榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第237話

 高梨修の件で警察が事情聴取に来たが、竹内真理恵さんが失踪したと教えてくれた。

 確かに悪食の眷属と視覚共有した時に彼女の写真を見せて問い質していたが、まさか失踪だったなんて……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「失踪?彼女が?それをネタに高梨修がピェール氏を恐喝ですか?」

 

「ええ、彼は失踪の犯人をピェール氏と思い屋敷に押し掛けて恐喝したそうです、ピェール氏は隙を見て警察に通報し緊急逮捕となりました。

黙って欲しければ姉と別れて示談金を寄越せとね」

 

 姉と別れて?美羽音さんの事を心配したのか、今も家出中だし正式に離婚しろと……

 竹内さんの失踪とピェール氏を結び付けるナニかを奴は知った、だがピェール氏は警察を呼んだ、つまり勘違いか絶対にバレない自信が有ったんだ。

 柳の婆さんの勘は良い所を突いたのか、ピェール氏本人か彼のドッペルゲンガーが竹内さんを?

 

「黙り込んでどうしました?」

 

「何か知ってる事でも有りますか?有るなら何でも良いから教えて下さい」

 

 黙り込んでしまったから疑われたか?だがセントクレア教会はヤバいな、美羽音さんも家出してるから下手すれば失踪として竹内さんの方も疑いを掛けられそうだぞ。

 

「いえ、まさか恐喝までするとは思わなくて……僕も結構激しく断ったので逆恨みされたら面倒臭いなと思いまして」

 

「怖い、ではなく面倒臭いですか……」

 

 下を向いて手帳に何かを書き込みながら呟かれた、一般人なら知り合いが犯罪者になれば怖いと思うのが普通なんだろうな。

 

「有る事無い事雑誌に書かれる事は面倒臭い事ですからね、それで竹内さんの失踪については何か分かったんですか?」

 

 誤魔化しつつ竹内さんの情報を探る、本当なら会って事情を聞きたかったのだが失踪とは驚いた。

 

「鋭意捜索中です、人間一人忽然と消えるなんて現代社会では難しいのですが全く行方が分からないのです。榎本さんも何か思い出しましたら教えて下さい」

 

 そう言って名刺を差し出して来た、刑事さんも名刺とか持ってるのか……

 

「分かりました」

 

 名刺を受け取る時にコレが今回一番聞きたかっただろう事を聞かれた。

 

「榎本さん、昨日はどちらへ行かれてましたか?」

 

「昨日は知り合いと関内から元町、それに山手地区に遊びに行ってましたよ」

 

 用意していた台詞を言う事が出来た、勿論動揺はしていない。

 

「ほぅ、証明する方が居ますか?教えて貰っても平気ですかな?」

 

 テーブルに置いていた名刺入れから小笠原魅鈴さんの名刺を取り出して見せると名前や連絡先をメモした、後で裏付けを取るのだろう。

 魅鈴さんが打合せ通りに対応してくれれば大丈夫だろう。

 

「高梨修がピェール氏を自宅で恐喝したその日に近くに居るとは……」

 

「有名な観光地ですからね、女性受けもします。特に不思議は無いと思いますよ」

 

 予想通りの展開だ、慌てず表情を変えず淡々と応えた、逆にコレで突っ込み無しだと警察の質を疑うぞ。暫らく年配の刑事と睨み合う、名前聞いてなかったな……

 

「分かりました、コレで全て終わりです。アンタの事は上から言われてるんだよ、あの亀宮の関係者だから無茶な事は厳禁ってね。

全く事件って奴は犯人が人間だけじゃない場合が有って警察じゃ解決出来ないんだとさ。正直今回どうなのよ?」

 

 いきなり口調が砕けたが、コッチが素の喋り方だろう。

 

「半々でしょう、僕は直接関わらない予定ですが知り合いが動いてます」

 

 亀宮一族の影響力は凄いな、流石は影から日本の中枢の霊障を祓ってきただけの事は有る。

 

「そうですか、それと名古屋の件で岩泉先生の秘書の方にも問合せたんすよ。

そしたら主人に話すのは待ちますから再度警察内で確認しろって情けを掛けられましたわ。

アンタ、現役国会議員もお得意様なんだな。高梨修なんて小物を捕まえたらトンでもない大物に繋がっちまったよ」

 

 岩泉氏の秘書ってあのナルシストでスケコマシの徳田じゃないよな?

 もし彼だったら評価を上げなければならない、今度メールしてみるか……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 刑事達を見送る、本当に確認の意味で来ただけだろう。

 流石は700年の歴史を持つ亀宮一族だ、国の中枢部に食い込んでいるのだろう、もう刑事達は来ないな。

 先ずは今日の出来事を若宮の御隠居に風巻姉妹、メリッサ様に報告する為にノートパソコンを立ち上げる。

 

『ピェール氏の件で警察が事情聴取に来た。

美羽音さんの弟、高梨修がピェール邸に押し掛けて辞めたベビーシッターの竹内さんの失踪をピェール氏が犯人と口止め料を払えと脅迫し逮捕された。

警察は奴の自白から僕とセントクレア教会の事を聞き出して事情聴取に来た模様、柳の婆さんは今回の黒幕はピェール氏と断定し準備を進めているが、僕は洋館に原因が有ると思い調べている。

今のところ手掛かりは無し、僕はピェール邸について調査を始める』

 

 この内容で一斉に送信した、送信メールを保護してフォルダを移動する。後は風巻姉妹の報告を待ってから動くか。

 

 時刻は未だ十時を少し過ぎただけだな……

 

「さて、どうするかな?他に依頼も無いし亀宮本家の書庫を漁るか……」

 

 お得意様である長瀬さんや山崎さんからも依頼は無いので今回の件に集中出来るのだが報告待ちだから正直暇だ。

 勾玉の威力は確認したが式神札は手付かず、残りの術具の扇子も調べていない。あと艶髪を倒した後に残った玉だが、これも何だか分からない。

 

「胡蝶はどうしたい?」

 

 呼び掛けに対して実体化して事務机の脇に腰掛けて足を組んでいる、最近お気に入りの衣装は正統派巫女服だ。

 

「ふむ、暇なのか?」

 

「暇って言うか調査報告待ちかな、今ピェール邸周辺を調べるのは危険だからね。警察が張り込んでると思うんだ、高梨修の恐喝もそうだが失踪した竹内さんに関係が有るから。

迂闊に動けば目を付けられて亀宮さんに迷惑が掛かる」

 

 あの刑事達は亀宮一族の影響力を恐れてはいたが、事件に絡み有りならば動かない保証は無い。

 僕も別件逮捕とかで余罪を調べられるのは困る、法的には完全にアウトなのが僕という存在だ。叩いて出る埃は新聞の一面を飾る事になるだろう……

 

「なる程な、確かに我等の存在が国家権力に知られるのは不味いな。ならば地力を上げる事にするぞ。あの式神札を調べるとするか」

 

「文字通り手札を増やすのか……」

 

 少し話し込んでしまったが時計を見れば時刻は10時27分、今から出れば昼頃には亀宮本家に着けるだろう。

 何冊か資料を借りられれば明日以降は自分だけで学べるだろう、胡蝶さんという700年物の教師も居るし。

 

「分かった、亀宮本家に行くか」

 

 一応連絡を……誰が良いかな?少し考えて風巻のオバサンに電話した。

 最寄りの駅まで迎えを寄越してくれると言うので東京湾フェリー金谷港までお願いした、電車だと東京湾をグルリと回るがフェリーなら久里浜港から45分だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「おはよう、榎本さん。時間的にはコンニチハ?」

 

「えっと、陽菜ちゃんだっけ?学校はどうしたの?」

 

 金谷港前のターミナルには黒塗りベンツが鎮座し私服姿の陽菜ちゃんが元気に手を振って出迎えてくれた、だが今日は平日で中学校は授業中だろう。

 涼しそうな白のノースリーブのワンピースから健康的でスラリとした手足が覗いている、若宮の御隠居は自分の孫娘を僕に近付けるのか?

 もしかして僕がロリコンってバレた?

 

「自主休校です、若宮を継ぐ為の勉強をしなければならないので……だから気分転換に迎えに付いて来たんだよ」

 

 所謂帝王学ってヤツか?この年で学校を休ませてまで自宅で勉強とは彼女も大変なんだな。

 

「そうか、気分転換になったかい?」

 

「うん、天気が良いのに家に籠もるのは嫌だよ。早く車に乗って乗って」

 

 手を引かれて後部座席に押し込まれてしまった、彼女からは取り入ろうとか奸(よこしま)な感じは全くしない。

 だが単純に帝王学の勉強が嫌で飛び出した訳じゃないだろう、無邪気に微笑む彼女の裏を考えるとは僕も薄汚れたな。

 

「榎本さんって沢山食べるんでしょ?寄り道してお昼食べようよ。保田にね、凄いメガ盛りのお店有るの。まだ完食した人が誰も居ないんだって!」

 

 身振り手振りで話し掛けてくれる彼女は年相応の愛らしさが有る、裏は無く純粋なのだろう。

 だから亀宮一族での扱い辛い問題児の僕と一緒に居る事は彼女には悪影響なんじゃないかな?

 

「それは気になるけど陽菜ちゃんが困らない?僕に付き合うのは色々と問題になる……」

 

「変な噂なんて気にしてないよ。アレって酷い悪意が含まれてたもん、本当の事を隠して自分に都合の良い嘘を混ぜたんだ。だから全然信じてないよ」

 

 陽菜ちゃんの目は真剣だ、この子を可愛がる若宮の御隠居の気持ちが分かる。

 未だ幼いのに、結衣ちゃんと同い年位だろうに、モノの本質を見れる才能を持っている、なる程後継者として大切に育てているのだろう。

 

「そうか、そうだね。若宮の御隠居様の秘蔵っ子で後継者なんだな」

 

「それイヤ!立場を見てるだけで私個人を見てないからイヤ」

 

 凄い悲しそうな顔をされてしまった、罪悪感が半端無い。

 

「ごめんね、そんな意味じゃなかったんだけど嫌な思いをさせたね」

 

 つい頭を撫でてしまった、サラサラで気持ち良い撫で具合だ。

 

「じゃお詫びにお願い聞いてくれる?」

 

 両手を組んで上目遣いでお願いとは、彼女にペースを握られっぱなしだ。何処かで巻き返さないと大変な事になりそうだが、この子を見てると強く拒絶出来ない。

 

「出来る事ならね……」

 

 お願いを聞いてから決める保険的な言い回しをしてしまった、好みのロリっ子でも若宮の御隠居の孫娘だと思うと警戒してしまう。

 真っ直ぐな彼女の目が眩し過ぎて逸らしてしまった……

 

「お友達にじゃ失礼だから、お兄ちゃんになって欲しいんだ!」

 

「は?お兄ちゃん?」

 

 思わず固まってしまった……夢にまで見たロリっ子からお兄ちゃんと呼ばれる事が叶うのか?

 

「うん、お兄ちゃん。それともお兄さんの方が良いかな?」

 

 首を傾げる仕草が似合い過ぎている、駄目だ、抵抗出来ない。

 

「う、あ……えっと、最初で良いよ」

 

「うん、じゃメガ盛り食べに行こうね。黒岳さん、保田港のばんや食堂に行って下さい」

 

「はい、陽菜様」

 

 有耶無耶な内にメガ盛りを食べに行く事になった、だが悪い気はしない。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 保田漁港直営の食堂、ばんや食堂は海鮮メインの大衆食堂だ。若宮の一族の秘蔵っ子が入るには似合わない店じゃないか?

 

「オバさーん、メガ盛りチャレンジャー連れて来たよ!」

 

「あら、凄いマッチョさんだね。これは期待出来るかな?」

 

 どうやら食堂のオバサンとは知り合いみたいだ、慣れた感じでコップに冷水を入れて配ってくれる。

 因みに運転手の黒岳さんと陽菜ちゃんは既に地魚の刺身定食を頼んで僕だけが謎のメガ盛りだ。

 

「はい、先に地魚の刺身定食ね」

 

「わーい、鯵が未だ動いてるよ!」

 

 お盆に乗った地魚の刺身定食は、尾頭付きの鯵にカワハギの肝乗せ、赤ムツの刺身とトコブシの煮物がメインでヒジキと大豆の煮付に釜茹でシラスと大根おろしが山盛りだ。

 それに海鮮味噌汁に白米とボリュームが凄い事になっている、陽菜ちゃん食べ切れるのかな?

 

「陽菜ちゃん、食べ切れるの?」

 

「はい、メガ盛りチャレンジャー定食だよ。制限時間は三十分、残したら料金三千円です。ではスタート!」

 

 彼女を心配したらメガ盛りチャレンジャー定食なる巨大な海鮮丼とラーメン丼みたいなアラ汁、それに胡瓜の浅漬けがテーブルに運ばれて来た。

 

「ふむ、鮪の赤身に炙りサーモン、鯵にハマチにヒラメに甘エビ、酢飯だけでも一升は有るみたいだが……悪いね、余裕だな」

 

 この程度、僕の永遠のライバル桜岡さんとの日常的な勝負よりも軽いぜ。

 

 陽菜ちゃんの固まった笑顔を見ながら十五分で完食した。

 

 


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