榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第238話

 好みの美少女とお付きの運転手と共にテーブルを囲みメガ盛り海鮮丼を食べている、高々十人前程度なら余裕綽々だ。

 

「完食したが食べ足りないな、追加注文良いかな?」

 

 確かに美味しかったが酢飯のボリュームが凄い、具材とのバランスを考えて食べないと酢飯だけを食べる事になったぞ。

 

「お兄ちゃん凄いね、沢山食べるって聞いてたけど制限時間を半分も残して完食するとは思わなかったよ」

 

 途中で箸を止めて見入って陽菜ちゃんが漸く起動した、でもフードファイターとして桜岡さんのライバルとして分かり切った結果だ。

 

「僕の霊力は燃費が悪いからね、沢山食べないと駄目なんだよ」

 

 胡蝶さんの贄的な意味でも沢山食べないと駄目なんだ……

 

「じゃ記念撮影するよ、はいチーズ!」

 

 問答無用でオバサンがデジカメを構えて近付いて来たので、慌てて目線をデジカメに向ける。隣には陽菜ちゃんも座りガッツポーズをしているが食べたの僕だよね?

 

 フラッシュが焚かれ何枚か写真を撮られた、店に飾るそうだ。

 

「すいません、追加注文お願いします」

 

「アンタ、まだ食べるの?食べ足りないの?」

 

 オバサンに呆れられたが地魚握り寿司二人前を追加注文した、やはり鮮度が良い魚は寿司に限る!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 時間制限は無いので握り寿司は味わって食べる、カワハギの肝乗せは淡泊な身と濃厚な肝が合わさって美味い。

 

「何て言うか凄いとしか言えないよ、未だ余裕有るのかな?」

 

 キラキラと尊敬の目で見られるのは恥ずかしい、大食いは特技ではあるが自慢出来るかは別問題だから……

 

「腹八分だね、さて亀宮本家に行きますか」

 

 最後に残したガリを口に放り込んでお茶で流し込む、確かに安く美味しくボリュームがある良い店だ。

 

「次はフードファイター仲間を連れてきますよ。ご馳走様でした、領収書お願いします」

 

「駄目だよ、僕が誘ったんだから奢られるのは駄目だよ」

 

 ポケットから子猫のワンポイントが可愛い財布を取り出したが、オッサンが中学生に奢られちゃ駄目だ。

 

「美味しいお店を教えて貰ったお礼だよ。ありがとう、今度は桜岡さんと来るよ、二人でメガ盛り四人前は食べれるさ」

 

 サラサラの髪の毛の感触を味わう、撫でり癖がついたかも……黒岳さんは黙って頭を下げたが陽菜ちゃんは頬を膨らませている、だけどね。

 

「中学生に奢られる中年男性をどう思う?佳い女はね、男を立たせる事も必要だと思うよ」

 

「頼り切るのはイヤ!」

 

 意外と頑固だった、この子の中には確りとしたルールが有るのかも知れない。

 

「君は良い店を教えてくれて僕は可愛い女の子と一緒に楽しく食事が出来た。お礼に支払いはさせて欲しい、だけど会社の経費で落とすから僕の懐は痛まないんだよ」

 

「むぅ、何か嬉しいけど騙された気がするよ」

 

 陽菜ちゃんと話しながら支払いを済まし、軽く背中を押して店の外へ誘導する。

 多分だが貸し借りの怖さを本能的に感じているのだろう、子供らしくないが帝王学を学んでいるなら一人前に扱って欲しいのかも……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「はい、到着だよ」

 

「今回は屋敷の前じゃなくて裏手の専用駐車場か?」

 

 ナンバリングしている駐車場のNo.2に停まった、若宮の御隠居の次席は二だから……まさか?

 

「榎本さんの駐車スペースも有るよ、No.12の所。早く中に入ろうよ」

 

 陽菜ちゃんに手を引かれて屋敷へと向うが、黒岳さんは車の前で腰を60度曲げて頭を下げている。彼は若宮家専属の運転手なのかな?

 

 陽菜ちゃんに手を引かれて屋敷の中を歩くが、周りの視線が生暖かい気がするのは気のせいか?

 

「榎本さん、書庫で調べ物したいんでしょ?亀宮本家の蔵書はスッゴい沢山有るんだよ!」

 

 両手を振り上げて沢山有る事をアピールしてくれるが、流石に700年の歴史は半端無いんだな。目的の本を探せるかな?

 

「そうなんだ、地道に探すよ」

 

「何が知りたいの?僕、大体の場所なら教えられるよ」

 

 何が知りたいかって……

 

『胡蝶さん、何を調べたいのかな?』

 

『取り敢えずは陰陽道関連か、式神と言えば陰陽師が有名だからな』

 

『阿倍晴明(あべのせいめい)の前鬼と後鬼か、映画になる位に有名だね』

 

『それは修験道だ、役小角(えんのおづの)のが使役した夫婦鬼だ。善童鬼(ぜんどうき)と妙童鬼(みょうどうき)とも称する強力な式神だな。

安部晴明が使役した式神は十二神将だぞ』

 

 確かに五十嵐さんにも陰陽道に興味が有るから学ぼうとしてると言ったんだ。

 彼女の部下の東海林さんは陰陽師の神陽(しんよう)流派、陽香(ようか)家の長で試練で手に入れた御札を欲しがった。

 

 やはり最初は陰陽道関連だな。

 

「陰陽道関連の書籍の場所を教えて欲しい」

 

「お兄ちゃんって愛染明王を信奉してなかった?陰陽師になりたいの?」

 

 特に疑問も無くサラリと言われたが、僕の情報って周りに公開されてるっぽいな、大抵の連中が知ってるのって良くなくないぞ。

 情報の流出は対策をされやすくなる、僕は基本的には愛染明王の力を借りているので封じられる可能性が高い。

 

「仕事で手に入れた御札について調べたいんだ、この年から陰陽道を学んでも実戦で使い熟せるか微妙だけど手札は増やしたい。

初見殺しとまでは行かないが、調べ尽くした相手に情報と違う対応をされると一瞬でも隙が出来る」

 

「なる程、流石は亀宮一族で最強と言われてるだけあるね!」

 

 嬉しそうに僕を見上げてくるが……亀宮一族で最強って何だろう、不吉な言葉だけど?

 

「あのね?」

 

「此処だよ、この部屋には陰陽道に関連する書物を集めてあるの。でも鍵が掛かってるから少し待ってて、今鍵を持ってくるから!」

 

 トタトタと僕を置いて走り去ってしまった、暫く此処で待つしかないな。

 書庫と言うよりは貴重品保管室みたいな重厚な扉、霊能力者において術具や関連する書物は貴重だ。

 簡単に案内されたが、誰かに断らなくて良かったんだろうか?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「お兄ちゃん、鍵を持って来たよ!」

 

 五分程待たされたが陽菜ちゃんと……

 

「えっと……五十嵐さんと東海林さん、こんにちは」

 

 ぎこちない笑みを浮かべた五十嵐さんと営業的な笑みを浮かべた東海林さんが、満面の笑みを浮かべる陽菜ちゃんの後に並んで立っている。

 三者三様、五十嵐さんは男性恐怖症だが精一杯友好的に、東海林さんは御札の秘密を知りたい営業的な、陽菜ちゃんは悪意無き笑みって事かな?

 

「榎本さん、勉強熱心ですね」

 

「陽菜様から陰陽道について調べたいと聞きましたので、僭越ながらお手伝いをさせて頂きます」

 

 東海林さんは陰陽師の神陽(しんよう)流派、陽香(ようか)家の長だったな、素人が無闇に読み漁るより入門書的な物を選んで貰えば良いか。

 五十嵐さんも僕の力になる為に彼女と一緒に来たんだろうし……

 

「では陰陽道の入門書的な物を見繕って下さい」

 

「お兄ちゃんも勉強するんだね、じゃバイバイ!」

 

 元気良く手を振って走り去ってしまった、彼女は帝王学の最中に気分転換で付き合ってくれたんだった。

 鍵は五十嵐さんが持っていて書庫の扉を開けてくれた、薄暗く独特の古書の匂いが鼻を突く……

 

「何冊か探して来ますので、其方でお待ち下さい」

 

 東海林さんが指差した一角には机と椅子が何組が配されている、持ち出しは禁止かもしれないな。

 それに蔵書を読めるのは、ある程度の席次が必要かも知れない。

 どう見ても座るのを躊躇う位に高級品だしマホガニーっぽい机の上にはアンティークな感じの卓上ライト……

 普通の本棚でなく鍵付の書架を慎重に開け閉めして中身を確認している東海林さんを見て、かなり重要度の高い物が収納されているのが分かる。

 

「若宮の御隠居様には感謝しなければ駄目だな、相当無理させたか……」

 

「流石ですね、実は書庫の閲覧については長老会議でも揉めたんです。若宮・風巻・五十嵐の他に方丈と土岐、それに高尾は賛成したのですが他の四家が反対したので……」

 

 新しい情報だ……御隠居衆は十家、内六家は僕に友好的だが残り四家は何かしら有って否定的なのだろう。

 山名家は除籍され新しく御隠居衆に加わった方丈家は何と無く分かるが、土岐家と高尾家は僕と接点が無い。

 それに反対派の羽鳥家に井草家、星野家と新城家の内、星野家は山名家と親しかった。

 他の三家は賛成派の家と仲が良くないので、単純に僕を嫌っている訳じゃないだろう。

 派閥の関係は風巻姉妹に聞いていたが、リアルに派閥争いに巻き込まれるのは嫌だな。

 

「そうなんだ……有り難う、助かるよ」

 

「五十嵐家は親榎本派ですから当然です」

 

 今の彼女は食えない連中ばかりの亀宮一族内で、自分の立場を固めなければならないから大変なんだろう。

 十分程待っただろうか、漸く東海林さんが二本の巻物と紐で綴じられた和紙の束を持ってきた。

 

「お待たせしました、初めて学ぶならコレが良いでしょう」

 

 マホガニーっぽい机の上に巻物を広げる、当然だが毛筆で書かれた解読不能の文字の列だ……

 

『胡蝶さん、読める?』

 

『ふむ、大丈夫だぞ』

 

 良かった、これで読めないとかなら格好悪いし東海林さんに翻訳を頼まなければならなかった。

 五十嵐さんが机の引き出しからマスクと白い手袋をだして渡して来たが、手油や唾で大切な書物を汚すなって事か……

 

「有り難う御座います。なる程、これは……」

 

 東海林さんが解説し胡蝶が読み上げるのを聞きながら何とか読み進めて行く、彼女の解説は中々分かりやすく胡蝶が感心していた位だ。

 巻物を読み終える頃には胡蝶は基礎中の基礎は理解出来たらしい、僕には全く理解不能なのだが……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「筋が良いですね、驚きました」

 

「東海林さんの教え方が良かったんですよ」

 

 アレから巻物二本、和紙の綴り一束を読み終える頃には太陽も大分傾いてしまった。

 結局東海林さんが付きっきりで教えてくれたが、独学よりは遥かに早く陰陽道の基礎を理解出来た……胡蝶がだが。

 

「半日足らずで基礎中の基礎とはいえ掴めるのは才能なのでしょう。未だ参考となる書物は有りますが、明日も学びに来ますか?」

 

『ふむ、この年で学ぶ楽しさを教えられるとはな。正明、明日も来るぞ』

 

 珍しく胡蝶さんの純粋に楽しそうな声を聞いたな、何時もは贄に対する喜びだし……

 

「迷惑でなければ明日もお願いしたいですね」

 

「そうですか。分かりました、お待ちしています」

 

 東海林さんの場合は善意だけじゃ無いのだろうが、一つの流派の長が全くの素人に陰陽道を懇切丁寧に教えてくれる大変さは理解している。

 胡蝶が独学で大丈夫になったら、あの状態保存の御札はお礼として渡そう。

 この個人指導の対価として釣り合うのは、あの御札位だろう、独り占めするよりは提供して広めた方が功績になるな。

 もっとも大量の式紙札はどうするか検討中だが……

 

 片付けを終えて書庫を出ると既に太陽が遠い山の陰に半分隠れている、腕時計に目をやれば既に五時半過ぎだ。

 今から帰ると八時近くになってしまうな、結衣ちゃんに連絡を入れておくか。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 タクシーに乗って最寄り駅まで向かう榎本さんを見送る、あの古文書を辞書も無く解読していた。

 

「東海林さん、彼の筋はどうですか?」

 

「悪くないですね、ウチの門下生の中でも上位に入ると思います。しかし知識が凄いのです、彼なら解読待ちの古文書も読み解けるかもしれませんね」

 

「僕等の敵対する連中は古い程強い、だから古文にも強くなくては駄目だ……らしいですよ。全く見た目と中身が掛け離れ過ぎてますね」

 

 初音様の予言では、今回の件で大分五十嵐家に恩を感じてくれるそうです。

 東海林さんには言ってませんが、あの御札を提供してくれるとか……

 若宮の御隠居様と風巻さんが彼の能力について調べている、信じられない結果が出たらしいわね。

 彼の懐柔策として孫娘の陽菜ちゃんまで接触させた、彼女は若宮家の後継者と言われている。

 あの直感で人の良し悪しを見極められる彼女が懐いた……

 

「榎本さん、貴方は何処に向かっているの?貴方は何者なんですか?」


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