榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第232話

 亀宮一族の秘宝?曰く付きの術具を貰える事となり案内された場所は地下の金庫室だった。

 二本の妖刀、首狩(くびか)りと厄喪(やくも)は強力な怨念が取り憑いているが、胡蝶の贄としてしか使えない。

 現代の除霊で日本刀を振り回す事なんて無いから、文字通り無用の長物だ。

 所持なら可能だが、除霊の為に持ち歩くと銃刀法違反で捕まる。

 

「最後の品は、髪の毛の束?人毛か?」

 

 手提げ金庫の中には、御札に巻かれた一房の黒髪が入っていた。

 

「古文書には、艶髪(あでがみ)と書かれています。戦国時代に小田原城の支城を騒がせた女中、お竜(たつ)の髪の毛と伝わります。

お竜は殿様の大切な天目茶碗を割ってしまい手打ちにされ、井戸に落とされ無くなった女中です。

死後、怨霊化し城内を騒がせたが当時の亀宮様が退治し封印したと伝わります。ですが……」

 

『怨みが強く封印するしかなかったみたいだな、奴は未だ生きておるぞ』

 

『怨霊に生きているも変だけど妖怪化したとか?』

 

 未だに封印され続けている怨霊か、女の怨みは強いっていうけど怖いな。

 

「祓えなかった、封印し続けるしかないって事だな。この大袈裟な地下金庫を見れば想像がつくよ、さて……」

 

 一端言葉を止めて若宮の婆さんを見る、向こうも探る様な目で見返してくる。

 

「どれが欲しいんじゃ?どれも曰く付きで実用には向かないが、本当にこんな物で良いのか?」

 

 少し疑いを含む皺くちゃな細い目で僕を見詰めるが、生憎と高齢の婦人と見詰め合う趣味は無い。

 

『どうする、胡蝶さん?』

 

『日本刀は食らう、艶髪は封印を解いて戦ってみたいぞ。我の考えが正しければ、奴は戦力になる妖(あやかし)だろう』

 

『ああ、犬飼の霊的遺産に妖を使役する銅板が有ったけどさ。髪の毛の妖怪とか本当に必要かな?』

 

 モジャモジャな妖怪を使役する自分の姿を想像して何かが萎えたが、胡蝶さんの言う通りにする。

 自称デレ期の彼女は僕に不利益な事を絶対にしないから信じるしかない。

 

「若宮の御隠居様、この曰く付きな日本刀と艶髪ですが全て貰って良いですか?」

 

「なんと?三つ共にか?」

 

「大丈夫なんですか?幾ら榎本さんでも危険ですよ!」

 

 若宮の婆さんと風巻のオバサンの両方が驚き反対したが、日本刀については胡蝶さんの贄でしかない。問題は艶髪だろう……

 

「日本刀は祓います、この妖刀は封印し続けるしかないのなら祓い清め御霊を天に還すのが僧侶の務め。

艶髪については戦ってみたいと思います。彼女は怨霊から妖怪化しているが、上手くすれば使役出来るでしょう」

 

 そう言って先ずは首刈りに触れる、翳すだけで胡蝶が刀身に絡み付く怨念を吸い込む。

 ギュポンという吸引音の後、刀身に貼られた御札がハラハラと外れた。

 

「成功だ……刀自体が保たなかったのか……」

 

 怨霊の力で劣化を止めていたのだろう、祓われた後に急速に錆びだらけとなった。首刈りは戦国時代の無銘の日本刀になった訳だ。

 

「なんと?あの妖刀首刈りを簡単に祓っただと?」

 

「この目で見ているのに信じられない」

 

 ギャラリーが騒ぐが無視して厄喪も祓う為に左手を翳す。同じ様な場違いの吸引音の後、巻いていた御札が剥がれた。

 

「こっちは名刀みたいですね、怨霊を祓っても綺麗な刀身を維持している。ふむ、古美術としても価値が有りそうだ」

 

 妖刀厄喪、その持ち主を剣の達人にする能力を持っていたが今は名刀として生まれ変わった。

 

「瞬く間に二本とも祓うとは……」

 

「今迄封印を続けていた私達の努力って何だったんでしょうか?」

 

『前の首壺と然程変わらぬぞ。どうせ代々封印してきた曰く付きの品々だから、亀憑きに教えてないのかもしれぬぞ。

亀憑きは一族の御輿だから一族の秘密の全ては教えられてないだろう』

 

 確かにそうだ、首壺は壊す可能性が有ったが首刈りと厄喪は壊れても問題無い筈だ。

 

「この日本刀なら亀宮さんと亀ちゃんなら十分に祓えましたよ。てか、亀宮さんは妖刀の存在を知らないでしょ?」

 

 只の日本刀になった二本の刀を調べる若宮の婆さんに問い掛ける。

 裏で一族を取り仕切る御隠居衆は現当主の亀宮さんに全てを教えていないだろうと……

 

「確かにそうですな、我々は先祖から言われた通りに封印をし続けていただけです。亀宮様には相談しなかった」

 

「そうですね。聞かれなかったので忘れてました」

 

 ホホホって笑っているが知らない物は聞けないと思うぞ、僕も彼女には教えてない事は多いけどさ。

 

「次は本命の艶髪ですが、此方は危険なので部屋の外へ出て貰えますか?」

 

 犬飼の本拠地で名前は知らないがザンバラ髪で手が伸びる奴と、宿し虫って下半身芋虫の女妖怪と戦った。

 現代日本に妖(あやかし)が現存している事に驚いたが、直ぐに新しい妖と出会えるとは驚きだ。しかも使役出来るかもしれないとは……

 

「もう何も言いますまい、好きにして下さい」

 

「金庫室を閉めると自動的に照明も消えるので閉めずにおきます。次の鉄扉を閉めて外で待ちます」

 

 そう言って金庫室から出ていったが、確かに金庫の中に閉じ込められるのは嫌だな、酸欠とか……

 

 うん、間違って扉が閉まらない様にストッパー代わりにテーブルを置いておくか。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

『正明よ、あの勾玉は持って来てるな?着けてみろ』

 

『ああ、結衣ちゃんに縫い付けて貰った皮の手袋なら貰って来てるよ』

 

 ズボンのポケットに突っ込んでいた手袋を取り出して両手に嵌める、やはり勾玉を三つも縫い付けたから握ると違和感が有るな。

 

『それを試すぞ、我の最大霊力を込めて妖に何処まで通用するか楽しみだ』

 

『いきなり実戦で使用するのか?人間相手に全力は危険だから丁度良いかな……』

 

 右手を握ったり開いたりして勾玉の感触を確かめる、問題は無さそうだ。

 覚悟を決めて艶髪を持ち上げてみる、皮の手袋越しにもしっとりとした質感が感じられる黒艶。持つ手もじんわりと温かい気がしてきた……

 

「じゃ、始めるぞ」

 

 艶髪を巻いていた御札を剥がして前方に投げる、落下地点は大体4m程先の床にパサリと広がりながら落ちた。

 床に落ちた艶髪がザワザワとその場で動き出す、まるで何かが下から突き上げているみたいだ。

 

「ヤバイ、髪の毛が束みたいに固まって触手みたいに動き出した。全体的に延び始めたし……」

 

『ふむ、ウゾウゾと気持ち悪い動きだな。さて、どう攻める?』

 

 落ち着いて現状を把握し次の動きを予想するのは良いのですが、アレは飛び付いてきて絡み付くと思うぞ。

 触手の様な髪の毛が襲ってきても避けれる様に腰を落とし左右どちらにも跳べる様に身構える。

 最悪は触れば食えるけど、感じとしては首を締めにくるだろう。

 

「甘いぞ!」

 

 触手を使い僕の顔目がけて飛び掛かって来たので右に跳んで避ける、大丈夫だ、凄い早さだが動きに反応出来るぞ。

 

 腰のホルスターから特殊警棒を引き抜き振り払う様にすれは、軽い金属音と共に全長75㎝の警棒が延び切る!

 二度目に跳んできた艶髪を特殊警棒で払うが、元々軽い為に大したダメージは無さそうだ。

 それに最初は60㎝位だった髪の毛が1m以上に伸びている、いやモゾモゾと未だ伸び続けているぞ。

 

 三度目はフェイントを織り交ぜて飛び掛かって来たが何とか連続攻撃を特殊警棒で払う。

 

「くっ?特殊警棒に絡み付きやがった」

 

 特殊警棒ごと力一杯壁に叩き付ける!

 

 だがダメージは全く無さそうだ、特注の特殊警棒が千歳飴みたいにグニャグニャに曲げられたぞ。

 

「こりゃ絡み付かれたら粉砕骨折だな……」

 

 背中に隠した大振りのナイフを取り出す、打撃が駄目なら斬撃はどうだ?

 既に折畳み傘を広げた位に増殖した艶髪を睨み付ける、出来ればガソリンをかけて燃やしたいぞ。

 

『苦戦してるが動きは見えるし身体も反応するな。我と順調に交じり合っている様だ……』

 

『確かに人外の反射神経だと思うけど、艶髪にダメージを与えるに至らないよ。そろそろアレをヤルかい?』

 

 胡蝶と交じり合って得た怪力で殴ってもダメージを与えられないが、動体視力と反射神経は人外レベルになったのを実感した。

 

 ジリジリと睨み合っていたが、艶髪が本性を現した……真ん中に顔が浮き上がってきた、つまり生首だ。

 中国に飛頭蛮という頭だけで飛び交う妖怪が居るらしいが、日本版のソレみたいだな。

 目は血走り口から血を流して僕を睨む女の顔は凄惨だが何故か美しい……

 

「主は異人かえ?柿崎主水之介は居るかえ?」

 

 驚いた!話し掛けて来たぞ、柿崎某とは彼女を手打ちにした男の名前だろうか?

 

「お竜さんだっけ?僕は日本人だよ。君は封印されていたんだ、何百年もね」

 

 浮いている生首が器用に首を傾げたぞ、何かシュールな光景だな。

 

「お主が何を言っているのか分からぬ。だが何故、私の名前を知っているのじゃ?それに柿崎主水之介は何処に居るのじゃ?」

 

 いきなり封印から目覚めれば江戸時代から平成の世の中じゃ混乱もするだろうけど、何て説明すれば良いか分からない。

 

「柿崎某は既に死んでいる、その子供や孫や曾孫も同じだよ」

 

「一族郎党皆殺しとは哀れなものよ。だが御家断絶は当然の報い、無実の私を手打ちにしたのだから……だが、自らの手で恨みを晴らせぬのは心残り……」

 

 ああ、ドス黒い負の感情が溢れてきてるな、これは恨みを晴らしても成仏はしないパターンか……髪の毛が左右に広がりながらザワザワと波打ってるけど、ヤバくないか?

 

『胡蝶さん、ヤバくない?』

 

『ふむ、敵(かたき)が居なくっても成仏せずに無差別に人を襲うか……当たり前の行動原理だと思うがな』

 

 今と違い身分階級が有り人権とか言葉すら無かった時代だから、主人の持ち物を壊したら殺されるのが普通だった時代だ。

 でも人間の生みだす恨み辛みの感情は変わらない、八つ当たりだって同じ。だが、その八つ当たりを受けるのは遠慮したい。

 

「お竜さん、成仏する気は有るかい?極楽浄土に行きたいとは思わない?」

 

「成仏?極楽浄土?お主は僧侶の様な事を語るのじゃな?しかし信心深くとも御仏に祈ろうとも無惨に殺されては信じられぬ」

 

 これは説得は無理だ……当然だな、御仏を信じて祈りを捧げても殺されて怨霊になったんだ。

 何代も前の亀宮さんが呼ばれて封印したのも犠牲者が出ていたんだろうな。

 

『胡蝶さん、説得は無理だ。どうする?』

 

『勾玉の威力を試す、使役は無理だろうな。

奴の原動力は怨みだ、晴らす相手も子孫も分からずでは成仏も無理だ。せめてもの情けは恨み辛みからの解放だな』

 

 脳内会話に集中していたら、お竜さんの戦闘準備が整ったみたいだ。生首だけだったのに、今は髪の毛で人の身体を模している、毛人形みたいだな。

 

「私は私を殺した人も見捨てた人も憎い。憎い憎い憎い憎い憎い、だからお主も殺す!」

 

「そうか、じゃ第二ラウンドと行こうか?」

 

「らうんど?南蛮語か?やはり異人だったのか?噂話に聞いた鬼が、お主の本性だな」

 

 鬼ヶ島の赤オニは遭難した異人だったってオチか?

 

「違うと言っても理解は出来ないだろうな、悪く思うなよ」

 

 右手を開いて突き出す!

 

「雷(いかずち)よ!」

 

 胡蝶さんの全力全開の霊力を右手に集めた結果、轟音と共に紫色の太い稲妻が毛人形と化したお竜さんに伸びる。

 

「ウギャー!お前……雷神……様の……化身だった……の……か……」

 

 プスプスと嫌な臭いが金庫室に漂い始めた、大人一人分の髪の毛の燃える臭い。

 

『胡蝶さん、魂を食べなくて良かったの?霊力を伴った稲妻は浄化の炎と変わらない、彼女は成仏出来たよね?』

 

『情けを掛けた訳じゃないぞ、我等の新しい力を確かめただけだ……』

 

 だけど哀れみの感情が僕にも流れ込んで来てますよ、胡蝶さん。見詰めていた髪の毛の塊の殆どが燃えてしまい、燃え跡には瑠璃色の玉が残されていた。

 


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