第217話
「初音様、私は次期当主として一族から死人を出したくないのです。力を貸して下さい」
一族に危害が加わるのを承知する事は出来ない。確かに甘いし偽善かも知れないけど、組織のトップに立つならば配下を守るのは正しい事だと思う。
理想論でしかないが、最初から諦めては駄目。
「巴、無駄だぞ。あの者達では到底勝てる相手ではない。ましてや止めるなどと甘い事を……」
凄く辛そうな顔の初音様の両肩を掴んで懇願する。初音様は触る事が出来るのだ、フワフワだけど。
何としても土井達が榎本さんを襲うのを止めたい。止められれば彼等が死ぬ事は無いのだから……
確かに私を手込めにしようと計画した嫌な者達だが、五十嵐一族の繁栄の為には不要だからと殺すのは反対だ。
そんな恐怖支配じゃ下は付いて来ないわ。
「初音様、榎本さんの未来が分からないなら土井達の未来を予知して下さい。襲撃の時間や場所が分かれば、先回りして止められます」
榎本さん本人は強い加護が有り未来が見えなくても、土井達なら或いは……私の懇願に溜め息をついて肩をガックリと落とす初音様。
そんなに嫌なのかしら?
「分かった、もう一度見てみるが期待はするな。アレに関わる連中の未来も靄(もや)が掛かって見える筈だ。未来とは色々な事が絡み合っているからな」
初音様が空中で胡坐をかいて印を結びながら呪文を唱えている。でも今回は直ぐに終わったわね、榎本さんの未来を予知する時は大分掛かったのに……
「巴、奴等の未来が見えたぞ。馬鹿な二人は自分の子飼いの連中まで呼んでいる。襲撃は明日だが時間は不明。
場所は犬飼の試練の倉だと思うぞ。だが良く見えなかったが、確かに殺されるのだが……榎本殿じゃなかった。
もっと邪悪なナニかに襲われていた。ナンだあれは?榎本殿に憑いている存在じゃなかったぞ」
榎本さんでも憑いている存在でも無い邪悪なナニか?
「他の襲撃者か榎本さんの関係者?それでも土井達は殺されるのね。
榎本さんは明日からは目一杯時間を使って試練に挑むと言ってたわ。
つまり早朝から犬飼一族の本拠地を張ってれば、嫌でも土井達に会えるわね。逆に今は何処に居るか分からない」
犬飼一族は山名一族と繋がりが会った筈だから、本家に問い合わせれば教えてくれる。
またはお婆様なら知っているかも……
「巴よ、無理をするでないぞ。五十嵐一族にとって、どちらが大切か分からぬお前ではあるまい?時には切り捨ても必要じゃぞ」
初音様の言っている意味は十分に分かってるわ。それ位、私だって分かってるわよ!
言い返したいけど、自分が理想を振りかざす子供だと思われそうだから止めたわ。
だけど表情で伝わってしまったのか、初音様は深い深い溜め息をついていた……
◇◇◇◇◇◇
「巴、待たせたな。で、土井達の行方は分かったのかい?」
あれから三時間と経たずにお婆様は私の滞在するホテルまで来た。千葉から東京に出て新幹線に乗ったにしても早い。
お婆様の腹心の芝塚と東海林の二人だけを連れての強行軍だったのだろう、少しだけ疲れが見える。
芝塚と東海林の二人は五十嵐一族で上位の霊能力を持つ女性。芝塚は神道系、東海林は陰陽道を得意とする。
二人共に三十路を過ぎているが現役だわ。
「いえ、ホテルの部屋には戻らず携帯電話も不通です。ですが私の自動書記では犬飼一族の試練の場所に現れると……
お婆様、犬飼一族の本拠地は分かりますか?」
今回は自動書記も髄分とピンポイントになってしまったわ。普段なら幾つかの不要な情報の後に本命の予知を自動書記するのだけど……
お婆様も少し不思議に思ってるのかしら?
「ああ、調べてきたぞ。だが廃業したとしても霊能力を扱う一族だ。いきなり行っても不審がられるだけだぞ。
山名一族に頼んで一報を入れて貰った後に接触するしかないな。だが噂に聞く現当主は廃業せねばならぬ程に力が弱い癖に強欲と聞く。
どんな条件を出されるか……」
確かにそうね。自分の力が足りない為に榎本さんに霊的遺産を相続させるのだ。
内心は面白くないし、榎本さんを害する連中を取り押さえる為に果たして尽力してくれるのか?
「巴、榎本さんの連絡先は分かるな?もう頭を下げて許しを乞うしかあるまい。我等五十嵐一族と土井達は無関係、だから……」
お婆様、淡々と無表情に何を言いだすのですか!
「駄目です、それは駄目です。組織の長が配下を切り捨てるなんて……」
駄目だけど代案が浮かばない、他の手立ても無く反対するだけでは駄目。でも、でもでも……
「でもな、巴よ。逆の立場で自分が襲われるのを知らされて、それでも襲撃者に傷を付けずに関係も良好にして欲しい。
そんな我が儘が通用すると思うのか?事前に襲撃を止められなければ、何をされても仕方ないのだぞ。
正当な防衛を止めてくれとは、それだけで相手に危害を加える行為じゃ」
無断で犬飼一族の本拠地に榎本さんを害する為に侵入する連中を傷付けないでくれと頼む。
なんて恥知らずな女、でも五十嵐一族の膿を出す為に利用しようとしたお婆様には言われたくない。
「御隠居様、巴様」
「何じゃ?(ですか?)」
何か携帯電話で話していた芝塚が会話に割り込んで来た。何か報告が有ったのかしら?
「犬飼一族に連絡が取れました。ですが我々を本拠地に立ち入らせる件ですが、犬飼当主が不在の為にお答え出来ないとの事です」
当主不在で榎本さんに犬飼一族の霊的遺産の相続をさせてるの?
いえ、プライドが高い人ならば自分が不可能だった事を他人がするのは耐えれないのかしら?
「お婆様、こうなっては……」
「犬飼一族の本拠地に向かうルートは二つ。早朝から見張るしか有るまい。
だが巴よ、もしもの時は割り切るのだぞ。金銭的な補償で済めば良いが、最悪は儂の首で……」
折角の決意だけど、お婆様の首では済まないと思うわ。
ケジメとしては有りだけど、知らない老人が職を辞しても榎本さんには何のメリットも無いもの。
それプラスお詫びだと思うわ。でも彼の欲しがるモノが分からない。
亀宮様の求愛を拒むのよ、美女・金・権力の全てを拒める彼の欲しがるモノって何かしら?
この時私は、お婆様の前提条件をもう少し考えるべきだった。お婆様は土井達を……
◇◇◇◇◇◇
宿泊先を東横innから東急innに変えた。一文字しか変わってないが、距離は一駅離れた。
五十嵐さんの手作り弁当は惜しいが、安全には変えられない。そして今朝はお迎えは遠慮しレンタカーを借りた。
TOYOTAのRAV4だ!
流石は雪国だけありレンタカーの種類も四駆とかが普通に有った。ナビ付きを頼めば迷子になる事もなく順調に犬飼一族の屋敷まで車を走らせる。
流石は杜の都と言われた宮城県だけあり、車窓から眺める景色は緑一色!時刻は早朝六時過ぎ、窓を開けると適度な湿り気を含んだ空気が車内に流れ込んでくる。
胸一杯に吸い込めば自然と眠気も薄れていく。何故か悪食が車内を徘徊し、最後は僕の肩に乗ってご機嫌だ。
深い森の中を一時間ほど走ると目的地に到着した。
『正明、この近くに霊能力者が沢山居るぞ。新幹線で会った男達も含まれているな、十人以上居るぞ』
胡蝶レーダーに引っ掛かかったのは、あの連中か……
『ここは犬飼一族の敷地内だろ?看板を降ろすとは言え他勢力の連中が潜り込むとは変じゃないか?』
確か山名一族に繋がりが有ると聞いているが、五十嵐一族と関係有るとは……
『胡蝶さん、もしかして連中はグルかな?』
『可能性は有るな。普通に考えれば自身の本拠地に他勢力の霊能力者を大量に呼び込むまい。我等に危害を加えるつもりか?笑わせる、矮小な連中の癖にな』
あの二人の態度からして友好的な話では無いよな。思いっきり上から目線だったし、霊的遺産を奪うのが目的か?
『とにかく注意しよう。最悪は犬飼の爺さん達も敵に回るかも知れない……』
『ふむ、分かった。奴等が近付くか攻撃を仕掛けてくれば知らせよう。全く我等と敵対するとは愚かよな、あの自動書記女も』
五十嵐さん、仲良くしたいと言いながら敵対的行動を取るのか?それとも奴等の単独行動か?でも彼女が未来予知で勝てると踏んだなら用心が必要だ。
「悪食、眷属に周辺を調べさせてくれ。潜んでいる奴等を捜し出して監視するんだ。それと犬飼の爺さん達も同様に監視してくれ」
車を降りると運転中僕の肩に乗っていた悪食が飛び出していった。因みに悪食だが遂に全身金ピカに変化してしまった。
パッと見はゴキブリには見えないが、良く見れば巨大なゴキブリだ。一瞬だけ見られたなら黄金蟲と言い張っても良いかな。
胡蝶曰く式神として僕等の霊力が流れているから急速にパワーアップしてるらしい。
「今日は頑張って複数の試練をクリアするぞ!」
五十嵐の連中が近くに潜伏しているのを知らない様に振る舞う。だけど体の中に胡蝶と悪食を住まわせているとは言え、端目から見ればオッサンの独り言だ。
車の到着と共に犬飼の爺さん達が表れた、絶対に監視しているな。胡蝶レーダーに引っ掛からないとなると機械式の監視網だと思う。
「おはよう、今日も宜しくお願いします」
軽く手を上げて挨拶をしながら、さり気なく様子を伺うが……爺さん達の皺くちゃな顔からは何の情報は読み取れない。そこには歓迎も敵意も無いな……
「おはよう、榎本さん。今日は四ノ倉からですな」
にこやかとは言えないが悪意有る感じじゃない。何だろう、五十嵐一族とは関係無いのかな?
でも手引きが無くてはバレずに結界内には入れないと思うんだ、必ず監視網に引っ掛かるだろ?
「ええ、今日は遅くまで頑張るつもりです」
「ははは、そうですか。一応昼飯は用意しておきますので、切りの良い時にお越し下さい」
そう言って屋敷の方に行ってしまった。四ノ倉に向かい扉の鍵を開ける。今回は解錠と共に何か霊的仕掛けが発動した感じはしない。
『胡蝶さん、どうかな?中に何か居る?』
『ふむ……何も感じぬな。いや、二ノ倉と同じく何か霊具が有るな』
霊具?二ノ倉と同じ?つまりボーナスステージ?慎重に重たい扉を開く、人間一人が入れるだけの幅で。
隙間からマグライトで中を照らすと、二ノ倉と同じく中心部に文机が見える。その上には風呂敷みたいな布が置いてあるな。
『悪食を放したのは不味かったかな?胡蝶さん、中に入るから宜しくね』
『分かった、我に防御は任せろ』
ゆっくりと四ノ倉の中に入る……何とも黴臭い重たい空気が体に纏わり付く。
マグライトで周辺を確認するが、この倉には護符が無い。文机の前に立ち風呂敷を観察するが、長細い物が包まれてるみたいだ。
長さは30㎝位かな?
『正明、我が体から出れば防御力が下がる。自分で取ってみろ』
『分かった……ってコレって鍵と扇子かな?』
手に取ったソレは次の倉の鍵と、現代でも馴染み深い扇子だ。但し全てが竹か木で出来ていて紙は使われてない。
細工も緻密で美術品として価値が有りそうだけど実用的じゃないな。それに女性用っぽいし……試しに広げて扇いでみたが、そんなに風が来ない。
『ふむ、強い力は感じるが……時間が有る時に調べるのが良いだろう。他には何も無いな』
『本当にボーナスステージだったか……』
扇子を上着の内ポケットにしまい四ノ倉を後にした。
◇◇◇◇◇◇
『いよいよ五ノ倉か……』
鍵を開けた瞬間、背筋がゾクりとしたぞ。
『正明、気を付けろ!中に居る奴は強いぞ、我が喜ぶ位の贄が居る』
胡蝶さんが嬉しいって丹波の尾黒狐以来じゃないか?慎重に開いた扉から中を覗くと、部屋の中心に首吊り死体がぶら下がっていた。
3月からは毎週月曜日とさせて頂きます、次回は3月3日(月)AM6:00掲載予定です。