榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第222話

 何故か五十嵐巴さんと東海林さんと食事に行く流れになった。

 車は黒のベンツだが、コテコテの金持ち車だから注目を浴びるんだよね……

 お嬢様が食べるならば個人経営っぽい中華食堂は却下、ファミレスだって微妙な線だ。

 

 僕のラーメンライスに餃子の夢は潰えたか。

 

 東海林さんに運転を任せて後部座席に並んで座る、やっぱり落ち着かない。

 窓の外を見れば未だ緑が沢山見えるが、もう少し走れば麓なので農村風景が見えるだろう。

 携帯電話を取出し周辺のグルメ情報を検索、クチコミ情報をチェックする。

 

「行く宛てが有るなら良いのですが、無ければ幾つか候補が有りますよ」

 

「行った事は有りませんが、行きに見掛けたレストランが近くに有りましたよ。確か……手打ち蕎麦の藪蓑(やぶみの)でしたか」

 

 藪蓑(やぶみの)か……確かにデカい看板が道路添いに有ったな。名前を入れて検索するが、クチコミ評価が平均3.2と低いな。

 

 クチコミ内容を読めば……

 

『食事処で禁煙と喫煙を分けてない。蕎麦は二八で普通だが汁が薄くパンチが無い。

天麩羅も田舎を意識してか山菜が多いが、熱々が出て来ない』

 

 うん、僕も嫌煙家じゃないけど物を食べてる脇で煙草を吸われるのは嫌だな。

 

『観光地の高くて不味い店だ、もう行く事は無いな』

 

 却下だな、他を探そう。

 

「榎本さん、意外に携帯を活用してるんですね。私、スマホに替えてから操作が慣れなくて……」

 

 控え目に僕の手元を覗いてくる彼女に、初期の頃の桜岡さんや亀宮さんを思い出す。

 今では腕を組む位に密着してくるんだよな、気を許してくれているのは嬉しいが生々しい胸のボリュームが苦手なんだ。

 

「手っ取り早い情報収集の方法ですからね。勿論全てを信じませんが方針を決める手助けにはなります。

例えば藪蓑(やぶみの)ですが非常に評価が低い。だから他を探してます。例えば……この店とかどうですか?」

 

 携帯電話の画面を彼女に見える様に向ける。

 

「田舎レストラン田吾作ですか?面白い名前ですね」

 

 クスクス笑う表情は随時と幼く無防備だ。

 

「流行りの無農薬野菜に養殖のヤマメやイワナ、珍しい猪肉や鹿肉も食べさせてくれますよ。午後に備えてガッツリ食べたいんですよ」

 

 先ずは腹ごしらえが大切だからね。

 

「分かりましたわ。東海林さん、田舎レストラン田吾作です、カーナビに入力して下さい」

 

 彼女がカーナビ入力してる間に僕は予約を入れる為に電話を掛ける。そんなに時間は無いから待つのは嫌だし……

 

『はい、田舎レストラン田吾作です』

 

「すみません、これから三人入れますか?出来れば個室が有れば……」

 

 残念ながら個室は無いが、お座敷は屏風で他席からは仕切られているらしい。

 取り敢えず要予約の鹿肉の刺身、それと牡丹鍋を頼んでおいた。

 鹿肉を生の刺身で食べさせる店は少ない、もしかしたら関係者が猟師かも知れないな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「女性陣二人には陣屋御膳を僕は田舎おにぎり定食を三つ、飲み物は烏龍茶をピッチャーで、それと予約していた牡丹鍋と鹿肉の刺身を三人前、急いでね」

 

 国道から少し脇道に入った所に田舎レストラン田吾作は有った。

 合掌造りで屋根は銅板、緑青(ろくしょう)色に錆びていて一見神社みたいな外観だが築年数は余り経ってないな。 

 案内されたのは屏風で仕切られた掘り炬燵の座敷だが六人座っても余裕が有りそうだ。

 当然だが五十嵐さんと東海林さんが並んで向かい側に座る。

 

「あの、沢山お食べになるのですね。聞いていましたが三人前って、おにぎりが九個ですよ」

 

「写真で見ると牡丹鍋ってボリュームが凄いが私も巴様も一般的には少食の部類なんだが……」

 

 食べ切れないと心配しているのだろうか?

 

「ん、平気だよ。僕は食べ物で霊力を補充してるから。それに残り二つの試練が本番だ、最初の六つは小手調べにもならない」

 

 店員さんが烏龍茶と鹿肉の刺身、それと各定食に付く山菜天麩羅と苳味噌を持って来た。赤身の刺身は臭みを消す為に生姜醤油で食べる。

 

「あの妖(あやかし)がですか?アレは五十嵐一族の実行部隊が総出で当たるランクですよ。私の浄火札をモノともしなかった」

 

 鹿肉の刺身はマッタリとしてコクが有って旨いな。キンキンに冷えた麦酒が飲みたい。

 東海林さんへの説明が面倒臭いので例の手紙を渡す、陰陽師なら古文位は読めるだろう。 

 彼女が手紙を読んでる間に牡丹鍋の準備が整った、ガスコンロが設置され鍋が火に掛けられる。

 牡丹鍋は既に完成品を温めながら食べる方式だ。

 

 五十嵐さんが取り皿によそってくれる、大盛りだ!

 

「成る程……確かに残り二つが本命ですね。やはり300年も前に、あの倉は造られたのね。300年も前に……」

 

 タンポポの天麩羅って初めて食べたな、他には芹(せり)・奈瑞菜(なずな)・ウド・茗荷(みょうが)に蕗の薹(ふきのとう)か……

 収穫時期がバラバラなのは保存してるのか?メインの料理が並ばれて行く。

 陣屋御膳はヤマメの刺身と焼き物、僕は当然おにぎりだ。具材は苳味噌・梅干し・高菜漬けかな。

 

「嘘ですよ、一ノ倉の試練だって過去に亀宮様が挑んで逃げ出したと聞きます。そんなレベルが小手調べなんて……」

 

 よそって貰った牡丹鍋を食べる。猪の肉は白身が少なくヘルシーだが多少の臭みが有るな、味噌で消していて気にならない程度だけど。

 

「勿論準備万端で挑みますよ。六ノ倉で苦戦しなかったなら僕の力でも十分通用するのでしょう。大丈夫だと思います」

 

「大丈夫って……そうですね、榎本さんの未来は自動書記で今回無事に試練を達成したと出てました。でも心配位はさせて下さい」

 

 ん?僕の未来を見ただと?アレ?未来予知って秘密が多い僕にはヤバくね?

 

「ふーん、自動書記って何処まで分かるの?前に聞いたのは試練は三つ、そして黒だったよね」

 

 鹿肉の刺身を食べながら、さり気なく聞いてみる。詳細まで分かるのか、大筋だけなのか、映像なのか、文字だけなのか……

 自動書記って位だから文字だけと思うけど、それも嘘かもしれない。

 

「えっと、その……アレです。当然にですね、こう何かが降りてくる気がする時に筆を持つと……サラサラって書けるんです」

 

「巴様は人前では無理だし狙って未来を予知も出来ないのだ。大体三割位で五十嵐一族に関する事を予知している」

 

 吃(ども)る五十嵐さんに淀(よど)み無く答える東海林さん。だが怪しい、特に人前では駄目って所が。

 現実的に予知した内容は正しいのだが方法が特定出来ないんだよね。

 

「ふーん、そうなんだ。あと30分位で出発しようか?此処は良質の葛(くず)が採れるらしいから、デザートに葛切り頼もうか?」

 

 深入りは危険だな、この話題は止めよう。予知は五十嵐一族の根幹らしいし、無用な詮索は双方に良くない。

 東海林さんが警戒してるのが分かり易いし……

 

「あの……榎本さんは予知とか気になりませんか?」

 

「うん、余り気にならないかな。確かに何が起こるのか分かるのは大きなアドバンテージだよ。

でも例えば野球で打者に『次に外角高めのストレート150㎞です』っていわれても基本的な能力が無ければ対処出来ないでしょ?

まぁ極論だけど自分で何とかすれば良いじゃん、それが普通なんだし」

 

 これは半分嘘だ、未来予知は凄い能力だ。何たって先に情報を得られたら準備が出来るからね。

 さっきの言葉も事前に知ってれば打てる打者を用意すれば良いんだ。

 

「私は、この能力を得てから他人は誰も私を利用しようと考えていると思ってしまいました。実際に襲われた事も有ります。

でも真正面から要らないと言われたのは初めてで新鮮ですね。榎本さんの前では私は自意識過剰みたいだわ」

 

「いえ、巴様の御力は素晴らしいのです!五十嵐一族には何代かおきに、色々な方法で未来を知る事が出来る当主が現れるのです」

 

 やはり一族の特質みたいな物か、そして一族の連中はその力を信奉しているっぽい。

 だが使い方がイマイチなのか、そこまで有効じゃないのか……ガッツリ未来が予知出来るなら、五十嵐一族はもっと勢力を伸ばせるんじゃないのかな?

 曖昧な笑みを浮かべて東海林さんの熱弁を聞き流す。

 多分だが自動書記は嘘で何かしらの方法で未来を予知しているが、精度は低そうだ、彼女が一族の捨て駒を助け切れなかった事で分かる。

 

「そろそろデザートを頼みましょうか?」

 

 テーブルの上の料理が粗方無くなった頃に声を掛けて呼出しベルを押す。直ぐに店員さんが現れて注文を聞いて空の皿を片付けてくれる。

 

「榎本さんの御札ですが、見せては貰えませんか?いえ、良ければ譲って下さい!百万円、いや三百万円払います」

 

 凄い真剣だけど失われた技法って凄い価値が有るんだろうな、今なら独占出来るんだから。

 胡蝶も言っていたが解析しなきゃ駄目らしいし、それが出来ると見るべきか……

 

『胡蝶さん、彼女って有能なのかな?霊力はそれなりに感じ取れるけど……』

 

『む、そうだな……霊力は並みだが体中に仕込んだ札からは強い力を感じる。

左右の袖の中、腰と両足太股に束ねた札を感じるぞ。後は鞄の中に大量に入ってるな。あとは……ふむ、櫛にも札を仕込んでるのか』

 

 個人の霊力だけが強さじゃないのは当たり前だ、本当の強者とは知識や創意工夫も必要だよな。

 

『あの御札を渡しても問題無いかな?僕等に不利にならないかな?』

 

『アレは現状維持の効力っぽいからな。直接的な戦力にはなるまいが需要は高いだろう』

 

 確かに霊的な劣化を抑えられるのはデカい。ある意味霊具を沢山保管している連中には喉から手が出る程欲しいだろう。

 

「分かりました、五百万円でどうですか?それ以上は時間を下さい」

 

「どうして、この御札にそこまで拘るんですか?」

 

 グッと何かを飲み込む様な表情になったな。需要が有るから儲かるとは言えないかな?

 

「私も陰陽師として一流派の長をしています。陰陽師として失われた技術を蘇らせるのは……いえ、保管系の御札は種類も少なく効果も低い。

だから需要が有るのです、それを解析し複製出来れば巨大な利益を生むでしょう。少なくとも300年前の失われた技術ならば喉から手が出る程欲しいのです」

 

 ぶっちゃけたぞ、清々しい位に儲かるって!いや、陰陽師としても過去の技術は復元したいって事も大きいのか……

 

「うーん、自分で調べてからでも良いですか?陰陽師の技術、特に御札には興味がありまして……これから学ぼうと思ってるんですよ」

 

 四枚有る内の一枚しか渡さないつもりだが、効果を発揮するには配置とかも関係してると思う。それとも単純に四方に貼れば良いのか?

 

「すみません、榎本さん。

東海林さんは陰陽師の神陽(しんよう)流派、陽香(ようか)家の長なのです。なので、その手の話をすると止まらないので……」

 

 前に彼女を幸薄い感じと評した人が居たけど、それに苦労人って足した方が良いだろう。

 

「一から学ぶと言われても既に自分の除霊スタイルを構築されてる方には厳しいと思いますよ。誰か師事する宛てが有るのですか?」

 

 師事か、手っ取り早く彼女に師事すると上下関係が発生して面倒臭いかな?面倒臭いだろうな?

 彼女は言葉こそ平坦だが表情は真剣だ、これは師事すれば此方の情報を根こそぎ狙ってくるだろう。

 倉が沢山有るのに御札が手持ちの四枚とは思ってないな。あの大量の式神札を見たら発狂するかも……

 

 失敗した、このタイミングで陰陽師の御札に興味が有るとか言えば、試練で使えそうな御札を大量に手に入れたから自分が使いたいと考えられる。

 全く僕って奴は呆れる位にウッカリだよな。東海林さん、完全に僕(の手に入れた御札)にロックオン状態だ。

 

「ええ、まぁ……それなりに考えてますから大丈夫です。はははは、そろそろ行きましょうか?」

 

 


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