榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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幕間第1話から第2話

幕間1

 

 呪われた「箱」

 

 僕の生家は、本州の山間部の小さな集落に有った。有ったと言うのは、今は人造湖に沈んでいる。

 ダム建設の際に、3つの村と1つの町が対象となり移転させられた。

 ウチの寺が有った村も例外でなく、檀家衆が居なくなれば経営は成り立たない。

 国が用意してくれた場所に墓所を移し寺を建てた……僕の家系は呪われていると言うか、百年単位で一族の男子を残し早死にすると言い伝えがある。

 遡れば江戸初期まで記録が有るのだが、確かに直系の男子以外が10人単位で一年以内に亡くなった事が2回も有る。

 病気・事故・自殺・他殺……兎に角、何らかの理由でバタバタと一族が減り、そして増えると死んでゆく。

 理由は分からなかった。爺さんも親父も知らなかった。

 そして前回から約百年が経っていた。僕の世代で悲劇が起こるのかとも考えたが、予兆も前触れも何も無い。

 僕自身も家族も、特に気にしてはいなかった……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「爺さん!檀家衆からも言われたけど、寺の移築に反対なのか?でも町長が許可しちゃったし、檀家衆も引っ越すんだろ?」

 

 小さな山間部の村に降って湧いたダム建設の話。都市部の水瓶として目を付けられたのが、此処だ。

 

「ああ、正明か……儂は反対だな。

ご先祖様から祭ってあるお社は、言い伝えで決して開けてはならないと言われている。移築など問題外だろう」

 

 呑気に和室でお茶など飲んでる現榎本家当主で、この寺の住職たる爺さん。もう70歳を越えているが、元気はつらつな糞ジジィだ。

 

「父さん。町長からも言われたが、もう無理だ。国の方針としてのダム建設、町長も認めちまった。

保障も十分だし、檀家衆も引っ越すんだ。新しい土地でやり直すしかあるまい。それに移転先の寺は既に建設中なんだぞ」

 

 補助金やら補償金やらが高額だった為か、とんとん拍子に移転計画は進んでいる。今更ゴネるのは厳しい状況だった。

 

「そうですよ、お父さん。此処に残るのは無理ですわ。新しい土地で頑張りましょう」

 

 僕の両親も爺さんの説得をする。両親はダム建設に賛成だ。こんな山間部の田舎よりも代替地に指定された場所は、遥かに便が良く都市部に近い。

 特に結婚してから此処に来た母さんにとって、都会に近付くダム建設は嬉しかったのだろう。

 寺に嫁ぐと言う事は寺に尽くす意味で、嫁は大黒様と呼ばれ大変忙しい。

 元はOLで有り都会育ちの母親にとって、田舎独特の因習とか馴染むのに大変だった。

 気晴らしに出掛けたくても、こんな便の悪い山間部の田舎では出掛けるだけでも大変だ。

 しかし新しく寺を建てる場所は、バスで一時間で都心部に出れる。内緒だが、母さんは凄く楽しみにしていた。

 

「しかし……お前達も知ってるだろう?我が家の曰わくを……アレには、お社が関係してると思うんだ。

昔は気にしてなかった。しかし、ダム建設の話が出てから特に思うようになったんだが……」

 

 一族が直系跡継ぎを残して死に絶える。そんな馬鹿な話はないだろう……ダム建設開始まで2ヶ月と少し。

 引っ越しまでは1ヶ月と少ししかない。爺さんの説得には時間が掛かるだろう。

 心の隅では心配し過ぎだ。科学が発達した現代で、連綿と続く呪いなんてナンセンスだと思っていたんだ……

 しかし、問題の呪いは発動した。ウチの直系は爺さん・両親と僕だけ……

 その晩、母さんが突然息を引き取った。

 

 原因は不明。

 

 朝、親父が隣で寝ている母親を起こそうとしたら死んでいた。死に顔は、凄く怯え歪んでいたんだ。

 隣で寝ていた親父が気が付かないのが不思議な位、首を掻き毟り苦しんでいた。

 状況が状況だ……不審死として警察が司法解剖をしたが、原因は全く分からなかった。

 薬物反応もアレルギー反応も無いし持病も無い。突然、首を掻き毟り苦しんで死ぬ。

 そんな病状だって聞いた事もないのだから……

 母親の葬儀はしめやかに執り行われ、母さんの墓は移転先の墓地に埋葬された……原因不明の母さんの死。

 でも僕らは未だコレが一族に掛かっている呪いとは思わなかった。

 いや思いたく無かった。

 

 しかし……

 

 母さんの葬儀が終わり暫くしてから、今度は父さんの様子が変わってきた。何時もは普段と変わらないが、少しずつ痩せて……

 いや窶(やつ)れてきたのだ。

 食事は僕が作り同じ物を三食を一緒に食べている。寺の仕事は大変だ……朝早く起きて掃除とお勤め・昼間は寺の仕事・夜も掃除とお勤め。

 大体が掃除に費やしているが、窶(やつ)れる程の過酷さではない。朝が早い分、寝るのも早いから健康的は筈なんだ。

 病気かと思い、無理矢理都市部の大病院で精密検査をしたけど……特に問題は無かった。

 

 精神的なものでは?とも疑ったが、毎日接している僕達が気が付かない筈もないだろう……

 しかし検査結果の中で気になるのは、内分泌系や免疫機能の低下だ。いわゆる腎虚の症状なのだが、気を付けなければならない程でもない。

 年齢からくる老化現象と言われる範疇だ。

 打つ手も無く日々を過ごしていたが、母さんが亡くなって丁度1ヶ月後。何の前触れも無く、親父が亡くなった……

 冷たい雨が降る冬の朝、社の鍵が開いており中で亡くなっていた。親父は半裸の状態で、母さんと同じ様に恐怖に顔を歪にしていた。

 両の目を見開き、社の奥を向いて壁に寄りかかっていた。

 発見したのは爺さんだが僕も呼ばれ、初めて社の中に入った。

 驚いた事に社の中にはもう一つ社が有り、それは厳重に御札で護られている。

 周りには昔から置いて有るのか、木箱やら訳の分からない祭事具などが乱雑に積まれていた……

 爺さんと二人で親父を外に運び出し、救急車を呼んだ。救急車が来ても、既に死んでいたので警察も呼ばれた。

 1ヶ月おきに二人も亡くなったのだ。噂が広まるのは止められないだろう……

 

 親父の死因は不明。

 

 心臓発作と思われるが司法解剖の結果も曖昧だったが、自殺も他殺も考えられず事故死扱いとなった。流石に立て続けに夫婦が同じ日に亡くなったのだ。

 色んな酷い噂が、村中を飛び交った。次は僕か爺さんだろう……直系の跡継ぎが残ると言うが、次期当主の親父は死んだんだ。

 次は僕が死なないとは限らない。

 親父の葬儀の後、急に怖くなった僕は爺さんの書斎に入り浸り昔の記録や資料を漁った。

 しかし今まで歴代の祖先も調べたんだろう。大した事は分からなかった……後は、あの社しか調べる物は無い。

 爺さんの目を盗み、社の中を調べる事にした。

 あの中には色々な物が乱雑に置いてあったが、木箱の中には書籍の様な物も有った筈だから……その晩、爺さんが眠った頃を見計らい社に向かう。

 扉の鍵は、親父が侵入する時に壊したのだろう。多少の音は立てたが、すんなりと中に入れた。

 懐中電灯を照らし、中を見回す。不気味な社の中に有る、もう一つの社。

 これが本命で周りは人除けに作られたのだろうか?幾ら爺さんの目を盗むとはいえ、深夜に中に独りで居るのは怖い。

 しかし死ぬよりはマシだ!

 周りを調べると二つの木箱が有り、片方には書籍が入っている。もう片方は、何やら着物の様な布切れが……

 書籍の束を漁ると、全く古文みたいで読めない物ばかりだ。

 諦めかけていた時に、一冊の本が見付かった!開かずの社の筈だが、他の本と比べると最近の……

 多分、前回の生き残りのご先祖様の書いたらしき本が見付かった。

 その中で興味深い記録を見つけ出した。

 

 記録と言うが日記だ。榎本朝吉と言う、前回の惨劇の生き残りのご先祖様だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 今朝、我妻が見事に喉を突き通し本懐を遂げる。これで我が一族の生き残りは私ただ一人。

 息子は二人居たが先に長男が服毒自殺を遂げ、次いで次男が割腹自殺を遂げた。

 我が一族にかけられた呪いは、直系跡継ぎ一人を残し全て死に絶える。本来なら長男が残るべきだが、あれは最初に長男に取り憑いた。

 耐えきれずに自殺。

 続いて次男に取り憑き、やはり自殺に追い込んだ。あれは、自身の願望を反映した姿形で現れる。

 そして取り殺すのだ。我が妻は直系の血を継ぎ、私は分家筋だった。

 だから私を生き残す為に、自らの命を絶ったのだ。榎本家最後の1人となった私の前に、あれは現れた……

 我が妻の姿形を真似て、私の前に現れた。

 

「お前達一族の義務を果たせ……」

 

 たった一言……そう言い残し、私の前から消えた。その意味は未だ解らず、この呪いを子孫に継承する事が心残りである。

 ……つまり呪いの原因は不明だが、あれなる何かに取り殺されるらしい。

 しかも回避するには、義務を果たさねばならない。しかしご先祖も、その義務が何だか分からない、

 直接聞くにも、あれが現れるのは最後の1人になってからだ……生き残りは、僕と爺さんの2人だけ。

 結局、最後の希望に縋る様に社に侵入したが……何も分からないと同じ事だった。

 簡単に片付けをして母屋に戻ると、縁側に爺さんが灯りも点けずに座っていた……

 

「爺さん……何で……」

 

 思わず話し掛ける。

 

「正明、馬鹿孫が!社には立ち入るなと言った筈だぞ」

 

「しかし、親父も母さんも死んだんだぞ!生き残りは僕と爺さんの二人きりだ。何か、何か原因が分かればと思って」

 

 この数日間の焦りや恐怖をぶつける様に、爺さんに詰め寄る。もう呪いが確実に我が一族に降り掛かっているのは間違い無いんだ。

 残された時間は、もう少ない……

 

「正明……まぁ座れ。あれ、な……儂の所に現れたよ。若い頃の婆さんの姿形でな……夢枕に立ちおった」

 

 爺さんは静かに語り始めた……

 

「アレって?まさか……」

 

「我が一族に取り憑いたアレは強力だぞ。儂の法力が全く効かんかった……だが、僅かな遣り取りで分かった事が有る。

アレは我が一族を根絶やしには出来ない。我々に何かをさせないと、アレは困るんだろうな。

だが、我々はそれが何か知らない。だから……罰のつもりで一族を殺すんだ!」

 

 なっ!そんな傲慢な考えで、僕らは虐殺されてきたのか?

 

「それで……爺さんは聞いたのか?アレが求める何かを!僕らに何をさせたいかを!」

 

 爺さんは、力なく首を振った……

 

「いや……聞いたが、薄ら笑いをして消えおったよ。儂にも全く分からん。

だが1人は残るのは確かだな。正明、お前が生き残れ!」

 

 そう言って、自室へと戻って行った。その後姿は寂しげで、僕は声を掛けられなかったんだ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 翌朝から僕の生活は激変した!爺さんから厳しい修行を受ける事になったのだ。

 今までの読経と違い、霊を祓う仕方をだ。

 普段唱えるお経とは全然違う、死者を安らかに極楽浄土を送る為でなく、魔を祓う真言を教えられた。

 親父と違い僕には霊能力と言う物が有るらしい……爺さんは自分が死ぬ前に、僕に何らかの自衛策を持たせたかったんだろう。

 その気持ちが伝わったからこそ、短期で厳しい修行に耐える事が出来た。

 僅か一週間だったが、基礎としてなら合格点だそうだ……

 

「良く頑張ったな正明。これで霊能力の基礎は身についただろう。明日からは応用編だ」

 

 修行中は厳しく誉め言葉など聞いた事は無かったから、この一言は嬉しかった……

 

 

幕間2

 

 榎本一族に代々伝わる呪い……直系後継ぎを残して、一族が死に絶える呪いだ!

 この平成の時代に何を馬鹿な事をと思った。しかし呪いは実在し、僕は両親を失った……

 残された肉親は爺さんただ一人。その爺さんも呪いの元凶に遭遇したそうだ。

 あれと呼称される社に封印されている何か……あれは人の記憶を読み、一番望む姿形で現れるそうだ。

 爺さんには、死んだ婆さんの若い頃のだったそうだ。最愛の人の姿形を借りて取り憑くとは、何て嫌らしいヤツなんだ。

 両親は1ヶ月おきに殺された。次の予定日迄は、あと10日程残っている。

 少しでも抵抗出来る様にと、爺さんがスパルタで除霊を仕込んでくれた。

 所謂霊能力ってヤツだ!素質は有ったらしく一週間で基礎だけは学べた。

 しかし残りは僅か10日だ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「良く頑張ったな正明。これで霊能力の基礎は身についただろう。明日からは応用編だ」

 

 毎日庭で修行を受けていたが、終わると何時も反省点や駄目出しばかりだった。

 修行中は厳しく、誉め言葉など聞いた事が無かったから……この一言は嬉しかった。

 

「爺さん、有難う。でも除霊なんて映画とか漫画の世界の出来事だと思ってたよ」

 

 エクソシストとかGS美神とか……まさか田舎の和尚さんが行えるとは思わなかった。

 

「高僧が悪鬼を祓ったりするのは聞いた事が有るだろ?何も陰陽道だけが出来る訳じゃない。死者と密接な関係は仏教の方だろうが。

正明も法力を高める術を学べば、まだまだ強くなれるぞ」

 

 確かに歴史では、高僧が悪鬼を退治する話は良く有る。てっきり孔雀王みたいに高野山で修行しないと駄目だと思ってたよ。

 

「何となく自分の中に有る力を引き出す事は分かったけど……まるで実感が無いな。霊能力なんて……」

 

 体の中に有る力を真言に乗せて放出する。言うのは簡単だが、実際はどの程度なのか全く分からない。

 

「ふむ……しかし実践させるには、まだ早いからな。後は反復して体に覚え込ませるしか有るまい。今日はこれまでだ」

 

 そう言って母屋に戻って行く爺さんは、とても70歳とは思えない。疲れを感じさせない足運びだ。

 僕の方は、縁側にヨタヨタと歩いてベタっと横になり深く深呼吸をする……

 

「すーはーすーはー」

 

 汗をかいた体には、冬の風も心地よい。鼻から入る冷たい空気も、熱くなった体にもだ。

 暫く休んでいたが、これ以上体を冷やすと風邪をひきそうだ……重い体に鞭を打ち、シャワーを浴びる為に風呂場へ向かう。

 ベタベタと貼り付く法衣は気持ち悪い。

 こんな田舎でも電気の力で直ぐにシャワーを浴びる事が出来る。母さんが母屋をオール家電化したせいだが、今は感謝している。

 何たって家事は大変なんだ!

 それは両親が亡くなり、爺さんと二人になって身にしみた。亡くしてから分かる親の有り難みか……

 シャワーを浴びてサッパリしたら、夕飯の準備だ。

 体を洗いながら冷蔵庫の中身を思い浮かべ、献立を組み立てる。今夜は野菜炒めとアジの干物、それに板ワサかな……

 まんま旅館の朝食だが、男所帯の食事など似たようなものだろう。

 早朝の修行に備えて、今夜は早く寝なくては……既に9時過ぎには布団に入り5時には起きる予定を組み立てる。

 

「はぁ……青春真っ盛りなのに、田舎で修行三昧かよ」

 

 思わず零した愚痴は、誰にも聞かれなかった……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 この数日間の孫への修行を考える。確かに素質は有った。

 あれの父親には全く霊能力は無かったが、幸い孫の正明にはそれなりに有ったのが救いだ。

 上手く指導すれば、並み程度の力は得られるだろう……

 

 しかし、あくまでも並みだ!

 

 しかも修行を始めたのも遅く、未だに一週間と短い。儂が生きている内に教えられるのは……もう殆ど無いだろう。

 後は知り合いの寺に預け、修行させるしか無い。しかし我が一族には、残された時間が殆ど無い。

 修行は自己鍛錬に任せ、今は相続の手続きをしなければなるまい。

 幸い田舎の住職とは、檀家からの相談も受け付けている。つまり相続関係には詳しい。

 まぁ誰かが亡くなって起こる問題など、相続以外は少ないからな。

 孫に少しでも遺産を残し、尚且つ修行の道筋を考えておかねば、独り残される正明は自棄になるやもしれん。

 あれは儂では歯が立たんだろう……せめて正明の為に、やれる事だけはやろう。

 幸いな事に息子夫婦の生命保険や、土地建物それに移転の補償金を含めればかなりの額だ。

 貯蓄もかなり有るし、儂自身の生命保険も合わせれば、正明だけなら一生遊んで暮らせる筈だ。

 宗教法人だし相続税などタカが知れている。正明に金の心配だけは、させずに済むだろう……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 あれから更に一週間が過ぎた……残り3日。僕か爺さんが死ぬ日までだ。

 爺さんは僕に生きろと言ったが、あれがどちらを選ぶかは分からない……修行は基本を認めてもらい応用編に移ったが、やっている事は反復練習だけだ。

 

 爺さんは……この三日間、忙しく外出したり税理士やら弁護士やらと打合せをしている。

 

 両親の相続とか土地の売買とか、確かにリアル事情が有るからだけど……生き死にの掛かった残り大事な日にちなのだが。

 その晩、夕飯の後に爺さんの部屋に呼ばれた。和室で卓袱台に向かい合って座る。爺さんの部屋には、基本的に暖房器具が無い。

 だから寒い。仕方無くお茶を二人分用意する。

 

「何だよ爺さん。改まって……」

 

 良く分からないが、爺さんの前には封筒が山積みだ。提携してる銀行や農協、それに地方自治体のロゴが見える。

 

「ああ、正明に相続関係の書類をな。儂が死んでからでは分からない事も多いだろう。

先ずは……銀行預金の名義変更からだ……」

 

 そう言うと幾つか輪ゴムで纏めていた封筒の上から順に、書類を出し始めた。

 暫くは名前を書かされたり判を押したり……分かり易く付箋や鉛筆で下書きがしてある上から記入していく。

 一時間以上掛かっただろうか、最後の書類に記入して終わりとなった。

 相続欄には僕しか記入しない為、比較的簡単らしい。そう言えば僕の親戚って少ないな。

 母さんの方は既に爺さん婆さんは他界し、一人っ子だから兄弟も居ない。

 親戚は居るが、両親の葬儀に来てくれた人数は10人以下……これも呪いの影響か。

 

「疲れたか?これ位で疲れては、卒塔婆書きが堪えるぞ。何せ年間に1000本は書かねばならんからな」

 

 書類を確認し、封筒に入れ直し老眼鏡を外す爺さん。確かに盆の時期は、檀家衆に呼ばれる爺さん以外は毎日親父と卒塔婆を書いていた。

 今度は最悪1人で行わなければならない……

 

「うへぇ……確かに大変だな」

 

 疲れた利き腕をブラブラ振りながら応える。

 

「これで儂が死んだら、榎本家は全てお前の物だ。金庫の開け方や、檀家衆や得意先のリストの場所は分かるな?

引っ越しも順調だが、儂の葬儀は此処で行え。この寺の最後の葬儀は儂だ……お前が取り仕切れよ」

 

 縁起でも無い事を言う。

 

「爺さん、何を……」

 

「まぁ良いじゃないか。明日も早い、もう寝ろ」

 

 そう言われて爺さんの部屋を出された。あれから何度か新しい寺に荷物を移動したので、部屋がガランとしている。

 後は両親の私物整理と僕や爺さんの身の回りの物位だ。

 人間、何年も住めば色々と荷物が増える。この機に不要品は大分処分した。

 

 だけど両親の荷物は……中々捨てられない。きっと殆ど箱詰めして新居に送ると思う。

 広々として底冷えする寒さと併せて、急に寂しくなった。2ヶ月前は家族4人揃っていた。

 だが3日後には、また1人亡くなってしまう。そう思うと涙が出て来た。

 拭いても拭いても涙は止まらない。悲しみと悔しさで、止めどなく流れる涙……

 声を押し殺し涙が止まる迄、泣き続けた。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 翌朝、爺さんは昨夜の書類を持って外出した。最近手抜きで朝飯はパンにしているが、僕は1枚だが爺さんは3枚だ。

 6枚切りの食パンをだよ。目玉焼きにソーセージを焼くのは、せめて手抜きをしない為だ。

 

「正明の手料理を食べれるのも僅かだな。お前、本当に上達しないな……」

 

 中途半端に半熟な目玉焼きを突つきながら、爺さんが愚痴を零す。因みに爺さんは半熟が好きで、僕は完全に火が通っている方が好きだ。

 

「嫌なら爺さんが作れよ。俺より旨いんだから……」

 

 早くに婆さんを亡くした爺さんは、男手一つで親父を育てた。だから僕より格段に料理は上手だ。

 でも中々作ってくれないんだよな。

 

「まぁ良いか……晩飯は久し振りに作ってやるよ」

 

 爺さんは家庭的な和食がメインだが、手間を掛けるので旨い。これは夕飯が楽しみだ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 最後の晩餐では無いが、夕飯は大変美味しかった。冬野菜の煮物・山菜の天麩羅・出汁巻き卵に豚汁。

 御飯は、鯛を丸々一匹使い土鍋で炊いている。

 それに何とデザートに白玉団子まで有った!

 

「爺さん、気張ったな。久し振りだよね。こんなに僕の好きな物だけを作ってくれたのは……」

 

 殆ど全てが僕の好きな物だ。

 

「まぁたまにはな……まぁ冷める前に食え」

 

 男二人の食卓は殆ど会話は無いが、それでも楽しい夕飯だった。

食後のデザートの白玉団子を食べ、くだらない話をしていたら直ぐに寝る時間だ……

 

「爺さん、そろそろ寝る時間だぞ」

 

「ん?もう寝る時間か……もう少し付き合え。寝酒に飲もう」

 

 そう言って秘蔵の久保田の万寿と、ぐい飲みを二つ取り出した。

 

「何だよ、普段は飲ませないくせに。じゃ少しだけ付き合うよ」

 

 白菜の漬け物を切って摘みにする……どちらともなく昔の話をして盛り上がる。

 いや、僕の昔の恥ずかしい話を掘り返されるだけだ。幼児の頃のお漏らし迄遡り漸くお開きとなった……

 

「零歳児なんだし、爺さんの背中で大小合わせて漏らしたって良いじゃないか!」

 

 全く黒歴史だぜ……しかし、これが最後の晩餐だったんだ!その夜、爺さんは社に向かい……

 あれに戦いを挑んだのだろうか?それは、今となっては誰にも分からない。

 爺さんは僧衣を纏い社の中で冷たくなっていた。その顔は、両親とは違い満足げで数珠を握り締め大の字に寝転がっていたんだ……

 

 その日も寒い雨の降る日だったよ。

 

 親父も爺さんも、冬の寒い雨の日に亡くなった。

 

 爺さんを発見した時、僕は半狂乱だった!

 

 まだ2日……2日有ったのに何故、爺さんはあれに挑んだんだ?

 

 それでも救急車を呼び、既に死亡していた為に警察が呼ばれ色々調べられた……やはり両親と同じで原因が不明。

 病死として死因は心不全として処理された……田舎故に、周りが色々と気遣いフォローしてくれたので泣いているだけで夜になり独りだけの家に帰ってきた。

 もう誰も居ない我が家。

 

 来週には立ち退く我が家。自室の布団に倒れ込む様に横になると、泣き疲れだろうか?

 

 そのまま睡魔に負けて、寝てしまった……深い深い闇の中、夢か現か分からない。

 

 しかし、あれは僕の前に現れたんだ!

 

「最後の生き残り正明よ。義務を果たせ」

 

 それは幼女だった!闇の様に暗い髪の毛を足首迄伸ばし、髪と対比してか肌は病的に青白い。

 前髪で隠れている両面は、紅く輝いている。真っ裸の異様な雰囲気の幼女……

 

「お前が一族を殺しているあれか?ああ!何故、家族を殺したんだよ?何故なんだよ!」

 

 僕の叫びに「ギャハハハハハハ……」と、ただ大笑いするだけだ。

 

 それが闇に溶け込む様に消えてから、両親と爺さんの苦しむ姿が見える。黒いタールの様な沼の中で、苦しみ足掻いている姿が……

 アレが魂を捕らわれた末路なんだ!

 

「正明……来るな、こっちに来るな……巻き込まれるぞ」

 

「正明、助けてくれ。苦しい、苦しいんだ……」

 

「ま……まさ……あき。た……すけ、て……」

 

 爺さん・親父・母さんの順に話し掛けられるが、母さんは2ヶ月近く捕らわれていた為か?既に限界を超えた様に呻くだけだ……

 これが、あれに捕らわれた末路なんだ。

 あれの望みを叶えれば、爺さんと両親は解放されるのだろうか?


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