パーティーの出し物を決め、バンドの練習を重ね、更に当時のクラスのみんなで出し物の準備に勤しみ、時間はもうすっかり夜になったこの頃……。
「えー、それではただいまより~、第……んと、何回目だっけ?」
「別に何回目でもいいだろ。とりあえず、真に男を虜にするのは誰か……最強料理対決、ここに開催だ!」
「「「イェー!!」」」
「……ドンドン、パフパフ~」
「ひゃっほー! 待ってました!」
「待ちかねたぞ」
雄二の開催宣言に僕たちはノリよく口笛や拍手を家庭科室に響かせる。
「わーわー! パチパチパチ」
「お腹がすきましたわ」
「私もお腹空いたわ」
「みんな、はしたないなあ。美夏なんかこれっぽっちも、お腹なんか空いてな──」
──ググゥ~~~~!
「なんだとっ!?」
言葉とは裏腹に、天枷さんはとても空腹だったようだ。
「おやおや?」
「これは何の音かな?」
天枷さんの空腹を訴える音が聞こえると、ななかちゃんと高坂さんがからかいに入る。
「ち、違う! これは違う! 別の音だ! 腹の虫ではない!」
「別にそこまで否定せんでも……」
「つか、思いっきり空腹じゃねえか」
「それよりも、そろそろ始めた方が良いのではないかの?」
「……料理が冷めてしまう」
「それもそっか。というわけで、選手の入場です!」
それから選手の紹介に入る。
「エントリーナンバー1番! 料理をさせたら右に出る者なし! 音姫シェフとは私のことだ! 朝倉音姫──っ!」
「シェフじゃないよ~」
「シェフならここに最有力候補がいますけど」
義之が僕を指して言った。
「既に雑誌とかに出てる吉井は論外。というか、この料理対決は女子限定だし」
「なんで女子限定なんですか……」
「いいじゃねえか! 明久の料理も食ってみてえけど、俺はもうこの女神たちの料理だけ食えれば何もいらねえ!」
大げさな、と雄二が呆れた顔して言うが、渉の気持ちもわからないでもない。
まさかこうしてみんなの手料理を食べる機会を得ようとは思わなかったからね。
「続きまして、エントリーナンバー2番! あたい、お姉ちゃんを越えたい! 健気な妹が苦手な料理で一念発起っ!? 朝倉由夢ぇ──っ!」
「なんで、あたい……」
「いつの時代のスケバンですか……」
「いいぞいいぞー!」
「ある意味、一番の楽しみだな」
そういえば、この場にいる人のほとんどは由夢ちゃんの料理はいつぞやの料理対決以来だったからな。
あの時は突然今回と同じような料理対決を催されて急な展開にテンパった由夢ちゃんがペースを乱して僕が教える前の腕前を発生してしまい、ちょっとした惨事を起こしてしまったのだ。
いや、あの時は本当に大変だった。由夢ちゃんの料理を食べた義之と渉を蘇生させるのに苦労したよ。
「さてさてお次はエントリーナンバー3番! 癒し系アイドルは料理も上手だったぁ! 朝倉音姫の対抗馬、月島小恋ぉー!」
「お、音姫先輩の対抗馬なんて、滅相もないですっ!」
「月島ああぁぁぁぁっ!!」
「板橋、少しうるさいぞ」
「あい……」
小恋ちゃんの登場に渉が雄叫びを上げるが、天枷さんのお叱りを受けて一気に落ち込んだ。
「続きまして、エントリーナンバー4番! その悩殺ボディに負けず劣らず、料理もボリュームで悩殺だぁ! 花咲茜ぇええっ!」
「うふふーん♪ とろける美味しさだよー!」
「ぬあああぁぁぁ、茜えええぇぇぇ!」
「板橋、今度そのような奇声を上げれば、即座に貴様を斬る」
「あ、はい……」
再び雄叫びを上げる渉に秀吉がとても低い、ドスの効いた声を使って渉を黙らせた。
雰囲気もまるでヤクザの纏うそれだ。流石演劇のエース。その腕前は留まる所を知らない。
「そしてラストはこの方! エントリーナンバー5番! 心当たりがある奴は、悪い事は言わん。素直に彼女に謝っておけ! 雪村杏ううぅぅぅぅ!」
「うふふ……今回の犠牲者は誰かしらね」
「怖いよ」
「くれぐれも、料理に変なもの混ぜないでね?」
「ど、どどどどどうしよう?」
「いや、何でそこまで震えるんだよ?」
「こここ、心当たりがありすぎて……」
「一体今までお前は何やったんだよ」
震える渉を置いて、紹介後の料理のお披露目に入る。
「各選手、それぞれ自慢の家庭料理を作って持ってきてくれました! この教室は既にいい匂いで満たされております! あー、お腹減った! さっさと食べちゃいたいとこだけど、とりあえず審査員の紹介ね。まずは、タッパー持参は当たり前! 永遠の非モテ男子、板橋渉ぅぅぅぅ!」
「基本だから! タッパー持参は基本だからね、みんなぁ!」
「誰に言ってるの、渉……」
「必死すぎ」
「まるで節約マニアの主婦ね」
「そんなんだから永遠の非モテ男子なのですわ」
「ああ、みんなの蔑む視線がイイッ! もっと見てっ! 俺のことをもっと見下して!」
「そして久しぶりのM開花だし……」
その様子を見て女子のほとんどが引いてるし……。これでは本当に一生非モテもままになりかねない。
「はいはい、バカは放置することにして、続いてはあたしの永遠のライバルで、何故かグルメな舌を持つ男ぉ、杉並──!」
「スクイズィート! デリツィオーゾ! グストーゾ! オッティモ! セ・ボーン!」
「何故最後だけフランス語なんだよ……」
「次はまとめて一気に色気より食い気な娘たち! 白河ななか、エリカ・ムラサキ、沢井麻耶、そして天枷美夏ううぅぅぅぅ!」
「ち、違います! くじ引きの結果、食べる側になっただけですわ!」
「そ、そうよ! 私だって料理くらいできます!」
「んー、私は色気より食い気かもー♪ 明久君の料理、美味しいから!」
ななかちゃん、嬉しいことを言ってくれる。
「さぁそして! この男が勝敗の行方を握ってると言っても過言ではない! ご存知、弟君こと桜内義之!」
「なんで俺がそんな重要ポジションにいるみたいに!」
でも、実際そうだと言っても過言じゃないのは確かだからね~。
「弟く~ん! よろしくね~!」
「兄さん、わかってますよね?」
「義之く~ん! 私に清き一票を入れてくれるよね?」
「義之……無事明日の朝日を眺めたいなら、誰を選択するべきか、言うまでもないわよね?」
「最後が怖いよ!」
杏ちゃんのはもはや脅迫だ。
「ほら、小恋ちゃんもアピールアピール」
「え、えっと……あは……義之、美味しいと思うから、たくさん食べてね」
「お、おう……ありがとう」
わあ、小恋ちゃん……あのもじもじした仕草で上目遣いのあの言葉はとんでもないコンボだ。
例え心に決めた人がいようと、あれで靡かない男はいない。現に僕も結構クラっと来たし。
「明久く~ん?」
「僕はななかちゃんしか見てません、はい!」
してない。僕は決して目移りなんかしてないからね!
「私は色気より食い気じゃないのに」
「沢井、まだ言ってるのか?」
「だ、だって! そういう高坂さんだって、食い気の方でしょ!」
「当たり前よ。何もしないでみんなの美味しい料理が食べられるんだから、断然そっちの方がお得じゃない!」
「うわぁ……」
あまりにもハッキリ言うから、呆れを通り越して感心すら覚える。
「色気より食い気、万歳だコンチクショー! 毎日毎日陸上陸上で大学生になってもまだ彼氏がいないのよ、文句あるかー!」
「す、すいません、もう言いません」
高坂さんの気迫に沢井さんは気圧された。
「まゆき、逸れてる逸れてる」
「落ち着いてください、まゆき先輩」
「はっ! ごほん、んんんっ! えっと……なんだっけ? あ、そうだ! それでは、今から魅惑のお食事タイムとさせていただきます! 審査員の皆さんは試食をして、どの料理が一番美味しかったのか、しっかり吟味して投票してくださいね!」
高坂さんの言葉に審査員メンバーが拍手で応え、それぞれ審査員という文字と名前が書かれた席に座る。
「それではまず最初は、音姫の料理から!」
「はーい! えっと、いつもの和食に少しアレンジを加えてみました! 肉じゃがカレー風味と手ごね豆腐ハンバーグ、それを根菜たっぷりの味噌汁です」
「うわ、うまそう……」
「いっただきまーす!」
「最初からあまり飛ばして食べるなよ。最後の方、腹に入らなくなるぞ」
「大丈夫、大丈夫。とにかく今、腹ペコなんだから! はぐはぐあむっ! ん……うんめええぇぇぇ!」
某作曲家の第五番が流れるようなノリで美味しいという表現をする渉。
しかしこれはすごい。カレー風味の肉じゃがに使ってるスパイスの量は少なめなものの、カレー特有の香りを放ちながらそれぞれの材料の持ち味を引き出してるし、ハンバーグもヘルシーなものを使いながら、ボリュームは大きい。けれど、決して飽きない旨さ。
そして根菜の味噌汁も、渋みと甘味が協奏曲を奏でるように口の中に広がって……とにかくすごい!
「弟君、どう? おいしい?」
「うん、いつ食べても音姉の料理は美味しいよ。ほっとする味で、もう俺の家庭の味って言ってもいいかもしれない」
うん。それ、下手すればプロポーズだから。もう、ここで告白してもいいんじゃないか?
いやいや、まだだ。まだ早い。
「はうーっ! 家庭の味って。お、弟君! いっぱい食べてね! たくさんあるから、好きなだけ食べてね!」
「いや、まだ料理はあるから」
「やばいわよ、小恋ちゃん! いきなり最初から高評価よぉ!」
「音姫先輩だからね~」
「お姉ちゃん、ロンドンに行ってからますます日本食に凝りだしたんですよねぇ」
まあ、イギリスじゃ環境の違いや文化の違いもあるからか、日本の食材は中々入らないもんね。
「でも私たちも早くご相伴に預かりたいわね。音姫先輩の手料理、久しぶりに食べてみたいわ」
「うんうん……」
「あー、美味しかったぁ……みんなしっかり吟味したわね!?」
「たりなーい! もうちょっと食べたかったぁー!」
「俺も、イマイチ満足感ねえな」
「全員の試食が終わったら好きなだけ食べていいから、もうちょい我慢しなさい。てなわけで、お次は由夢ちゃんだー!」
由夢ちゃんの名前を聞いてこの場にいる何人かが冷や汗を流した。
自宅の方では僕が本島に行くまでは先生じみたことやってたからいいけど、前は突然の事に動揺してちょっとした事件を引き起こしちゃったのがまだみんなの記憶に残ってるのだろう。
「だが、由夢は変わった」
「え、どんな風に?」
義之の呟きに反応して沢井さんが問うと、由夢ちゃんがこほん、と咳払いをする。
「今は私、料理の専門学校に通ってますから」
「そうなのですか?」
ムラサキさんや他のメンバーも驚く。僕は義之と本人から進路を聞いてたから知ってたけど、
他のメンバーは卒業生故、あまり伝わっていなかったのだろう。
「由夢の料理は美味いぞ。美夏も、桜内のお弁当で食べたことがある。な、桜内!」
「ああ、由夢が作ってくれたお弁当、美夏にほとんど食べられたけどな」
「それくらい美味しかったということだ!」
「えへへへ」
「そういえば、妙に凝った弁当が偶に来ると思ったら……」
同じ職場の天枷さんと沢井さんの評判を聞いて由夢ちゃんが照れくさそうに頬をかく。
「こいつは期待できるぜ、由夢ちゃん!」
「ほほう、その腕前が楽しみだ」
「前のような惨事にならないでくれよ……」
「こら、雄二」
失礼ながら、僕もそうならないことを内心願っていたけど……。
「はいはいみんな落ち着いて。では由夢ちゃん、料理の説明お願いします!」
「はい! 今回は中華にチャレンジしてみました。若鶏の唐揚げと海老チリソース、それと手作り鉄板焼き餃子です」
「おお、頑張ったな」
「はい、学校で習ったところなので」
確かにこれは中華の基本料理の一部だ。ちなみに本格的な中国料理となると、具やソースに中国産地の香辛料などが使われ、結構辛味のあるものも多い。
特に四川料理となると、辛味の強いものが多くなる。
僕もいっぺん、四川料理店の料理を食べたことがあるけど、あれは本当に辛かった。しばらく舌がヒリヒリしっぱなしだったし。
「んじゃ、こっちもいただきまーす!」
「んぐ……ほう、これも美味いなぁ」
「んんー! 鉄板餃子美味しいー!」
「うまい具合に底面がパリっとしておるのぉ」
「おお、この海老も美味いな!」
「唐揚げもジューシーですわ!」
「ほう、これはなかなか」
「んんまぁぁいい! 店で食べてるみてぇ! 米おかわり!」
「渉、まだメンバー残ってるからもう少し抑えて」
「でもすごいわね。あの腕前からこんなにも美味しい料理が作れるようになるなんて……」
「や、あれは……その、緊張して……」
まあ、いきなりあんなことになれば誰だってテンパるだろうね。
「はう~……すごく美味しそうだよ~」
「月島も、そろそろ食べたいです」
「高坂先輩、がっつり食べてないで先に進めてください」
「んぐ! ふぁいふぁい、たらいま!」
「食べるか喋るかどっちかにしてくださいよ」
高坂さんは水を口に流し込み、一気に料理を喉に送った。
「えー、ではどんどん行きますよー! 次は月島の料理です! どんな内容ですか?」
「えっと、私も基本和食なんですけど、お弁当風にしちゃいました」
「おう……」
「キター! 月島のお弁当ぉぉぉぉ!」
「これは懐かしい」
「付属の時以来だね」
お弁当にぎっしり詰め込まればお弁当は付属の時の昼休みの光景を思い出させてくれる。
僕たちは早速弁当に箸を伸ばして試食に入る。
「ん、これだ! 卵焼きのこの味!」
「えへへ」
「くっ……ふうああああぁぁぁ! あぐっ! んむうぇぇぇぇ!」
「板橋よ、泣くか食べるかどっちかにせんか……」
渉がものすごく涙を流しながら食べてる。あれ、涙の味も染み込んじゃってるんじゃないかな。
「うるへえ、しばらく感動させてくれ! はああああ、月島の、月島のお弁当ぅぅぅぅ!」
「お前、普段どんだけ女子の弁当に飢えてんだよ……」
なんだか、どんどん肌にツヤがかかってる気がするし……どんだけ女の子の料理に飢えていたんだか。
でも、本当に美味しい。各々の好みに合うように火入れにも気をつかってるし。
素朴だけど、こういう気遣いのある料理ってホッとする。
「なんだかあたしも昔にタイムスリップしたみたい。月島のお弁当はノスタルジーに浸らせてくれるおふくろの味ね」
「まゆき~……私も早く食べたいってばー!」
「お腹空きました」
「あの~、まだあと2人残ってるんですけど~?」
「高坂先輩?」
「はっ! そうだった! えー、次は花咲の料理だー! どういった料理なの?」
「はい! 私の料理は、ザ・アメリカーン! 直径25cm、高さ30cmの巨大ハンバーガーでーす!」
「「でかっ!?」」
目の前に出された巨大ハンバーガーを見て僕と雄二が同時に驚きの声を上げる。
「うおぉ……」
「で、でかすぎる……!」
「これは、巨大じゃのう……」
「中に2枚の巨大ハンバーグと、牛肉ステーキが1枚挟んであります。大きいので切り分けますね~」
「あ、あたしは……このままかぶりつきたいんだけど」
「俺もこれくらい食えそうなんだがなぁ」
「まあまあ、ひと切れの大きさも尋常じゃないので、はいどーぞー」
差し出されたハンバーガーの一部は、切り分けられたにも関わらず、確かに尋常じゃない大きさだった。
そこらにあるハンバーガー店のよりも2倍はある。
「い、いただきます……!」
圧倒的なボリュームを前に戦慄しながらも、みんな一斉にハンバーガーにかぶりついた。
「……んん!?」
「うんめええぇぇぇぇ! 肉汁すげええぇぇぇぇ!」
「こりゃあ……肉の弾力もだが、このソースもすげえなぁ」
「これは、うーまーいーぞーーーー!! あたし好みのいい肉加減だわ!」
高坂さんが口から光線でも吐かんほどの叫びを上げて好評した。うん、確かにこれはすごい。
「気に言ってもらえて何よりです」
みんな満足したのが嬉しそうで、茜ちゃんはお辞儀をする。
「まゆきー、早く雪村さんの料理を紹介して!」
「私、もう耐えられません」
音姫さんと由夢ちゃんもそろそろ我慢の限界のようだ。さっきからお預け喰らってるしね。
「はぐっ、そうだった! さーそれでは皆さん、最後のエントリー、雪村の料理だー!」
「和食に中華にアメリカン……みんなだいぶ胃が疲れてるんじゃないかと思って……私の料理はすっぽん鍋」
「な、なにー!? すすすす、すっぽんー!?」
「斬新だな」
「流石雪村。〆は鍋ときたか。しかもすっぽんとは……そのセンスは全く錆び付いていないようだな」
「うふふ、心ゆくまで温まりなさい」
「こ、これはなに? すっぽん食べて、ここにいる女子たちとハァハァしてもいいってこと? ねえ? でゅふふふふ!」
「んなわけないでしょうが!」
確かに、すっぽんが精力剤の材料として使われることもあるけど……。
「これは、初めて食べましたが……」
「うまいのぉ」
「……いい出汁が出てる」
「ん……翔子の家で食ってたのと大差ねえな」
「……雪村、中々やる」
「ああ、これもいい。〆としては最高の一品だわ。雑炊にしてもいいかもー」
「もう我慢できない! 私も食べちゃうんだからねー!」
「って、こりゃ音姫。まだ審査の途中でしょ」
「だって~……」
「まあまあ、これで料理は出揃ったわけですし、みんなで一緒に食べましょうよ」
「そう? 弟君が言うならまあ、それでいいけど」
「やったー!」
「やっと食べられます」
「わーい、いただきまーす!」
お預けを喰らってた音姫さんたちもようやく料理にありつけ、賑やかな夕食になった。
「あ、そういえば忘れてたわ! みんなの投票も終わったみたいなので、ここで結果発表ね~!」
「げ……」
高坂さんの発表宣言に義之の顔が引きつった。
「まさか、義之……」
「あはは……」
僕が問い詰めると、義之は目を泳がせた。てことはやっぱり……。
「ん? まだひとり投票してないよ?」
高坂さんの言葉を聞いて本人を除いて全員が義之に視線を向ける。
「まさか、また弟君?」
「兄さん?」
「ちゃんと投票しなきゃ、審査員の意味がないよ~」
「え、えっと……みんな美味しいから決められないって理由は……」
「「「却下」」」
満場一致で義之の提案は却下された。
「だめだよ義之君。ちゃんと投票しないと」
「そうだぞ! 俺だって、辛いけど散々悩んで投票したんだからな!」
「数秒悩んでさっさと月島に入れたがな」
「へーほー」
「渉は小恋に投票したと。これはいいことを聞いたわ」
「あーん、言っちゃやだぁ」
「で? 誰に投票する気じゃ?」
「……審査員になった以上、義務は通すべき」
「さっさと決めろ。自分の一番好きな料理に票入れりゃいいだけだろ」
「さあさあ、票なんてまどろっこしいことしなくていいから、この場でさっさと言っちゃいなさいよ」
「ぐ……わかりました。では、言います」
「おお……」
遂に義之の口から今回の勝利者の名が告げられるか。いや、現時点で誰が一番なのかもわかんないけど。
「……ドキドキ」
「わくわく♪」
「……えっと、やっぱりどれも美味しくて最高です! 以上!」
そう言ってすぐに脱走しようとした義之だが、
「「それで納得できるか!」」
先回りした僕と雄二のダブルラリアットで床に沈めた。
「ぐふっ!?」
「なんと優柔不断な……」
「……進歩してない」
「てか、何よ! さっきの思わせぶりな間は!」
「いい加減にしなさい!」
「義之君のバカー!」
「期待してたのにー!」
「兄さん、最低です!」
「あんたにゃぁ、乙女のプライドがわからんのかあ!」
「ぎゃあああああぁぁぁぁ!」
床に沈めてから女子たちの猛攻に義之は悲鳴を上げた。
「……さて、こっちも用意しなきゃね」
「お? 明久、なんだそれ?」
「ん……女子たちが作ってる間に学園にいるみんなの夜食としておにぎりをね。あと、デザートにパンケーキを大量生産して」
「いつの間に用意しておったのか」
「……用意周到」
「まあ、中には学園で夜を明かす人もいるからね」
「どれどれ……ほう、割と美味いな」
「ああ、待ってよ。どうせなら好みでアイスとかメープル、チョコソースとか色々用意しておいたから」
「ほう~……それはいいの」
「……吉井、私はいちごと生クリーム」
「はいはい」
「吉井! 美夏にはバナナとチョコソースだ!」
「了解」
「──って、こっちも助けてくれないかあああぁぁぁぁぁ!?」
義之の悲鳴を背に、僕たちはデザートを楽しんでいた。後、食べ終えたらすぐにななかちゃんや他数名の手を借りて、学園のみんなにおにぎりを配布した。
ななかちゃんや女子がいたため、みんなが自然と群がっておにぎりの配布は結構早く済んだ。
「……ん?」
準備も大分進み、キリのいいところで解散したところで義之がこっそりとどこかに行くのが見えた。
「なんだろう?」
僕は気になって後をつけてみた。どうやら行き先は屋上のようだった。
「来たか」
義之が屋上へ入ると、僕は壁越しから耳を澄ますと、杉並君の声が聞こえた。
どうやらいつも通り、彼がこのパーティーで何かしようと企んでるのだろう。
「何だ、また変なことでも企んでるのか?」
「当然だ。この祭りのクライマックスは俺たちが持っていく。それは当然のことだろう?」
杉並君がニヤリと笑ってる姿が容易に目に浮かぶよ。
「けど、具体的に何するつもりだよ?」
「計画は既に考えてある。この文書にまとめておいた」
文書にして纏めるとか、どこの組織ですか君は。
「……へえ、中々面白そうじゃん」
義之が面白そうな声を出してるあたり、さくらさんも喜びそうなものだろうか。
「それぞれ別件での準備もあるだろうが、この計画も手を抜くことは許されん。
だから今のうちに可能な限り動いておくぞ」
「オーケー、準備しよう」
「やっぱこうでなくっちゃな!」
「さて、計画を進めるが……そちらの者はどうするかな?」
「げ……」
どうやらこっちに気づいているようだ。
「あっははは……」
「明久?」
「うおぉ!? お前、いたのかよ!?」
「いや、義之がこっそり出ていくのが見えたから」
「き、気づいてたのか……」
「まったく……あれほど傍聴や追跡には注意せよと念を押したのだがな。して、吉井よ。お前はどうする?」
「どうするって……そういえば、何を計画していたわけ?」
「ふむ……ここにいるのがバレたとはいえ、計画を止めるわけにもいかんが……かと言って、今吉井に生徒会共に我々の計画を告げられるのは都合が悪いな」
「えっと、これなんだが……」
杉並君がブツブツ言ってる間に義之が杉並君の計画書を見せてきたのだが……へぇ。
「これ、いいんじゃない?」
「だろ?」
「こういうことならさ、僕も手伝ってもいいかな?」
「む? それは本当か?」
「うん。これならさくらさんも喜ぶだろうし、ね?」
義之を見ると、頷いて応える。
「ふむ……これは上々。思わぬ助っ人が入ったか。やはり同士吉井もこちら側の人間だったか! 結構結構!」
「その代わりちょっと僕のお願いをね」
「む? 吉井が俺にか?」
「うん、実は……」
それから杉並君を引っ張って端っこで僕の考えた計画を話してみた。
「……で、どう?」
「……ふむ。それも中々面白そうだ。そうなると、この計画と並行し、相応のメンバーを集う必要もあるな。そして過去のデータから見て一番盛り上がりそうな構成となると……」
僕が計画を話すと、杉並君も面白そうで乗ってくれたのか、何か計画を練ってるようだ。
「……うむ、いいだろう。これは今までで最高の祭りとなりそうだ。同士吉井の計画の進行は任せておけ。必要なものは追々伝えておこう。では、諸君! 祭りの準備を始めようじゃないか!」
「「「おう!」」」
杉並君の号令と同時に、僕らは闇に紛れ動き始めた。