榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第236話

 指輪の件で怒らせたお詫びを兼ねて魅鈴さんと横浜山手巡りをしている。

 目的はピェール邸に悪食を侵入させる事と、内緒で美羽音さんを匿っているセントクレア教会と繋がりが有るので、表沙汰になった時のアリバイ作りだ。

 筋肉質の男が独りでウロウロするのは怪しいが女性と二人なら観光してたと言える。

 柳さんはピェール氏が怪しいと踏んだ、つまり直接対決に失敗すれば法的措置を取られる可能性は高い。

 僕も心霊調査事務所の看板を出しているから世間様からすればグレーゾーンの詐欺師だからね……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 順路通りに山手地区巡りを続ける、平日なのに観光客も多い。日本の中の異国情緒に外人観光客が多いのが驚きだ。

 日本人が海外旅行に行って日本人街を見に行く様なモノじゃないのか?

 

「異国情緒とはいえ墓地まで観光客に見せるのは死者への冒涜ではないでしょうか?」

 

「うーん、お金を取って中を見せるのを良いか悪いかは難しいね。入場料が墓地の維持管理費に使われているなら良いんじゃないかな?」

 

 外人墓地も観光名所として一般の観光客に解放している、有料だが中に墓参り以外の人達も多いな……

 僕は在家僧侶で魅鈴さんは凄腕の霊媒師、死者に接する仕事をしてるので、この手の問題にはナーバスに成りやすい。

 

「私は好きでは有りません、死者を呼び出す能力が有りながら矛盾してると思うかも知れませんが、私は……」

 

 魅鈴さんは霊媒師として死者の魂をその身体に宿す事が出来る、最も死者の気持ちが分かる女性だ。

 多分だが死者が最後に納められる場所を穢す行為なのだろうか?

 

「多分だけど魅鈴さんの思いが正解だと思うよ。でもね、世の中には居る人の分だけ正解が有る場合も有るのを忘れないで」

 

 足早に外人墓地の前から立ち去る、誰かに聞かれたら面倒臭い事になるのが目に見えている。

 手を掴んで軽く引くだけで彼女は嬉しそうに付いて来る、何故か知らないが楽しそうだ。

 暫らく手を繋いで散策すると漸く本命のピェール邸が見えて来た、精神を集中するとやはり違和感を感じる。

 む、ピェール邸の前にパトカーが停まっているぞ、もしかしたら美羽音さんの家出を失踪として警察に届けたのか?

 特に気にしてない風を装い近付いて行くと、玄関が開き高梨修が警察官に連行され出て来たぞ。

 

「あの馬鹿、警察に捕まる様な事をしたのか?」

 

「知り合いですか?」

 

 僕の視線と呟きで高梨修が僕の関係者と気付いたのか?

 このまま進めば高梨修が僕に気付く可能性が有るので隠れる様に脇道に曲がり身を潜める、これは情報を調べないと不味い。

 あの馬鹿が警察の取り調べで自白すれば芋づる式に僕まで辿り着く、奴が捕まった同じ日に同じ場所に居たとなれば無関係とは思われない。

 

「雑誌のライターです、僕等の仕事に興味が有り記事にしようと企んでました。三流ゴシップ雑誌なので相手にしなかったのですが、自分で動いて捕まった感じですね。

少し周りが騒がしくなりそうなので喫茶店にでも行って説明します」

 

 彼女の背中を押して視線をパトカーから逸らすと自分の影から悪食を出して向わせる。

 黄金色の悪食は巧みに道路脇の側溝に潜り込んで近付き、眷属をパトカーに忍び込ませると自分はピェール邸にと向かった。

 

「榎本さん、今ですが何かしら変な気配が……」

 

 立ち止まり僕を見上げて教えてくれた、悪食の事は全ては教えられないし警察署に眷属を忍び込ませた事も言えない。

 

「式を飛ばしました、ピェール邸を監視させます」

 

「凄いですわね、式神まで使役出来るなんて流石だわ!」

 

 当たり障りの無い監視だけだと教えたが、僕が式神を使える事がそんなに驚く事だったか?

 彼女は犬飼の屋敷で赤目達を支配下に置いた事を知っている筈だけど……

 だが悪食の気配を感じるとは彼女は霊媒師としても有能だが、霊能力者としても高い能力を持っている。

 直ぐ近くとはいえ隠密特化型の悪食の気配を感知出来たのだから……

 

「有難う御座います、では行きましょう。元町の方に珍しいロシアンティを飲ませる店が有るんですよ」

 

「あら?食通の榎本さんが勧める店とは楽しみですわ」

 

 桜岡さんから教えて貰った霧笛楼と言う店だが、前回彼女の両親と顔合せした時に時間調整で利用したらしい。

 表通りに出てタクシーを捕まえて霧笛楼に向かう、魅鈴さんの前では視覚共有は出来ないが高梨修も警察署に連行されて尋問迄には今暫らく掛かるだろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 人気店の筈だが特に待たされずに席に着く事が出来た、店内は八割ほど席が埋まっているが適度に離れているので小声での会話なら聞かれずに済むだろう。

 桜岡さんお勧めのロシアンティのクッキーセットを注文し、運ばれる迄は他愛ない話をする。

 直ぐに本題に入っては彼女に悪いから……

 

「ロシアの紅茶とは凄く渋いのですね?」

 

「先に付け合わせのジャムを舐めてから飲むんですよ、混ぜるのは正式な飲み方じゃないんです」

 

 元町に有る霧笛楼は小洒落た感じのレストランでウェイトレスが古風なメイド服で遇してくれる、安っぽいメイド喫茶とは違う趣きが有る。

 

「ふふふふ、今日は榎本さんの知らない一面を色々と知る事が出来ましたわ」

 

 艶やかな笑みを浮かべて周りの客やウェイトレスからも注目を集めている、本当にこれだけの美女を捨てて逃げるとは元旦那は何を考えていたんだか……

 

「僕の秘密なんて大した事は無いですよ。さて、先に謝っておきますが少し面倒な事に巻き込んでしまいました。

先程パトカーで連行された男は高梨修といってフリーのライターです、彼は僕と知り合いのエクソシストに近付いて僕等の仕事を探っていました」

 

「エクソシスト?静願から聞いているセントクレア教会のシスター・メリッサの事かしら?」

 

 小原氏絡みの事は既に聞いているって事かな、探る様な感じじゃなくて確認するみたいだし……

 

「ええ、そうです。高梨修は表の仕事は保育園のセントクレア教会所属の保母でもあるメリッサさんに近付いて裏の仕事……

エクソシストについて聞き出そうとした、自分の姉がピェール邸で怪奇現象にあっているのをネタとしてね。

雑誌に僕等の除霊について記事を書きたかった、だが僕等は断った。奴が警察に捕まったという事は良くて不法侵入、悪ければ詐欺か恐喝くらいしてそうです」

 

「そして榎本さんやシスター・メリッサの事も白状してしまう訳ですね。運悪く当日私達は近くに居てしまったから当然仲間と疑われる?」

 

 僕の言葉を引き継いで魅鈴さんが一番心配してる事に辿り着いた、まさにその通りだ。

 

「多分ですが僕は明日にでも任意同行・事情聴取だと思います、当然アリバイの裏付け確認で魅鈴さんにも連絡が行くでしょう。

問題は高梨修が何の罪で捕まったかですね、これにより共犯者と疑われる者の対応が決まる」

 

 少なくとも高梨修はピェール氏にとっては妻の弟で親戚だ、それを通報したとなれば相応の罪だろう。

 馬鹿が、焦って自分で調べるつもりか姉をダシに悪い話を持ち掛けたか……

 

 小皿に盛られた苺ジャムをスプーンで掬い舐めてから紅茶を一口含む、鍋で煮立てた紅茶は渋いがジャムの甘さにより味わい深い……

 うん、僕は午後の紅茶か紅茶花伝の方が良いや。

 クッキーはバター風味で甘くて塩っぱくてサクサクして慣れれば美味しく感じる不思議な味だ。

 魅鈴さんを見ればスプーンを咥える仕草が妙に艶っぽい、隣の席のカップルの男がボーッと見詰めて女にツネられたぞ。

 

「すみません、トイレに……」

 

 高梨修が警察に連行されて一時間が過ぎた、そろそろ尋問されてる頃だろう。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 男性トイレの個室に入り悪食の眷属と視覚共有を試してみる、悪食と違い眷属と視覚共有は初めてだ。

 胡蝶にサポートして貰いラインを繋ぎ視覚を共有する……

 最初は霞が掛かっていたが徐々にピントが合って来たぞ。

 

 取調室、私服刑事が二人、机には写真が……誰のだ?

 私服刑事が机を叩いて写真を見せているが高梨修は首を横に振るだけだ。

 精神を集中し写真が見える位置に移動する様に念じる、暫らくすると視点が動いて机を見下ろす感じになった、天井に張り付いたか?

 一枚の写真……ふくよかな女性……竹内さんだ、ベビーシッターの……何故彼女の写真が?

 

『正明、五分過ぎたぞ。大疑惑が持たれる前に戻れ、霊力の消耗も激しい』

 

「有難う、胡蝶さん。目が目の奥が痛いや」

 

 洗面器で顔を洗いサッパリしてから席に戻る、しかし何故刑事は高梨修に竹内さんの写真を見せて問い質していたのだろうか?

 彼女はベビーシッターを辞めただけじゃないのか?

 

「魅鈴さんお待たせ、そろそろ出ましょうか?」

 

 霧笛楼でお土産にお菓子を買った、その後は魅鈴さんに断って公衆電話でメリッサ様と若宮の御隠居に連絡を入れて簡単な状況の説明をする。

 自分の携帯電話を使わなかったのは通話記録を残したくなかったからだ、警察なら通話記録を調べる事も可能だから。

 勿論、公衆電話も監視カメラが無さそうな場所の所を探して使ったが、昔と違い随分数が減ったな……久し振りだ使ったのは。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 翌日、普段通りに横須賀中央の事務所に向かう。普段と違う行動は警察に不信感を与えるから……

 午前八時五十分に事務所の有るマンションへと到着、ポストを確認していると後から声を掛けられた。

 

「おはようございます、お宅が榎本さん?」

 

 振り向くと背広姿の中年男性が二人並んで僕を見ている、片方は見覚えが有るな、昨日高梨修を尋問していた男だ。

 

「そうだけど、貴方達は誰です?」

 

 不信感を滲ませながら見詰める、僕は何も知らないのだから急に男二人に声を掛けられたら警戒するのが普通だ。

 

「警察です、少しお話を聞きたいのですが宜しいですか?」

 

 二人共に警察の証であるバッチを見せる、実際に見ても偽物か本物か素人じゃ分からないよな。

 

「何処で?事務所に来ますか?」

 

 顔を見合わせているが警察署まで連行はお断りだぞ。今の段階だと任意同行は断れる、印象は悪くなるが……

 

「お邪魔しましょう」

 

 刑事二人を事務所に通しパックの日本茶で遇す、自分も同じ物にしてソファーに向かい合ってすわる。

 

「それでご用件は?」

 

「高梨修さんについてです、ご存知ですよね?」

 

 テーブルに写真まで出して人違いじゃないぞと言わんばかりだな、だが美羽音さんと一緒に写っているのを見せる意味は?

 

「知ってます、知り合い程度ですが……

先日、此方のお姉さんの嫁ぎ先の家に不法侵入者が居ると相談を受けたのです。お姉さんに僕を紹介したのが彼ですが、フリーライターだそうで」

 

 一旦言葉を止める、彼等が僕を何処まで調べているか反応を知りたい。

 

「ふむ、それは榎本さんの仕事について詳しく調べていたと?」

 

「僕も業界ではアノ有名人ですから……

残念ながら相談は断りました、不法侵入者は警察の範疇ですからカメラを仕掛けて証拠を残し警察に相談しろとね。僕が彼等に会ったのは一度だけですよ」

 

 事務机から名刺入れを取り出して高梨修の名刺を取り出して見せる、手に取り一応見たが直ぐに返してきた。

 

「セントクレア教会の柳鶴子さん、御存知ですよね?」

 

「ええ、美羽音さんはセントクレア教会の信者で本来は彼女に相談したが高梨修の入れ知恵で僕も呼ばれた。あの男は僕達の事を面白おかしく記事にしたいだけの男ですよ、だから断った」

 

 吐き捨てる様に言う、仲間とか思われたら迷惑だ。

 

「教会のシスターがエクソシスト、在家僧侶は霊能力者、ネタとしては面白いですな。私達も所轄の警察に聞きました、所謂貴方はホンモノだから余り刺激するなとね」

 

 ニヤリと笑って見せる、警察は僕の事を非公式に認めていたか……

 

「本題はコッチです、ピェール邸でベビーシッターをしていた竹内真理恵さんが失踪しました。高梨修はその件でピェール氏を恐喝したんです」

 

 何だって?高梨修よ、お前一体何がしたかったんだよ?


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