榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第242話

 遂に横浜山手の洋館、ピェール邸の怪異の手掛かりを掴んだ。

 過去に火事で焼けて無くなった部屋へと繋がる扉を見付けたのだが、悪食が認識出来なかった。

 何かしらの結界が働いていると考えて良いだろう、丁度良い所で眼精疲労によりラインが切れて一旦中止だ。

 

 冷蔵庫から保冷剤を取出しタオルに巻いて目に当てる、ソファーに仰け反る様に座れば大分楽になった。

 

「すまんな、怪我と違い疲労は我では癒せぬのだ」

 

「いや、怪我の治療だけでも有難いんだ。疲労は休めば直ぐに回復するが怪我は時間が掛かる」

 

 実体化した胡蝶が僕の腹に跨る様に座るが重さは殆ど感じない、今日はシンプルな黒のノースリーブのワンピースを着ていた。

 陽菜ちゃんが着ていた服の色違いだ、最近はファッションに凝りだしたのか色々と変えている。

 

「だけど他の人に教えるには理由を説明しなきゃ駄目なんだが、式神(悪食)に調べさせたは通用しないだろうな。

巨大黄金油虫が式神とか大問題だし、そもそも他人の家を長距離から監視出来るなんて知られたら大変だぞ」

 

「ふむ、魅鈴は悪食を差し向けた時に気付いてたな。式神を飛ばしたと言ったが、普通は何か有れば知らせるだけで内容迄は伝わらない。

伝えられるだけの高度な式神など現代では僅かだろうな」

 

 親指と人差し指で目と目の間を揉み込む、保冷剤の冷たさが心地好い。

 胡蝶も身体の向きを変えて膝の上に座っている、タオルで見えないから感覚でだが……

 

「しかし問題だな、洋館の異常は見付けたが乗り込まねば解決は難しいぞ」

 

「うん、焼失した部屋についての資料は外観写真だけだけど……不審火扱いで死者も出ているんだ、後で確認するよ」

 

 確か風巻姉妹からの報告書に書いてあったが詳細迄は覚えてないんだ。

 死者の念が今は無い部屋の扉を現したのか、ならば中に入るとどうなるのか?

 もしかしてピェール氏は知っていたのかもな、頑なに洋館を調べる事を出て行く事を拒んだ理由は何だろう?

 

「或いは死者の霊に憑かれたか……性格の豹変の理由にはなるぞ」

 

「ピェール氏に取り憑いて美羽音さんと夜の夫婦生活を営んで怪しまれたってか?」

 

 自分で自分の首を締めたみたいだが、色情霊とかも居るからな。

 だけど原因はピェール氏に取り憑いた霊だと原因は屋敷と霊とどっちだ?

 最初にピントがズレてるみたいだと感じたが、ピェール氏に取り憑いている奴を祓えば完了なら……

 

「ふむ、原因は取り憑かれた奴であり洋館は関係無い、今回は我の霊感は外れたか……」

 

「確かに僕等は一度もピェール氏に会ってない、直接見れば取り憑かれていたか分かったかもね。

本命は柳の婆さんが正解、エクソシストは悪魔や悪霊を祓うのが本職だ、上手くやれば解決だな」

 

 問題は警察が周辺に居る今の時期にピェール氏に近付けるかだ、エクソシストは対象者を軟禁して神の力を借りて魔を祓う。

 つまりピェール氏を清められた場所に呼び込まないと駄目な筈だ、最善はセントクレア教会だが叶わないだろうな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 目の疲れが回復したので私室に戻り資料の束を再度読み直す、ピェール邸……

 

 洋館の一部が焼失したのは戦災と言ったが、資料によれば火事は二回起きている。

 一回目は昭和二十年六月、終戦二ヶ月前の空襲により洋館の一部が焼失したが完全に部屋が無くなる迄は燃えてない。

 この時期は終戦前後だし記録も曖昧だ、厳しい時代だったし色々有った筈だ。

 戦勝軍が日本に入り込み比較的損害の少ない建物を接収、日本人以外が住み続けた……

 

 二回目の火事は大分時代が近付き昭和五十二年九月二日、奇しくも日本政府がポツダム宣言の履行を定めた降伏文書に調印した日と同じ。

 当時の建物所有者はアメリカ人でロジャー・ウイルス、火事の原因は特定出来ず不審火となっているが、彼の八歳になる息子が逃げ遅れて死んでいる。

 その後ずっと洋館に夫婦で住み続け妻が八年前に心筋梗塞で死亡、ロジャー氏は三年前に老衰で死亡。

 建物は親戚の手に渡り地元の不動産屋を介してピェール氏に売られた。

 僕の手に入れた庭が違う写真は二回目の火事の後、ロジャー氏により補修された……

 

「前はそれ程重要視はしなかった、だが変だな。火事で死亡したのは八歳の男の子だ、色情霊じゃない。

すると洋館に絡む死亡者は二十人、この中にピェール氏に取り憑いた奴が居る筈だが……」

 

 死亡者リストのページを捲る、男性八人女性十二人だが女性は外して良い。

 男性八人の内ロジャー氏の息子と事故死した四歳の子は除外、残りは六人。

 

「ロジャー氏を含めて六人、全員が天寿を全うしているが全員外人だ。

だが色情霊になりそうな奴は資料上では分からない、調べるのは難しいが風巻姉妹に頼むか……」

 

 ノートパソコンの電源を入れてメールソフトを立ち上げる、念の為に調べられる範囲でリストアップした人物の生前の性格を調べる様にお願いする文を作成し送信する。

 後は竹内さんの遺品を手に入れて誰に何をされたかを聞くが、多分ピェール氏で誰が取り憑いていたかは分からないだろう、推理の裏付けの為の確認だけだ。

 

「正明さん、仕事中ですか?そろそろ夕食の支度が出来たけど何時に食べますか?」

 

 控え目なノックの後に結衣ちゃんが声を掛けてくれた、デスクトップ画面右下の時計表示は既に午後七時を過ぎていた。

 

「ごめん、切りが良いから食事にしようか……」

 

「ではご飯よそりますね」

 

 パタパタとスリッパの音を立てなから彼女がキッチンへと向かって行く……

 急展開で事件の真相に近付いているのが分かるが、何かが引っ掛かるんだ。

 この違和感は何だろう、何を見逃している?何か勘違いしている?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 食卓に向かうと丁度桜岡さんが鍋から椀に汁をよそっていて良い匂いが鼻腔を擽る、豚汁だな!

 

「今日はシラス丼と豚汁、それに茄子の煮浸しです」

 

「茄子の煮浸しは私が作ったんです」

 

 茄子の煮浸しは桜岡さんが作ったのか、茄子の皮剥きが少し歪だが美味そうだ。

 出汁で煮た茄子を冷やして鰹節を乗せた暑い夏には嬉しい料理だな。

 

「うん、どっちも美味しそうだね!」

 

 食卓に向かい合って座り一緒に『いただきます』を言って一礼する。

 一口頬張れば酢飯の風味……うん、結衣ちゃんのシラス丼は一手間掛けている。

 酢飯の上に刻み海苔と胡麻油で和えた葱を敷いて、その上に湯がいたシラスを山盛りにして最後に温泉卵を乗せる。

 軽く掻き混ぜて頬張れば胡麻油の風味が効いて美味い!

 そして淡白になりがちなシラス丼を引き立てるのが豚の脂身から良い出汁となっている豚汁だ。

 適度な油っこさが引き立て役になっている。

 

「うん、美味い。胡麻油の風味も良いね!」

 

「有り難う御座います。シラスも昆布出汁に潜らせたんですよ」

 

 シラスの湯がきまで下味付けてたのか、簡単料理に凄い手間隙掛けたんだな。

 次に茄子の煮浸しにも箸を付ける、冷たくてあっさりした味付けは暑い時期でも食が進む。

 

「うん、これも美味しいね。お代わり貰える?」

 

「沢山食べて下さいね」

 

 美女と美少女に食事を作って貰いお世話もして貰える、今僕はリア充の中でも上位に位置している!

 

 仕事への活力を貰えたので頑張ろうと誓った。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 夕食後は少し三人でテレビを見ながら雑談する、最近は動物ネタが多いので上野動物園にでも連れて行こうか思案中……

 だけど狐っ娘の結衣ちゃんは犬が苦手で小動物からは敬遠されてるっぽいんだ、獣化系能力者って皆そうなのかな?

 今度、阿狐ちゃんにメールで聞いてみるか……

 

 風呂の順番待ちで私室に戻る、彼女達は一緒に入るので一時間はフリーだ。

 気力も回復しヤル気も出たので悪食との視覚共有に再チャレンジする、あの二階左奥の扉が気になる。

 

 椅子に座り机に両手を突いて体勢を固めてから精神を集中し悪食とのラインを繋げる……

 

『繋がった、悪食は応接室の棚の上かな?周りが明るい、照明が点いているな……ピェール氏が居たぞ』

 

 だらしなくソファーに寝そべりワインを直接ボトルから飲んでいる、ツマミはデリバリーのピザだと?

 

『大分苛ついてるみたいだな、妻子が逃げ出した事が余程堪えたか?』

 

『しかし一応財を成している男があんな醜態を晒すかな?背広を着たままネクタイだけ緩めてボトルから直接ワインを飲む。

ワイシャツの脇腹がピザソースで汚れているのは手を拭いたからだよね?人間どんなに落ち込んでも生活習慣は変わらないと思うんだ……』

 

 上流階級に属する男が自堕落になるものか?

 

『取り憑かれていると考えればどうだ?』

 

『可能性の有る六人も高級住宅地山手の洋館に住んでいたんだ、全員それなりの連中だと思う。

しかも全員が老衰だったけど、生身の肉体を手に入れたからといってワインをガブ飲みしたりデリバリーのピザを行儀悪く食べるかな?』

 

 どうにも洋館で死亡した関係者が取り憑いているとは思えない、まるで普通のチンピラみたいだ。

 

『悪食を移動させたいが、幾ら酔っていてもサンダル大の黄金虫が動き回れば見付かるよな?』

 

『視界の隅で動いてもバレるだろう、奴が応接室から移動する迄は待ちだな。一旦視界共有を切るか?』

 

 幾ら泥酔してても金色のサンダルが動けば気付くよな、気付かないと逆に不安になる。

 だが隠密特化型の式神とはいえ同じ部屋に居て気付かないのか、人に憑依出来るだけの力有る悪霊が?

 

『ふむ、確かに気になるな。普通は強力な悪霊に取り憑かれると色々な力を授かる筈だが、コイツからは何の力も感じられない』

 

 取り憑かれてる前提は間違い無い筈だ、これだけ状況証拠が有りながら本人ですじゃ信じられない。

 

『おっ?動いたぞ』

 

『玄関に向かったけど来客か?でも棚の位置だと玄関は見えない、移動させるか?』

 

 棚から天井を伝い歩きキッチンに向かう、扉の陰から応接室を覗けば……

 

『ケバい女だな、水商売系かな?金銭のやり取りをしてるぞ』

 

『肩を抱いて二階に向かったな……多分だがデリヘルだな、金で性欲を満たす女を買ったのか?』

 

 しかもハンディカムを持って行ったが自分撮りをするのか?馬鹿な、浮気の証拠を残すのか?

 

 あの洋館にはテレビが無かった、当然だがビデオデッキもDVDプレーヤーも無い、パソコンすら無いのにハンディカムを持ち歩いてデリヘル嬢とのお楽しみを撮影する?

 

 共有した悪食の視界の先では夫婦の寝室へ向かう二人の後ろ姿が見えた、嫁が家出中に夫婦の寝室にデリヘル嬢を呼び込むか……

 今の取り憑かれたピェール氏にとって美羽音さんは大事じゃないのかもな、だが色情霊説は濃厚になった。

 

『誰かが奴に取り憑いているのは間違い無い。柳の婆さんが正解だった、奴を拉致って悪魔祓いをすれば解決だろう。

本人に取り憑かれていた自覚が有れば問題はないが、無ければ大問題だな。

柳の婆さんが上手く説明出来るかだが……食えない婆さんだから大丈夫か?』

 

 ん?このエプロンは確か初めてピェール邸を訪ねた時に竹内さんが着ていた奴じゃないかな?

 悪食に近付かせて良く見れば確かに同じエプロンに見える、雇われベビーシッターなら私物も少しは置いていくよな。

 

『これを持ち出せれば竹内さんの霊を呼び出せるかもしれない。悪食、エプロンを畳んで隠せ。近く迄取りに行くから』

 

『ふむ、我が行こう。金色の巨大な蟲がエプロンを引き摺っているのは目立つし、我も再度洋館を訪れたいのだ』

 

 胡蝶なら500mは離れても大丈夫だからギリギリ警察の監視網から逃れられるな……

 てか、ピェール氏は警察が見張ってるのにデリヘル嬢を呼んだのかよ!

 完全な浮気だ、美羽音さんの家出の件も少しは有利な材料になるかな?

 もう少しデリヘル嬢について調べるか、所属店か源氏名が分かれば調べるのは簡単なんだけど……

 そうだ!外に送迎の車が来ればナンバープレートから調べられるな。迂闊過ぎるぜ、ピェールさんよ。




夏休み特集として本日から8月23日(土)まで毎日連載をします。
残暑厳しいですが頑張ります。

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