今後の話し合いの為に千葉県の亀宮一族の本家を訪ねた。対するは亀宮一族の実質的なNo.1である若宮の婆さん、御隠居衆筆頭の食えない婆さんだ。
既に用意万端整えていたのだろう、組織に不要で切りたい連中を炙り出した一覧を見せて貰った。
これは組織の浄化は完了したと考えて良いだろう、見せしめの首切りを含めたリストだな。
多分だが若宮の婆さんに都合の悪い連中も多く含まれているだろう、高々悪い噂を流す位で四十人以上も処分する事はないだろうし……
◇◇◇◇◇◇
名前を見ても知らない連中ばかりだが、御隠居衆の家名がチラホラ入っているのに気付いた。まさか悪い噂を一族の連中が万遍無く広めた訳でもあるまい。
「処分はお任せします。
しかし万遍無く殆どの有力氏族の中にも処分者が居たのに驚きました。これだけの多人数を一度に処分して大丈夫なんですか?」
お前の企み位は気付いているぞ的な笑顔を浮かべてリスト表を返す、この酷い女好きで強欲な噂が沈静化すれば良い。
勿論、誤解だったと知らされるし噂の拡散を手助けした連中が纏めて処分される事も沈静化に繋がるだろう。
「ああ、問題無い」
「ええ、大丈夫です」
暗い笑みを浮かべ合う三人に五十嵐さんは顔にハテナマークを浮かべている、これ位の腹芸と面の皮の厚さが無いと、この魑魅魍魎達と渡り合うのは無理だと思うぞ。
「あの……皆さん、笑みが怖いのですが……」
やはり理解出来ずに不思議に思ってるな。
「五十嵐さん、当主になるって事は大変なんだよ。この程度の腹芸と分厚い面の皮が必要なんだ。
このリスト表の連中を処分する事が今回の真の目的だったんだよ、組織の浄化が御隠居衆の狙いさ。
風通しの良い組織となり亀宮さんを盛り立ててくれるなら、僕も酷い噂も我慢出来るとは思う」
そうですよね?って爽やかに笑い掛ける。
「これは手厳しいですな」
「言わぬが花という言葉も有りますよ。榎本さんには巴さんの教育係を頼みたいですね」
どちらかと言えば護衛でしょう?と言って笑いを取った、薄汚れた腹芸合戦は薄幸の苦労人でピュアな彼女には馴染み辛いだろう。
だが当主には必要なスキルだから、引退する婆さんが徐々に教えなければ駄目な問題だ。
組織のトップとは清濁併せ持つ度量が必要で、潔癖過ぎても悪過ぎても駄目だ。
「さて、建前はもう良いじゃろう。
確かに儂等は榎本さんを利用し組織内の膿を炙り出した、最初は本当に噂を流す連中の捜査だけだったんじゃが……
血は淀むと悪い連中が沢山湧き出すと言うか、特に酷かったのが山名家と五十嵐家だった。
山名家は既に榎本さんが壊滅に追い込んだので、次は五十嵐家だった訳だな」
「犬飼一族の霊的遺産の相続という餌に、まんまと食い付いた奴等を一網打尽に出来た。これで五十嵐一族は盛り返せるだろう」
酷い連中ばかり関わって来ると思ったが、亀宮一族内でも本当に悪い奴等だった訳だ。
御手洗達みたいにまともな連中も多いのに、土居達みたいな酷い奴ばかり寄って来るから変だと思ったよ。
「清々しい位に僕との約束を反古にした事を認めましたね?」
「勿論、出来る限りの詫びはしようぞ。何を望まれる?金・地位・術具・亀宮様との婚姻、何でも構いませんぞ」
ドヤ顔で何でも良いとか言いやがるが、どれも問題を孕んでるじゃないか!
金は欲しいが強欲と思われ、何でも金さえ払えば良いと思われてしまう。
地位?要らないな、既にNo.12らしいし要らない義務も付いて回る。
術具か……胡蝶の力の底上げには有効だが、絶対数の少ない術具の独占は反感を買うな。
亀宮さん?彼女は仲間だ、そこに情欲など1mmも存在しない。つまりコレといって欲しい物は無いな……
「うーん、欲しい物が無いな。どれも問題を含んでいるが、強いて言えば術具だけど僕に使える物が有るかな?」
「えっ?どれも魅力的じゃないですか?」
五十嵐さんが凄く不思議そうに僕を見詰めている、彼女は僕に和解金を提示して丸く収めた前歴が有るから疑問なんだろう。
すっかり存在を忘れて冷えてしまった日本茶を飲んで一息つく、何て説明しようか……
「金で解決は長期的には悪手だ、何か有っても金さえ払えば良いと思われかねない。
地位には義務が発生し、術具は使えるか分からないし数少ない術具の独占は組織内で反感を買う。
亀宮さんは信頼する仲間だ、悪いが恋愛や情欲の対象にはならない。この提案には、僕が本当に欲している物が無いんだよ」
この言葉に全員が固まる、なんて扱い難い奴だと思われただろう。
だが僕も本当に欲しい物が思い付かないんだ、結衣ちゃんと結婚したいって願望は有るが彼等が何とか出来る問題じゃないし……
『亀宮一族の力有る女性達を妾として寄越せって言えば良かろう?我との約束はどうした?』
『胡蝶さん、今それは駄目ですって!そんな要求をしたら亀宮さんが……無理心中くらい考えそうで怖い』
脳内会話に励んでいたら無言の僕を見て何とか代案を考え始めたぞ。相当不満だと思ってるのだろうか?
「これはこれは……どうしたら我々の不手際を許して貰えるのか?」
「ばっさり斬られては何を用意すれば良いか……」
んー、何かを要求しないとケリが付かないか。面倒臭くなくて差程恨まれなくて序でに僕等に益の有る物か……
難しいな、腕を組んで考えるが良い案が生まれない。
『曰く付きの術具を貰え!扱いや処分に困る程の物が良いぞ。これから加茂宮一族と事を構えるのだ、力の底上げは必要だ』
胡蝶さんの提案が今の僕等には一番必要だな、これからの為にも。
『分かった、それで行こう』
胡蝶さんの提案なら周りからも悪くは思われないかな?
「では術具を希望します、出来るだけ曰く付きで扱いや処分に困る位の品が良いですね。あの首壺とか良かったですよ」
あの古代中国の罪人の首壺は胡蝶さんのお気に入りだったな。恨み辛みの強い怨霊は強い力を秘めているから、吸収出来れば力の底上げが出来る。
「それは皮肉か?だが、あのクラスの術具となるとじゃな。有るには有るが……」
「我等御三家ですら扱いに困る術具を欲しいと言われても、本当に大丈夫なんですか?取り込まれでもしたら、大変な事に……それこそ命に関わりますよ」
困った顔で見詰め合う二人だが、思い当たる品物が有るんだな。でも扱うには危険を伴う為に、簡単には決断出来ないって感じだろうか?
「大丈夫ですよ、それ以外だと正直思い浮かばないですね。後は貸しにして何か有った場合に尽力して欲しい位しかな」
貸しは良いアイデアかも、何か有った場合に助かる保険的な意味で。
「榎本さんって凄いんだか欲が無いんだか……」
「君も五十嵐一族の為に交渉する場合が必ず出て来るけど、目先の損得に惑わされると痛い目を見るぞ。
今回の件は亀宮一族の反感を買わずに御隠居衆と手打ちになった事にするんだ。
安価じゃ駄目だし高価だと反感を買うからね、曰く付きの術具など欲しがる奴なんて少ないだろ?
だから妥協するんだ、僕は亀宮さんと敵対しない為に派閥に属しているからね。
要らぬ波風は立たせたくないが、手を出すなら反撃はさせてもらう。対外的に見て今回の降格騒ぎと術具の提供は効果的だと思うよ」
下位構成員や脳筋連中にはね、僕に手を出せば出世の道が閉ざされるって思うだろう。
少しでも周りが見える連中は、僕と御隠居衆が繋がっていると考えるだろう。組織の膿を纏めて叩き出したんだ、それなりの役職の連中もだ。
当然不満も出るだろうが、御隠居衆は曰く付きの術具を押し付けてチャラにしたからな。
過度に優遇していないって言えるだろう、実際に持っていても困る品物だから他の有用な品物や現金よりマシだ。
「御隠居衆と榎本さん両方にとってですか?」
うーん、五十嵐さんには難しかったかな?この子を当主に据えて五十嵐一族のフォロー体制は大丈夫だろうか?
確かに未来予定は強力な能力だが、それを持つ者を当主に据えるより有効に使える者が……
いや、それは僕が決める事じゃないな。歴代の当主の中にも何人か同じ能力者が居たらしいから、五十嵐一族固有の能力なのだろう。
「まぁね、良く考えてみると良いよ。五十嵐の婆さんにも聞いてごらん、色々と教えてくれるだろう」
あの婆さんなら裏の事もしっかり教えられるだろう、土居達の件も闇から闇へ処理した手際の良さを考えてもね。
「榎本さん、私の事を世間知らずの子供扱いしていませんか?」
「今の君は箱入りのお嬢様だよ、僕等みたいな魑魅魍魎達と戦うには余りにも綺麗過ぎるんだ。先ずは婆さんに色々と教えて貰うと良いよ」
「綺麗過ぎるだなんて……地味な私に……困ります、榎本さんには亀宮様が……噂の一部は本当の事だったんですね?」
アレ?そこに食い付くの?違うでしょ?真っ赤になって身体をクネクネする五十嵐さんから目を逸らす、この娘は本当の意味で箱入り娘だ。
男性恐怖症らしいが、ある程度安心している男には耐性が無いみたいだ。
「五十嵐さんは男を見る目も養わないと駄目だな……
若宮の御隠居様、彼女の教育もお詫びの一端に加えて下さい。変な男に騙されない様に見張って下さい、心配になってきた」
高梨修辺りにコロッと騙されそうで怖い、未来予知って自分自身の事は分からないみたいだな。
五十嵐一族に関係する事について未来が見えるって言ってたし……
「榎本さんがモノにすれば万事解決じゃないですか?本人も悪く思ってなさそうですぞ」
「本妻は無理でも妾として囲えば良いじゃないですか?今風だと愛人でしたか?」
ニヤニヤと楽しそうにしやがって、意趣返しのつもりだな!
「あの、それは大変申し訳ありませんが辞退したいのですが……」
五十嵐さんの持ち上げてから落とす発言で、この話し合いは終了となった。曰く付きの術具だが、直ぐに見れるそうだ。
◇◇◇◇◇◇
亀宮本家の地下に問題の術具を保管している倉庫が有った。
鋼製の鍵付き扉を三ヶ所潜り電子錠の自動扉を潜った先に八畳程の金庫室が有り、部屋の真ん中に設置されたテーブルの上に二本の長細い棒状の物で手提げ金庫が置いて有る。
科学的なセキュリティの施された大金庫の中に厳重に保管された品々、700年の歴史を持つ亀宮一族だからこそ得られた逸品なのだろう、遠目からも強い力を感じる。
力強い品々だが現代の術者では使い熟せないどころか、取り込まれて危険な術具……
「妖刀首刈(くびか)り、戦国時代に落武者狩りに多用された曰く付きの妖刀だ。野鍛冶が鍛えた乱造品故に美術的・骨董的な価値は低い。
だが数百年を経ても殺傷能力は衰えず、切り傷を負わせれば呪いが付加される」
剥き身の日本刀に御札が大量に貼られている、僅かに見える刀身は淡い紫色に輝いて見る者を魅了する……なんてね。
妖刀ね、実際に有る所には有るんだな。切れ味抜群、傷を負わせれば相手は呪われるのか……
「対人兵器ですね、取り憑く怨念は凄いが実用としては使えないな」
『そうだな、食うだけだな』
日本刀って男なら魅惑的なアイテムだけど微妙だな、自分で使う事は無いだろう。
「そうですか……次はコレです。
妖刀厄喪(やくも)、効果は使う者の剣技を著しく上昇させます。対価は使う者の生命力、使い続けると衰弱します」
此方は鞘に納まっているので刀身は見えないが、同じ様な御札でグルグル巻きにされている。
しかし呪いのバレリーナの靴みたいだな、剣技の上昇とか対人の戦闘なら兎も角、除霊には使えない。
『贄としてなら使えるな』
「なる程、利用価値は別として此方も取り憑く怨念は強いな」
「まぁ現代の除霊に日本刀は使い辛いでしょうね。最後の品になりますが、此方は刀では有りません」
そう言って御札が貼られた手提げ金庫から取り出した物は……