かがオカシイ、胡蝶が扉をペタペタと触っているのだがドアノブを確かめたり隙間から部屋の中を確認する訳でもない。

 ただ扉と壁を叩いたり擦ったりしているだけだ、まるで目の前の扉が見えないみたいに……

 

「悪食、ドアノブを捻って開けろ!」

 

 ラインを通じて悪食に指示を出すが、困惑した感情しか流れて来ない。どういう事だ?胡蝶さんと悪食には扉が認識出来ないのか?

 視界共有しているから悪食は見えている筈だ、僕が見えているのだから……

 

 悪食の視界の中で胡蝶さんが首を振っている、やはり見えてないのだろう。

 この場に留まるのは危険だ、無理なら対策を考えて方向転換をしなけるばならない。

 悪食に肩を落として階段を下りる胡蝶の後を追わせる、竹内さんの物と思われるエプロンを回収するんだな。

 

 悪食とのラインを切る、少し疲れたのか目の奥がジクジクと痛い。

 しかし僕にだけ見える扉の謎を解明しないと駄目だ、何か見落している条件が有るんだ。

 

 僕と胡蝶と悪食の違いとは何だ?性別?種族?距離?分からない、何故僕にだけ見えるんだ?

 

「ゴーストハウス特有の誘いか、僕が直接行かなければ駄目なのか?」

 

 十分程待っていると足元から流動体の胡蝶が腰の部分へとよじ登り、更に左手首の蝶の形の痣の中に入り込む。

 膝の上にはちゃっかりと悪食が鎮座していたので、頭をコリコリと掻いてやると足元の影へと飛び込んでいった。

 

『胡蝶さん、どうだった?』

 

 脳内会話を試みる、外からは疲れて寝ているオッサンにしか見えないだろう。

 誰も車内を覗き込みはしないと思うが、一応右手でコメカミを揉んで疲労感をアピールする。

 

『我には扉は見えなかった、感知すら出来なかったぞ。幾ら壁を触ろうとも何も分からなかったのだ……』

 

『うん、悪食も見えてなかったよ。前は胡蝶も一緒に見えていたのに今回は僕しか見えなかった。何故だろう、視覚共有しているのに悪食に見えてないのは?

それに胡蝶が壁を調べてた時にドアノブの所も触ってたんだ、突起が有るから分かるかと思ったのに……』

 

『我が触って調べたが、壁紙の感触しかしなかった。ドアノブなど分からなかったぞ』

 

『うん、僕が見えていたドアノブの部分を胡蝶の手は素通りした。見えない、触れない、感じないって訳が分からない。

そういう結界なのか、それとも見せ掛けの扉なのか、僕が直接行って触らないと開かないのか……』

 

『ふむ、我も影を使った空間移動は出来るので同じ様な術かとも思ったのだが何も感じなかった。本当に扉が有るのか?出入りが出来るのかが分からないな……』

 

 出入りが出来るか?

 

 確かに焼失した部屋の扉と仮定していたが、そもそも扉を開けて出入りが出来るのかは分からない。

 ピェール氏に取り憑いた奴が関係してるなら、焼失した事に何ら関係の有る者だけど……

 

『ピェール氏に取り憑いた奴と焼失した部屋の扉って関連有るのかな?死者しか出入りが出来ない扉だったらヤバいよ』

 

『あの世と繋がる扉か……碌でもないな。仮にあの世と繋がっているなら洋館の関係者とは限らないぞ。強い力を持つ悪霊が出て来た可能性も有る』

 

 ピェール氏とも洋館とも無関係な悪霊が、あの世とこの世を繋ぐ扉から出て来た可能性が有るのか?それだと幾ら洋館に絡む死者を調べても無駄だぞ。

 

『手掛かりは胡蝶が持ち帰った竹内さんのエプロンによる降霊だけか。

悪霊に取り憑かれたピェール氏の犯行を確認しても、彼女は原因まで知ってるかな?いや何か重要な事を知ったから殺されたんだ、手掛かりにはなる筈だ』

 

 助手席にポツンと置かれたエプロンを見る、何処にでも有る厚手の生地で何度も洗われたのだろう色落ちして使用感が有る。

 エプロンをダッシュボードに入れる、オッサンが運転する車に女性用のエプロンが積んで有れば変に思われるかもしれない。

 

 車を発進させる為にキーを回しエンジンを掛ける、気を取り直して仕切り直しだな!

 

 


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