バカとダ・カーポと桜色の学園生活   作:慈信

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第九十五話

 

 午後になり、サプライズな卒業生及び在校生を交えたカラフルキラキラミスコン(渉命名)は更に盛り上がりを見せる。

 

「さあ、みんな! 昼飯喰って、エネルギー補給を終えたところで、ミスコン第一次審査の続きと行こうやぁ!」

 

『『『わああああぁぁぁぁぁぁ!!』』』

 

 相変わらず、会場内は人口密度が高く、出入り口からはみ出てしまう人も出てくる。

 

 ちなみにそれを見越したムッツリーニが空き教室でライブビューイングならぬ、ミスコンビューイングという名目で、スクリーンを設置し、このイベントを絶賛生放送している。

 

 そんでもって、僕はななかちゃんの出番が終わってから裏方で音響の担当。

 

「さてさて! 午後一番からいきなり真打ち登場か! 歴史に残る生徒会長! 朝倉音姫ぇ!」

 

 お、どうやら早速音姫さんが登場……って!?

 

「あははは……みなさん、こんにちは~」

 

「なんとっ!? なんとなんとなんと! 音姫先輩、まさかの付属の制服でご登場だぁ!」

 

『『『おおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!』』』

 

「お、お姉ちゃん……似合いすぎ」

 

 近くに控えていた由夢ちゃんが呟いた。確かに、とてつもなく似合う。

 

 普段真面目な人なのに、どこか幼さを感じる音姫さんに初々しさ漂う付属の制服……抜群の組み合わせではないだろうか。

 

「これは現在校生にとっては嬉しいファッション! もう成人いってる筈なのに、全くもって違和感がねえ! その姿で隣を歩かれれば学園の男子連中は過ぎた幸福で天に召されるだろうぜぇ!」

 

『全くだぁ!』

 

『俺、生徒会長の付属制服姿、初めて見た』

 

『学生時代でも見ることのなかった姿を、ここで拝めるとは……』

 

『ここの卒業生で良かったぁ』

 

『くあああぁぁぁぁぁぁ! それ、反則────っ!』

 

 会場内では音姫さんの付属制服姿に悶絶する男子連中急増中。本当、ノリのいい人たちだよね。

 

「あはは、ちょっと照れちゃうというか……」

 

「照れるのはこっちです……」

 

 音姫さんのコメントに由夢ちゃんが恥ずかしげに呟く。確かに、あんな姿だからか、見てるこっちまで照れてしまう。

 

「ちょっと恥ずかしいけど、頑張って着てみました。少し懐かしい感じがします。その、似合ってますか?」

 

『『『もちろん、似合ってま────す!!』』』

 

「だから、似合いすぎだってば……」

 

「あはは、ありがと~~~♪」

 

「しょっぱなから大絶賛ですね! 新しく解説に加わった土屋康太君、どう思いますかね!」

 

「……普段才色兼備を貫いていた彼女だが、顔立ちは元々幼いところがあった故、付属制服に身を包まれることで年齢の差から来る感覚を一気に霧散させ、親近感を誘った見事なコンビネーションとも言える。しかし、彼女の場合、そんなものは狙ったない。全くの天然によるもの。そんな要素が更に幼さを際立たせ、学生男子の支持を大きく集めているものかと思われる」

 

「はい、俺みたいなバカでもわかる解説をありがとうございますぅ!」

 

 康太っ!? いつの間に解説に入ってたの!? 全く気づかなかった。

 

「あはは、この格好、好評みたいなので……今度は弟君の前だけで、してあげるねー♪」

 

『──って、うぉい!?』

 

 流石音姫さん。義之個人に対するアピールも忘れていなかった。

 

 ああ、義之がいるだろう方向に男子連中の視線が一気に集中した。こりゃ義之、無事に帰れる保証がないね。

 

「お姉ちゃんのバカッ! どさくさに紛れて何言ってるのよ!」

 

 まあ、由夢ちゃん……あれが音姫さんなのだからしょうがないというか。

 

「さてさて! 補給したばかりのエネルギーがいきなり枯渇なんて事態になる前に次いっちゃいましょう! それでは次の方、風見学園の男子みんなの妹とも言える美少女、朝倉由夢ぇ!」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

「おっとー!? 由夢ちゃんは着ぐるみパジャマかぁ! モデルは猫か! ぼんやりしている目元が猫らしさを際立たせてる~!」

 

『可愛いぃぃぃぃ!』

 

『撫でてええええぇぇぇぇぇぇ!!』

 

『愛でたい! もう、お持ち帰りしてえええぇぇぇぇ!』

 

「……朝倉由夢は学園ではしっかり者だが、家では学園にいる時ほど活力はなく、自宅ではベッドの上で……もしくは芳乃家でテレビの鑑賞するかの2択」

 

「ちょ、土屋さん! 他人のプライベートを勝手に公開しないでください!」

 

「おお! 思わぬところで優等生の意外な素顔が暴露された! なんて言ってますが、みなさん。そんな彼女は好きかな!?」

 

『もちろんだ!』

 

『自宅でのんびりな由夢ちゃんも絶対に可愛い!』

 

『なんなら俺が一生面倒見るぜぇ!』

 

 由夢ちゃんも多くの男子生徒に愛されてることで。

 

「はーい、朝倉由夢さんありがとうございました~。では、まだまだ女の子はいっぱいいるんだ。どんどん盛り上がって行こうぜー!」

 

『『『わああああぁぁぁぁぁぁ!!』』』

 

「続いてはぁ! 卒業して初音島から離れた人たちが戻ってくるんだから当然この娘が戻ってくるのも当たり前! 月島ぁ、小恋さんです!」

 

「え~っと、月島です」

 

「はい月島さんの服装は、私服の上にエプロンという、なんていうか若奥様ぁ!? 着ている服は普通なのに、めっちゃかわえええぇぇぇぇ!」

 

『『『わああああぁぁぁぁぁぁ!!』』』

 

『月島さん、お帰り────!』

 

『小恋ちゃ────ん! 久しぶり────!』

 

「わわわ、ありがとう。みんな、ただいま!」

 

 小恋ちゃんの帰郷には、みんなも大喜びだそうで。なんか、すごくいいって思える。

 

 みんな大人になれば故郷を離れて別の所で人生を歩むものだろうから、帰郷なんてする機会に恵まれない人もいるだろう。

 

 帰郷する人だっているだろうが、この島ほど戻ってきた感が強い所なんて他にないんじゃないんだろうかとも思える。

 

 本当にいい所だよね、初音島……というか、この風見学園は。

 

「自由にアピールしていいってことなんだけど、あんまりいいのが思いつかなくてね~。ベースを弾こうかなとは思ったんだけど、それだと、ななかたちと被るからやめちゃった」

 

『『『ええええぇぇぇぇ!』』』

 

「だけどそしたらね、私って何にもアピールすることがないって気づいちゃった。月島的には、初音島から離れて結構大人に成長したかなって思ってたんだけど、まだまだだったよ……。あ、ごめんね! こんな話しても、おもしろくないよね!」

 

『そんなことなどないよ──!』

 

「えー、本当? お世辞でもそういうこと言ってくれて、嬉しいな」

 

 会場は完全に小恋ちゃんのペースだった。彼女にアピールすることなんてないって言ってたけど、こうして場の雰囲気を和ませることができるのは小恋ちゃんならではの才能だと思うけど。

 

「えっとそれでね、私にはアピールできることが全然ないの。だからどうしようかなってさっきから悩んでて、ん~……困っちゃったな」

 

 観客はただじっと彼女の言葉を待っていた。ん~……掴みはいい気がするけど、このままでは満足なアピールもできずに終わってしまいそうだ。

 

「しょうがないわね」

 

「うん、本当に小恋ちゃんはしょうがないんだから~」

 

 杏ちゃんと茜ちゃんが突然そんなことを言い出した。

 

「ん? どったの?」

 

「久しぶりに、雪月花の出番ね」

 

 そう言うと同時に、2人はステージへ向かって歩き出した。

 

「どーもー!」

 

「ちゃお」

 

『『『おおおぉぉぉぉ!?』』』

 

 突然の2人の乱入に会場に驚きの声が轟いた。

 

「杏!? 茜!?」

 

 無論、ステージに出ていた小恋ちゃんですら驚いている。

 

「おーっと!? ここでまさかのサプライズが発生しました! 月島小恋の窮地に親友である雪村杏、花咲茜の両名が再びの登場だー! これで雪月花そろい踏みです!」

 

『『『雪月花! 雪月花! 雪月花!』』』

 

 会場の盛り上がりは更にヒートアップしていく。

 

「助けに来たわよ、小恋」

 

「う、うん……ありがと、ふたりとも」

 

「私たちは小恋のアピールポイントを知ってるわ」

 

「え? そうなの?」

 

「小恋ちゃんは、弄られ役っていう素敵すぎるアピールポイントがあるでしょ?」

 

「それ、褒められてる気がしないよ……」

 

 そんなコントみたいな会話を続けると、会場に笑いが響いていく。

 

「ていうか、それ……私ひとりじゃアピールしようがないんじゃ……」

 

「だから私たちが助けに来たんでしょ」

 

「ま、まさか……ひゃあっ!?」

 

 2人は急に小恋ちゃんに抱きついた。それを見た男子たちが興奮の声を上げていた。

 

「私ほどじゃないけどぉ、すごいものを持ってるっていうのもアピールできる部分かな~」

 

「最高の抱き心地ね。みんなにも分けてあげたいくらいね」

 

「ちょ、ちょっとやめてよふたりとも~!」

 

 有言実行というか、衆人環視の中でセクハラして弄られ役の真骨頂を見せつけざるを得ない状況を作って会場のみんなにアピールしまくった。

 

『『『ありがとうございます! ありがとうございます!』』』

 

 それを見た男子たちは何度も感謝して頭を下げていた。いや、失礼かもしれないけど僕からも。ごっつぁんです。

 

「あ!? 私、アピールできること思いついたよ!」

 

「逃げようとしても無駄よ」

 

「違う違う! 本当なんだってば! だから、いつまでも触ってないでちゃんと聞いてよ!」

 

 小恋ちゃんは2人の抱擁から脱して難を逃れた。

 

「えっとね、私がアピールできることはね……こんなにも素敵な友達がいること、かな」

 

 小恋ちゃんの言葉に会場がしん、と静まった。

 

「小恋らしいわね」

 

 杏ちゃんの言葉に会場の全員が頷くのが雰囲気でわかる。

 

「あ~ん! 小恋ちゃん大好き~!」

 

「そんな微妙な私だけどね、今度初音島に帰ってくる時は、すごい奴になって帰ってくるから! あ、でも……私たち、もう卒業してるからみんなの前で披露する機会って、なくなっちゃうんだよね……」

 

「うん……」

 

「そうね……」

 

「あ、えっと、ずっとここにいたら、しんみりする話しかできそうにないので、月島は誰が優勝するのか楽しみにしながら退散するとします! ううん、雪月花は退散するとします!」

 

「月島小恋さん、いえ……雪月花の皆様、ありがとうございましたー!」

 

 みんなの拍手を受け、雪月花のみんなは舞台袖へと去っていった。

 

 それからもミスコンの第一次審査はどんどん進んでいった。

 

 天枷さんのブルマ姿、沢井さんの魔女姿、ムラサキさんの本場プリンセス姿など……ハイレベルなファッションとアピールポイントが盛りだくさんの第一次審査もいよいよ大詰めだった。

 

「では皆様、第一次審査も先の選手でようやく終わりました!」

 

『『『ええええぇぇぇぇぇ!!』』』

 

「はいはい、そう落胆せずにぃ! まだミスコンは半分しか進んじゃいませんよー! この前半でアピールした女子たちの中で選ばれた10名が、次の水着審査に出られるんだぜぇ!」

 

『『『わああああぁぁぁぁぁ!!』』』

 

「この会場の両サイドに机が並んでるのが見えますかなぁ!? そこに用意されてる用紙に自分が一番だと思った女子の名前をひとり書いて隣に置いてある箱に投票してください! ちなみにひとりですよ! みんな可愛いなどと思うみんなの気持ちはよくわかるが、あくまでもミスコン。女子たちの勝負なんだからな、俺たちも厳正なる精神で心に決めたひとりに投票しようぜ!」

 

 渉の説明を受けて会場のみんなが一斉に動きだした。一応僕もななかちゃんのサポートしたとはいえ、観客扱いとなっているので、投票しなければならない。まあ、投票する相手は決まってるけど。

 

 それから30分ほどかかって投票及び集計が終わり、会場にいる人たちが元の位置に戻った頃を見計らって渉は再びマイクを掲げる。

 

「えー、お待たせしましたぁ! ただいま届いた集計の結果! この中から選ばれし10名が、水着審査でみんなを悩殺しまくるぞぉ! みんな、覚悟して聞いとけ!」

 

『『『わあああぁぁぁぁぁ!!』』』

 

 いよいよ発表される、一次審査を通過した強者たちの名が。

 

「まずは皆さんもご存知、当学園の歴史に残る元生徒会長、朝倉音姫ぇ!」

 

 ひとりめ、音姫さんはまあ、当然か。というか、そうでなくては困るんだけど。

 

「次に、その妹の朝倉由夢ぇ!」

 

 由夢ちゃんも残ったか。まあ、結構愛くるしいアピールだったし。

 

「そしてぇ、白河ななかぁ!」

 

 ななかちゃんは当然上位に決まってるよね。

 

「まだまだぁ! 月島小恋っ! 雪村杏っ! 花咲茜っ! 雪月花3人共上位入りだぜぇ!」

 

 あの3人も当然といえばそうだろう。それに、3人で同じステージに立ってたからそれだけ評価されたのだろう。

 

「一気に行くぜ! 高坂まゆきっ! 天枷美夏っ! エリカ・ムラサキ! そして、委員長ことマーヤー様ぁ!」

 

「ちょっと! なんで私だけそんな紹介っ!?」

 

「以上、10名が! みんなの前で水着を披露してくれるぜぇ!」

 

「ちょ、こら! ちゃんと名前で紹介しなさいよぉ!」

 

 沢井さんのツッコミを無視して渉は強引にイベントを進めていく。

 

「おらぁ、みんな! 心の準備はできてるかぁ!」

 

『『『おおおおぉぉぉぉぉぉ!!』』』

 

「これからみんなの前に来るのは制服というヴェールを脱ぎ捨てた、地上に舞い降りた天使たちの水着姿だ! そんなのを直視してお前ら、タダで済むと思うか?」

 

『知ったことかああぁぁぁぁ!!』

 

『あれだけの美少女の水着姿を見られるなら、この命……燃え尽きようと悔いなどないわああぁぁぁ!』

 

『死ぬ覚悟なんて、とっくにできてるわぁ!』

 

 なんかこの光景……すっごくデジャヴを感じる。いや、僕も内心みんなと同じ気持ちだったりするけど。

 

「いい覚悟だ。お前らの気持ちが聞けたと同時にこっちも準備ができたようだ。みんな気を引き締めろ! いよいよ来るぜぇ。皆様お待ちかねの! 水・着・審・査だぁ!」

 

 いちいちオーバーなアクションを入れながらスピーチする渉。こういう時、本当に輝くね。これ、もしかしたらバンド以上かも。

 

「いざ、刮目してみよ! 風見学園の誇る10人の美女の水着姿をー!」

 

 渉が叫ぶと同時にステージの幕が上がった。

 

「おぉ……!」

 

 僕は思わずステージ上のみんなに魅入ってしまっていた。

 

「どうだ! ビキニ! パレオ! スク水! あらゆる水着姿を用意してやったぜ! 全員、その目に焼き付けろ!」

 

『『『おおおぉぉぉぉぉ!!』』』

 

『音姫さん……可憐な』

 

『由夢ちゃん……生きててよかった』

 

『ななかちゃん、やっぱり可愛いぜぇ!』

 

『ていうか、花咲さんのアレ……ただの布だろ! 布だけ!』

 

『ムラサキさんの着こなしも、すげえ! 流石は姫というべきか、まるでモデル……いや、それ以上だ!』

 

『沢井さんのあの水着……まるでマーヤー様だぁ!』

 

 ステージのみんなを見る生徒たちが口々に感想を言い合っていた。

 

 これは圧巻というか、百花繚乱という言葉が浮かび上がってくる光景だ。

 

 ななかちゃんはやはり可愛いが、他の人たちも上位に残ってるだけあって、魅力的な姿だった。

 

『あああぁぁぁぁぁぁ!!』

 

 みんなの水着姿を見つめてると、会場内の何処かから悲鳴に似た叫び声が響いた。

 

「おや? 何やら騒がしいですねぇ。どうしました?」

 

『大変です! 鼻血を出したり、股間を抑えている男子が急増中です!』

 

『こっちも! スマホを構えたまま横転している女子が急増中です!』

 

「ありゃりゃ。来るだろうとは予想してたけど、こいつは計算以上だな」

 

『ダメです! 手が足りません! 誰か応援を!』

 

「そう来るだろうと思って既に準備は進めていましたよ! つうわけで、出番だぜ野郎ども!」

 

 はいはい、わかりましたよ。

 

 渉の言葉を聞いて僕は傍に置いてあった道具を持って会場へと躍り出た。

 

「康太はすぐに輸血の準備を! 秀吉は止血と気付けを!」

 

「……合点!」

 

「承知した!」

 

 僕と康太、秀吉はかつての経験を活かし、ミスコンの裏方を務めると同時に、この手の緊急事態にすぐに対処できるようステージ裏に控えていたのだ。

 

「いやあ、やっぱこの子たちに任せると作業が捗るわぁ。この子ら、今やってる職よりもうちの病院に務めてほしいわ~」

 

「水越先生! 感心してないでこっちもお願いします!」

 

「はいはい」

 

 こうして倒れた生徒たちは僕らや保健委員たちの手によって速やかに会場から救急搬送されました。

 

「ふ~……ちょっとしたトラブルもありましたが、第二次審査も無事に終えることができました」

 

 出場者はいいけど、観客は無事じゃなかったけどね。

 

「みなさん、女の子たちの水着姿……バッチリその目に焼き付けたか?」

 

『『『おおおぉぉぉぉぉ!!』』』

 

「そうか! ですが残念な事に、女の子たちのアピールタイムはこれでおしまいです」

 

『『『ええええぇぇぇぇぇ!!』』』

 

「打ち合わせをしたかのような素敵な反応、ありがとうございます! ですが、まだ完全に終わったわけではありません! 我々はこのミスコン優勝者を決めなければならないのです!」

 

 渉が言うと同時に、会場が再びガヤガヤと騒ぎ始める。

 

「ミス風見学園コンテストミラクルキラキラ、卒業生と在校生の夢のコラボレーション! 優勝者は、いったい誰なのでしょうか!?」

 

 それから再びあの子がいい、あの子も捨てがたいなど、誰に投票するかの談義が始まった。

 

 僕はやっぱりななかちゃんに投票するかと、用紙に名前を書いている途中、ふと義之の姿が見えた。

 

 何やら悩んでるようだが、頭を何回かかいたかと思えば、用紙をポケットに入れて会場を後にした。

 

 おい、まさか義之……誰にも投票しないつもり? 君は音姫さんが一番じゃなかったのかい?

 

 まあ、料理対決でも全員美味しかったなんてことを宣った奴だ。これも予想は出来る。

 

 それにしても、誰にも入れないとは……まあ、結果がどう転がっても義之にはもうひとつ仕事が残ってるしね。

 

 僕も最後の仕事に入るとしますかね。そう思ったところでポケットに入れていた携帯が震えた。相手は……杉並君か。

 

「……もしもし?」

 

『俺だ。例の作戦の最終準備に入る』

 

「了解。こっちもすぐに出るから」

 

『悟られるなよ?』

 

「当然」

 

 僕は携帯を切ると、体育館を後にした。さぁて、本当の祭りはこれからだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間はあっという間に過ぎるもの。祭りや、ミスコンもあって、大騒ぎしたあの時間が嘘のようだ。

 

 今の時刻は夜。昼間とは対照的に辺りは静まっている。いや、静まっているわけではない。

 

 まだ昼間の興奮冷めやらぬという感じで、はしゃいでいる奴も多い。

 

 けど、このイベントに満足しているのか、感慨深い思いがこみ上げて校舎やグラウンドを見回しながら黄昏てたり、涙ぐむ者も多い。

 

 無茶なスケジュールに無茶な計画。みんな、本当によくここまで付き合ってくれたもんだよ。

 

 俺は感謝の気持ちで胸がいっぱいだった。みんな、さくらさんのためにこんなにも呼びかけに応えてくれて、さくらさんが帰ってきたことを祝ってくれた。

 

 俺も、目頭が熱くなってきた。

 

「気持ちはわからんでもないが、感傷に浸るのは少々早すぎるというものではないか、同士桜内よ」

 

 背中から声をかけられる。

 

「そういうことだぜ、義之ちゃん。俺たちの最大の見せ場を残したまましんみりしちゃうってのは、ちょーっと気が早いってもんだ」

 

「そうそう。泣くのは全部終わってからね」

 

 振り返ると、そこには杉並に渉、明久が立っていた。

 

「……誰が泣くって?」

 

 学生の時と同じように悪い笑みを浮かべながら好き勝手言ってくれる。

 

 本当、いい親友を持ったよな。おかげでこんなことを全力で楽しめるんだから。

 

「そうだな。これからが俺たちのショーの始まりだからな。びしっと気合入れていかないとな」

 

「おうよ。ってことで、俺は早速スタンバイしてくるぜ」

 

「僕も、そろそろ行かないとね」

 

「タイミング、トチんじゃねえぞ?」

 

「そんなヘマするわけねーだろ? お前たちこそ、ちゃんと盛り上げてくれよ」

 

「任せておけ。今までの祭りがただの前座に過ぎなかったってことを見せつけてやるさ」

 

「僕たちが全力込めて練り上げた作戦なんだからね」

 

「じゃあ、一丁ぶちかますか!」

 

「「「おう!」」」

 

 俺たちが行動に移ろうとしていた時だった。

 

「──っと、桜内。お前には別の役目を受けてもらいたい」

 

「あ? 何だよ、急に。俺も準備が」

 

「桜内の代役はすでにこちらで用意している。貴様には別の役目を負ってもらいたい」

 

「別の役目?」

 

「ああ。お前にしかできない大事な役目だ」

 

 こいつがこういう時は何か怪しい気もするが、今回の大事は本当に純粋な意味の気がする。

 

「……わかった。俺はどうすればいい?」

 

「俺が支持するまで会場の一番後ろで待機してもらえばいい」

 

「了解だ。ちゃんとうまくやってくれるんだろうな?」

 

「当然だ! 俺を誰だと思っている!」

 

「だったな。じゃあ、頼んだぜ」

 

「任された!」

 

 そう言って杉並も作戦のためにこの場を去っていった。

 

『それでは、ここで本日の最優秀クラスの発表を行います』

 

 閉会式を兼ねたグラウンドでのキャンプファイヤーの中、音姉のアナウンスが流れる。

 

『今日の主役であり、審査委員長の芳乃さくら学園長、よろしくお願いします!』

 

 沸き起こる拍手と大歓声の渦。その中をさくらさんが歩き、朝礼台の上に立った。

 

 そして、夜の筈なのに、眩しいものを見るように目を細め、周囲の生徒たちを見渡す。

 

『みんな、今日はありがとね。こんなに素敵な生徒たちに囲まれて、ボクはホントに幸せ者だよ。クリパ、卒パ、文化祭に体育祭、今まで風見学園でたくさんのお祭りをボクは見てきましたが、今日のお祭りもそれらと比べて、何の遜色もない……ううん、それ以上に素敵なお祭りだったと思います! みんな、すごいっ!』

 

『『『おおおおぉぉぉぉ!!』』』

 

 生徒たちの歓声がグラウンドに響く。

 

『このお祭りを大成功に導いたのは、間違いなくここにいる全員です。だから、ボクとしては本当はみんなに最優秀賞をあげたい気持ちなんだけど……音姫ちゃんに選んでもらえないと困りますと怒られちゃったので──あ、ここだけの話だけど音姫ちゃん、怒ると怖いんだよ。ニコニコ笑いながらね、人の最も嫌がる所を的確に攻撃してくるの。それも、絶対に逃がさないようにしながら」

 

 確かに……俺も、秘蔵のコレクションが見つかった時にも同じようなことをしてきたからな。

 

『もうね、その時の恐怖感と言ったら、他に例えようのないくらいにね──』

 

『さ、さくらさん!」

 

 耐え切れなくなったのか、音姉が声を上げて抗議してきた。そのやりとりにどっと観衆が沸いた。

 

『にゃはは。これ以上言うと、後で音姫ちゃんに本当に怒られちゃうので、それでは、本日の最優秀クラスを発表したいと思います! 本日の最優秀賞は──』

 

 さくらさんがタメを入れると同時に、シンと静まり返るグラウンド。

 

 さくらさんは幸せそうにぐるりと周囲を見回して、発表しようと大きく息を吸い込む。そんな絶妙のタイミングだった。

 

『ちょぉお──っとまったぁぁぁぁ!!』

 

 静まり返った空気が切り裂くが如く、別のマイクに乗せた杉並の声が響き渡った。

 

『芳乃嬢の言う通り、本日のこのイベントは大成功。大いに盛り上がったことに間違いはないと思う。それもこれもみんな、突然の発案であり、更に短い準備期間にも関わらず、全力を尽くしてくれた皆々様の協力があったからこそのもの! そのことに関しては、俺からも感謝をすると共に、心より健闘を讃えたいと思う!』

 

 杉並の言葉と共に大きな拍手と歓声が沸き起こった。全くというわけでもないだろうが、もうさくらさんの存在が薄くなっていってる。

 

『だが、しか────しっ! まだ何か物足りないと思ってるのではあーりませんか、皆の衆! 今宵の祭り、未だ真打ちが登場していないのではないかと考えてはおりませんか?』

 

 みんながガヤガヤと騒いでいく。さくらさんはその様子はただ面白そうに見つめるだけ。

 

『あまりにも我々非公式新聞部が静かすぎると、そんな風に感じているのではありませんか?』

 

 みんな思ってるだろう。『いや、そんなことはないだろう』、と。

 

 どんな手を使ったのかは知らないが、音姉たちを巻き込んで大規模なミスコンを開催したりとか。

 

『もし、ミスコンのことを考えてるようなら、それは大きな間違いだ! それを実行したのは確かに俺だが、別に非公式新聞部の手を借りたわけではないし、それは俺の発案ではない!』

 

 杉並の言葉に再びみんなが騒ぎ出す。アレが杉並の発案じゃないって?

 

 じゃあ、一体あのミスコンは誰が考えたというのだ?

 

『だが、今はそんなことはどうでもいい! 我々は今ここに見せつけて差し上げよう! この祭りのフィナーレに相応しいとびっきりの演目を!』

 

 まあ、ちょっと疑問が残るが、予定ではここで俺たちが毎晩仕込んだあの仕掛けを発動させれば──

 

『ここで! まずひとつ、皆様に大事なお知らせがございます!』

 

 ──ん? あれ? なんか、予定と進め方が違う気が……。

 

『皆さん、忘れてらっしゃるようですが……我々はまだ、昼間開催したミスコンの頂点の集計を発表していませんでしたよね?』

 

 杉並の言葉にそういえば、と周囲のみんなが口々に言っていた。

 

『今、この場を借りてその集計の結果を発表しておきたいと思います!』

 

『『『わああああぁぁぁぁぁぁ!!』』』

 

 いきなりこの場を使ってなんで今更ミスコンの結果を発表するつもりなのか、杉並は俺の不安に目もくれずどんどん進めていく。

 

『では、発表いたしましょう! ミス風見学園コンテストミラクルキラキラ、卒業生と在校生の夢のコラボレーション! その頂点を制したのは──』

 

 ドゥルルルルルル! と、趣向を凝らしたのか、本格的なドラムの音がしばし響いた。

 

『『『…………っ』』』

 

 この場にいる全員が息を飲む音が聞こえた気がした。そんな緊張感が漂って更に数十秒。

 

『…………全員』

 

『『『…………は?』』』

 

 杉並の言った事が呑み込めないのか、全員が間抜けな声を出す。

 

『全員っ! 集計の結果、トップ10に残った女性全員が同数の票を勝ち取り、全員が同1位という結果になった!』

 

『『『ええええぇぇぇぇぇぇ!?』』』

 

 ま、まさか、そんなミラクルがここで発揮されるか?

 

「え~? じゃあ、結局優勝は~?」

 

「私たち全員ってことになるけど、何か納得いかないわね」

 

「あはは……すごいことになったね」

 

 まあ、若干納得できてない者もいるみたいだが、それだけみんなが甲乙つけがたいほど魅力的だったということだろう。

 

『たぁだぁしっ! これが本当に全員から得た投票だった場合だがな!』

 

「ん?」

 

 何か、杉並が思わせぶりなことを言ってるのだが。

 

『時に、桜内義之!』

 

「な、何だよ……マイク越しで、フルネーム叫ぶなよ」

 

『桜内……ひとつ聞くが、貴様は誰かに投票したのか?』

 

「……へ?」

 

『貴様は特定の女性に票を入れたのかと聞いているのだ』

 

「……あ」

 

 そういえば、結局みんな魅力的だったから、誰にも票を入れてないんだった。

 

「え? 義之?」

 

「ま~さ~か、義之君?」

 

「また票を入れなかったの?」

 

「弟君?」

 

「兄さん?」

 

 ミスコンで勝ち残ったトップ10の皆様、そしてグラウンドに佇んでいる皆々様に、さくらさんの視線が一斉にこちらに集中する。

 

「あ、ちょ……」

 

『さあさあ、桜内。後は貴様だけなのだぞ?』

 

「ちょ、ちょっと待てよ! 別に俺だけじゃなくて、他にも票入れなかった奴はいなかったんじゃないのか!?」

 

『確かにそんな奴もいたにはいたし、接戦は予想していたが、よもやこのような結果になるとは思わなかった。無論、俺としてはこのまま全員優勝というのも考えてはいるが、それはトップ10の皆さんは納得いかないようだが?』

 

 杉並の言葉にトップ10のみんなが頷いた。こんな所でこいつに加担しなくても!

 

『とのことなので……これからのためにも、お前に選んでもらった方が好都合なのでな』

 

「意味がわからん! 何で俺なんだよ!」

 

『それは桜内……貴様にはここで言うことを言ってもらわなくてはならんからな!』

 

「は?」

 

 今度こそ意味がわからん。何だ、言うことって?

 

「さあ、早くしないか!」

 

「ちょ、いつの間に!? っていうか、引っ張るなよ!」

 

 いつの間にか俺の傍に来たのか、俺の手を引っ張ると、朝礼台に無理やり連れてかれた。

 

「すみませんが、芳乃嬢。この度はしばらくこの場を貸してはもらいませんかな?」

 

「にゃはは……よくわかんないけど、なんか面白くなりそうだからいいよ♪」

 

 さくらさんは喜んで杉並に従って朝礼台から降りた。

 

「杉並……一体どういうつもりだ? 予定じゃ、これからさくらさんを祝うために……」

 

「それもそうだが……芳乃嬢に送るスペシャルプレゼントには桜内の協力が必要不可欠なのだ」

 

「いや、だから俺も手を貸して──」

 

「時に桜内」

 

「聞けよ、他人の話」

 

 俺の話も聞かず、杉並がずい、と俺に肉薄してくる。

 

「今この場で……お前の内なる想いを口にすべきではないのか? お前のその情熱を」

 

 杉並が煽るように言う。ていうか、内なる想い……情熱?

 

 ……ちょっと待て。まさかと思うが……。

 

「おい、杉並。何でお前がそれを知ってる?」

 

「俺を誰だと思っている同士桜内。それくらい察しがついている……と言いたいとこだが、これはとある密告者の協力があってな」

 

 密告者だと? 俺のこれを知ってるのは……まさか。

 

『……(グッ!)』

 

 明久だったのかあああぁぁぁぁ!? サムズアップしてガンバとエールしてるが、あいつよりにもよって最悪な奴に密告していやがったのかああぁぁぁぁ!

 

 てことは、この状況もミスコンの発案者ってのもあいつか!

 

「さあ、桜内。さっさと決めた方がいいぞ! ……吉井が与えた最高のシチュエーションとサプライズプレゼントなんだぞ」

 

 最後にひっそりと耳打ちされた。

 

 なんてことしてくれたんだという気持ちもあるが、確かにどう告白したものかとずっと考えてみたが、どんなシチュエーションでってのはずっと思い浮かばなかった。

 

 せっかく告白しようものなら、一生心に残るような衝撃的なものにするのもいいだろう。

 

 まあ、衝撃的なら明久の告白も大概なんだが。

 

「えっと……では、発表します!」

 

『『『おぉ!?』』』

 

 う……やるぞ、と思ってもこの視線は流石にキツイ。

 

「ん、んんっ! あ、あー……この度のミスコンの優勝者は……」

 

 俺が辺りを見回して特定の人物を探し、数回深呼吸を繰り返して心を落ち着ける。

 

「……音ね、じゃない。……朝倉音姫さんです!」

 

『『『おおおおおぉぉぉぉぉ!!?』』』

 

「……え? え、え? わ、私……?」

 

 当の本人は自分が優勝者だというのを受け止めきれてないのか、呆然としている。

 

「さあさあ! その手……もとい、美貌で優勝を勝ち取った朝倉音姫さん! 表彰を始めますので、朝礼台に移動願います!」

 

「え? あ、はい……」

 

 音姉はいまだ混乱したまま朝礼台へと移動した。ちなみに表彰なんてものはない。

 

 これは最初からあいつらが仕組んだものだったんだから。集計だって本当かどうかもわからん。

 

「え、えっと……弟君?」

 

 俺の正面に来た音姉が目をパチクリさせながら互いに向き合う。

 

「えと、音姉。優勝おめでとう」

 

「あ、うん。ありがとう、弟君♪」

 

 俺が労いの言葉をかけたら一気に実感したのか、いつもどおりの声色に戻った。

 

「あー、表彰に移る前に、音姉に言っておきたいことがある」

 

「ん? はい」

 

 それからは周囲から音が消えた気がした。いや、実際みんなが口を閉ざしたのだ。

 

 いきなり静まった中で、聞こえてくるのは俺の心音だけ。その音を聞くだけで、緊張がどんどん膨れ上がっていく。

 

 今にも逃げ出したい気分にもなってしまうが、俺はここで音姉にちゃんと伝えなければならない。

 

 親友たちが用意してくれたこの舞台で、俺のありったけの気持ちを。

 

 とても勇気のいる言葉。とても覚悟のいる言葉。それでいて自分の正直な気持ちを。

 

「あ……俺は、音姉が好きだ!」

 

 俺の口から、そんなシンプルな……けれど、ありったけの勇気を絞り上げた言葉が出た。

 

「……え?」

 

 音姉がポカンとした表情を浮かべた。状況を理解できてないのか。

 

 他の奴らも俺がこんなことを言うとは思わなかったのか、静まり返っている。

 

 いや、まあ……俺も同じような状況下で告白されたら同じことを思うかもしれないけど。

 

「あ、えと……ごめん。もう一度言っていいか?」

 

「あ、うん……」

 

「世界で一番、音姉のことを愛している。俺と、結婚を前提に付き合っていただけませんか」

 

 一瞬の静寂の後だった。

 

「そ、それ、本当……?」

 

 音姉は掠れるような小さな声で訊いてきた。

 

「そりゃ、こんな時にこんな言葉を冗談で言わないよ。こんな、大切な言葉……。俺は、本当に音姉のことが大好きだ。一生守りたいし、一生……音姉を愛し続けたい」

 

 だから。

 

「俺と、結婚してくれませんか」

 

 頭を下げた。ちょっと最後の言葉は早い気もする。

 

 けれど、俺は自分の想いを打ち明け、深々を頭を下げながら音姉に手を差し出した。

 

「はい」

 

 音姉が涙を零しながら俺の手を静かに取った。

 

「うれしい……ありがとう、弟君……」

 

「音姉、泣かないでよ」

 

「だって、すごく嬉しいから……。それに泣かせたのは、弟君だよ……」

 

 そこを突かれると痛いな。

 

「音姉は笑顔が似合うんだから……俺に笑顔の音姉を、見せてほしい」

 

「うん!」

 

 そして、音姉は今までの人生の中で一番の笑顔を浮かべてくれた。

 

『会場の諸君ら、晴れて恋人……否、夫婦となった桜内義之と、朝倉音姫に盛大なる拍手を!』

 

 拍手喝采。そんな言葉が浮かんでくるような大量の拍手が次々に鳴り響く。

 

『おらー! 桜内──っ! 羨ましいんだよこの野郎──!』

 

『俺たちの音姫さんを攫いやがって──っ!』

 

『けど、なんか泣ける……!』

 

『涙が……溢れてきやがる!』

 

『おめでとう! 音姫さん!』

 

「ありがとー!」

 

「お姉ちゃん、か……うん。お似合いだよ!」

 

「わわわ……生のプロポーズ、聞いちゃった」

 

「予想外の展開ね……。先、越されちゃったわね」

 

「あはは、しょうがないよ……でも、あの2人で良かったかも、だって、すごく幸せそうだもん」

 

「おぉ──っ! 桜内、音姫先輩、2人共幸せになーっ!」

 

「おめでとう、義之君!』

 

 色んな人から送られるからかいの言葉と祝いの言葉。次々と胸が満たされていく気がする。

 

『さてさて、会場にいる諸君ら。まだやり残していることがあると思わないか?』

 

「ん? やり残したこと?」

 

 ここまで来て、あいつは何を言ってるのだろうか? もう、俺の想いは全部言い切ったと思うんだが。

 

「あ、はいはいはーい! 私、わかっちゃった!」

 

『では、そのやり残したことを花咲に答えていただくとしよう!』

 

「キ・ス♪」

 

『正解っ!』

 

 なるほど、キスか。確かにこの場でまだやってなかったな。

 

「──って、なるほどじゃねーよ!」

 

 つか、この公衆の面前でキスしろってのか!?

 

『『『キース! キース! キース! キース!』』』

 

 もうみんなノリがよくなって、口々にキスコールを連発しやがってるし。しかも、さくらさんまで。

 

「どうするの、弟君?」

 

 どうにも音姉は嫌がってるようには見えない。まあ、学生時代も散々人前で過剰なスキンシップを取った彼女だ。

 

 むしろこの状況を楽しんでいるようにも見える。

 

「ああ、音姉が嫌だっていうならやらないけど……その感じだと違うみたいだな」

 

「私はいつでもいいよ?」

 

『『『キース! キース! キース! キース!』』』

 

「ええい、喧しいわ! やりゃあいいんだろ!」

 

 もう、こうなったら覚悟を決めるしかない。

 

「ん……」

 

 こうなれば、緊張感も何も今更関係ない。できれば音姉との時間をゆっくり楽しみながらしたいものだが、この状況ではそんなことはできない。

 

 なので、みんながするかと凝視させる間もなく音姉の唇に自分の唇を重ねた。

 

『『『おおおおおぉぉぉぉぉ!!』』』

 

 まるで結婚式のノリみたいに歓声が湧き上がり、もう初音島中に響いたのではないかと思った。

 

「えっと、こういう時のキスって……なんて言うんだろうね」

 

「誓いのキス?」

 

「いや、それは結婚式の時のやつだろう……これはちょっと違う気もする」

 

「じゃあ、特別なキスじゃないか……でも、すっごく幸せなキスなのかも」

 

「……そうだな」

 

 その時見せた音姉の顔があまりに魅力で……俺はもう一度音姉とキスをした。

 

 再び上がる大歓声。鳴り止まない拍手。祭りのフィナーレとしては最高だろう。

 

 なんか、さくらさんを祝うパーティーの筈だったのに、いつの間にか俺たちが主役になっちゃってるような。

 

「あはは……義之君、立派になっちゃったね。しばらく見ない間に、本当に大きくなったんだね」

 

 さくらさんが眼に涙を浮かべながらこちらを見ていた。

 

 まあ、あの人が喜んでるなら、それもいいかもしれないな。

 

 俺をこの世界に生み出してくれた……俺をずっと見守ってくれて……俺と音姉たちを引き合わせてくれて……そして、呼び戻してくれて……。

 

「……ありがとう、母さん」

 

 本当に、さくらさんにはいくら感謝してもしたりない。本当にありがとう、母さん。

 

『では、両者の愛を確かめ合い、芳乃さくら嬢にとって最高のプレゼントを渡せたところで、ここからが我々非公式新聞部&我が同士桜内義之、板橋渉、吉井明久からのもうひとつのサプライズプレゼンツ!』

 

 これからは本当に予定通りのイベントの始まりだ。杉並が踊るように手を校舎の方へ差し出す。

 

『渉! このタイミング!』

 

『オッケー! 一丁ぶちかましたるぜ!』

 

 明久や渉のテンションの高い声が響くと同時に変化は起きた。

 

『夢の夜に舞う桜の花びら。光と音がしのぎを削る春色の交響曲。名づけて『桜風のアルティメットバトル』でございます!』

 

 壮大な音楽が鳴ると共に夜空に次々と打ち上がる花火。そして、学校の屋上の金網に仕込んださくらさんの帰りを祝うネオンメッセージ。

 

 伝わっただろうか。俺たちの言葉を……。

 

 そしてみんなはどうだろうか……今この瞬間を、どれだけ幸せだと思ってくれてるだろうか。

 

 この初音島でみんなに会えてよかったと……俺と同じ気持ちを、みんなで分かち合えてるだろうか。

 

「弟君」

 

「ん?」

 

「みんな……すごい幸せそうだよ」

 

「……そうだな」

 

 考えるまでもない。みんなを見れば……同じ幸せの色が溢れてることがわかる。

 

 隣にいる音姉、ずっと俺のことを見てくれてありがとう……。

 

 由夢、ぐーたらだけど……いつも傍にいてくれて、ありがとう……。

 

 渉、杉並……バカやってばかりだけど、いつも大事なところで俺の背中を押してくれて、ありがとう……。

 

 小恋、杏、茜……主に2人にからかわれ、小恋に慰められたりの毎日で、だけど……そんな日常を今では楽しかったと思ってる。俺の学園生活を明るくしてくれて、ありがとう……。

 

 明久……異世界から来た時は驚いたし、腰を抜かすほど大それたことを平気でやってこっちは度肝を抜かれる日々だったが、いつもみんなのために行動してくれていた。俺の存在が消えそうな時も助けてくれたと聞いた時は本当に嬉しかった。ありがとな……。

 

 他にも、いろんな人たちからたくさんの思い出ももらった。そしてこれからも同じようにそれを受け取って、助けられて、これからの日常に色が浮かんでいく。

 

 みんな……本当にありがとう。

 


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