バカとダ・カーポと桜色の学園生活   作:慈信

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第八十二話

 

 リオとの逃走劇の後、僕は疲労感を引きずりながらもアジトへと戻る事ができた。

 

 戻ればななかちゃんやムラサキさん、義之たちにも随分と心配をかけてしまったようだ。

 

 義之たちの方はすぐに追手を振り切れたみたいで難なく戻ることができたようだった。

 

 手勢が少ないというのも幸いしたのか、今回はなんとかなったが、今後もいっそう気を引き締めなければならなくなった。

 

 まあ、とにかく無事だったのだからよかったよかった。

 

 で、心配かけたのと、僕が食材を持って逃走していたので夕飯が随分と遅れてしまったため、侘びとして僕が今日の夕食担当を押し付けられた。

 

 いや、別に押し付けられなくとも夕飯の料理には僕も参加するつもりだったのだから一向に構わないしね。

 

 それに結局義之や小恋ちゃん、ななかちゃんも料理に参加してくれたわけだから豪勢にとはいかずともそれなりにいい料理を出すことができた。

 

「いや~、相変わらず義之ちゃんとアキちゃんの料理は最高だよな~」

 

「別に大したもんじゃねえぞ」

 

「それと、そのアキちゃんって呼び方はやめてくれる? すごい寒気がするから……」

 

 僕らが用意した夕飯を食べて渉がしみじみと呟く。本当に、その名前はロクな思い出がないからよしてほしい。

 

「やっぱ、これからは男も家事ができないとダメなのか?」

 

「その必要はない」

 

 渉が真剣にこれからのために家事の勉強をしようかと悩んだところに杉並君が否定の言葉を投げる。

 

「そう?」

 

「──が、色々な面でクラスの男子たちに数歩劣る板橋が、何かしらのアドバンテージをつけたいというのなら、家事習得もひとつの手だな」

 

「杉並……お前、相変わらず何気に失礼だよな……」

 

「だが、これ事実だな」

 

「頼りになれる主夫になれれば、引き取り手も現れるかもしれないぞ」

 

「むう……いざとなれば仕方がないか!?」

 

「だが、そういうのは日々の積み重ねが大事ではないか? 儂は料理はさほど得意ではないが、家の掃除くらいなら手伝いもするぞい」

 

「……ちょっと勉強したくらいで習得できるほど、家事は甘くはない」

 

「マジか……」

 

 大した設備も時間もないので、用意できたのは本当に簡単なものだけだが、それなりに好評のようだ。

 

 これでもそれなりに雑談に華を咲かせられるくらいには。

 

 修学旅行みたいな空気に染まりながら笑いあう中でもリオのことは忘れない。

 

 リオが本格的にムラサキさんを探していることはさっきの追いかけっこで十分理解できた。

 

 本当に大変なのはこれからだな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふん……ん~……」

 

 暗闇の中で不意に目が覚めた。

 

 さりげなく携帯を手にして画面を見ると時刻は早朝だった。

 

 地下だから朝日が差し込むことはないのだから、時間の感覚が狂ってしまう。

 

 昨日はカードゲームなどをして盛り上がり、その後で誰がどこで誰と一緒になって寝るのかを相談してから就寝した。

 

 ちなみに僕はななかちゃんとなので、隣には当然ななかちゃんが今もすやすやと可愛らしい寝息をたてて寝ている。

 

 ななかちゃんの寝顔を堪能しようと上から覗きみようとするが、部屋の外で物音が聞こえてきたため、ななかちゃんを起こさないようそっとベッドから降りて音をたてずにドアを開ける。

 

 そこではそろそろと外に出ようとする人影があった。僕は何事かと声をかける。

 

「何してるの?」

 

「うおっ!?」

 

「その声……義之?」

 

「あ、明久……か? びっくりしたぞ……」

 

「あ、ごめん。それより、どうしたの? こんな早くに」

 

「ああ。さっき音姉から電話かかってきたんだよ。随分心配かけたみたいだからな」

 

「あぁ……昨日は結局連絡入れることも書置きすることもできなかったからね」

 

 あの人のことだ。昨日から連絡のひとつもよこさずに家に帰らなかった僕らを心配したんだろう。

 

 どうせなら逃走する前に書置きくらいはしておくべきだったかな。

 

「だから、音姉に事情説明しに行かなきゃいけないんだ」

 

「そういうことなら、僕も行くよ。こうなったのは僕が原因だし」

 

「別にそんなことはねえだろ。この逃走に加わろうって思ったのは俺たちの意思だし」

 

「そうだとしても、一応僕の口からも説明した方がいいでしょ。ムラサキさんの転校云々は今のところ僕が一番知ってることだし」

 

「まあ、そうだな。じゃあ、すぐに行こう。音姉には枯れない桜の木の下に行くよう言ってあるから」

 

「オッケー」

 

 僕と義之はアジトを後にして枯れない桜のもとへと向かった。

 

 

 

 

 

 

「ん~……早かったかな?」

 

「まあ、こんな朝早くだしね」

 

 辺りも暗いし、人の気配だって……

 

「弟君。遅かったね」

 

「うお!?」

 

「い、いたのか、音姉……脅かさないでくれよ」

 

「だって、『人に見られないように』って言ったのは、弟君だよ? だから、由夢ちゃんにも見つからないようにしてたんだから」

 

 だからって、すごい隠れてたね。全然気配を感じなかったよ。

 

「あ。明久君、おはよ」

 

「あ、はい……」

 

「で……?」

 

「え?」

 

「説明、してくれるんだよね?」

 

 音姫さんは僕たちをじっと見据えて尋ねる。

 

 しかし、どこからどう言えばいいものかと判断に迷ってしまう。

 

 あの時は深く考えなかったけど、これって下手すれば国家レベルの問題だし。

 

「ああ、音姉。これは、かなり深刻な話なんで……聞けば音姉にも迷惑がかかるかもしれないんだ」

 

 僕がどう説明すればいいか迷っていると、義之が断りをいれてくれた。

 

「今更遠慮はなしだよ。お姉ちゃんは、弟君のお姉ちゃんなんだからね? もちろん、明久君たちだってもう家族も同然なんだよ?」

 

 真剣な眼差しで答えてくれる音姫さんはとても頼りになり、安心を覚える。

 

「じゃあ、僕からいいですか?」

 

 それから僕はムラサキさんのこと、彼女の兄であるリオのこと、この2人が会ってから

 今に至るまでの出来事をかいつまんで説明した。

 

「そうだったんだ……」

 

「はい。そういうわけで、学校にも行けなかったし、家にも戻れなかったんです」

 

「そんなことになってたなんてね……」

 

「ごめんなさい。義之たちを巻き込んでおいて言うのもなんですけど、言ったら音姫さんたちまで巻き込んでしまうかもって思って……」

 

 調子のいいことを言ってるかもだけど、流石に音姫さんや由夢ちゃんまで巻き込むことはできない。

 

「……じゃあ、弟君たちがどこに隠れているか……お姉ちゃんは聞かない方がいいみたいだね」

 

「うん、できれば」

 

「わかった。じゃあ、学校関連のことはうまく誤魔化しておくね。そのくらいしか、力になれそうもないけど……」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 僕は音姫さんに頭を下げてお礼を言った。

 

「その代わり、無茶なことはしちゃダメだからね。絶対にムラサキさんと無事にみんなで戻ってくるんだよ?」

 

「はい!」

 

「あ、それと……由夢にはやっぱ内緒にしてくれないかな?」

 

「わかってるよ。由夢ちゃんを巻き込みたくないんでしょ?」

 

「うん」

 

 できれば音姫さんにも内緒にしておくべきだったんだろうけど、この人は誤魔化せそうにないからな。

 

「由夢ちゃんの方は、お姉ちゃんに任せておいて」

 

「頼んだよ。じゃあ、俺たちはこれで。あんまり外をうろつくのはマズイから……」

 

「うん。じゃあね」

 

「それじゃあ、絶対にみんなで戻ってくるので」

 

「うん。待ってるからね」

 

 僕たちは頷きあい、誰にも見られてないことを確認し、その場を解散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、まずは今後どうするかだな」

 

 上では日が登り始めた時刻。僕らはアジトの大部屋に集まり、杉並君が切り出した。

 

「どうするかって、ムラサキを匿い続ければいいんだろ?」

 

「それじゃあ、何の解決にもならないだろ。やっぱり、説得するしかないと思う」

 

「だろうな。このままただ隠れ続けても意味がない」

 

「けど、説得って言ったって……僕らはあの人の事知らないし、そもそも説得に応じる人なのかな?」

 

 ムラサキさんの言葉を王族のナンタラだかで切り捨てるような人だし、僕らの意見になんて耳を傾けてくれるとはとても思えない。

 

「み、みんなでお願いしてみようよ! きっと、ムラサキさんのお兄さんだって、一生懸命お願いすればわかってくれると思うよ」

 

 純粋さ100%の小恋ちゃんの言葉だが、事はそんな簡単じゃないのは僕でもわかる。

 

「小恋……」

 

「小恋ちゃん……」

 

「月島……明久だってそれができないことは理解できてるっつうのに」

 

 呆れたような視線、困ったようなため息が小恋ちゃんい向けられた。

 

「え? なになに!? ねえ、何でみんな月島のこと見るの!?」

 

「なんか、月島はさ……」

 

「な、なに?」

 

「いや、いい娘だよなって思って」

 

「そうね。人の善意を信じきってる今時珍しい娘よね。言うなれば……ピュアっ娘?」

 

「小恋ちゃん……。小恋ちゃんは、ずっとそのままでいてね」

 

「うんうん! あたしも、そんな小恋が好き~!」

 

「な、なにそれ~!? 何かバカにされてる気がする!」

 

 そういうわけじゃないんだけどね。

 

「まあ、話し合いもひとつの手だが、説得するとなれば骨が折れるな」

 

「そもそも、話し合いに持ってこさせるのだって簡単じゃねえんだぞ」

 

 確かに。向こうはムラサキさんを追ってるんだ。

 

 ノコノコ出てきたところで、有無を言わさず僕らを捕まえようとするのが目に浮かぶよ。

 

「じゃあ、いっそのこと、俺らでリオを捕まえて話を無理やりにでも聴かせるってのはどうだ?」

 

「それも悪かねえが、相手は腐っても王族だ。この島でどれだけの権力を発揮できるかは定かじゃねえが、そんな奴を拉致なんてすれば国家問題に発展する可能性もある。下手すれば俺たちに犯罪者の烙印を押されることになる」

 

「うぐ……話を聞いてもらいてえだけなのに」

 

 というか、ムラサキさんを匿ってる時点で既に国家問題に発展してるのではないか?

 

 まあ、昨日うろついていた限り、警察の類の人間は見えないのだから向こうも大きな騒ぎにはしたくはないってことだろう。

 

 本当、偉い立場にいる人って、内々で事を処理しようとする人が多いよね。

 

「じゃあ、あの付き人はどうよ? 仮にも女の子なんだし、リオを狙うよりは楽なんじゃないか?」

 

「お前な……まず拉致から離れろよ。発想が悪人だぞ」

 

「うわぁ、渉君、サイテー。女の子にひどいことするんだ~?」

 

「とんだエロガッパね」

 

 渉の発言に茜ちゃんと杏ちゃんが毒を吐く。同時に小恋ちゃんやななかちゃんも軽蔑の眼差しで渉を見る。

 

「お、俺様が女の子相手にひどいことなんてするわけねーだろ! 向こうの大将を引っ張りだすために協力してもらうだけだ!」

 

「……人質作戦もありかもしれないが、向こうの付き人も相当にできる。お前の作戦はまず無理だろう」

 

 ムッツリーニの発言で人質作戦も却下された。まあ、王族の付き人なんてやってるくらいだし、生半可な人なんてことはないだろう。

 

「そういえば、あの人たちって……そんなにすごいのかな?」

 

「フローラとジェイミーのことですか? そうですわね……フローラとは、本当の姉妹のように育ってきたこともあって、よく知ってますけど……彼女、性格はとても優しくて親切ですわね」

 

「なら……」

 

 ムラサキさんの言葉に、小恋ちゃんが目を輝かせるが──

 

「──でも、決して侮れない女性ですわよ。元々フローラのクエイシー家は、フォーカスライト家に次ぐ家柄で、代々フォーカスライト家を支える立場にあるのですわ。その家柄の者が、兄様の付き人をやっている。その意味を考えてもらえばわかると思いますが」

 

「やっぱり訓練はちゃんと行き届いているわけね」

 

「ええ。護身術は一通り。でなければ、クエイシーの家名は名乗れませんわ」

 

 まさかとは思ってたけど、あのおっとりした雰囲気とは裏腹に相当のやり手のようだ。

 

「じゃあじゃあ、もうひとりの……ジェイミー? とかって女性は?」

 

「彼女のことは……私はよく知りませんわ。けれど、兄様が選んだ方です。油断はしない方がいいと思いますわ。ただ──」

 

「ただ?」

 

「ただ、ダウニング家は、本来、諜報活動を生業とした一族だと記憶してますわ」

 

「つまり、スパイ?」

 

「そう考えてもらってもいいかと……」

 

「……確かに。奴の姿勢、視線の配り方……どれも一級品だ。フローラ・クエイシーよりも遥かに腕がたつ」

 

 ムッツリーニが言うんだ。あのジェイミーという人を捕まえるなんて僕らにはまず無理だろう。

 

「とりあえず、リオや付き人を捕まえるのは難しいってことだね」

 

「じゃあ、電話とか手紙とかメールは? 妹の名前なら目を通してくれると思うけど……」

 

 ななかちゃんが案を出すが、

 

「メールは無理でしたわ。『帰ってこい』『大人しく帰国しろ』……その一点張りで」

 

「聞き入れる意思のない人間に送りつけるだけ無駄ってことだな」

 

 まあ、それでどうにかなるならとっくに説得に向かってるし、こんな不穏当な会話なんてしない。

 

 結局今はムラサキさんがどれだけ本気なのかを示し続けるしかないわけだ。

 

「交渉の場に引っ張りだせればいいのだが、それもままならないか」

 

「手詰まり、じゃな」

 

「う~ん……」

 

 やはりいいアイディアは中々出てこない。

 

「じゃあ、当面は現状維持ってところか」

 

「それはそれで、色々と課題が出てくるわけだが」

 

「確かにな。潜伏し続けるにしろ、行動を起こすにしろ……それなりの準備と道具が必要になる。隠れる時間が増えるにつれ、必要なものは多くなっていく。生活用具もだが、何より……」

 

「食料、だね」

 

 昨日も途中で見つかって追いかけられたのだ。のんびり買い物なんてできるとは思えない。

 

「でも……必要なのは、そういうのだけじゃないと思うんだけど……その、お風呂……とか」

 

「汗臭くなっちゃうのは、ちょっと……ねえ?」

 

「私も……気になりますわ」

 

「……そうか」

 

 まあ、女の子だもんね。身体の臭いとかは気になっちゃうよね。

 

「お前らな……いい加減自分たちがどんな立場にいるのか理解できねえのか?」

 

「え~!? 女の子には死活問題でしょ~!」

 

 雄二の発言に小恋ちゃんがふくれっ面で抗議する。まあ、わからなくはないんだけど。

 

「それに、着替えとかも……ねえ?」

 

 まあ、着替えの類は用意してあるにはあるのだが、それでも限界はすぐに来るだろう。

 

 ここには洗濯機がないから汚れたままになってしまう。

 

「その辺に関しては、後でなんとかしよう」

 

「どうにかなるのか?」

 

「まあ、夜まで待て」

 

「夜?」

 

 何故夜を待つ必要があるのだろうか?

 

「そういえば、水だの電気だのガスだの、どっから引いてるんだ?」

 

「それは秘密だ。まあ、すぐにわかるさ」

 

「マジで何だよ……」

 

「まあ、当面の行動指針としては──」

 

 それから数時間に渡り、これからどう行動していくべきかを話し合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、そろそろ頃合かな」

 

 時計を確認した杉並君が、嬉しそうに呟く。ちなみに時刻は既に午後10時をまわってる。

 

「では、問題の一部を解決しに行こうではないか」

 

 大部屋でくつろいでいたところに杉並君が大仰に言い放つ。

 

「え? 問題って?」

 

 なんのことかわかってない小恋ちゃんが首を傾げる。

 

「はあ……月島が言い出した事だろう、これは。確か、風呂……それでなくともせめてシャワーを

 浴びたいと所望していたのではなかったのかね?」

 

「え!? ってことは、あるの!? シャワーが!」

 

 気だるそうにしていた茜ちゃんも、シャワーがあるかもしれないという事実に反射的に飛び上がった。

 

「シャワー程度だがな」

 

「それでも大歓迎よ! 杏ちゃんも白河さんも行くでしょ!?」

 

「ふんふんふん……そうね、気になるわね」

 

「いい加減、身体スッキリさせたいしね~」

 

 女子たちが自らの身体の臭いを気にしながら口にする。

 

「ふむ……では、女子だけでよいのかな?」

 

「でも、女子ということはムラサキさんも行くんだよね? だったら誰かついていった方がいいんじゃない?」

 

 別にムラサキさんが行くから僕もついていくわけじゃない。いや、結局そうなるが、いやらしい目的ではないよ。

 

 実際ムラサキさんは今追われてる立場なのだから、警戒する人間を傍に置いた方がいい。

 

 深夜に近い時刻だからと言って、追手が来ないという保証もないのだから護衛は必要になるだろう。

 

「そうじゃな。何処かは知らんが、外に行くようじゃしな。ムラサキでなくとも、女子だけで外を出歩かせるわけにもいかんしな」

 

「……雄二も一緒に」

 

「いや、俺はここにいる。手薄になったアジトに侵入者が来ないとも限らないしな」

 

「………………」

 

「ぎやああぁぁぁぁ! 何故アイアンクローをしかけるぅぅぅぅ!?」

 

「えっと……とりあえず、明久と坂本と木下は行くことになりそうだな」

 

「となると、桜内に板橋、土屋は留守番ということになるな」

 

「ま、待て待て! 俺も一緒に行くって! 明久が白河かムラサキに着くにしても、ひとりかふたり足りなくなるだろ!」

 

「あ、覗く気だ」

 

 杏ちゃんが渉をジト目で見ながら呟いた。

 

 まあ、流石に冗談のつもりだったのだろうが──

 

「ち、ちがっ、違うぞ! お、俺は別に、の、覗いたりしないからな!」

 

 …………。

 

「「「………………」」」

 

 この場に沈黙が訪れた。女子一同からは冷たい目線が向けられ、男子からは呆れた目で見られる。

 

 まさに四面楚歌、という言葉が似合う状況だと思う。

 

「まあ、覗きたくても簡単に覗ける場所ではないがな」

 

「ほ、ほら、杉並もこう言ってるし……そんな危ないものを見るような目で見るなよ!」

 

「……まあ、板橋のことは置いとくにして……簡単に覗ける場所じゃないというと、何処なのじゃ?」

 

「すぐにわかる。では、ついてこい」

 

 嬉しそうにしながら促すと、天井から階段が降りてきた。

 

「こ、こんなところに階段が……?」

 

「そういうことだ。これから面白いところに案内してやろう」

 

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべる杉並君についていき、僕らは外に出た。

 

 一体何処に通じているのかと言うと──

 

「ん? この建物って……」

 

「まさか、ここは風見学園なのか?」

 

「ご名答だ」

 

「うわ、これマジックミラーになってる」

 

「む、無駄に凝ってますわね」

 

 確かに。まさか学校にたてかけられてる鏡がマジックミラーで、しかもその裏に隠し階段があるなんて普通は思いはしないだろう。

 

「あれ? 学校ってことは、シャワーって、学校のを使うってこと?」

 

 ななかちゃんがここまできて思い至ったように言う。

 

「ま、そういうことだ。運動部が使ってる合宿所のものを利用させてもらう」

 

「ああ、そういう」

 

 あそこには洗濯機もあるのでそっちの問題も一緒に解決できるので便利かもしれない。

 

 それから女子たちは合宿所のシャワールームへ行って身体を洗いに行く。

 

 僕たち男子一同は外で警戒に当たっている。

 

「今更だけど、僕たち……すごいことやってるんだよね?」

 

「まあな。一国の姫を連れ出して逃走するなんて体験、滅多にねえぞ」

 

「だよな~」

 

 僕の言葉に雄二と渉が面白そうに肯定する。

 

「…………」

 

「明久、お主……儂らを巻き込んだことを、気にしておるのか?」

 

 ……僕って、そんなに顔に出やすいのかな? それとも、僕の周りにいる奴らが特殊なのか。

 

「いや、そうじゃないよ。ちょっと申し訳ないとは思うけど、みんなには感謝してるし……。ただ、これからもっと大変なことになっちゃうんじゃないかって思うと……このまま僕の我儘でみんなを振り回していいのかなって」

 

「はぁ……明久よぉ~。あんま俺ら舐めんじゃねえぞ?」

 

 渉がいつになく真剣な顔で僕を見た。

 

「俺たちはダチがピンチだっていうから助けてんだ。別にお前に振り回されて嫌々付き合ってんじゃねえんだぜ。困ってるダチがいたら助けるのは当たり前だろうが」

 

「お前の場合、可愛い女の子が……だろ?」

 

「い、いや……別に、女の子だからって助けるわけじゃ、ないぜ」

 

 いや、いきなり挙動不審になられると色々台無しっていうか。

 

「と、とにかく……俺たちは俺たちの意思でやってんだ。そこんところ、間違えんじゃねえぞ」

 

 ……まあ、そうだよね。ここまできてみんなは逃げてとか言うのは逆にみんなの信頼を裏切るってことなんだよね。

 

「じゃあ、とりあえずこれからもよろしくしてもいいかな?」

 

「たりめえだろ!」

 

「うむ。ムラサキの転校を必ず阻止してやろうぞ」

 

「ま、俺はあのパツキン野郎に目にもの見せればいいだけだからな」

 

 まだ寒さの残る星空の下で、改めてムラサキさんの転校阻止を決心した僕らだった。

 


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