榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第224話

 七ノ倉の試練、それは四体の宿し虫と言う妖(あやかし)だった。

 倒せば使役出来たらしいが拘束する条件が分からないし、とても信用出来ないから胡蝶の贄にした。

 悪食の場合は胡蝶が力を使って支配下に置いたから安心だったが、アレは口で言ってただけだったし……

 何より現代でアレを使役して何か出来るのか?対人戦では使えるかも知れないが、僕の除霊スタイルじゃ難しい。

 霊能力業界内で有名な使役霊や霊獣は亀ちゃんを筆頭に何人?何体?か居る。

 犬飼一族の畜生霊の他に人の霊を操る奴等も居るから、業界内では問題は無いのかもしれないけど、アレを四体も自分の周辺に侍らせるのは嫌だ。

 

 いや、拠点防御なら使えたのかな?三浦市の隠れ家とか留守にしがちな場所に配置しておけば……

 いや、泥棒とかを殺して問題になりそうだから無理だな、手加減とか覚えられるか分からないし。

 過ぎた事だから忘れよう、どの道見た目で無理だったから。

 

「胡蝶さん、この組紐から霊力を感じるけど何なんだろう?」

 

 熱心に手紙を読む胡蝶さんに聞いてみる。開けた扉から差し込む光しか無いのに、良くあんなにウネウネした細かい文字が読めるよな。

 八ノ倉の、最後の試練の内容の他にも何か書いて有るのかな?

 

「ん?この組紐か……多分だが霊力封じだろう。巻くか結わえば対象の霊力を抑える事が出来るぞ。抑えられる力は、まぁまぁだな。

多分だが認識阻害に、この組紐は関係してそうだな。どうやって設置してあったのだ?」

 

 手紙を床に捨てて組紐を受け取り引っ張ったり振ったりして調べているが、そんな調べ方で分かるのか?

 

「さぁ?悪食の眷属が持ってきたから……」

 

 凄い変な顔の胡蝶さん、もしかして結び方とか置き方で効力を発揮するタイプだったのかな?

 組紐はそれなりに効果が高いのか、自分の手首に巻いて霊力の抑えられる量を調べた後で僕に放って寄越した。

 受け取って丸めてジップロックに入れて胸ポケットへしまう。御札とかと一緒にすると駄目かもしれないし……

 

「まぁ良い。この箱だが特に罠や仕掛けも無さそうだ。早速開けてみるぞ」

 

 ペタペタと箱を触って調べていた胡蝶が小さい鍵を鍵穴に入れて右に回したら、ガチャリと小さな金属音が聞こえた。

 蓋は丁板が有り上に開けるオーソドックスな宝箱タイプだな。大きさは段ボールの20㎏サイズ位だ。

 イメージは良くドラゴンなクエストで主人公が調べ捲るアレだ!

 開かれた箱の中を覗き込むと、短冊形の銅板が四枚並べられている。

 表面には梵字が書かれていて他で見付けた紙の御札とは一線を画しているな。

 

 胡蝶さんも真剣に眺めているし……

 

「正明、手紙に書かれていたのは宿し虫達の支配の仕方だ。戦って負けを認めさせてから、この銅板で契約を結ぶらしい」

 

 宿し虫は四体全て胡蝶が食べたから……

 

「無駄骨だな、だが妖(あやかし)との契約の結び方は覚えたし触媒の銅板も手に入れた。次に妖(あやかし)が現れたら捕まえてみようぞ」

 

 いや、そんなにポンポン妖(あやかし)なんて出ないって。ヤル気満々な胡蝶さんを見て小さくため息をつく、つまりこの後で妖(あやかし)探しをするかもしれないな……

 御札類は種類別にジップロックにいれて銅板は紙で一枚ずつ包んでから同様にジップロックにしまう。

 手紙も一応持ち帰る、これを見られたら今回の試練で得たモノを推測されそうだし……

 

「正明、最後の試練は我だけで行くぞ。正明は入口で見張ってるのだ」

 

「それは……いや、そうだね。無理に良い格好する必要は無いんだよな。それが確実な方法か。でも胡蝶は最後の相手の予想はついているんだろ?」

 

「ああ、畜生霊と書いてあるが犬神クラスだな。犬は忠義が厚く一途な場合が多い、果たして初代に仕えし忠犬が新しい主を認めるかが疑問だ。

高い条件を出す場合も多い。単に倒せば良いなどは有り得ないだろう」

 

 ああ、忠犬か……

 

 高位の霊はプライドも高いだろうから損得や力の有る無しじゃ仕えてはくれないだろうな。味方に引き込めば最高だが中途半端な対応だと逆襲される可能性が高いのか?

 

「前に倒した丹波の尾黒狐クラスかな?」

 

「それ位は予想に難しく無いぞ」

 

 丹波の尾黒狐の時も僕は傍観してたな。確かに下手に手伝うと足を引っ張るだけだ。悔しいが最後の試練は胡蝶だけに頼むか……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 犬飼一族最後の試練。

 

 初代が使役した犬神と戦い己を新しい主と認めさせる事。だが僕は最初から放棄して胡蝶に丸投げする事にした。

 畜生霊とは言え神に準ずる力を持つ相手に対して、安っぽい意地や見栄で自分を危険に晒すのを避けた。

 端から見れば敵前逃亡だが、その通りだから反論はしない。

 

「胡蝶、頼むよ。はい、八ノ倉の鍵と……無理しないでくれよ」

 

 八ノ倉の鍵を胡蝶の小さな掌に乗せる、擬態とは言え見た目は完全な人間だ、あの宿し虫の様な中途半端さは無い。

 

「我が負けると思うか?それよりも本当に食う事を前提で良いのだな?使役出来れば……」

 

 手を包み込む様に鍵を渡すが、放さずにそのままだ。

 

「いや、胡蝶が一番大事だから……変な欲を考えずに最初から食うつもりで戦ってくれ」

 

 軽く抱き締めてから小さな背中を軽く叩く。端から見たら美幼女に抱き付く変態中年だろうか?

 周りの気配を探って人が居ないのは確認してるが、良く考えると恥ずかしいぞ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「さてと、愛しい下僕の為にも頑張らねばな」

 

 正明は我との盟約を交わした初代とは似ても似つかないのに、何故か立ち振舞いが重なるのだ。

 700年も前の記憶なのに鮮明に蘇る……我も盟約とは言え代々契約者を変えてきた。

 だが、700年で魂を交えても良いと思ったのは初代とお前の二人だけだ。

 

「正明、お前が死ねば我も死ぬ。我が死んでも正明は死ぬ。だが、それで良い、それが良いのだ……」

 

 扉の錠前に鍵を差し込み回す。ガチャリとした金属音を立てて閂が外れる。

 両手でユックリと扉を開け放せば、倉の中心に座る犬が居た。狛犬みたいな外観だが、その目には知性の光が有る。

 強敵だ、本能だけじゃない理論的に考えて行動出来るか?

 

「ようこそ、最後の試練へ到達せし者よ。む、貴様は妖(あやかし)の類か?

この試練に挑みし者は誰だ、まさか逃げたか隠れているのか?とんだ臆病者だな」

 

 犬畜生の分際で無礼な言葉使いだな。

 

「我の愛しき下僕には会わせられぬ。貴様は我の贄となり、我と正明の為に礎(いしずえ)となるのだ!」

 

 一瞬惚けた顔をしたが犬歯を剥き出しにして笑ったな。

 

「笑わせるわ、小娘。妖(あやかし)のくせに情にほだされたか?」

 

「問答無用、食ろうてやるわ!」

 

 擬態の皮を裏返し我本来の姿を現す!我は和邇(わに)一族の姫だったが外法により人神に作り替えられた存在。

 人で有りながら厄災を司る偽神が我よ!鰐(わに)の姿になった時に本来の力を全て使えるのだ。

 

「貴様は……諏訪の和邇か?何故、貴様が?」

 

 懐かしい名前だな、我を諏訪の和邇と呼ぶのは700年前の、あの事を知る連中のみのはずだが……

 

「グゲッ、グゲゲゲ……我ヲ知ッテルノカ?ダガ、貴様ハ我ノ餌デシカナイノダ」

 

 問答無用と言ったので奴を食らう為に飛び掛かる。

 

「待て!貴様と、いや和邇殿と戦うつもりは無い」

 

 避けられた!流石は犬か、チョコマカと機敏に動く。

 

「ウケケケケェー!流石ハ犬ヨ、良ク動ク」

 

 だが狭い倉の中で何時まで逃げ切れるかな?

 

「ぬう、本当に問答無用とは……待て待て、我も和邇殿の主に仕えようぞ」

 

 今更だな、不安要素を抱える訳にはいかぬ。正明は我だけで良いと言った、ならば他の妖(あやかし)など不要!

 

「要ラヌ、我ノ愛シイ下僕ハ貴様ヲ必要トシナイ。例エ力ガ欲シクテモ、妖は要ラヌノダ!」

 

 続け様に齧(かじ)ろうとするが巧みに避けられた。むぅ、やはり素早さでは勝てぬか……

 

「そんな馬鹿な……なら何故、この試練を受けたのだ?力が欲しかったのだろう?」

 

 確かに試練を受けたのは力の底上げが目的だったが、もう必要はないな。だから……

 

「戯(たわむ)レダ!」

 

「何だと?」

 

 奴の顔が歪むのを見ながら全ての力を解放する。加茂宮の三人を食べた事により我の力は三割は増えているのだ!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「正明、犬神は食った、もう入って良いぞ」

 

 15分ほど待たされたが、漸く声が掛かった。一応用心しながら倉の中に入る。

 

「何か会話が弾んでなかったかい?」

 

 壁や床が破損している、待ってる間も音が凄かったからな。だが試練で用意された妖(あやかし)は基本的に倉から出て来なかった。

 300年間も倉の中に縛り付ける事が出来る何かが有ったんだろうが、回収した御札なのか倉自体に仕掛けが有るのかは謎のままだね。

 

「ん?いや、我の過去を知っていたのでな。食えて良かったぞ……」

 

 過去をか……諏訪の和邇殿と呼んでたな。胡蝶に隠れて調べるのは事実上不可能だし、教えてくれるまで待つしかないか……

 

「それで、最後の試練のお宝は何かな?パッと見では何もないけど……」

 

 倉の中は所々壊れているが、文机も箱も無いな。懐中電灯で天井も照らして見るが、本当に何も無い。

 見付けたのは壁に貼って有った御札だけだ。悪食の眷属にも調べて貰ったが結果は同じだ。

 

「一番のお宝たる犬神は胡蝶の腹の中か……でも幾つか使えそうな霊具と御札に式神札、それに悪食を得たから成功だな」

 

 一ノ倉、悪食+黒い眷属多数。

 

 二ノ倉、僕には使っても効果の薄い指輪と結界札四枚。

 

 三ノ倉、僕には使えない大量の式の札。

 

 四ノ倉、竹か木で出来た高級扇子、多分だが霊具。

 

 五ノ倉、白装束にザンバラ髪の妖(あやかし)、最初は首吊り死体みたいだった。五十嵐一族の土井と楠木から奪った拳銃一丁。

 

 六ノ倉、霊力を雷に変換出来る水晶の勾玉三個、御札四枚それに毒矢が三本。

 

 七ノ倉、妖(あやかし)宿し虫四体、結界札八枚に劣化防止札四枚、認識阻害の組紐と眷属を造る際に使える短冊形の銅板四枚。

 

 八ノ倉、妖(あやかし)、狛犬らしかったが、胡蝶が食べてしまった。

 

 うーん、悪食と勾玉は即使えるが他は微妙だな。特に大量の御札関係は専門知識が無いと何とも言えないし……

 残りの霊具も効果が分からなかったり微妙だったり。

 これは犬飼一族の血を引く小笠原さん達に渡した方が有効に使ってくれるかも知れないな、元々彼女の一族の遺産だし。

 一通り八ノ倉から二ノ倉までを再度確認してから屋敷に向かう。太陽は未だ高い、時間にしても三時位かな?

 石畳を歩いて玄関に向かうと五十嵐さん達の車が減っている。

 犬飼一族との話し合いは続いているみたいだが、実行部隊が昏倒させた連中と死んだ二人を回収して行ったのか……

 周辺で術者の気配が減ったから分かるのだが、未だ御隠居と五十嵐巴さんと東海林さん他が残ってるな。

 玄関扉を開けて中に入ると、今度は犬飼の爺さんが出て来た。

 

「全ての倉の試練を終えたみたいですな。おめでとう、我々の未練も無くなりました」

 

「お世話になりました、もう此処に来る事は無いと思います。お元気で、他の皆さんにも宜しく伝えて下さい」

 

 ペコリと頭を下げる、思えば爺さん達はコレからどうするのかな?僕が見た連中は全員が60歳以上だったと思う。

 大婆さんが亡くなり後継者のオッサンは一ノ倉で悪食に食われた。

 

「ええ、我々は此処で朽ちるまで居ます。幸い資産はソコソコ有りますので気にしないで下され。では……」

 

 アッサリし過ぎて拍子抜けしたが、これで試練も終わりだ。今夜は祝杯を上げて、明日の朝一番で帰ろう。レンタカーに向かう途中で一度だけ屋敷を振り替える。

 

 西日に当てられた屋敷は妙に淋しそうだった……

 


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