「どうだった、第一印象は?」
初顔合わせを無事に済ませた陽菜に、榎本さんの感想を聞いてみる。お互い悪感情は無かったと思うのだが……
「外見と違って優しそうな人だったね。僕を見る大抵の人の嫌な視線じゃなかった、珍しいよ」
この子は未だ幼いが、いずれは若宮を継ぐ事が決まっている。だから周りに集まる連中は打算や欲望により媚びへつらう連中ばかりだ。
勿論、そう言った連中と付き合う事を覚えさすのも勉強だし護衛も付けているので問題は無い。
しかし榎本さんは、この子の目から見ても子供には無害と出たか……
「アレはな、多分だが亀様よりも強いぞ。
亀宮の現当主を差し置いて亀様にお願いを聞かせるのだ、もしかしたら亀宮様より意思の疎通が出来るやもしれん。
一族内で悪い噂が流れているが全てガセ、嘘だ。榎本さんには悪いが亀宮一族内の粛清のダシに使い、その力を更に思い知らされた。
もう不興は買えない、敵対すれば我等の被害は莫大だ」
最悪捨て身で来られたら良くて相討ちだろうな、今でこそ躾の行き届いたクマさんとか言われているが狂犬だった過去を持つ男だ。
「お婆様、またお母様に内緒で悪巧みしたの?でも改めて聞くと凄い人なんだね、全然そんな風に見えなかったよ」
郁恵は我が子ながら凡庸、儂が死ぬ前に陽菜に全てを教えて跡を継がせなくては若宮は衰退する。
だが才能は有れども精神が幼い、未だ現場には出せない。一人前になるには暫く時間が掛かるだろう。
「加茂宮一子が自ら引き抜こうと接触し、伊集院阿狐からも一目置かれて丁寧な対応をされている。
亀宮様は依存し始めているな、改めて言葉にすれば異常だろう?御三家のTOPの全てが奴を欲しているのだ……」
報告を聞いて驚いた、加茂宮一子本人がわざわざ神奈川に直接乗り込んでまで勧誘するとはな。
榎本さんは距離を置いた対応をしてくれているが、条件次第では亀宮を離れる可能性は捨てきれない。
何せ毎回短期契約を結んでいるのだ、契約の切れ目が縁の切れ目になるかもしれん。
例えばだが、亀宮様の依存度に危険を感じてとか……
または関西巫女連合の桜岡霞絡みで移籍する可能性も有る、桜岡霞は榎本さんにとって唯一の交際している女性だ。
大切な恋人から懇願されれば分からない。
それらに対抗するのが、亀宮様に対する友愛だけでは弱いだろう、当初は大丈夫と思ったが今は問題有りだ。
依存する女など、男からすれば面倒臭いだけだと思うし……
「そうなんだ、ウチから逃がしちゃ大変だね。でもちゃんとお願いすれば大丈夫な感じだよ」
確かに気を許した相手には無償で色々動いてくれるが、我等に対しては無理だろう。
その為に必ず仕事の前に契約を取り交わすのだ、契約書の内容以外の事は別途協議するとな。
「義理堅く契約を重んじるタイプだがな、我等は一度裏切っている。
榎本さんを囲いこむ決定的な物が無いのじゃ、仕事すら毎回契約を取り交わす位慎重なのだぞ。
まぁ今回は詫びとして曰く付きの品々が欲しいと言われて保管していた艶髪達を見せたが、結局ロハで全て祓っただけだった。
だから慌てて依頼した形を取って報酬を渡すのだ。金・女・権力に余り興味が無い扱い難い男だ」
本当に扱い難い男だ、何を持って引き留められるかが分からない。
奴は隠していた自身の強力な力がバレたので勧誘争いから身を守る為に、友好的な亀宮様を頼っただけだ。
最初に知り合ったのが、たまたま我等だっただけで加茂宮でも伊集院でも奴ならやっていけるだろう。
「あの曰く付きの品々を何とか出来たんだ!凄いね、でも物欲が低い人は精神的な事を重要視するんだよ。
お婆様は榎本さんを自分の都合で振り回したけど、それが一番駄目だよ。あの人は誠意を持ってお願いすれば、ちゃんと応えてくれると思うな」
満面の笑みで当たり前の事を言われてしまった……頼めば何とかなる、それは薄汚れた我等には信じられない言葉なんだぞ。
頼めば対価を求められ、それを餌に他人を動かす事が当たり前と思ってしまっているからな。
「ふむ、陽菜よ。機会が有れば又会ってみるがよい」
天真爛漫な陽菜ならば、奴も心を許すかもしれないな。
どの道、奴の好みからは大きく外れてるし亀宮様も陽菜の事を妹の様に扱ってくれているから安心だ。
「お婆様、機会が有ればじゃなくて作るよ。僕、あの人に霊能力を学ぼうと思う。
実践経験が豊富で確かな実績も有る、亀宮一族で一番強い人なんでしょ?」
「それは……そうだな。榎本さんには亀宮本家の書庫を調べる事を許可した、それに五十嵐巴の襲名式にも参加するから暫くは通って来るだろう。
だが、迷惑は掛けない様にな……」
笑顔で頷く陽菜を見て、良くあんな化け物じみた相手に師事したい等と……我が孫娘ながら度胸は十分だな。
◇◇◇◇◇◇
陽菜との、孫娘との話し合いを終えて監視室へと戻る。風巻が先程の戦いの画像を分析している筈だ。
「どうだ、何か分かったか?」
録画した画像を大型モニターでチェックしている風巻に問い掛ける、画面に映るのは右手から雷を発生させている所だ。
「御隠居様、とんでもない事が分かりました。先ずは画像を見て下さい」
ん?画面を巻き戻しているが、雷を生み出す場所では無いのか?
「ここです、この監視カメラは一秒間に六コマ録画出来ますが……此処です」
「何と?三回、一秒間に三回だと……」
コマ送りされた画像には二コマで一回特殊警棒を振るい艶髪の攻撃を躱す奴が映っている。
「人間の反射神経の限界じゃないのか?」
「そうですね、ただ振り回すだけなら可能ですが攻撃に対応して防ぐとなると限界に近いと思います。
目で見て脳を通し行動に移す過程を経る限り、人間は約0.2秒前後という壁は破れません。素人も達人も、この差は殆ど無いと思います。
プロボクサーでも0.15秒だと言われてます。反射神経という神経は無いので、脊髄反射ですね。
気の遠くなる反復訓練により脳を通すプロセスは省いたのでしょう、相手の動きに反応する動体視力も一緒に鍛えたのでしょうか?
0.3秒は遅いと思うかもしれませんが、連続して対応出来る事が驚きなのです」
鍛えられた肉体は筋肉だけでなくスピードも有るというのか、まるで超一流の格闘家だな。
「あの雷の方は何か分かったか?」
肉体強化は未だ理解出来る、素質と努力が有れば可能だ。
だが雷撃を扱える事は素質と努力の他にもう一つ、独学では無理だから師か教本が必要だ。
風巻が機械を操作し問題の画像を映し出す。最初はそのまま、次は巻き戻してコマ送りで確認する。
「口が動いてますが短いですね、雷電神社系列は祝詞が必要な筈です」
「ふむ、どうやら雷を任意の場所に飛ばせるみたいだな。
普通なら金属であるナイフに向かう雷が、真っ直ぐ艶髪を捉えている。しかも二秒近く放電してるな」
つまり推定200万ボルトの雷を二秒近く維持出来るのだ、これは凄い事だぞ!
そして画面が真っ白になった後、監視カメラが壊れて録画は終わった。
「雷のスピードは凄いですね、最初の一コマで目標に当たってますから0.2秒以下。分かっていても避けられないでしょう」
強力な対人殺傷術じゃな、こんな力を隠し持っていたとは……
「全く、何て男が在野に埋もれていたんだか……」
奴を最初に発見したのが亀宮様で本当に良かった。
◇◇◇◇◇◇
帰りも五十嵐さんに車で駅まで送って貰っている、後半は用が有ると席を外していたがわざわざ待っていてくれたみたいだ。
「どうでした、曰く付きの品々は?」
後部座席に並んで座るが広い為に余裕がある、こういう特別扱いは立場上結構キツいんだよね。
だが五十嵐一族は僕と和解し協力関係にあると内外に知らせたいんだ。
まだお互い距離感が分からないので前を向いたまま会話するって変な感じだな。
「結局祓って報酬を貰う事になったよ。まぁ怨霊だって物に取り憑いて怨み続けるより天に召される方が良いよね?」
一つ500万円、三つで1500万円の利益を一日で達成した訳だ、金銭感覚が狂ってしまうな。
「代々封印していた品々を祓ったのですか、確かに無報酬って訳にはいかないですね。
ただ和解金を貰わずに仕事の対価として受け取る、ですが御隠居様達は榎本さんに引け目を感じ続ける事になる。
これが榎本さんの言った、良く考えろって事ですか……難しいです」
「いや全く違うよ、僕も全て祓う事になるとは思わなかったんだ。
何かしら使える物が有ると考えてたんだけど、残ったのは普通の日本刀だけでさ。貰っても困るよね、実用で使えないから飾るだけだし……」
僕も背中に大振りのナイフを隠し持ってるけど、流石に日本刀は持ち歩けないな。
「ああ、首刈りと厄喪は日本刀でしたね。美術刀として価値は高いのでは?男の人って、そういうの好きだと思いました」
いや、好きだよ。内緒で拳銃も持ってますけどね。結局、土居だっけ?が持っていた拳銃も内緒で持ち帰ってしまったな。
「確かに心惹かれますね。自腹を切って買おうとは思いませんけど……」
「土居から没収した拳銃も持ち帰りましたよね?」
思わず彼女を見れば、してやったり的な笑顔を浮かべている。
「最後の試練で使って分からない様に処分したよ……」
銃刀法違反だよな、確りバレてたか。
「なら良いです、もう一つの方は私達で処分しました。ちゃんと指紋とか拭き取ったから平気ですよ」
「それは……有難う御座います」
あの事件の処理は五十嵐さん達に押し付けたけど、考えたら甘かったな。下手したら銃刀法違反で捕まる所だった、あの拳銃は処分するか……
その後は最寄りの駅までお互い無言だった、時事ネタで雑談は未だ無理なのが僕等の関係だ。
◇◇◇◇◇◇
東京湾フェリー金谷港には地元の野菜や果物、海産物も販売している。お土産にイカの一夜干しとエボ鯛の干物を購入した。
久里浜港で地ビールの東郷平八郎ビールも買ったので、酒とツマミだけを買ったみたいだ。
結衣ちゃん用に、久里浜銘菓かりんとう饅頭をチョイスした。丸い砲弾を模したかりんとうの中にコシ餡が入っている、とっても甘そうなお菓子だ。
家族へのお土産を忘れない僕は良いパパになれると信じて疑わなかったんだ……
まさか、自宅が修羅場ってるとは思わなかった。
「ただいま」
「「「「お帰りなさい、榎本さん!」」」」
四人の美女と美少女が出迎えてくれた、嬉しいが嬉しくない。自分で思っても変だが、嬉しいが嬉しくないんだ……大切だから二回思った。
「はい、千葉県土産の干物と神奈川県土産のかりんとう饅頭だよ」
結衣ちゃんにお土産を渡して取り敢えず家の中に入る、そのまま連行される様に応接間に向かう。
上着を脱ぐと桜岡さんが黙って受け取り奥へと行ってしまう、結衣ちゃんはキッチンから出て来ない。
「えっと、今日は何か有りましたか?」
ソファーに座ると向かい側に小笠原母娘が並んで座る、何も言わずに見詰めてくるが僕が何をした?
「桜岡さんと一緒に暮らすのは何故なんですか?」
「ああ!そういう事ですか!」
美女と美少女の無言の圧力は、昨日からウチに居る桜岡さんの事か……
「それは神泉会の」
「私達、付き合ってますから世間一般的には同棲ですわ。榎本さんからも家に来いって言われましたから。うふっ、うふふふふ……」
いや、その……確かに間違っていないけど言葉が足りなくないかな?
(亀宮の派閥争いに巻き込まれたくないから仮に)付き合ってる事にして欲しい。
(神泉会の襲撃が心配だから)ウチに(安全が確認出来るまで)おいで。
だったと思うんだ、正直に言えないけど。勝ち誇って高笑いをする桜岡さんと悔し涙を浮かべる小笠原母娘を見て大きく息を吐いた。