「明久くーん!」
ゴールデンウィーク初日、本島から初音島へ通じる港にて、僕はななかちゃんと待ち合わせをしていた。
「いよう、明久ぁ! おひさッス!」
「明久君、久しぶりだね」
ちなみに渉や小恋ちゃんともだ。みんな今通ってる学校が違うとはいえ、初音島に行くにはここの船を使わなければならないわけだから必然的にこうしてみんなと合流する形になる。
「久しぶり。って言ってもモニター越しでは結構会ってるけどね。まあ、ななかちゃんとは毎週顔合わせてるけど」
「デートのためにな。くっ……初音島出て進路が分かれてもリア充っぷりは相変わらずか」
目に涙を浮かべながら悔しそうに言う渉。どうやら大学でも女性関係は芳しくないようで。
「あはは……板橋君も相変わらずですなぁ」
「あはは……」
「さて、後ここから行くのは秀吉と……坂本夫婦だね」
「誰が坂本夫婦だ! まだ結婚しちゃいねえよ!」
僕がこれから合流する残りのメンバーの名前を呟くと、後ろから大声で怒鳴ってくる男がいた。
「あ、やっと来たね霧島雄二」
「婿養子にも入っちゃいねえ! 何であっちでもこっちでもこんな扱い受けなきゃいけねえんだよ!」
「……私は今すぐにでも結婚してもいい。いっそ、子供も──」
「作らねえよ! 今の身分で子供作っても費用がかかりすぎるわ!」
「こっちも相変わらず騒がしいね」
「騒がせた明久君が言うセリフじゃないと思うけど……」
小恋ちゃんが呆れたように言うが、この2人はこうでなければと思ってしまう。
ちなみに霧島さんは大学に進んでから難しいことばかりを勉強してるからか、初音島にいた時よりも大人っぽさを感じる。
加えて雄二も、大学に行ってからはライオンの鬣のような髪も今ではサラリとストレートにおろしてちょっと目つきの鋭いガードマンみたいな人相だった。雰囲気は随分とおとなしめになったと思う。
「たく……こっちもこっちでリア充ライフを満喫してるか。いっそ爆発しろ!」
「おい、やめろ板橋。それで爆発するのは俺じゃなく、翔子(の理性)だ」
それは違いないかもしれない。
「でも、学校でもラブラブカップルだって言われてるんだから色々ハメはずしちゃってもバチは当たらないと思うよ。いざとなれば私の方で病院手配できるから」
「雄二、すぐに既成事実を──」
「だから作らねえって言ってんだろ! それと白河! そういう冗談は洒落にならないからやめろって風見学園でも散々言ってんだろ!」
「あはは。2人を相手にするとついね~♪」
ななかちゃんも、風見学園ではよくこうやってからかってたんだっけ。この光景を見るとあの頃に戻ってきたなって感じがする。
「……ななかも。そろそろ身の振り方を考えた方がいい」
「ん? 身の振り方って?」
「……もちろん、吉井との結婚について」
「え? え、え……えええぇぇぇぇぇ!? け、けけけけ、結婚!?」
「……ななかは、吉井と結婚しないの?」
霧島さんが首を傾げる。
「あ、いや……そりゃ、結婚はもちろんしたいと思うけど……で、でも、そういうのはまだ……えと……はう~」
ななかちゃんが顔から湯気が立ち上るんじゃないかってくらい、顔を赤くしている。
なんか、僕も思わず逃げ出したくなるくらい恥ずかしい会話なんですけど。
そりゃあ、僕だってゆくゆくはななかちゃんと幸せな家庭を築いていきたいって思ってるけど。
「まったく、お主らは……騒ぎなしで事を進められぬのか?」
「あ、木下君。久しぶり」
「うむ。お主らも元気そうじゃのう」
恥ずかしさで悶えてると、秀吉がガラガラとケースを引いてやってきた。
秀吉とは日程があまり合わずにモニターでの会話もほとんどないからメールでの会話か、電話でちょこっと声を聞くくらいだったから外見がどれだけ変わったのかは知らなかったが、演劇の専門学校に入ってもその手の役をもらってる故か、初音島にいた時よりも髪を長くしてまるで女性のような顔立ちだった。
「……秀吉。ひょっとして、学校でも女や──」
「すまぬが、その話はせめて向こうに着くまでしないでほしいのじゃ」
女役をやってるのかと聞こうとしたが、最後まで言い切る前に哀愁漂う声で秀吉に遮られた。
どうやら僕の予想は当たってたようだ。向こうに着くまではこの話はしない方がよさそうだ。
「おーい! そろそろ出航する時間だぜー!」
渉の声で僕たちは急ぎ目に船に乗り込んだ。時間になると船が港から離れ、初音島へ向かって進んでいく。
「……ところで雄二」
「あん?」
「……さっきの話。私たちが学生を卒業したら結婚して、子供も作ってくれるの?」
「げほっ! げほっ!」
このオチも久しぶりだな。
船に乗った僕らは数時間かけ、ようやく初音島に到着できた。港から見た初音島は以前見た時と変わらず自然豊かな島だった。
この光景を見ると、ようやく戻ってこれたって気がするよ。さて、懐かしの島を見るのもいいが、義之たちがここで待ち合わせている筈だが、迎えの人が結構多く、探すのが大変だなと思ってた時だった。
「お~い! みんな~!」
お、この甘く誘うような声は……。
「やっほー! 義之! 杏! 茜!」
視線の先にいたのは迎えに来てくれた義之と杏ちゃん、茜ちゃんだった。
「みんな、おひさ~!」
「おうおう、お出迎えご苦労さん」
「……みんな元気そう」
「これを見ると、本当に帰ってきたと言った感じじゃのう」
「あれ、杉並もいるじゃん」
「ありゃ、本当」
どうやらみんなに紛れて杉並君もいたようだ。
「あ、ホントだ。杉並君も来てくれたんだ。やっほー」
「って、坂本。お前、髪型変えたのか……」
「まあ、流石にあの髪型はあそこじゃ変に目立つからな」
「お前もそういうの気にするんだな……」
「おっす。義之、杉並。杏に茜。おひさしぶりぶり!」
「渉、ちょっと古いよそれ……」
それの元ネタって、こっちからすればかなり昔のじゃないのかな。
今はもうやってない筈だし。
「えっと、誰だったかしら……」
開口一番、杏ちゃんがそんなことを言った。
「杏、そりゃないぜ。俺の事、忘れちゃったのかよ」
「忘れるもなにも、最初から知らないわ」
「おいおい、相変わらず辛辣だな」
「杏、渉君だよ。思い出して~」
流石に可哀想だと思ったのか、小恋ちゃんが助け舟を出して杏ちゃんに思い出すよう促す。
「……ああ、なんとなく思い出したわ。興味のないことは記憶から除外するようにしてるから」
そういえば、杏ちゃんはもうかつての記録力を放り出したって言ってたね。
本校に入ってから聞いたことだが、彼女は元々記録力の乏しい子供だったらしいのだが、ある時をきっかけに、常人離れした記憶力を持つようになったと言う。
そして、本校に入ってからそれを手放して生きるようになった。
それからは勉強はおろか、人の名前を覚えさせるのも一苦労だった。わざとかそうでないのか、渉や沢井さん相手に何度か今のようなやり取りをして落ち込ませたり怒らせたりが多かったのだ。
そして怒った沢井さんに僕か義之が謝るということをしばらく繰り返していた。
「ひでぇなあ……。でも、このやりとりそのものが懐かしい」
「だよねぇ」
「でも、いくらなんでも再会早々それはないんじゃないかな?」
「そうだぜ。いくらなんでもえっと、なんだっけか? 雪村流暗記術だったか? アレを放棄したからといって、そんなに忘れっぽくなったら明久にそれを注意されるというこの世最大の屈辱を味わうことになるぜ」
「オッケー、お前が喧嘩を売ってることはわかった。そういえば、再会の挨拶もしてないからここらで一丁しておこうか!」
僕は笑顔のまま隣にいる赤ゴリラ目掛けて回し蹴りを放ってやった。
「喰らうか、バカが!」
「甘いわ!」
「うおっ!? 馬鹿な! なんだ、今の風圧!?」
「料理人の力舐めるな! 料理人だからって、ただ鍋掴んで揺すって具材の調子を見るだけだと思ったら大間違いだ! 日々精進して身体鍛えまくってるからね! 机に座って恋人といちゃこらするだけのお前とは違うんだ!」
実際、北京鍋とかはともかく、本格的な中華料理は調理工程にかなりの握力と腕力を要することもあるらしく、僕も試してみるとかなり疲れる作業だった。
それからどんな料理を作っても大丈夫なように、色々身体を鍛えるようになったんだよね。
「ぐ……上等だ! 元悪鬼羅刹を舐めんじゃねえぞ!」
それから久々に雄二との
「あれも久しぶりだな……」
「学生を卒業したというに、こやつらのコレは未来永劫消えんのかのぅ……」
「まあ、いいんじゃない? これを見るだけでああ、みんな帰ってきたんだな~って感じで♪」
「まあ、それもそうじゃのう」
「何にしても、久しぶりだな皆の衆。ほれ、歓迎のドリンクだ。飲むがいい」
「あ、助かるよ」
「ちょうど喉渇いてたしな」
「お前ら、たったの数十秒でどんだけ攻撃を入れたり喰らったりしたんだよ?」
どこから出したのか、杉並君が懐から手際よくドリンクのボトルを差し出して僕らはそれを受け取って栓を取り、口をつける。
「ハツネボトリングのゴラップガラナだ。島の外では手に入らんだろう? 味わって飲めよ」
「うわあ、懐かしい。ありがと~」
「そういえば、あったね。こんなものが」
「ああ、これこの島でしか売ってないのか。道理で見かけないと思った」
「……はぁ! 喉が潤う……」
「……のはいいんだが、相変わらず微妙な味だなコレ」
喉は潤ったが、代わりになんとも言えない微妙な匂いと味が口に広がる。
「でも、懐かしいよなぁ。本当帰ってきた感じがするぜ」
「うんうん」
「久しぶりだけど、あんまり美味しくないよね♪」
「うん。でも、なんだか微妙にヤミつきになるんだよね~」
「そういうもんかのぅ」
「……懐かしいのはいいけど、荷物が重い」
「そうね。帰省組をここで立ち止まらせるのもあれだし、どこか落ち着ける場所に行きましょう」
霧島さんと杏ちゃんの言葉にみんなが頷き、とりあえず学生時代によく通っていた喫茶店へと向かった。
「はぁ~……こうやって地元に戻ってくると、意外と便利な町だったって実感するな」
「ああ、わかるわかる」
「初音島の偉大さが身にしみるよ」
「そうなの?」
僕らの言葉に茜ちゃんが疑問符を浮かべる。
「ああ。田舎だ田舎だって思ってたけど、本島の学校に通ってみたら、特に都会でもなんでもねえの」
「そんなもんだよ」
僕らよりも本島暮らしの長い小恋ちゃんがフォローするように言う。
何故僕らより長いなんて言うと、彼女は本校に上がるよりちょっと前に親の都合上、初音島を離れて暮らすことになった。
それを知った幼馴染の義之やななかちゃんはもちろん突然のことに驚きを隠せないし、杏ちゃんだって珍しく表情に出るくらいだった。
茜ちゃんは泣いちゃったし、渉もそれ以上に号泣して自分もついていくなんて言い出す始末だし。
まあ、結局親の都合なら仕方ないわけで、せめて小恋ちゃんを明るく送ってやろうってことで島を出る前に、あちこち遊びに行ったりして思い出作りをした上でみんなで見送った。
でも結局、本校を卒業してからは僕らも本島に出るという進路を決めてたから島を出る僕らはそれほど寂しいということもなくなったけど。
「そりゃ、駅周辺は栄えているけどよ、うちの学校の周りなーんもねえの。脚がないと、遊ぶことすらできねえんだぜ」
「確かに。そういうところに行くのに必ず電車とか使うし。しかも人が多いわ、乗る度にお金がかかるわで。それでバイクの免許も取ったんだよね」
バイクを買う時はかなり金をかけたけど、この世界のこの時代の交通規制が若干緩くなってたからか、免許を取ってから大した時間もかからずに2人乗りもできるようになったからデートする時の気分は電車よりずっと上回ってる。
「うちの学校の周りはそれほどでもないけど……でも、それと比べると、初音島は充実してるよね」
「そりゃそうよ。一年中桜が見れなくなった今でも、そこそこ有名な観光土地だし」
「テーマパークとか、遊ぶ場所とかもしっかりあるし」
「天枷研究所を始めとした、学術機関や研究機関も点在してるし」
「……何より、政財界に幅を利かせる名家のいくつかが、この島に拠点を構えているのが大きい」
「うわ! こ、康太……いつの間に?」
「……ついさっき着いた」
「お前、相変わらず気配消して出てくるのをやめろ」
「……そんなことでは、密着取材はできん」
「犯罪になるようなことはしてないよね?」
本校に上がる前にムッツリ商会を閉店してからはその手の写真も取らなくなったけど、
この隠密性は相変わらずだった。
「そう考えると……島を出たのは早まったかな、と思わなくもないんだよな……」
「そう? 私は、私の将来のことを考えたら一択だったんだけど」
「ななかちゃんは看護一筋だったからね」
「ななかの学校の看護学部、有名だもんね」
「それを言ったら、明久の料理学校も結構すごいんだがな。しかもそこに通いながらコンテストで上位ランキングキープしてるし」
「いや、別に大したことは……」
「こんなバカにも取り柄のひとつくらいはあるもんだな」
「うん。喧嘩売ってるなら表出ろや」
「いい加減にせぬか、お主らは」
「秀吉君の学校も、いい役者さん輩出してるってので有名だしね」
「そうじゃが、ゆくゆくは儂も音姫みたく、海外留学もしてみたいと思っとるしのぅ」
「あ、あたしもちょっと憧れてるなぁ」
秀吉とななかちゃんは、ロンドンに留学している音姫さんに憧れの念を抱いていた。
「え~、私は海外留学なんて、ちょっと怖いな~……」
「あはは、小恋らしい。うちの家系は、芸術肌の人が多かった所為か、海外留学する人、結構いたみたいお父さんの話では、手品しの修行をしにヨーロッパまで行って、そのまま現地で恋に落ちて、結婚しちゃった人もいたらしいよ」
「わ、まるで映画みたい」
「へぇ~……ななかちゃんの一族にそんな実態が」
僕が付属3年の頃、過去にタイムスリップした時に会ったことりさんも歌が上手いってことを知ってるからか、ななかちゃんの家系の話はかなり納得がいく。
「まあ、そういうロマンスに憧れながらも、日本でせっせと学業をこなす白河ななかさんなのであります♪」
「頑張ってるんだな」
義之が感心するように頷く。
「まあね。板橋君だって、口では文句言いながらも勉強とか頑張ってるんでしょ?」
「勉強ねぇ……」
「違うの?」
「正直な話、俺が進学した理由はただひとつだからな」
「なに?」
「学生気分を味わいたかったんだよ。ナンパなサークルに所属して、夏は高原でテニス合宿、冬はスキー。遊びたい遊びたい遊びたい……ってね」
「その志の低さが渉って感じね」
「典型的な遊人の発想じゃのう」
「いいだろ、別に。夢だったんだから」
「まあ、学生気分をずっと味わいたいっていうのはわからなくもないんだけど」
「ま、精々モラトリアムを愉しむがいいさ」
「ん? モラ……? なんだ、それ?」
「知らないならいいさ」
「あはは……」
「でも、いいじゃない。実家が初音島にあるってだけでも、私は羨ましいよ」
「ああ、そっか。小恋の家、まだ人に貸してるんだっけ?」
そういえば、小恋ちゃんが引っ越してから彼女の家には別の人が越してきたんだっけ。
「うん。お父さんも、ゆくゆくは初音島に戻りたいって言ってるけど、いつになることやら」
「まあ、俺たちは初音島どころか、こっちの日本にはねえし、戻りたくもないがな」
「雄二は余計な口を入れない」
まあ、確かにもう今更戻りたくはないけどさ。
「もう、小恋ちゃんったら。久しぶりに帰ってきて早々しんみりした顔しないの~」
「きゃあ! 茜、変なとこ触らないで~」
茜ちゃんがいつの間に小恋ちゃんの背後に回って彼女の胸を掴んでいた。
「茜必殺、懐かしのおっぱいアイアンクロー!」
「ちょ、ちょっと、茜……掴まないでよ! うう、こ、こんなこと、本島じゃされたことないのに……」
「ふっふっふ、これが初音島の洗礼よ。っていうか、小恋ちゃん、また大きくなった?」
彼女の胸を掴んだだけでなく、とんでもないことを公言しました。ていうか、小恋ちゃん……まだ育ってたのか。
「明久く~ん。何を考えてるのかな~?」
「い、いえ! 何も考えておりません!」
久々に味わった、彼女のセクハラによって撒き散らされる火の粉。いや、この場合は吹雪かな……。
いや、本当に久しぶりだこの寒気……。
「雄二、見ちゃダメ!」
「グオオォォォォ!? こっちも久々に来やがったああぁぁぁぁ!」
「おぉ……この修羅場も久しぶりじゃのう」
「ふふ……。久々に見ると、このじゃれあいも新鮮ね」
「思えば、風見学園時代はこういう光景が当たり前だったんだよなぁ……。離れてみて初めてわかる、当時の自分のリア充っぷり……」
君たちはいいよね。所詮第三者なんだから。
「しんみりしてないで助けてよ~」
小恋ちゃんが困ったような顔で助けを求めていた。
でも、この状況に身を置くと、本当に帰ってきたんだなぁって実感する。