榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第227話

 風巻姉妹の報告を聞く為に横浜そごうの鰻専門店、竹葉亭を予約した。

 待ち合わせに間に合う様に早めに向かう、自宅から最寄りの京浜急行線の北久里浜駅から横浜駅迄は快速特急に乗れば約30分の旅だ。

 平日の昼前だからか乗客は中年女性が多い、買い物だろうか?

 何とか席が空いていたので大きな体を潜り込ませる、座れた事により鞄に入れていた「横浜開港今昔物語」を取り出して山手の洋館について復習する。

 関東大震災と第二次世界大戦の二つの災害を生き延びた山手の洋館は全盛時の5%にも満たない貴重な歴史的遺産だ。

 この本に掲載されている白黒写真に、あの洋館を見付けた時は驚いた。

 両隣の家は戦火で焼失したのか全く違う建物だが、あの洋館は当時のままの……

 いや、白黒写真だから外壁の色は分からないし家の周りの柵や庭木が微妙に違う気がする。

 柵はアイアンアートを施した鉄製だったが、写真のは木製みたいだ。車を停めるのに鉄柵をきにしていたので記憶に残っている。

 まぁ少し違和感は有るけど古い建物だし周りは改装とかしたのか、戦災で壊れて直したか?

 悩んでいると車内スピーカーから横浜駅到着の放送が聞こえてきた、随分長い間考え込んだみたいだ……

 

 電車を降りて京急横浜駅の上りホームに降り立つ、流石はターミナル駅だけあり乗降客が沢山居るな。

 人の流れに乗りながら中央改札口に向かい自動改札を通過する、精算手間が不要のPASMOって便利だ。

 改札口を抜けて左側、地下街ポルタ・横浜そごうに向かう……

 最近出来た地下街ポルタの入口のガラスのモニュメントを見ながらエスカレーターに乗る、ふむ……またテナントの入れ替えが有ったのか。

 天井から吊り下げられた販促ポスターには新しくOPENする店が紹介されている。

 

「ふーん、崎陽軒食堂が新装開店か……帰りに寄ろうかな」

 

 崎陽軒と言えば横浜の焼売の草分け的存在だ、地元のお土産としても有名だし横浜中華街で売ってる物より僕は好きだ。

 

「榎本さん、これから私達と鰻を食べに行くのですよね?」

 

「見慣れた巨体が立ち止まっているかと思えば、食べ過ぎですよ」

 

 風巻姉妹も同じ快速特急に乗っていたのか何時の間にか左右から笑いながら僕を見上げている。

 周りからは双子に見えるが、これは彼女達の霊能力により認識を阻害し微妙に姉妹をそっくりな双子として見せている。

 諜報部隊として身元の特定をされ難い稀有な能力だ。

 

「ん、崎陽軒の焼売が好きなんだよ。少し早いが店に行こうか」

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「「いただきます!」」

 

「コースだから最初から飛ばすと最後の鰻重が食べられなくなるよ」

 

 純和風の店内は落ち着いた内装でテーブルには季節の花を生けた一輪挿しがさり気なく季節感を出している。

 料理は最上級の松コース、懐石料理+鰻重であり最初は牛肉の佃煮・鮑の酒蒸し・鱸の昆布締めの三種盛りと食前酒の梅ワイン、別注文で頼んだローストビーフ握り寿司だ。

 

「はい、これが高梨修についての報告書よ」

 

 前菜を食べ尽くした後で佐和さんが紙の報告書を渡してくれた、もっともA4一枚だが……

 

「ん、有り難う。どれどれ……」

 

 高梨修、24歳独身。

 家族構成は両親と姉の四人家族、父方母方共に祖父母は既に他界しているのか……

 実家は横浜市緑区、今は中区に一人暮らしで現在付き合っている女性は居ない。

 

『何だか嫁の浮気相手の身上調査みたいだな』

 

『胡蝶さん、脅かさないで!それと変な事を言わないでよね、身辺調査の基本だよ。緑山小学校から神奈川大学卒業迄は特筆する事はないけど高校時代にホラー研究同好会、大学時代には廃墟探訪クラブね』

 

 ホラーはそのまま、廃墟探訪は心霊スポットの場合も多い。

 

「高梨修は高校時代からオカルト系にハマった口だな。でも高校時代の彼女の写真とか良く手に入れたね」

 

 この双子の情報収集能力には驚かされる事が多い、だが注釈に清楚系彼女はメンヘラで現在カルト系サークルに加入とか怖い。

 

「情報を故意に秘匿してない一般人の過去なんて一週間も有れば楽勝よ」

 

 良い笑顔で微笑まれてしまったが、大学卒業後が問題だ。

 

「卒業後、一年間は有名な投稿系怪奇現象ビデオのADのバイトをしているな。その後にポツポツとライター擬きの仕事をしている。

劇画カイザーナックルとか月刊心霊クラブね……どれも東○ポに近い根拠の薄い雑誌だよな、立ち読み程度には知ってるけどね」

 

「でも割と読者投票では人気が有るみたいなのよ。

特に自分がレポーターとして現地に行ってるから臨場感が有るからって……でも特集記事は全て嘘ばっかりよ」

 

 特集記事?A4の紙に目を戻せば……ああ、コレか。

 

「某神社の裏山に夥(おびただ)しい藁人形が?・廃墟ラブホのヤリ部屋に現れる女子高生幽霊・殺人現場トンネルの怪……どれも二番煎じ感が酷いな。

この話の裏も取ったんだ、危ない事は……」

 

「大丈夫です、私達は現地には行ってません。何故か若宮一族の実行部隊が協力してくれたんです」

 

 女性二人で怪しい場所に潜入したから叱ろうとしたが、御隠居の配下が手伝うだと?五十嵐一族の件の詫びのつもりかな?

 

「そうか……しかし報告はガセか。藁人形は自作自演、ヤリ部屋は暴走族の溜り場、唯一の殺人現場トンネルは既にお祓い済みで幽霊は居ないか……」

 

 なる程、奴の狙いは雑誌のネタだな。中途半端に自分のコーナーに人気が出てしまい本物の記事を載せたくなったとか……

 

「高梨修については分かったよ、美乃さんの洋館調査の方は……ってファイル分厚いな」

 

 高梨修の人生はA4一枚なのに洋館の方は3mmは有るな。

 

「うん、有り難う。冷める前に料理を食べようか」

 

 丁度良いタイミングで、鰻の白焼き・うな肝の串焼き・う巻きが運ばれて来たので食事を優先する。

 鰻の白焼きをワサビ醤油で食べながら報告書を読むが、此方は僕の調べた内容を更に細かく調べているな……

 

「この写真、コッチのと微妙に違うな」

 

「ああ、戦災で二階の一部を焼失したらしいの。その時に所有者が一緒に亡くなっているわ。洋館に関わる人物の死亡者一覧は別に纏めて有るよ」

 

 死者が原因の場合が殆どだから、誰が死んだかのリストは重要だ。

 

「コレか、結構多いな。自然死を含めても二十人以上か……コレは原因の特定には時間が掛かるかもしれない」

 

 長くなりそうな予感を振り払う様に、うな肝の串焼きを頬張る。

 

「有り難う、コレを調べれば調査の方針は決められるかな。後は食事を楽しもう」

 

 コレだけのデータが有れば調査方針は決められるし、高梨修については大した問題じゃないな。

 本当の霊障を身を持って味わって貰って、本物の霊能力者の怖さを実感させるか……

 人間は小物だったが、洋館は手強い感じだ、時間も有るしじっくりと調べるかな。

 丁度来たメインの鰻重の蓋を開けて芳ばしい鰻の匂いを胸一杯に吸い込んだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 平日の昼下がり、妖艶な美女を横須賀中央の事務所に招いた。

 彼女は一児の母だが、どう見ても二十代後半にしか見えない。

 若々しいが年上の姉さんで死者の霊をその身に宿す事が出来る凄腕の霊媒師だ。

 

「此方の事務所にお邪魔するのは初めてですわ」

 

 艶っぽく微笑みながら部屋に入ってくるので曖昧な笑みを浮かべてソファーに座る様に勧める、僕は彼女に苦手意識を持っているから……

 和服が異様に似合う日本美人には珈琲や紅茶より日本茶の方が似合うだろうと来客用の100g5000円の高級茶葉で遇す。

 お茶請けは「たねや」の草餅と塩大福だ。暫くはお茶を飲みお茶請けを食べながら他愛無い話題のやり取りを行う、日本人は直ぐに本題に入る事はしない。

 話題が途切れお互いお茶を飲んで無言の時間が出来た後、漸く本題に入る。

 

「犬飼一族の霊的遺産の件ですが、全て終えて来ました……」

 

 視線は手に持つ湯呑みを見ながら淡々と言う。

 

「ご無事で何よりです……残された方々は、どうするのでしょうか?」

 

 視線を湯呑みから彼女に向ければ、真っ直ぐな瞳と重なる。嘘を言う訳にはいかない、彼女には全てを話さなければ駄目だ……いや、一部は隠すが。

 

「あの当主殿は僕が行く前に単独で試練に挑み亡くなったよ。

他の連中は、あの場所に留まり最後を迎えたいそうだ。幸いと言って良いか疑問だが金銭的な貯えは有るそうだから静かに余生を過ごせるだろう」

 

 現金に変わる遺産については正当後継者である小笠原母娘が放棄したのだから、残された彼等が相続するのが良いだろう。

 あの当主殿は悪食達に食われて跡形も無いから、精々が家出か失踪扱いだけど警察には通報しないだろうな。

 

「何から何まで有り難う御座いました。大婆様もお祖母様も安心している事でしょう」

 

 寂しげに微笑まれてしまったが、ロリコン故に精神的ダメージは少ない。

 だが人としての感情は別だ、確かに僕は彼女が苦手だが好きか嫌いかなら好きなので……

 

「そうですね。お祖母様は多岐さんという名前ですか?」

 

「あら?お祖母様の名前を教えてましたかしら?」

 

 首を傾げて考え込む仕草は無防備で幼い感じで、他の男ならクラクラするだろうな。

 うん、僕は申し訳なさと保護欲くらいで情欲は湧かないや……

 犬飼多岐、つまり指輪の裏側に刻まれたT・Iは多岐・犬飼で間違いなさそうかな?

 

「魅鈴さんにコレを……」

 

 懐から箱に入れた指輪を取り出してテーブルの上に置く、適当な箱が無かったので僕のネクタイピンを入れていた箱で申し訳ないのだが剥き身よりはマシだろう。

 

「これは?こっ、コレをこの指輪を私に?」

 

 凄く驚いているが、もしかして彼女はこの指輪に見覚えが有ったのかな?

 嬉しそうに箱から取り出して左手の薬指に嵌めたけど……ん、左手の薬指?祖母の遺品を何故そこに嵌めるんだ?

 

「慎んでお受け致します……」

 

 居住まいを正して深々と頭を下げたままの彼女を見て大量のハテナマークが頭の中を埋め尽くす、遺品を受け取ってくれたけど大袈裟じゃないかな?

 顔を上げたら涙ぐんでるし……

 

「(祖母の遺品が)そんなに嬉しかったんですか?」

 

「はい、榎本さんが私を選んでくれた事が、凄く嬉しくて……」

 

 ハンカチで目尻を押さえて艶然と微笑まれたが、祖母の遺品を静願ちゃんに渡すのはどうなのかな?

 

「静願ちゃんでも良かったのかな?いや、彼女にはコッチ(霊具)の指輪を渡すから……」

 

 霊力を底上げする指輪だけど、犬飼一族の血を引く静願ちゃんなら効果が有ると思うんだ。

 霊媒師の魅鈴さんは霊力の底上げの必要性は低いと思うし……

 

「まぁ?母娘丼をお望みですの?私は良いのですが、娘は……静願には……」

 

 ん?母娘丼?彼女は何を言ってるんだ?潤んだ瞳を向ける魅鈴さんを訝しげに見詰める。

 

『正明、男が女に指輪を贈る意味を考えろ。求婚と思われても仕方ないだろう?

しかも母娘丼を容認する感じだぞ。良かったではないか、大満足だな』

 

『あー、確かに誤解されても仕方ないのか?』

 

 自分の発言と行動を振り替える。魅鈴さんにコレをと言って指輪を差し出す、彼女はソレを嬉しそうに受け取る……

 うーん、どうなんだろ?

 

「魅鈴さん、誤解が有るなら謝りますが指輪は犬飼本家で見付けたお祖母様の……犬飼多岐さんの遺品と思われます。

静願ちゃんに渡そうと思ったのは試練で手に入れた霊力を底上げする術具の指輪の事です」

 

 そう言って懐から、此方は剥き出しの指輪を二つ取り出してテーブルの上に乗せる。

 

「誤解……なんですか?そんな、女心を弄ぶなんて酷いですわ!好意を抱く相手から指輪を贈られれば求婚だと思います」

 

 本気で拗ねる彼女の機嫌を回復する為に幾つかのお願いをされてしまった。いや、コレって僕が悪いのか?悪いんだろうな……

 可愛く怒る魅鈴さんの機嫌を回復する為に、静願ちゃんも含めて週末に出掛ける事になってしまった。

 


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