榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第230話

 結衣ちゃんと桜岡さんの追及を凌ぎ切った。

 まぁ追及と言っても浮気でも何でもないから平気なんだけど、幾つか隠さなければならない事が有るから用心しながら話した。

 名古屋の件は守秘義務が絡む事を言って大筋だけ話したが、桜岡さんは一子様からも詳しい話を聞いていて問題の洞窟の事で感謝されてるのねと言われた。

 女性として醜い餓鬼化を防いでくれた事は幾ら感謝してもしたり無いそうだ。

 結衣ちゃんも僕の仕事内容をそれなりに聞けて嬉しそうだったが、危ない事はしないでと懇願された。

 

 僕は身寄りの無い彼女にとって、最後の家族だから……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 桜岡さんが帰って来てから翌日、久し振りに朝食を二人で作っているのを後ろから眺める。本当に姉妹みたいに仲良しだが、作ってる量が半端無い。

 

「トースト二十一枚、オムレツ七個、ソーセージ……は何本有るんだろう?帰りに買い出しをしないと明日以降の食材が不安だな」

 

 僕と桜岡さんがトースト十枚、オムレツ三個、ソーセージ多数だろう。オムレツはチーズ&ホウレン草とチーズ&ベーコンの二種類みたいだ。

 

「私が後で買い出しに行ってきますわ。金沢区にコストコが出来たそうなので、纏め買いしてきます」

 

 コストコか、確かロールパン三十個で袋売りとか安くて大量なんだよな。

 一時期ハマったけど輸入製品が多くて大味だから飽きたんだ、中国の食品偽装問題とかで結衣ちゃん的にも国産品が安心とか言ってたし。

 

「お願いします、僕は千葉の亀宮本家に行きますから帰りは遅いかもです。車は使って良いですよ」

 

 そう言って愛車キューブの鍵を渡す、実はセカンドカー購入を検討している。緊急時にスピードの出る車にするか積載量の多いワンボックスにするか……

 キューブは愛着が有るが仕事が多様化してるので一台では対応し切れない。でも僕の周りの女性陣はスポーツカー率が高い、桜岡さんやメリッサ様とか。

 別に悔しいから対抗する訳じゃないけど……

 

 片道三時間電車の旅だが、若宮の御隠居とは有耶無耶にせずに話を付けないと駄目だ。因みに車の任意保険は桜岡さん、第三者が乗っても大丈夫に変えている。

 仕事の関係で他人に運転を頼む場合も考えて、割高だがプラン変更をした。

 八王子でも高野さんに運転させてボロボロにされたが、第三者を怪我させなくて本当に良かった。人身事故の場合、車の所有者にも責任が発生するから……

 

「既に亀宮一族の序列十二席だそうですわね、凄いですわ。榎本さんの能力なら上位に食い込むって思ってましたが、かなり噂は広がってます。

いえ、噂を意図的に広めてますわ」

 

「うん、その件について話し合いに行くんだ。僕は亀宮一族の重鎮になるつもりは無い、だけど完全にフリーはもう無理だろうね。

既に周りは固められてしまった、仕方ないけど全てを言いなりは嫌だから少しでも自由をもぎ取るさ」

 

 既に派閥の歯車に組み込まれてしまったからには、抜け出すのは不可能だ。それこそ他の勢力に……加茂宮や伊集院の傘下に入る位しないと組織力で潰される。

 僕が亀宮さんの派閥に入るって決めたんだ、組織に組み込まれるのだから、こうなる事は考えていたさ。

 

「私達の為に頑張って下さいね」

 

「え?」

 

 さらりと何か言われたが聞き返す前に他の話題に変えられてしまった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 神奈川県から千葉県に行くルートは幾つか有る。電車で東京湾沿いをクルッと回るか、フェリーで久里浜から金谷まで東京湾を横断するか。

 今回は後者のフェリーを利用する事にした、約45分の船旅だ。京急久里浜駅からバスに乗り久里浜港へ到着、乗船手続きを済ませる。

 周りの乗客達は観光とゴルフ組が半々位で、既に売店でビールを買って飲んで盛り上がっているグループも居る。

 

「楽しそうだが、僕は仕事だからビールは飲めないな……」

 

 波も穏やかで日差しも暖かいので客室でなく後部デッキに置かれたベンチに座る。船が出航し離れゆく久里浜港を眺めながら、今日の話し合いの進め方を考える。

 相手は御隠居衆筆頭、序列二席の上位者で僕は新参者の序列十二席。力で勝ろうが組織内では向こうが上だ、無策で強気に出るのは悪手だろう。

 幾ら向こうに落ち度が有れど確たる証拠は掴んでないし、詫びとして色々としてくれている。

 余り細かい所を突いても大した見返りは無いし、相手の悪感情を強めてしまう。先ずは……

 

①ピェール氏に対しての今後の対応だ。

 セントクレア教会と協力するのか単独か、そもそも単独なら美羽音さんから依頼を請けないと洋館の調査は難しい。

 

②組織内の派閥争いに巻き込まない事。

 五十嵐一族の件で確信したが、若宮の婆さんは僕をダシに一族の浄化を考えている。変な奴等ばかり僕に絡んで来るのは勘弁して欲しい。

 

③加茂宮からの接触が多いが、僕が向こうに所属するつもりは無い事。

 仮にも御三家の一角だから無碍に突っ張ねる事は出来ないので変に疑わない様に頼む事。

 僕に二心有りとか敵対する連中が騒ぎだす事が無い様に上層部と意思の疎通をしておきたい。

 

 最低限約束させたいのは、最初の二つだ。三つ目は約束というよりはお願いだろうか?

 話し合いで肝心なのは最初に最低限譲れない内容を決めておく事だ、アレもコレもじゃ話は纏まらない。

 その他の要求は序でに飲んで貰えれば儲け物位の考えで臨んだ方が良いと僕は思う。

 何でも思い通りにしたいなど、子供の我儘か某米帝みたいに隔絶した力が無ければ無理だ。

 今は要求が通っても何時か逆襲される、だからある程度の歩み寄りや妥協は必要。

 

「もう到着か……早いな」

 

 考え込んでいたら船内アナウンスで十分後に到着と教えてくれた。

 車ごと運べるフェリーだから運転手達は自分の車へと戻るのだろう、暫く穏やかな海を眺めてからタラップへと向かった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 千葉県には内房線と外房線が有り都内に一時間で出れる割にはローカル色が強い。

 具体的には昼間は一時間に二本位しか電車が止まらない、観光電車は通過してしまう。

 運悪く電車は出たばかりなので自動販売機で……コーラは無いので岩清水サイダーなるモノを買いベンチに座りチビチビと飲む。

 

「岩清水サイダー、普通だな。炭酸も弱めで甘さはキツい」

 

 微妙なサイダーを飲みながら電車待ちの他の乗客を眺めるが中年女性のグループが目立つ、館山フラワーパークに行くらしい。

 千葉県の特産品ってピーナッツ・ビワ・海産物位しか知らないな。

 数人が僕をチラチラと盗み見しているが、今日は話し合いの為に黒のスーツ姿だからヤの付く職業の方と勘違いされたかな?

 三十分程待たされて四両編成の各駅停車に乗り込む、四十五分のローカル線の旅の始まりだ。

 車内はガラガラなので先頭車両の連結部分脇のBOX席に座る、他の乗客は寄って来ない。

 

「見た目が厳ついとはいえ、この対応は傷付くな……五十嵐巴さんが僕を怖いと言ったのは納得だ、年頃の娘さんで若干男性恐怖症気味なら仕方ないだろう」

 

 昨晩彼女からメールが有り今日の話し合いに同席すると教えてくれた、派閥争いについては当事者だから当然だそうだ。

 僕は彼女に若干の苦手意識を持っている、妙に押しが強いのと薄幸で苦労人の彼女に同情しているのかもしれない。

 

 のんびりと海岸沿いを走る電車の車窓を眺めて田舎の風景を楽しむ、都会と違い時間の流れが緩やかな気がするな……

 農作業をする人、海岸でワカメを干す人、孫と遊ぶ老人、全てが生き生きと感じる。

 

「僕とは違い人の生き死にとは無縁だからかな?」

 

 電車を降りて無人駅の自動改札を潜ると黒塗りベンツが停まっているが、どう考えても亀宮の関係者だろう。

 他に電車を降りた客が居なくて良かった、端目からはヤの付く職業の方のお迎えにしか見えない。

 立ち止まって視線を送っていると後部座席から最近知り合った薄幸な感じの苦労人が、愛想笑いを浮かべながら出て来た。

 

「おはようございます、榎本さん。お迎えに上がりましたわ」

 

「おはよう、五十嵐さん。次期当主自らお迎えなんてしちゃ駄目だと思うよ」

 

 ぎこちない笑みは男性恐怖症の為だろう、厳ついオッサンに気を遣って貰うのは心苦しい。

 

「五十嵐一族は親榎本派だから良いのです。私と一緒に亀宮本家に行く事に意味が有るのですよ」

 

 親榎本派?嫌な言葉を聞いたぞ、幻聴であって欲しい。誘われるままにベンツの後部座席に乗り込むが、運転手は東海林さんだった。

 

「お疲れ様です、榎本さん。

巴様も言ってますが、お二方の仲の良い所を周りに見せ付ける必要が有るのです。私達は和解したのですから……」

 

 和解、和解ね……確かに犬飼一族の件は和解した、和解金も即日事務所へと運ばれて来たよ。

 帯封の付いた福沢諭吉の束が十個程ね、最近金銭感覚が変になりそうだ。

 

「そうですね、僕は五十嵐一族と敵対する心算は(今の所は)無いですよ」

 

 政治的配慮って奴だと思うが、亀宮一族の中の僕の立ち位置って何なんだろう?

 もう他の有力一族から利用はされないと思う、御隠居衆は若宮の婆さんを筆頭に十人、序列一席は亀宮さんで僕は十二席。

 亀宮さんと若宮、風巻と五十嵐の四人が僕寄りらしいが……

 

「榎本さん、来週の金曜日に私の襲名式が有ります。参加をお願いしますね」

 

「早いですね、予定は開けておきます……」

 

 当主の襲名式に僕が参加する事の意味は分かる、対外的に良好な関係と知らしめる事が出来るから。

 

「後でお知らせを送りますが、場所は亀宮本家で行います。当日は懇親会も有りますし遅くなりますから、泊まる準備をして来て下さいね」

 

「いや帰るよ。帰れない距離じゃないし、亀宮本家に泊まるのは嫌な思い出しか無いから……」

 

 罪人の首壺とか首壺とか、大切だから二回考えました!

 

「亀宮様が帰さないと思いますが……到着しましたわ」

 

 田舎の街並みが続く中、突然白く長い土塀が現れた。此処が東日本の霊能力関係者を束ねる御三家の一角、亀宮一族の本家だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 前回は亀宮さんに、今回は五十嵐さんに案内されて本家の敷居を跨いだ。流石に露骨な敵意の籠もった視線は送られないが、友好的な雰囲気は少ない。

 前回の大広間とは違うみたいで道順が違う、日本家屋の内部だが洋風の扉が続く。

 今回は滝沢さんや御手洗達は亀宮さんに同行してるし、佐和さん美乃さん姉妹も金沢区の風巻分家に詰めてるから仲間と呼べる知り合いは居ない。

 案内された部屋は十畳程の洋間でソファーセットが真ん中に鎮座している。

 

「よう参られた、榎本さん。まぁ座って下され」

 

「わざわざ時間を頂いて申し訳ないです、御隠居様」

 

 お互い社交辞令から入ったが交渉は既に始まっている。若宮の婆さんと風巻のオバサンが向かい側、僕の隣に五十嵐さんが座る。

 最初に時事ネタの会話をして様子を伺うが、若宮の婆さんから本題に入ってきた。

 

「今回の件は我等の方に非が有る、申し訳ない事をしたな」

 

 どっちとも取れる言葉だな、五十嵐一族の件か派閥争いに巻き込んだ件か……

 

「五十嵐さんの方は解決済みです。多少の遺恨は残るでしょうが問題無いでしょう」

 

「そう言って頂けると幸いです」

 

 僕の言葉に五十嵐さんも追従する、当主の交代に和解金まで貰ってるので僕としても文句は無い。

 僕等の言葉に若宮の婆さんの表情が、目が僅かに開いた。五十嵐さんの方って言葉に反応したんだろう。

 

「榎本さんの悪い噂を広めていた連中は私達の方で捜し出しておきました。処分は降格にする予定ですが、希望が有れば対応します」

 

 諜報部隊の長、風巻のオバサンがA4の紙を一枚差し出して来たが尻尾切りの一覧だろう。

 チラリと見るが知らない名前ばかりだ、本当に悪い噂を流したのか組織に不要と判断されたのか分からない。

 おっ、山名と五十嵐の名前が多いな……今回の騒動はやはり五十嵐一族の建て直しかな?

 


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