第214話
「おはようございます、榎本さん」
東横innの自動ドアから出た榎本さんの背後から、なるべく明るく声を掛ける。
人付き合いの苦手な私だけど、笑顔を向けられて悪い気になる人は居ないわよね?
榎本さんは革のジャケットにワークパンツ、編み上げのブーツにウェストポーチ。
バッチリ除霊用のスタイルだが街中ではミスマッチ。周りから浮いている。
「ああ、おはよう。ホテル前で出待ちとは、僕も有名人みたいだな」
余り驚いてくれなかったのが寂しいが、何とか榎本さんの泊まっているホテルを突き止めた。
方法は風巻佐和さんに頭を下げて榎本さんの御実家の方に聞いて貰った。
渋る佐和さんに幾つかの条件を付けて漸く教えて貰ったのが昨夜10時。
朝何時に出掛けるか分からないから7時前から張り込んだのに、私が近付いたら直ぐに気付かれたのが不思議。
榎本さんの視界には入っていなかったのに……榎本さん程の霊能力者なら気配とかで分かる?
「これから犬飼の屋敷まで行くのですね?これ、良ければ途中で食べて下さい」
そう言って手作り弁当を手渡す、満面の笑顔で。
「えっと、何かな?」
私の無理をした笑顔に若干引き気味の榎本さん、失礼ですよ傷付きますよ。
「手作りのお弁当です。賄賂じゃない品物って何かなって考えて、私の手作りなら……おにぎりに唐揚げ卵焼き、デザートも入ってます。どうぞ!」
強引に手渡して頭を下げる。3秒下げてから頭を上げると嬉しそうな顔を見せてくれた。
情報では榎本さんは大食いらしいので、可愛い女の子からの手作り弁当なら受け取ってくれる筈と思ったけど成功だわ。
しかも漆塗りの高級な重箱だから返してもらうチャンスも有る。
二度美味しい作戦よ!
昨夜遅く亀宮傘下のレストランに連絡し、早朝から厨房を使う事と材料を用意して貰うお願いをした。
苦労の甲斐が有り漸く私に自然な笑顔をみせてくれたわ。
「ありがとう、頂くよ。迎えが来たから行くね」
軽く手を上げて路駐していたパジェロに乗り込まれた。お礼の言葉も貰えたけど、釈然としないわ。
妙齢の美女の手料理を喜ぶのは当然だけど、その美女を放置プレイは男としてどうなのかしら?
◇◇◇◇◇◇
「正明、あの自称自動書記娘がホテルの前に居るぞ」
腕に抱いていた胡蝶が身動ぎしながら教えてくれた。
「ん?自称自動書記娘?ああ、五十嵐さんか……何故ホテルがバレたかな?尾行はされてない筈だけど……」
ボンヤリと昨日の事を思い出そうとするが、尾行されたり探索系の術に引っ掛かった記憶は無い。
ベッドで胡蝶を抱き枕にして気持ち良い眠りについていたのに、まさかの朝駆け?
抱いていた胡蝶をベッドの隅に下ろし窓から外を伺う。時刻は7時過ぎ、朝日は完全に顔を出して街も動き始めている。
今日も良い天気だな……
「ああ、あの黒塗りの高級車か……きっと隠れる気は無いんだな。ならばホテルから出た時に近付いてくるかな?」
犬飼一族の試練には付いてくるなと言っていたが、あの取り巻き二人なら無視して付いてきそうだな……
「むーっ、久し振りに二人切りだと言っても張り切り過ぎだぞ。我の身体が持たぬわ」
ベッドの上で女の子座りをして欠伸をする彼女を見て、最近溜まってたんだなと自覚する。
暫くは性欲が沸かなかったのに、二人切りだと何故かハッスルしてしまった。
「胡蝶さん、前に僕の性欲はストレスの捌け口って言ったけど違うじゃん!まだ若いって事だよ」
まだまだ若い連中には負けないぞ!
「ならば我以外で頑張らんか!無駄弾ばかり射ちおって……」
調子に乗ったら胡蝶さんに怒られました、でも相手がね。桜岡さんや亀宮さん、魅鈴さんは対象外なんだよ。
他の人に聞かれたら贅沢過ぎると叱られるかも知れないが、僕は至って真面目だ。真面目にロリコン道を歩んでいる。
「身支度を整えて朝食バイキングに行くよ。迎えは9時だから未だ余裕有るからね。胡蝶さんは二度寝かい?」
シーツに包まって背中を見せる彼女に声を掛ける。
「ああ、我はふて寝するぞ!全く我を抱くよりも他に孕ませる女が居るだろう……」
危険な台詞が聞こえない様にバスルームに入る。確かに昨日今日と胡蝶に甘えてばかりだな。熱いシャワーを浴びてスッキリしますか……
◇◇◇◇◇◇
東横innの朝食バイキングは種類は少ないが、味も普通だ。旅先だと朝から沢山食べれるのが不思議だよね。
ご飯に味噌汁、ダシ巻き卵焼きに鮭の塩焼き。肉ジャガにホウレン草のお浸し、蓮根のピリ辛炒めに冷奴を完食した。
明日は洋食の方にしようかな……
待ち合わせ時間丁度にホテルから出る。見回せば迎えのパジェロが路駐しているのを見付けた。
近付いて行くと後から五十嵐さんに声を掛けられた。振り向けば、ぎこちないながらも満面の笑顔を浮かべた彼女が居た。
オッサンには朝から眩しい笑顔だな……
「ああ、おはよう。ホテル前で出待ちとは、僕も有名人みたいだな」
待機していたのは知っていたが、一応驚いてみせた。
「これから犬飼の屋敷まで行くのですね?これ、良ければ途中で食べて下さい」
ズッシリと重たい物を渡されたが、中からは美味しそうな匂いが……これは唐揚げの匂いだ!
「えっと、何かな?」
まさか食べ物を渡されるとは思わず、若干驚いた。
「手作りのお弁当です。賄賂じゃない品物って何かなって考えて、私の手作りなら……おにぎりに唐揚げ卵焼き、デザートも入ってます。どうぞ!」
唐揚げは正解だが、まさかの手料理の弁当とは予想外だ。だが、この弁当は間違いなく旨いだろう。
手渡された後も頭を下げ続ける彼女を見て、昨日までより評価を上げる。彼女は自分に出来る事を一生懸命やっている。
早起きして、こんなオッサンの為に手料理を作るなんて中々出来ないだろう。
「ありがとう、頂くよ。迎えが来たから行くね」
有難く頂こう。別れ際に悪食の眷属を彼女と黒塗りの車に忍ばせた。
彼女達の泊まっている場所も特定しておかないと、此方だけ一方的に知られているのは問題だ。
この手作り弁当だが、高そうな重箱に入っているから返しに行かなければ何時までも付き纏いそうで心配なんだ。
車の中で半分ほど食べたが中々の美味でした!
◇◇◇◇◇◇
犬飼一族の屋敷に到着したが、直ぐに試練に挑む。
二ノ倉……一ノ倉と、いや八ノ倉まで全て同じ形状な土蔵だ。
入口の鍵は昔のデカい南京錠?閂錠?鍵を差し込んで回すとガチャリと音を立てて外れた。この鍵も骨董品的な価値は有るのだろうか?
『正明、気を付けろ。解錠と共に中の何かが反応した。結界の解除だと思うが用心に越した事はない』
『分かった、でも結界の解除だろ?こんな錠前なんて今なら直ぐに壊せるし……』
いやピッキングの道具が有れば僕でも時間を掛ければ開けられるかも。重たい観音開きの扉を慎重に少しだけ開ける。
「悪食、眷属に調べさせろ」
僕の呼び掛けに足元の影から大量のゴキブリ達が倉の中に入る、その数100匹以上……駄目だ、この能力は墓場まで持って行くぞ、絶対に内緒だ!
悪食を通して中の眷属と視界を共有する。暗いので、もう少し扉を開く。
『文机だけ真ん中に鎮座してるね。その上には蝋燭立てと巻物と何だろ?布に包まれてるけど……』
『ふむ、他には何も潜んではないな。中に入るぞ』
左手首からスルスルとモノトーンの流動体が流れだす。その後を悪食が追う。いや、宿主を残して先に行くなよな……彼女達の後を追い中に入る。
板の間に鎮座した文机の前には既に胡蝶さんが座って巻物を読んでいる。
正統派巫女服を着ている彼女が正座して巻物を読む姿は様になっているな……彼女が読み終わるのを見詰めて待つ。
暫くすると、文机の上の布を持って中身を確認するが……
「これは……術具だな、この巻物によれば霊力を底上げ出来るそうだぞ。それと三ノ倉の鍵だな」
そう言って僕に向かって放り投げる。
「おい、貴重な品物なんだろ!」
慌てて布ごと受け取るが、中身は指輪かな?シンプルで何の模様も施してない指輪が二つ。しかも肉厚で頑丈そうだし大きいな、22号位ないかな?
「左手の人差し指と中指に嵌めてみろ。そして真言を唱えて互いに擦り合わせてみれば良い。霊力が、ほんの僅かに上がるぞ」
術具って高価な物を期待したけど、そんなに価値は無いのかな?ほんの僅かに上がるだけなら、自作のお札でも可能だよ。
「ほんの僅かにって?意味なくない?」
「正明は真言宗だからな、宗派の違う者が着けても意味が無いな。
巻物にも書いて有るが正統な宗派の者が着ければ、霊力は倍位にはなろう。それよりも四隅に貼られた札を見ろ」
倍増しはデカいな……誰でも強化は無理なのか、残念だけど僕は使わないな……売るか?
胡蝶の言う通りに四隅に貼られたお札を見る。300年間も二ノ倉を護っていたお札は、見慣れない梵字?がビッシリと書かれている。
良く300年間も保ったな……
「防御結界としては中々の効果だぞ。貰っておけ、我が調べるから正明でも作れるようになろう」
護られていたお宝よりも護っていたお札の方が有難いとはな。確かに名工が作った品は大切にすれば何年も保つが、技術は継承しなくちゃならない。
300年前は普通に作れるお札も、今となっては失われた技術なんだな。
指輪は布に包み、お札は丁寧に畳んでジップロックに入れてからウェストポーチにしまう。
二ノ倉ボーナスステージだった!術具が本来のお宝だが、実は護っていたお札の方が価値が有るとは……
◇◇◇◇◇◇
三ノ倉の試練に挑む。鍵を開けて観音開きの扉を少しだけ開ける。
「悪食、頼んだぞ」
カサカサと僕の影からゴキブリが這い出す。僕の影には何匹のゴキブリが居るんだろうか?
考えたら負けだと思うが、考えずにはいられない。
「悪食、眷属と視界を共有するぞ……」
肩に乗った悪食に命令する。全く手乗りインコみたいだぞ。更に扉を開き内部に明かりを入れると視界がクリアになる。
「此処は……何だろう、何も無いのか……いや、何だ?」
悪食が怯えて僕の影に飛び込んだが、一瞬見えたのは二本の足だった。それも昆虫の足だ!
『ふむ、蜘蛛だな。中には蜘蛛がビッシリと居るぞ。ゴキブリの天敵は蜘蛛だから、悪食も怯えたのだろう。どうする?』
ゴキブリの次は蜘蛛かよ、昆虫シリーズかよ!犬飼一族なんだから哺乳類じゃないのか?何でファーブル昆虫記みたいになってるの?
『どうするって……流石に毒虫に纏わり付かれるのは嫌だぞ。胡蝶の守りだって全身を這う蜘蛛は防げないだろ?』
悪食はゴキブリだったから体に纏わり付いても払えば平気だったが、毒を持つ蜘蛛は危険だ。
三ノ倉の入口の前で躊躇してしまう、いっそ燃すか?
「全く蜘蛛ごときで慌ておって……仕方ない、我が行こう」
左手首から流れだした胡蝶さんが、流動体のまま倉の中へ流れて行ったが……待つ事数分、美幼女体型に戻った胡蝶さんが入口で手招きしている。
恐る恐る中に入ると、床一面に短冊が敷き詰められているが、何なんだろう?一枚拾って調べるが、僕が八王子で使った身代わり札に似ている。
「終わったぞ。この倉の試練は式を倒す事だ。この大量の紙は各種の式だな。調べれば色々と役に立つかもしれん。
だが蜘蛛が一番多かったぞ。何を考えているんだ、犬飼一族は?」
式符から姿形を替えて仕える式は珍しい。その手の術を使う連中にはお宝の山なんだろうが、僕にはピンとこないな。
だが放置して他の連中の手に渡るの防ぎたい。
「本日の試練は終了。この大量の紙を集めて持ち帰るか……」