優先度が低かったメリッサ様に連絡を入れる、お互い社会人として昼間は働いているから携帯電話にメールした。
横須賀中央の事務所で風巻姉妹の調べてくれた資料を読んでいると直ぐにマナーモードの携帯電話がブルブルと震える、返信が来たみたいだ。
携帯電話を開いて内容を確認する。
『出来れば会って話したいです。時間が有ればセントクレア教会の方に来て欲しいです』
ふむ……電話では話せない内容なのか、単に時間が掛かるのかな?
だが、あのセントクレア教会は幼稚園も兼ねている為に小さなギャング達が多く、僕は肉体的・精神的に大いに疲労する事になる、特に高い高いしてクルクル回る順番待ちとか。
考えた末に園児達が帰って保母さんの仕事が終わった頃に訪ねる事にする、彼女と食事をしながら相談とか色んな意味で誤解を生み問題が発生しそうだからセントクレア教会を訪ねた方が良い。
メリッサ様と二人で食事したとか亀宮さんに知られたら、例え潔白でも……
『今日の夕方なら空いてます、六時過ぎにセントクレア教会にお邪魔すれば良いですか?』
直ぐにOKのメールが来たので、高梨修についての報告書だけコピーして渡す事にする。
奴はメリッサ様を利用して僕とセントクレア教会の秘密を探るつもりだ、早めに対策を講じないと面倒臭い事になるだろう。
インチキ記事に何を書かれるか分かったモンじゃない、「昼は保母さん夜はエクソシスト!」とか「武蔵坊弁慶の生まれ変わりは退魔師?」とか見出しを飾りそうだ。
◇◇◇◇◇◇
夕方六時過ぎにセントクレア教会を訪ねた。園児達の殆どは帰宅し親の迎えを待つ数人が遊戯室で保母さんと遊んでいる、どうやら僕には気付いていないみたいだ。
「今晩は、榎本さん」
「今晩は、メリッサ様」
少し疲れた感じのメリッサ様が正門前で出迎えてくれた、いや少しどころか大分疲れているみたいだ。肩を落とし目の下には薄らと隈が出来ているし大きくため息も……
「わざわざ済みません。園長室の方へ」
柳さんも一緒に相談するのか、あの腹黒婆さんが絡むとなれば油断出来ないな。
胡蝶さんに周囲の警戒を頼むが今回は特に何も無さそうで安心した。
気を引き締めて、メリッサ様に続き園長室に入る。 途中でモブシスターさん達が複雑な表情で僕達を見ているのが気になる、彼女達も僕が呼ばれた内容を知っているのだろう。
「お呼びして済みませんね」
「いえ、相談位なら大丈夫ですよ」
無表情の柳の婆さんが机に座り出迎えてくれた。勧められるままにソファーに座ると、直ぐに缶コーラと大判焼きが十個入った紙箱ごとテーブルに置かれる。
「いただきます」
匂いに負けて大判焼きを一つ頬張る、中はカスタードクリームだったが上手い。
「それで、話したい事とは何ですか?」
一つ目のカスタードクリームを食べ終わり二つ目に挑戦、次はチーズだったが此方は味は微妙だ。
「あのですね、真面目な話なんですよ?大判焼きを出したのは私達ですが、遠慮なくバクバク食べられては……」
「大丈夫、真面目に聞いてます」
二つ目を食べ終わりコーラで口の中の甘味を胃に流し込み真面目な顔をして、メリッサ様を見詰める。だが、ため息をつかれた……
「高梨修さんですが、やはり私達の裏の仕事が取材の目的でした」
「ええ、そうみたいですね。コレが彼の調査報告書です、全くメリッサ様を騙すとは許せない男ですね」
彼女は守銭奴みたいに振る舞うが、実際は子供好きで素直で騙されやすい単純な部分が有る。
基本的には善人だし、亀宮さんの喧嘩友達でもあるから僕としても嫌いじゃない。
坊主を度々教会に呼んで手伝わせるが、イベントの手伝い自体は実は嫌いじゃないんだよね。
「知ってたんですね?いえ、調べてくれてたんですね。これは……こんなに酷い男だったんですか?」
報告書を手に取り読み始めたが身体が震え始めた、騙されていた事を更に確認した為だろうか?
柳の婆さんは渋い顔をしているが特に何か言う事は無いみたいだな、後継者育成には結構スパルタなのかも。
「完全に利用する為にメリッサ様に近付いたのは間違い無いでしょう、姉の危機も奴にとっては飯のネタでしかなかった。渡りに船位に思っていたのかな……」
実の姉の苦境に余り危機感を感じていなかったし、もしかしたら心霊現象自体を信じていない可能性も有る。
何たって記事は全てガセだから本当の心霊体験をしてない可能性が高い、身を持って知っていたら霊能力者に対して不用意な接触はしないだろう。
変な力を持つ連中の機嫌を損ねたら何をされるか分からない怖さが有る筈だ。
「ふふふ、あの証言も嘘なのね……」
「証言、ですか?」
どうやら呼び出されたのは奴から動きが有ったみたいだ……落ち着く為にコーラを一口飲む、シュワシュワとした喉越しが気持ちを落ち着かせる。
「今日お呼びしたのは正式な謝罪と一応の経過報告です。
若宮の婆さんから苦情と警告を貰いましてね、亀宮の序列12席の榎本さんを変な事に巻き込むなと。随分と彼の一族から配慮されているんですね?」
若宮の婆さん、五十嵐一族の件のお詫びのつもりだろうか?だけど、この件の調査は若宮の婆さんからも依頼を請けている。
それも解約なのか、単純に柳の婆さんに釘を刺しただけか真意を確認しないと動けないぞ。
「その辺は気にしてませんよ。どちらにしても高梨修については対処が必要だった、雑誌に暴露されるのは都合が悪いですよね?お互いに……」
僕は心霊調査事務所の看板を掲げているが、内容が詐欺とか書かれたら大ダメージだ。
「アレについての対処は私に一任して下さい、神の怒りを知る事になるでしょう。経過報告ですが、事態は悪い方に進展しました。
美羽音が子供を連れて洋館から逃げ出しました、我々が保護してますが凄く怯えています。
美羽音も高梨修も同じ事を言っているのです。ピェール氏が二人居ると……」
二人居る?確かにピェール氏は何か原因を知っていると思っていた。
だが原因はあくまで洋館の方だと考えていたが、ピェール氏の方に原因が有ったのか?二人居る……偽物……まさかドッペルゲンガー?
「二人居るとは驚かされますね、兄弟や親戚で似てる人が居るとかでは?その根拠は何ですか?まさか二人並んで現れたとか?」
ドッペルゲンガーが本人に遭遇すると死んでしまうといわれている。
それに重複して存在を確認出来なければ二人居るって話にはならない、根拠が無ければ只の与太話だ。
アレ?メリッサ様の顔が真っ赤だけど何か恥ずかしい事を言ったかな、セクハラ紛いな内容では無かった筈だが?
「その……夜の夫婦の営みが……全く違うそうです」
「単に隠していた性的嗜好を曝け出しただけじゃないですか?」
急にコスプレさせるとかSMチックなプレイを強要するとか、若い嫁さんを貰ったなら男なら色々とやりたいプレイが有るだろう。
「違います!その……性感帯とか開発して知っているのに一から始める様な、全く別人の様な手順らしいのです。
全くセクハラですよ、こんな話をさせるなんて、榎本さんのバカァ!」
真っ赤になって怒鳴られたが、肌を重ねた男女だからこそ分かる違いだな。
それは信憑性が有るが、美羽音さんはそんな恥ずかしい事まで暴露して危険を知らせたのか、いや追い詰められているのか……
「高梨修の証言は?まさか実の姉の恥ずかしい話って訳じゃないよね?」
メリッサ様は「あの証言も嘘なのね」って言ったんだ、同じじゃないだろう。
「あの人は、ピェール氏が誰も居なかった洋館にいきなり現れて知らない内に消えたって言っていたわ。まるで霞の様に消えたって……」
他人の出入りを拒む洋館に一人か美羽音さんと一緒に居た所に現れて、何も言わずに消えたって事か。
確かに話に聞いたピェール氏の性格なら高梨修を追い出すか文句の一つも言うだろう。
「つまり人間じゃない、ドッペルゲンガーや生霊とかに会ったって言いたいのかな?凄く嘘っぽいな、美羽音さんの話に合わせて適当な事を言っているみたいだな」
美羽音さんと違い信憑性は低い、奴の証言は本当であっても考慮しない方が良いな。事件に食い込ませない方法で進めないと引っ掻き回されるぞ。
「そうですね、この事を話していた時は少し嬉しそうでしたよ。これで自分も関係者なんだぞ、みたいな事も言ってました」
当事者じゃなくて関係者って所に無責任さを感じてしまうな。だけど家出した美羽音さんを匿っている事は良いのだが、法的には良くないぞ。
経済的にも恵まれDV等の過失がピェール氏には無い、事が心霊現象絡みで理由が本人でなく偽物だからじゃ、美羽音さんの方に問題有りと思われる。
「美羽音さんを匿っていると言いましたね?世間一般的な事を考えれば、現段階でピェール氏に落ち度は無いですよ。
法的措置を取られた場合、此方が不利になります。匿ってる場所は高梨修も知ってるのかな?」
「美羽音を匿ってる場所は私と鶴子他の数人しか居ません。当然、高梨修には教えていませんよ」
一安心だが油断は出来ない、ピェール氏は美羽音さんが頼れるのはセントクレア教会しかないと知っているから調べるだろう。守りに回るのは良くないな……
「美羽音さんが頼れるのはセントクレア教会しかないとピェール氏は知っている。
興信所とか使われたら直ぐにバレますよ、母子を隠し通すのは無理が有ります」
完全に外界と接触を断つ事は共犯者が居ても難しい、それに僕達は疑われているからピンポイントで関係者を調べられたら終わりだ。
下手をすれば誘拐紛いな事をされたと言われても反論出来ないぞ。
「勿論です、この件については高梨修も含めて私達に任せて下さい」
そう言って、柳の婆さんは深々と頭を下げた。これ以上は僕を巻き込まないって事だと思うが、僕としては若宮の婆さんと話をしないと駄目だな。
このまま放置か関わらなければならないか今は判断出来ない。
「そうですか、分かりました。僕の方からも若宮の御隠居様には連絡を入れておきます。
参考までに聞かせて下さい、ピェール氏をどう対処しますか?」
偽物と騒いでも解決にはならない、祓うか倒すか……だが僕はピェール氏よりも洋館が気になって仕方ないんだ、霊感なのか分からないけど確信に近い思いが有る。
「気になりますか?最終的には私自身が直接対決するつもりですが、その前に身辺を再調査します」
「直接対決とは恐れ入ります。ですが、僕はピェール氏よりも洋館が気になって仕方ないのです。
あの洋館の違和感、ピントの合ってない感じは放置するには疑わし過ぎます」
すっかり温くなったコーラを飲み干して空缶をクシャクシャに握り潰す、ビー玉サイズも楽勝だ。
「ご忠告有り難う御座います。勿論、洋館についても調査しますよ。鶴子や、お詫びを兼ねて榎本さんと一緒に食事をして来なさい。
ビストロ・クーに予約を入れて有ります。榎本さん、鶴子を頼みます」
え?メリッサ様と夕食を共にだって?
「ええ、着替えて来ますから遊戯室で園児達と遊んでいて下さいね」
は?お迎え待ちの園児達と遊ぶの?
◇◇◇◇◇◇
僕が遊戯室に入ると退屈そうに積み木をしていた園児達が走り寄ってくる。
「わーい、マッスルおじさんだー!」
「オジサン、高い高いしてー!クルクル回ってー!」
結局、このチビッ子ギャング達の相手をするのか……
「お兄さんだよ、僕はお兄さん、分かるね?」
「マッスルサンタのオジサンだい!」
刷り込みって怖い、園児達の中では僕はイベント毎に呼ばれるマッスルなお手伝いのオジサンなのかも知れない、大変に不本意だが……
暫く後、タイミングの悪い事に園児達のお迎えに来た父兄達に着替えたメリッサ様と一緒に食事に行く姿を見られてしまった。