榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第239話

 亀宮本家に通い詰めて五日間、陰陽道について東海林さんから短期集中指導を受けた。

 基礎を学び事例を元に応用を学ぶ、式紙札に書く文字の意味や構成を学び色々な見本を模倣した。

 基本的には先人の考えだした御札を模倣し作る物だが、意味を理解し構成を弄れるならば新しい式紙札を作り出す事も出来る。

 後は核となるモノを用意出来れば、より力強い式神を作り出す事も可能だ。

 

 核に成り得るモノとは力有る術具や人の魂、または妖怪など色々ある。

 

 基礎を学び終えれば後は修練有るのみ、如何に自分のスタイルを確立出来るかが強くなる秘訣らしい。

 今の僕(と胡蝶)に出来る事は初歩中の初歩の式神、ただ飛ばすだけの蝶と歩かせるだけの人形(ひとがた)だ。

 これを基本に色々な能力を付加していく訳だが、あの試練の倉に有った式神札は如何に高性能なのかが比較出来て分かる。

 それと式神札とは違うが攻撃や防御に使える御札を作る事も出来る様になった、東海林さんが妖に向けて放った浄火札に近い物とかだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「色々お世話になりました、これは御礼です」

 

「この御札は……良いのですか?」

 

 最終日に自分に与えられた執務室に、五十嵐さんと東海林さんを招いた。

 何故か陽菜ちゃんも居たが気にしない、彼女にも亀宮本家に滞在中に色々と世話になった。

 僕を良く思わない連中をさり気なく合わせない様に調整したり、どうしても顔を会わす時は同行したりと見え難い部分で力を貸してくれたのが嬉しい。

 御隠居衆筆頭、若宮家の後継者であり次期当主の彼女は現役当主である五十嵐さんより影響力が高い。

 

「構いません、亀宮本家が集めた貴重な書物を教材に、陰陽道の一流派の長が個人指導してくれる事の重要さは理解しています。

これでも足りないかもしれませんが、解読し亀宮の為に使って下さい」

 

 例の御札を一枚、テーブルの上に置く。試練で手に入れた現状維持の保管系の御札らしいが、僕等が持っていても勿体ないだろう。

 実際にコレだけの好待遇に報いるお礼となれば、これ位の価値がなければ釣り合わない。下手に値切るよりは余程良い、実際は元手0なのだが……

 

「足りないって、この三百年前の札の価値は……」

 

「陽菜ちゃんへのお礼は……何か依頼が有れば優先的に請けよう、僕もそれなりに強いからね。じゃ、有り難う」

 

「えっと、私の分のお礼は?」

 

 凄く残念そうな顔をされたが、君のお礼は東海林さん次第だろう。

 

「五十嵐さんの分は東海林さんの努力次第ですよ、良い結果が出る事を!」

 

 配下の東海林さんの功績は、そのまま五十嵐さんの功績となる。三百年前の御札の解析と量産は、それなりの富をもたらす筈だから五十嵐さんへの借りは無し。

 これで陰陽道の基礎知識を得れた、後は実践の中で覚えて行けば良い。そろそろ頼んでおいた、ピェール氏の件の報告が届くだろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「あっさりと帰りましたね、この御札の価値を理解しているのに簡単に渡してくれるなんて……」

 

「お互い自分の価値を低く見てるって事だよ、お兄ちゃんにとって東海林さんに学べた事は凄く嬉しかったんだね!」

 

 見た目と違い座学を厭わなかった、しかも三十歳過ぎて学ぶ楽しさを得られて嬉しいと言っていた。

 お兄ちゃんは金銭的欲求が低い、精神的な喜びを由とするタイプ。

 しかも僕の事もちゃんと見ていた、お兄ちゃんに無条件で依頼を請けて貰えるって事は亀宮一族の最大戦力を味方に出来たと同じ事。

 五十嵐家の跳ねっ返り達が十人近くで襲っても返り討ち、山名家の呪術部隊も返り討ち、対人戦も呪術戦も妖(あやかし)にも強いって……

 

 お婆様がお兄ちゃんと艶髪との戦いを録画して分析してるけど、個人で何の触媒も無く雷を発生させコントロールするって何か高位の神の加護がないと無理よね。

 お兄ちゃんには菅原道真様の加護が有ると思う、学問の神様だから学ぶ事の楽しさも分かるんだ。

 

「確かに弟子と言い換えれば非常に良い弟子でした。教えた事を理解し吸収する、未だ基礎中の基礎しか教えてませんが上達は早い方ですね」

 

 陰陽道の一派、陽香家の長が筋が良いって認めた。素質は有るって事ね、羨ましいな、私も陰陽師に憧れたけど素質は低いって言われたし……

 

「東海林さんは分かるけど、何で陽菜ちゃんにまでお礼したのかな?」

 

 お兄ちゃんがお婆様に五十嵐のお姉ちゃんの教育も依頼したのが分かる、この人は自動書記って予知能力は凄いけど箱入りのお嬢様だもん。

 僕も箱入り娘だけど世間を知らなすぎる……お姉ちゃんの誠意にお兄ちゃんが感じ入って色々と力添えしてるけど、早く気付かないと大変だよ!

 

「僕がお兄ちゃんを嫌う連中を近付けなかったからだと思う、ちゃんと見てくれてたんだ。あの人は恩には恩を仇には仇を返す人だよ、義理堅いけど敵には容赦が無いと思うよ」

 

「それは分かります、私達も彼に敵対した連中の末路を知ってますから……見た目は巌ついけど人懐っこい部分がある、だけど善人じゃない、裏の裏まで知っている怖さが有ります。

巴様、陰陽道について中級の教材と資料を用意しますので榎本さんに渡して下さい。

陽香家の奥義や秘技は教えられませんが、出来る限り用意します。榎本さんが私達の流派と懇意にして陰陽道を学んでいる事実だけでも有り難いですね」

 

 五十嵐のお姉ちゃんから渡す事でポイントアップと、自分の流派の関係者として対外に知らしめる。

 流石は五十嵐一族の重鎮ね、抜け目が無いわ。お兄ちゃんも裏を理解しながらも恩に感じる筈、だって事実だから……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 月曜日から金曜日まで五日間みっちり亀宮本家に通い陰陽道について東海林さんから学んだ。

 基礎中の基礎を学んだだけだが、一流派の長がマンツーマンで指導してくれたので僕でも理解は出来た。

 後は修練を続けるだけだが、幸いにして僕には胡蝶と言う700年前から生きている存在が憑いている。

 底上げされた霊力をふんだんに使い教えて貰った御札を増産する、普通なら霊力切れで終了だが構わずに作り続ける……

 

 自宅の私室を清めて自分も禊ぎをしてから御札制作に取り掛かる。

 墨を作る時から霊力を注ぎ込む、水も祭壇で清めた霊水を使い慎重に丁寧に自分の霊力を墨汁に注いでいく。

 使う和紙も国産で同じく祭壇で清めて有る、自分で道具を用意出来るのは便利だ、手間が省ける。

 

 見本を見ながら丁寧に定められた順番に霊力を込めて文字を書いていく、この辺は自作の御札作成と同じだから迷いは無い。

 誤字が有れば失敗、形が崩れたら効果は薄い、御札作成は職人芸に通じる物が有るだろう……

 

「用意した和紙を使い切ったか……成功率は八割ってところかな」

 

 百枚の和紙を用意したが全てを使い切った、しかし途中で失敗し破棄した物も多い。

 失敗したのは十八枚、直ぐに愛染明王を祭った祭壇で護摩焚きをする。

 なまじ僕と胡蝶の霊力を中途半端に込めたモノは危険なのだ、故に速やかに処理する。

 今回制作した御札は霊的防御を高める物だ、身に付ければある程度の霊的防御を得られる、以前の愛染明王の御札より効果は高い。

 特に胡蝶の霊力が混じっているので同業者用に出回っている中級レベルの効果は有るだろう、最高級の和紙を使うので原価は一枚二千円程度だが市場価格なら十万円前後は固い。

 普通なら十枚も作れば霊力が枯渇するが、胡蝶タンクは並みじゃないぜ。

 現実的には御札制作販売については無名な僕が作った御札は精々一万円位の価値しかない、実績が無いから当り前だし御札の制作販売については流派の間で細かい取り決めが存在する。

 東海林さんから念を押されたが、勝手に作って勝手に売ると同業者に潰されるそうだ。

 

 価格調整、談合と言う名の大人の事情は何処にでも存在するんだな。

 

「さて、制作した御札で拠点の霊的防御を底上げするか」

 

 先ずは自宅と隠れ家兼作業場、自家用車に仕込むか……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 隠れ家兼作業場は緊急避難場所でも有る、何日間か籠もっても大丈夫な位の物資を保管しなければならない。

 

「正明さん、お肉の缶詰ばかりって駄目です!コンビーフに焼き鳥にウィンナーだけじゃないですか?

バランス良く野菜も必要ですよ、筑前煮に金平牛蒡、ヒジキと大豆に……」

 

 外資系大型スーパーに結衣ちゃんと来ている、僕が押すカートに段ボールに入った缶詰を乗せていく、所謂大人買い、箱買いだ。

 大人五人が一週間分を目安に買うので大量になるが、最近の防災用品は食料は三年、飲料水は五年保つ商品が通販で買える。

 何と二十五年も保つ缶詰まで有るのには驚いた。今買っているのは保管用とは別の何か有った時の滞在時に食べる用だ。

 

「正明さん、何故同じ物を五個買うんですか?五人分なんですか?」

 

 何故って、僕と結衣ちゃんと桜岡さん、それと小笠原母娘か……機嫌が悪いのは小笠原母娘絡みだからか?

 

「うん、結衣ちゃんの想像通りだよ。小笠原さん達を含めた五人だ」

 

「そう、ですか。うん、そうですね。仕方ないですね、仲間ですものね」

 

 結衣ちゃんの中で何かが葛藤し、何かを納得と言うか呑み込んだみたいな少し大人びた顔をした。

 僕は何時まで彼女の傍に居られるだろうか、段々と人の枠から外れていく僕は何時まで君の傍に……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 僕の隠れ家兼作業場の一つは神奈川県三浦市内の閑散とした畑の中の農家だ、外観はトタン張りの古民家だが中は綺麗にリフォーム済み。

 備蓄品を買ってから久し振りにやってきた、八王子の廃墟ホテルから桜岡さんと二人で一晩籠もって以来だな。

 愛車キューブを家の前に停める、周辺は畑ばかりで見通しも良く陽当たりも最高だ。

 

「正明さん、先ずは空気の入れ換えをしてから掃除しましょう。少し黴臭いです」

 

「分かった、僕は布団を干すよ」

 

 押入に入れっぱなしの寝具は湿気を吸って重くなるから、陽の高い内に干して序でにファブリーズで除菌する。

 天日干しではダニは死滅しないがフカフカにはなる、マルハチ製の布団が二組と寝袋が三つ、庭の物干し竿に並べて完了。

 次は新しく作ってパウチした御札の設置だ、先ずは家の外周に隠して設置した御札の交換だが庭石の下や植木鉢の中、プロパンガスの裏側に仕込んだ御札を交換する。

家の中は東西南北と各出入口の部分に設置していた御札を交換、最後に各所に仕掛けた清めた塩を新しい物にして完了だ。

仕掛けとは衣裳棚を開けたりカーテンBOXを引っ張ったら清めた塩が飛び出す対霊トラップの事で、少しでも時間稼ぎが出来る様に色々仕込んでいる。

普通の泥棒には全く効果は無いが、前に不気味がって何も盗らずに逃げた奴も居た……抜け毛を見付けたので軽い呪いを送った、一日下痢地獄だ。

最後に備蓄品を収納し冷蔵庫や食料庫に入っている食品の賞味期限をチェックし古いのは処分する。

 

「結衣ちゃん、掃除手伝おうか?」

 

「私も終わります、お茶を淹れますから休憩しましょう」

 

 頭にタオルを巻いてエプロン姿の結衣ちゃんは、お手伝いさん感が溢れて素晴らしい!

 長柄の箒を持ってハタキを腰に差しているのも可愛いな……ああ、新婚さんみたいじゃないか?

 

「じゃ賞味期限が近い奴をお茶請けにしようか?」

 

 縁側に腰掛けて結衣ちゃんが淹れてくれた日本茶を飲み、お茶請けのポテトチップスを食べる。

 

「えへへ、夫婦茶碗ですよ」

 

 真っ白な湯呑みには淡いピンクの桜の花弁が散っている、前に箱根温泉に行った時に買った奴だ。

 

「綺麗な桜だね、季節はそろそろ初夏かな?」

 

 三浦市は海が近い所為か高台の農地も爽やかな風が吹く、周辺の畑では枝豆やスイカ等の苗木が青々として風に靡いている。

 

「長閑ですね……でも最近の正明さんは少し忙し過ぎないですか?私、心配です」

 

「そうだね、今回の仕事が終わったら旅行に行こうか?」

 

 結衣ちゃんは返事の代わりに僕の腕に抱き付いてくれた……


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