久し振りに金沢八景にある風巻分家に打合せに向ったが、北海道に仕事に行っていた亀宮さんが迎えに来てくれた。
だがしかし、暫く会わない内に不思議な成長を遂げていたのだ。
妙に押しが強く積極的になっている、滝沢さん曰く良くも悪くも成長したらしいのだが……
◇◇◇◇◇◇
竹内真理恵さんについての報告を改めて聞いた、警察からも彼女が失踪していると聞いたが足跡が掴めない。
本人の意志で家出や逃走をするにしても素人ならば必ず痕跡を残す、携帯電話の通話記録やキャッシュカードやクレジットカードの利用状況等が……
だが本職の警察が調べても分からないとなると他の可能性が出て来る、第三者が関係していると思う。
協力者なのか加害者なのかは分からないが、素人の女性が一人で身を隠し続ける事は現実的じゃない。
或いは既に始末されたかもしれない、高梨修はピェール氏が彼女の失踪の原因と脅した。
最初は馬鹿なと思ったが情報を整理していくと可能性は低くない。
『我の直感だと屋敷の秘密を知られて口封じだな、だが死んだと仮定すれば話を聞く事が出来るだろう?』
『魅鈴さんの口寄せか……死んだら本人に直接原因を聞けるって、彼女実は凄い霊能力者だよな』
法的根拠が認められたら犯罪検挙率は跳ね上がるだろう、被害者に加害者の情報を直接聞けるのだから……
「竹内さんが最近身に付けていた品物って手に入るかな?」
「ああ、小笠原さんの霊媒能力による降霊ね。実家や派遣会社、アパートは警察の監視下にあるから接触は難しいわよ」
確かに愛用品なんてアパートか実家に有る位で、今は警察が張っているから普通の手段じゃ無理か……
口寄せしたいから愛用品を貸して欲しいって言っても信用されないだろう。
ならば普通じゃない手段を使うか、彼女のアパートに悪食を潜り込ませて歯ブラシとか日用品を持ち出させよう。
『正明、お前最近陰陽道の修行ばかりで悪食と視覚共有をサボってただろ?』
『いや、胡蝶さんも学ぶのが楽しいって言って頑張ってたよね?
それに視覚共有は夜寝る前にやってたじゃん、昼間はピェール氏も仕事で洋館には居ないし動きは無かったし……』
『む、そうだったか?』
昼間は無人だから視覚共有しても特に動きは無かった、夜にはピェール氏が帰って来るが……
大抵外で食事を済ませてくるので家では風呂と寝酒だけで、怪しい動きはピェール氏にも洋館にも無かった。
ドッペルゲンガーなんて現れなかったしホラーハウス特有の怪奇現象も見られなかった。
見れたのはオッサンの入浴シーンだけで、観察するのは嫌だし口直しを胡蝶にお願いするから毎晩疲労が蓄積されて大変だったんだぞ!
「どうしたの、黙り込んで?何なら無理を承知でアパートに忍び込むよ」
「ああ、ごめん。考え事に集中しちゃってさ、忍び込むのは無しだ。品物については僕が何とかするから大丈夫だよ」
美乃さんが心配そうに僕を見るが、彼女達の不手際じゃないから無理はさせられない。
「榎本さん、魅鈴さんに口寄せをお願いする時は私達も同行しますわ。久し振りにお会いして相談をしたいですし……」
今まで黙って話を聞いていた亀宮さんが話に割り込んで来たが、相談ってなんだろう?
「相談事なら僕が聞きますよ、金銭的な事と男女間の事でなければですが……」
「その二つで相談事の半分以上の可能性が潰れたよ、後は健康か趣味位じゃない?」
「いえ、政治経済と対人関係が残ってます!」
佐和さんと美乃さんから突っ込みが入ったが、物欲と色欲が絡むと大抵は大火傷をするんだよね。
「亀宮様の相談など榎本さんの浮気以外にはあるまい、五十嵐巴殿や若宮陽菜様と一週間お楽しみだったと聞いているが?」
滝沢さんが困った様な顔で酷い話を教えてくれた、彼女も疑って信じてないが噂は存在するんだな。
だが酷い捏造と悪意の籠もった噂が流れてるぞ、実際は年増の東海林さんと書庫で個人指導だったのに……
陽菜ちゃんと一緒の時に睨んだり何かを言いそうにしていた連中かな?
「悪意有る噂を信じちゃ駄目だよ、真面目に陰陽道について勉強してた。基礎は修得出来たから後は修練有るのみだよ」
東海林さんからも一応のお墨付きは貰えた、駆け出し陰陽師と名乗って良いそうだ。
「勿論信じてます。女に現つを抜かしてたら、あんなに見事な御札は作れませんし……」
「榎本さんは凄いですわ、何時までも成長を忘れないんですもの。相談は女同士のお話なので榎本さんには内緒ですわ。
あと悪意有る噂については私が何とかしておきます……悉く滅べ邪魔者め……」
前半そんな笑顔で言われると余計に聞きたくなるのが人情って奴なんですが、後半の呟きは聞きたくなかったです。
無言でニコニコしている亀宮さんからは何を訊ねても答えは返ってこないだろう、優しいけど頑固な所が有るからな。
桜岡さんと魅鈴さんを会わせたら笑顔の言い合いになったが、亀宮さんと魅鈴さんならどうなるんだ?
『修羅場って奴か?全く抱かれてもいない女同士で、何故取り合いになるんだ?共有すれば万事解決だぞ』
『現代日本では、それは良くない事だからです』
『ふん、我には関係無い事だぞ。早く子孫を仕込まないと……分かるな?』
胡蝶さんの脅しと言うか彼女の望む展開を希望する女性が沢山居るのに、僕が何もしないのが納得出来ないんだろうな。
でも無理なんだ、ロリじゃないし育ち過ぎは嫌なんだ、育ち盛りは大好物だけど。
文字は少ししか違わないのに意味は大分違う、日本語って難しいな……
『善処します』
『毎回同じ事を言って、のらりくらりと……お前はどこぞの政治家か?』
「今日の榎本さんは口数が少ないね。でも情報も少ないし警察に気を付けながら調べるとなると、かなり難易度が高いよ。
セントクレア教会の結果を見てから対処した方が良いんじゃないかな?」
「様子見は消極的だけど、無理は嫌だよ。榎本さんも遺品集めは無理しないでよね、窃盗で逮捕とか笑えない」
風巻姉妹から意見を貰った、確かに今は警察が動いてるから不用意な事は出来ない。
柳の婆さんは美羽音さんを匿っている関係上悠長にはしてられない、人命救助なのにバレたら誘拐と取られかねない行為だし。
「ピェール氏は何かに憑かれて危険だから内緒で保護してた!」
それは世間一般の常識では通用しないし、彼女達は亀宮一族ほど国家権力から認められていない。
下手すれば心霊詐欺&営利目的の誘拐で逮捕される可能性が有る。
「無理はしないよ、だけどセントクレア教会の柳の婆さんは早々に動くだろう。向こうは時間が無いんだ、美羽音さんを匿っているが世論は誘拐に近い」
「警察に見付かる前に解決するしかない?」
亀宮さんの言葉に頷く、柳の婆さんの見立てはピェール氏に原因が有りドッペルゲンガーの可能性を指摘した。
だけどドッペルゲンガーは本人の知らない内に現れて見たら自分が死ぬ不思議現象だ、ピェール氏の所為とは思えない。それとも二重人格か憑依の……
「今回鶴子さんとは定期的に連絡を取っています、柳のおば様も同様にです。未だ決定的な確信が持てず様子見の状態らしいのですが、言われた通り焦ってましたわ」
「決定的な確信か……ドッペルゲンガーか二重人格か、はたまた生霊かも特定出来なくて直接対決は難しいだろうな」
◇◇◇◇◇◇
久し振りに亀宮さんと会えたが彼女は少し雰囲気が変わっていた、北海道で何が有ったんだろうか?今度、滝沢さんか御手洗に聞いてみよう。
自宅に帰り反省も含めて悪食との視覚共有を始める、結衣ちゃんは未だ学校だから精神統一を邪魔されず一人で部屋に籠もれる。
祭壇の前で胡坐を組み精神を集中し悪食とのラインを繋げる……
横須賀から横浜、距離にして30㎞近いのだが問題無くラインは繋がった。
『ふむ、悪食は拠点であるキッチンに居たのか……流し台の下かな、薄暗いが扉の間から差し込む光で鍋やら洗剤とかが見える』
再度家の中を細かく調べる指示を与えると、頭で扉を押して少しだけ開き外を見て安全を確認する。
悪食はビーチサンダル大の黄金の油虫(ゴキブリ)だから、人に見られたら大騒ぎだ。
キッチンは特に変わった物は無い、精々が専用のワインセラーが有り名前も知らないワインが並んでいる。
ピェール氏の晩酌は殆どがワインとクラッカーやチーズ等の軽いツマミだ。
キッチンを出るとホールに成っていて中央に二階に上がる階段が有る、ホールを中心に右が応接室で左がキッチンとバストイレ、階段裏は収納室となっている。
先ずは応接室だが此処は前回通された部屋だ、美羽音さんの相談を聞いて高梨修が割り込んで来た。
あの時、奴は何処にいたんだろう?玄関から入ってくれば分かる筈だが……
応接室のテーブルには飲みかけのワインやグラス、それにサラミとオリーブが残った皿が置いてある。
ワインボトルには半分近く残っているのにコルク栓もしていない、高いワインが酸化して不味くなるのにだ……
ピェール氏は大抵は応接室で晩酌し風呂に入ってから寝るのだが、片付けをしてないのは初めてだ。
彼は几帳面な性格で物を片付けずに放置するのは殆ど無い、報告書にも書かれていた少々病的な片付け魔の筈だが……
『偶にはズボラな気分も有るだろう?梓巫女もだらしないぞ』
『桜岡さんは外見はお嬢様だけど中身はオヤジだからね、でも片付けはするぞ』
話がそれたが応接室はそのままにして収納室を確認する、悪食に指示を出すと地を這う様に視界が動く。
暫くするとドアノブに向かって飛び上がり器用に扉を開けた。
『収納室内は特に変わり無しだな』
『ふむ、だが棚の配置が少し乱雑じゃないか?』
乱雑?言われて見れば何かを探した様に不規則に収納されている、前はもっと整理整頓してあったぞ。
『確かに少し変だ、急に几帳面さが無くなっている様な……』
『或いは妻子に逃げられて自棄になってるとかか?』
精神状態により性格が変わる事は有る、美羽音さんの家出に腹を立てて自棄酒を飲んだり家の品々を乱暴に扱うのは有り得るな。
それだけ追い詰められているんだ、そろそろ柳の婆さんは不味いかもしれない。
一階は見終わったので悪食を二階に向かわせる、階段を上ると中央が廊下になっていて右側に客間が二つ、左側は客間が一つ。
右側手前は夫婦の寝室で、左側の奥は過去に火事で消失し改装で無くなった客間が有る。
『先ずは右側手前、夫婦の寝室から確認するか……』
悪食は馴れた感じでドアノブに飛び上がり捻って開けてしまう、中はカーテンが閉まっている為に薄暗い……
『シーツが乱れて服も脱ぎ散らかしている、大分参ってるのか?』
『性格の変貌か……意味深だな』
ベッド脇のテーブルの上にハンディカムが置いてある、何を録画したのか確認したいが悪食に操作は分からないし細かい操作方法も伝えられない。
気になるのはハンディカム位か……
『そろそろ疲れてきたな、時間が無い他を調べよう』
目の奥が痛くなってきた、そろそろ限界か……残りの二部屋を確認する為に悪食を廊下に移動させる。
『あと二部屋か、保つかな……って?胡蝶さん、奥に二部屋有るぞ』
『左奥は火事で無くなった部屋の筈だな。ふむ、悪食に調べさせろ』
過去に火事で焼けて無くなった筈の部屋の扉が見える、前は無かった筈なのに何故だ?
悪食を向かわせ扉を調べる様に指示をするが、返って来たのは困惑だ。
『胡蝶さん、悪食が困ってるよ。目の前の扉を調べられないみたいだ』
『何等かの結界か?我でも近くに行かなければ分からないな』
ドアを開ける様に指示をしても、返ってくるのは困惑のみだ。
『もう無理、視覚共有が……ラインが切れた』
『無い筈の部屋が見えた、これは幽霊屋敷説が正しかったみたいだな』
疲労が回復したら再チャレンジするか……
内容が重複していたので修正しました、申し訳ないです。