バカとダ・カーポと桜色の学園生活   作:慈信

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第六十話

 

「そういえば明久君、まだ時間ある?」

 

「時間? ちょっと遅めのデートでも大歓迎です」

 

 放課後、練習を終えた僕達は帰路を歩いていた。ちなみに義之達は別方向へ。

 

 なんでも、2人きりの邪魔しては悪いということ。流石にそこまで露骨に気を遣われても困るのだが。

 

「あはは。それもいいんだけどね……ちょっと、付き合ってほしい所があるの」

 

「それは、別にいいけど。ちなみにどこへ?」

 

「ん、ちょっと」

 

 それだけ言って特に答えも言わず、ななかちゃんは方向を変えていき、僕もそれについていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わり、どこかの病院へと着いた。

 

「病院?」

 

「うん、水越病院。今日ここに行くって、女の子と約束してたから」

 

「女の子?」

 

「うん、小日向ゆずちゃんっていうの」

 

「ゆずちゃんかぁ……可愛い名前だね」

 

「うん。顔もすごく可愛いの♪」

 

「へぇ~……でも、僕も同伴でいいの?」

 

「うん。きっとおもしろいよ」

 

「おもしろい?」

 

 何故におもしろいなんて言葉が出てくるのだろうか。可愛いとか微笑ましいとかならわかるけど。

 

 病院に入院している子がそんな面白そうなものを持ってるものなのだろうか。

 

 それから病院へ入り、ななかちゃんのいうゆずちゃんの病室へと向かった。

 

「こっちこっち」

 

 ななかちゃんが笑顔で手招きする。どうやらここが噂のゆずちゃんの病室のようだ。

 

 それも、個室だった。扉には『小日向ゆず』という札があった。普通患者なら共同スペースにいると思うのだけれど。

 

 金持ちなのか。それほど重い病気なのか……どうなんだろう。

 

「だれだー?」

 

 中から幼くも態度の大きそうな女の子の声が聞こえてきた。

 

「私だよ、ななか」

 

「ななかっ!」

 

 それからななかちゃんが扉を開けると、

 

「ななか──っ!」

 

 ドゴッ!

 

「ぶふぅ!?」

 

 突然、腹部に衝撃が来た。それは、葉月ちゃんと同等かそれ以上の威力だった。

 

「ゆずちゃん、私こっち」

 

「お? だれだ、このひと?」

 

 ゆずちゃんらしい小さな女の子が顔を上げてきた。

 

 見た目5・6歳くらいだろうか。丸っこい顔に大きな赤いリボン……ななかちゃんの言う通りとても可愛い子だった。

 

「こ、こんにちは……」

 

「こんにちは──っ!」

 

 ゆずちゃんが僕から離れると元気よく挨拶してきた。

 

「それと、ななか──! きてくれたのか──!」

 

「うん、約束だもんね」

 

「やった────!」

 

 そして、今度はななかちゃんに抱きつこうとして、

 

 ドタッ!

 

 途中で転んだ。

 

「ノオオォォォォ!?」

 

 なんてことだ! 元気だからといってもこの子は患者さんだ! 転んで何かの病気が悪化なんてあったらどうしよう!

 

「だ、大丈夫、ゆずちゃん!?」

 

「あははははははは!」

 

「って、笑ってる?」

 

 えっと……入院患者、ですよね?

 

「あ、えっと……紹介するね。私のお友達の小日向ゆずちゃんです」

 

「ゆずです!」

 

「それで、こちらは吉井明久君」

 

「よろしくね、ゆずちゃん」

 

「よろしくな! あきぴたくん!」

 

「あきひさです」

 

「あちきた!」

 

「あ・き・ひ・さ」

 

「アッキー!」

 

「あはは……もうそれでいいです」

 

 のっけから思ったのだが、なんというか……ものすごい元気な子供だった。

 

 入院している理由が全くわからない。

 

「なーなー、ななかー」

 

「なぁに?」

 

「アレやってー、アレー」

 

「アレー?」

 

「ななかちゃん、アレって?」

 

「じゃ、ちょっとだけだよー」

 

「うわ────いっ!」

 

 僕の言葉に答えず、ななかちゃんはゆずちゃんの傍に寄った。

 

「えっと、ゆずちゃんを……こう抱えて……バックドロ────ップ!」

 

「ええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 バフン、とベッドに沈んでいった。まあ、流石に床にやるなんて非道な真似はしない……じゃなくて!

 

「な、ななかちゃん!? その子、入院患者……!」

 

「あははははははははははは!」

 

「……め、滅茶苦茶元気だし……」

 

 ますますこの子の入院理由がわからない。

 

「今回は1回だけねー」

 

「えー、もっと、もっとー」

 

「だーめ。また看護師さんに怒られちゃうよ?」

 

「わかった!」

 

 ななかちゃんが注意するとゆずちゃんが敬礼してななかちゃんの言葉に従った。

 

 なんというか、微笑ましいというかなんというか……。とにかく、見てて飽きない子だった。

 

「じゃーね、ななか。おうたうたって!」

 

「え? 歌?」

 

「うん! このあいだきてくれたとき、うたってくれなかったからー」

 

「あ、そういえばそうだったね。あの時はお医者さんとか周りにいたからできなかったけど」

 

「きょうもだめかー?」

 

 ななかちゃんが困ったように僕を見る。

 

「まあ、練習も兼ねてさ、今日選曲した歌のどれかを使ってみたら?」

 

「アッキー、しってるかー? ななか、とってもうたがじょうずなんだぞー!」

 

「うん、知ってるよ。何度かななかちゃんのお歌は聞いてるからね。僕もななかちゃんが嫌じゃかったらぜひ聴きたいんだけど」

 

「ききたい、ききたいー!」

 

「え~…………じゃあ、少しだけ」

 

「やった──っ!」

 

 ななかちゃんが頷くとゆずちゃんが大喜びだった。それからゆずちゃんが静かにしてななかちゃんが歌うのを待った。

 

 ななかちゃんはスッと、肩から力を抜き、そっと目を閉じる。

 

「♪~♪~♪♪♪~♪♪~」

 

 本当に透き通った声だった。聴覚を通って体全体に波のようにななかちゃんの歌声が染み込んでくるっていうか、こういう静かな場所で聴くといっそう綺麗に聞こえる。

 

 特に知らない人達の前じゃないからなのか、ななかちゃんも気持ちよさそうに歌っていた。

 

「……すごい! ななか、すごい!」

 

「あ、ありがとう」

 

 僕とゆずちゃんが惜しみのない拍手を送るとななかちゃんが照れくさそうにしていた。

 

「本当に流石だよ、ななかちゃん。なんていうか、惚れ直したっていうか」

 

「お、大げさだよ」

 

「いえいえ、本当に」

 

「マジだ! ななかにざぶとん10まいだ!」

 

「ざ、座布団?」

 

「評価する方法がちょっとアレだけど、それだけすごかったってことだよね?」

 

「そうだー!」

 

「そっかぁ。ありがとね」

 

「それじゃあ、今度はアッキー!」

 

「え? 僕ぅ!?」

 

「おうたー!」

 

「う、歌ぁ? いや、僕……歌なんてそんな得意じゃないし……第一ななかちゃんが歌った後じゃなぁ」

 

 最初にやれっていうならまだできたかもしれないけど、さっきのななかちゃんの歌の後だなんていくらなんでも無理。

 

「アッキーはなにもしないのか?」

 

「う~ん、明久君は歌はうたわないかな?」

 

「ふーん。いがいとやくにたたないなー」

 

「そんなぁ!?」

 

 まさか、子供に役立たずと言われるとは思わなかった。

 

 だが、流石にここまで言われて引き下がったら男がすたるというものだ。

 

 考えろ。今僕がここでできる事と言えば?

 

「…………よし、今からその窓からヒーローばりに飛んでやろうじゃないか!」

 

「お────!」

 

「って、明久君!? ここ2階なんだけど!?」

 

「大丈夫! 散々FFF団との追いかけっこで鍛えられたんだ! 今更2階程度ならなんてことない!」

 

「あぁ~、そういえばそうだったね……じゃなくて!」

 

 ななかちゃんが微妙な表情を浮かべて呟いた後ツッコむが、構うか。

 

「アッキー! はやくはやくー!」

 

 ゆずちゃんが期待に満ちた眼で僕を見つめた。ここまで期待されて下がる僕じゃない。

 

 僕は病室の窓を開けて、窓から少し離れてその場でぴょんぴょんと準備運動をして、

 

「いざ! 自由の彼方へ!」

 

 僕は病室の窓から跳躍した。そして、ヒーローっぽく4回転3回捻りを入れて飛び降りた。

 

「すげ────っ!」

 

 ゆずちゃんが僕の跳躍を見て大喜びだった。いやいや、FFF団で培ったこの身体能力で子供を喜ばすことができたのだから僕としても喜ばしい限りだ。

 

 ……もちろん、あまりにも馬鹿げた行動だったので、このパフォーマンスがすぐに病院にバレてゆずちゃん担当の看護師にこっぴどく怒られました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にしても、面白い子だったな~」

 

「でしょ。すごく良い子なんだ」

 

 ななかちゃんもゆずちゃんの事を思い出す度に笑顔を浮かべている。

 

 本当に見てて勝手に笑顔が浮かんでくるくらい可愛い子だった。

 

「私ね、学校で嫌なこととかあると、すぐにゆずちゃんに会いにいくの。そうすると、帰る頃にはすっかり嫌な顔して、笑っていられるんだよ。もう、ゆずちゃんから毎回たっぷりパワーもらってるんだ」

 

「うん。それはよくわかるよ」

 

 僕自身、あの子に会って滅茶苦茶活き活きしているのが自分でもわかる。

 

 まさに天使と言っても過言ではない子だった。

 

「よかった。まだ一緒に行く?」

 

「もちろん。すごい楽しいし」

 

 それから僕達が別れる地点に行くまでずっとゆずちゃんの話で持ちきりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……本当に楽しかったなぁ」

 

 僕はななかちゃんと別れてからも今日あったことを頭の中に思い浮かべていた。

 

 ゆずちゃんか……。あんだけ元気なのにどうして病院なんかで入院しているんだろうかって疑問は今でも残っているけど、良い子だなとつくづく思う。

 

 入院しているにも関わらず、ずっと明るい空気を醸し出して周囲の人達までも明るくしてくれる、なんていうか……太陽のような子だった。

 

「……また、行こうかな。そしたら、今度はオンエアコロシアムの事も教えてあげようかな」

 

 そうだ。今度行ったらオンエアコロシアムに出場する事を報告してあげよう。

 

 病院ならテレビもあるし、ラジオだって許してくれるかもしれない。

 

 彼女には是非僕達の演奏を聞いてほしい。そう思ったら俄然やる気が出てきた。

 

 ああいう子にはなんとしてもいい曲を聞かせてあげたいって気になるよ。そうやる気を胸に秘めながら帰路を歩いた時だった。

 

 ド────ン!!

 

「な、何っ!?」

 

 いきなりものすごい音が響いてきた。結構距離はあると思うが、それでもここまでハッキリ聞こえてくるくらいの音に僅かだが、衝撃も伝わってきた。

 

 何かが少し距離のある所で思いっきり衝突したようだ。僕は気になって急いで爆音の発生した場所へ向かって駆け出していった。

 

 少し走ると、桜公園の近くの交差点ですごい人ごみがあった。何やらパトカーの音も聞こえるけど、ここからじゃよく見えない。

 

「あ、あの……何があったんですか?」

 

 気になって僕は一番後ろにいた人に何があったのかを尋ねた。

 

「ああ……車が塀を越えて家に衝突しちゃったらしいんだよ」

 

「家に衝突!? その家の人達は!?」

 

「いや……幸い、家の人は留守だったから、家が半壊した以外は大事ないよ」

 

「そ、そうですか……」

 

 本当に不幸中の幸いだった。いや、家が半壊したんだから不幸以外のなんでもないけど、もし人がいたらと思うと交通事故どころの騒ぎじゃなかっただろう。

 

 僕はほっとすると同時に家に衝突した車があるだろう方向を向くと、妙なものが目に入った。

 

「ん?」

 

 人ごみの中に何やらひらひら金色に輝くものが見えた。それと同時に由夢ちゃんの誕生日の日にムッツリーニが言ってた言葉を思い出さいた。

 

『……全くだ。共通点と言えば、どれもこれもが原因不明ということだけ。中には小さな少女を目撃した例もあるが、それが本当のことかどうか今のところ不明だ』

 

『金髪でリボンをした少女……手がかりはそれだけだ』

 

 金髪……そして、よく見ればリボンもしている。間違いない……。あの人がムッツリーニの言ってた人だ。

 

 う……人ごみが邪魔で顔がよく見えない。どうにか僕は一瞬でも見ようと人ごみを必死にかきわけようとした。

 

 そして、人ごみの中に入ったところで金髪の人が横を向いてその顔が見えた。

 

「……え?」

 

 そして、眼を疑った。何故なら、ムッツリーニが言ってた噂の金髪の人が……まさか、

 

「さくら……さん?」

 

 さくらさんだった……。なんで、あの人がこんな所にいるんだろう?

 

「うわっ!?」

 

 あまりに突然の出来事にぼーっとしたところに人ごみが動いて僕はバランスを崩しそうになり、急いで人ごみから外に出た。

 

 それから慌ててまた人ごみへ視線を戻すが、もうさくらさんらしい人はどこにも見当たらなかった。

 

「…………何で、さくらさんが?」

 

 わからないことだらけだった。なんでさくらさんがここにいるのか。しかもどうして、さくらさんがあんなにも……悲しそうで、苦しそうな表情をしていたのか、全くわからなかった。

 


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