バカとダ・カーポと桜色の学園生活   作:慈信

58 / 97
第五十七話

 

「はぁ~……やっと帰ってきたぁ」

 

 正月初日の夜、僕達は初音島の芳乃家に到着した。

 

 生徒会メンバーとななかちゃん達を交えた生徒会合宿は滞りなく終わりを告げ、今ここに終結した。

 

「滅茶苦茶疲れたなぁ……」

 

「ラストだからとはしゃぎすぎてしまったの」

 

「……滑りすぎた」

 

 僕達はバスから降りて身体を大きく伸ばして深呼吸する。うぅ~……スキー場ほどでないにしろ、冷たい空気が体内に入ってくる。

 

「ほらほら、早く荷物を降ろした降ろした!」

 

 高坂さんが元気いっぱいに指示を出す。こういう時って、高坂さん本当にタフだよね。

 

「無事に着いたな。結構疲れたぜ」

 

「そうですね。身体もすっかり固まっちゃったといいますか……」

 

「ほ~ら、弟君も妹君も荷物荷物!」

 

「……かったるいです。兄さんお願い」

 

「あのなあ、由夢。俺だって疲れたんだよ。自分の荷物くらい自分でやれ」

 

「や、力仕事は男性担当ですから」

 

「たく……」

 

 あれこれ言いながら由夢ちゃんの分も降ろすあたり、結構兄バカ?

 

 とりあえず僕の荷物もおろしておくか。何も聞いてなかったから本当に軽い荷物だけだったから結構楽チンだった。

 

「えへへ~、楽しかったねぇ。温泉もすごく気持ちよかったしぃ、大満足」

 

「大きな露天風呂で、女同士裸の付き合い……有意義だったわ。義之にも見せてあげたかったわね」

 

「ダメだよそんなの! 義之も、想像しちゃダメなんだからね!」

 

「当たり前だ」

 

「お前らなぁ……特に花咲。お前が月島や白河にいろいろちょっかいだした所為でこっちはムッツリーニの蘇生にどんだけ手間かかったと思ってんだよ。オマケに風呂上りにはお前らの影響を受けた翔子の待ち伏せ及び襲撃を喰らって……いや、これ以上は思い出したくねえ」

 

 そういえば、スキー場の温泉はしきりがひとつあるだけで、同じ空間だったからな。

 

 想像力豊かなムッツリーニなら話し声だけで女湯でどんな展開が繰り広げているか鮮明にその絵が浮かんだことだろう。

 

 そして、鼻血の海に沈んで雄二が蘇生。ムッツリーニと同じ空間にいた以上、当時の女子達の恥も外聞もない会話を聞いた雄二が霧島さんにおしおきされる。簡単に想像できる。

 

「そして、何故か儂は別風呂に連れて行かれたのじゃ……」

 

「そっか。どんまい」

 

 こっちでも秀吉は女扱いされて色々苦労したようだ。

 

 文月学園でも秀吉の裸を見た男子なんてひとりもいない。一体同じ空間で着替えできる日が秀吉に来るのだろうか。

 

「う~、でももっとスキーの練習したかったなぁ」

 

「そうね。温泉にばかり入っていたんじゃ、身体がふやけてしまうわね」

 

「私も、ちょっとのぼせそうになった」

 

「小恋も花咲さんも、フラフラしてたもんね」

 

 まあ、ななかちゃん達はスキー場にいるあいだ、顔を合わせないようにほとんどの時間をペンションで過ごしていたらしいしね。

 

「まあ、参加費無料なんだから文句は言えないけどね」

 

「え? みんなの分も生徒会持ちなの?」

 

「当たり前であろう。何を当然のことに驚いているんだ?」

 

「協力に見合うだけの報酬はもらわないと」

 

「あのなぁ……」

 

「義之には迷惑はかけてないけど?」

 

「そういう問題じゃないだろ……」

 

 みんなで色々言い合っているあいだに、全員がバスから荷物を降ろし終わった。

 

「皆さん、お疲れ様でした。無事に今年の生徒会合宿を終えることができました。この後はゆっくり身体を休めて、また新学期に元気な姿で会いましょう」

 

 生徒会長としての挨拶として、音姫さんは定番の家にたどり着くまでが合宿という台詞でまとめた。

 

「んじゃ、解散! お疲れ様でした~!」

 

「「「お疲れ様でしたー!」」」

 

 高坂さんの号令で生徒会合宿は終結した。

 

「さて、俺らも帰るか」

 

「そうじゃのう。流石に今回は疲れたぞい」

 

「……俺もさっさと戻る」

 

「じゃあ、帰るか」

 

「そうだな」

 

 僕達は芳乃家へと足を向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

「はろはろ~! みんな、お帰り~!」

 

「「「ただいま戻りました」」」

 

 玄関を開けるとそこにはさくらさんが笑顔で僕達を迎えてくれた。

 

 こういう笑顔を見ると帰ってきたなぁって感じがするよね。

 

「それと、明けましておめでとうございます」

 

「おめでとう♪ さあさあ、みんな疲れたでしょ? もうオコタも温まってるから温々とした環境で疲れをとってとって」

 

「ありがとうございます」

 

「では、お言葉に甘えて」

 

 僕達は早速居間へと入り、暖かくなった部屋へと入って背伸びした。

 

 ん~……やっぱりあったかい部屋は落ち着くな~。

 

「みんなお疲れ様~♪ ほら、お茶入れたから飲んで飲んで」

 

「お、助かるぜ」

 

「ちょうど喉が渇いてたところじゃ」

 

「ていうか、お茶くらい僕が入れましたから」

 

「まあまあ、みんな生徒会合宿で大忙しだっただろうから」

 

「さくらさんだって忙しかったんじゃないですか? 学園長って、結構忙しいんじゃ?」

 

「うん、まあね。ここのところ事故が多発してるところがあるみたいで、それについて我が学園も今後の方針をどうするかの会議が結構長続きして」

 

「だったら俺達よりもさくらさんが休まなきゃいけないでしょ」

 

 まったくだ。とても僕達の相手をしている余裕があるとは思えない。

 

「まあ、いいじゃん。珍しく明日はお休みなんだから、今日はいなくなった分、たっぷりみんなとお話させてもらうから♪というわけで、早速みんなでこれ見よっか!」

 

 そう言ってさくらさんはテーブルの上に大量のDVDを置いた。

 

「えっと……『水戸黄門』、『風林火山』、『新選組』」

 

「見事に時代劇づくしだね……」

 

「うへぇ……ただでさえ疲れてるのに、また眠くなるようなもんを……」

 

「いいじゃんいいじゃん♪ 面白いよ~♪」

 

「はぁ……結局見るしかねえか」

 

「……退屈なら、寝てていい」

 

「そうだな。というわけで布団用意するか」

 

「……私の膝の上で」

 

「断固拒否する!」

 

「うむ。儂もお言葉に甘えて、演技の参考物として見せてもらうかの」

 

「時代劇かぁ……最近、見てなかったなぁ」

 

「さくらさんが家にいる時はよく見てましたけど……最近あまり一緒になれませんでしたもんね」

 

「そうだな」

 

 そうして正月初日の夜はさくらさんおすすめの時代劇をたっぷりと見て夜を過ごしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、これからみんなで力を合わせ、年末分の大掃除を始めたいと思います!」

 

 翌日の朝から、音姫さんが気合の入った声で宣言した。

 

「はぁ……かったるいなぁ」

 

「朝倉妹に一票だ。ていうか、なんで年末分の大掃除をこの日にしなくちゃいけないんだよ?」

 

「そんなこと言ったって、こと……あ、いや、去年は弟君達も合宿に参加して、さくらさんも忙しかったからほとんどまともに掃除なんてできなかったんだし。休みがあるうちに綺麗にしておかなくちゃ」

 

「や、そもそもこの家を汚したのは、私でもお姉ちゃんでもないし」

 

「いや、待て待て。何ひとり逃げようとしてんだ。お前達も十分汚してるだろうが。一年の大半ここで飯食いに来たりテレビ見たり」

 

「や、それは……そうかもしれないけど」

 

「はいはい。そういうことで、大掃除を始めます。これは決定事項です」

 

「マジかよ、面倒臭え……」

 

 心底ダルそうに雄二は立ち上がった。まあ、気持ちはわからないでもないけど、去年は合宿に行くことが決まったのが急だったから、ロクな掃除ができなかったというのも事実なわけだから、音姫さんの言う通り、できることなら今日中に済ませておきたい。

 

「じゃあ、全体の作業順番と各人の役割分担なんだけど……」

 

 そういって生徒会会長モードの音姫さんがしきり始めた。

 

「まずは居間のお掃除からだね。えっと……弟君や明久君、坂本君の男子達は家具を動かしてもらって畳を拭きましょう」

 

「まあ、確かに結構重たいものも多いし……流石に女子達には持たせられないよね」

 

「何故か儂が男子陣から除外されとるのじゃが……」

 

「秀吉……ドンマイ」

 

「でも、わざわざ雑巾がけする必要あるの? 掃除機でもいいんじゃない? そんなに汚れてるようには見えないし」

 

「見えるところはね。見えないところには意外とホコリが溜まってたりするものなの。ホコリとか溜まったまま放っておくと色々危険なんだよ。喘息やアレルギーを起こす原因になったり、火事の原因になることだってあるんだから」

 

「そ、そうなんだ……」

 

「そういえば、ここんところ事故が多いとか聞くしな」

 

「そういうこと。だから、用心も兼ねてきちんとお掃除しないとね」

 

 というわけで、早速居間の掃除を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 居間の雑巾がけを終え、僕達は家具を元の位置に戻し始めていた。

 

「じゃあ、次はこの食器棚お願いね」

 

「了解」

 

「はーい」

 

 僕は義之と協力して食器棚を動かしていく。そういえば雄二がいないけど。アイツサボってるか。

 

 または、自分の絶対領域に踏み込まれないよう自分の部屋の掃除をしているかだな。

 

 まあ、僕は絶対領域は徹底的に隠してあるからなんとかなるけど。

 

「って、換気扇まで掃除してくれるのか? なんか悪いなぁ」

 

「大丈夫、ついでだから。あ、これ持っててくれる?」

 

「了解」

 

「うわ、ベトベト。あの、そこ僕がやりましょうか? 流石にこんな油まみれのところに女子が入るのは危険だと思うんですけど」

 

 主に美容的な意味で。

 

「大丈夫だって。髪の毛はちゃんと気を遣ってるから」

 

 ん~……本人が言ってるなら大丈夫だろうけど。今度からはマメに僕達で掃除した方がいいんじゃないだろうか。

 

 義之も同じことを思っていたのか、僕の顔を見ると頷いていた。

 

「あ、ラッキー。プリン発見♪」

 

 その時、冷蔵庫を開けていた由夢ちゃんが嬉しそうな声でプリンを手元に持っていった。

 

「あ、こら! それは俺が取っておいたやつだぞ! ちゃんと元の場所に戻せ!」

 

「や、そんなこと言っても、どこにも兄さんの名前なんて書いてないし。ここは公平なルールにのっとって、第一発見者の手に委ねられるべきでしょ」

 

「勝手なこと言うんじゃない! ていうかここ俺ん家だから! こら、元の場所に戻せ!」

 

「兄さんのじゃなく、さくらさんの家でしょ?」

 

「ぐ……それはそうなんだが……」

 

 ひとつのプリンをめぐって義之と由夢ちゃんが争い始めていた。

 

「明久! 我が妹を止めてくれ! このままでは俺のプリンが!」

 

「あ、明久さんどうです? 今なら半分はあげますが」

 

「いや、どうと言われても……」

 

「こらこら、喧嘩しないの。プリンなら今度買ってあげるから」

 

「いや、そういう問題じゃなくてな……由夢が勝手に俺の所有物をだな──」

 

「いいじゃない。由夢ちゃんは妹なんだから」

 

「いや、妹だからってこの暴挙を許すべきなのだろうか?」

 

「まあまあ義之。プリンのことは同情するけど、後でどうせ買い物するだろうからその時にでもして、由夢ちゃんは休憩にってことで」

 

「流石明久さんですね♪」

 

「お前は女子に甘すぎるぞ……」

 

「お主らは何をやっておるのじゃ」

 

「あ、秀吉。風呂場は終わった?」

 

 風呂場担当の秀吉が台所に入ってきた。風呂場だったからか、服の所々が湿っていた。

 

「うむ。霧島も窓ふきが終わりそうじゃし、これで1階はほぼ終わりじゃな」

 

「それじゃあ、これ終わったら次は弟君達の部屋だね。あ、弟君、ファンお願い」

 

「了解」

 

 義之が換気扇のファンを洗い流し、換気扇の掃除を終えると同時に霧島さんも窓拭きが終わったようで、これで1階は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って、何ですと!?」

 

「いきなりどうしたのさ?」

 

 これから2階に上がって掃除というところで突然義之が叫んだ。

 

「どうしたの、弟君? 早く弟君の部屋を掃除しましょ?」

 

「いや、いいから! 俺の部屋までやらなくていいから! そこはちゃんと自分でやる!」

 

 バタバタと手を振って音姫さんの好意を断っていた。ああ、まだ義之のトップシークレットが片付いてないのか。

 

 まあ、普段そこまで音姫さん達が踏み入ることがないから完全に油断してたんだろうね。

 

「弟君、なんでそんなリアクションなの?」

 

 義之がそんな行動を取れば流石に音姫さんも不審に思うだろう。

 

「いや、その……」

 

「お姉ちゃんに見られたらまずいものとかあるからでしょ?」

 

「はうっ!」

 

 由夢ちゃんがいきなり核心を突いた。容赦がない。

 

「私に見られたらまずいもの?」

 

 音姫さんがジト目で義之を見る。義之は慌てて否定した。

 

「ないないないない! そんなものあるわけないじゃないですか!」

 

「ふふ~ん」

 

 由夢ちゃんがにやりと笑い出した。確実に何があるか予想できたのだろう。

 

「じゃあ、別に掃除しても大丈夫だよね? 兄さんの部屋を」

 

「い、いやいや……流石に自分の部屋まで掃除してもらうのは悪いだろ。音姉達だった自分の部屋がまだあるだろうし」

 

「そんな、遠慮しなくていいよー。それに、男の子のお掃除って細かいところまで綺麗になってないことが多いから、大掃除の時くらいは隅々までしないとねそれに弟君の性格上、細かいところまで気が回ってなかったり、あれこれ色々整理がつかないかもしれないし」

 

 善意100%の笑顔で言う音姫さん。その理由がエロ本によるものだとは想像もしてないだろう。

 

 流石にこれは助け舟を出した方がいいのかな。自分のコレクションが消える時ほど悲しいことはないのは僕も体験してることだし。

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと、弟君……どいてくれないかな?」

 

「いや、ここは大丈夫だから。自分でできます、はい」

 

「あの、音姫さん……そっちは僕が──」

 

「明久さん、こっちの本棚をどかしてくれませんか? 私じゃ重くて」

 

「あ、うん了解」

 

 じゃなかった! 義之の手助けに行こうと思ったら、うまく由夢ちゃんの誘いに乗っかってしまった!

 

 由夢ちゃん、恐るべし……。義之は義之で自分の絶対領域を守ることに必死でそこから動こうとはしなかった。

 

「そんなこと言って、さっきからその辺りの掃除が進んでないじゃない」

 

「この辺は後でやるから大丈夫だ」

 

「どうして後回しにするのかな? 今一緒にやっちゃえばいいじゃない」

 

 それが当然だと言わんばかりに、無邪気な笑顔で言う音姫さん。それが普通なんだけど、男の子としてはそれは死刑宣告に等しい。

 

「だって、そこに隠してる、とても白日の下には晒せないものが出てきちゃ困るもんね~。特にお姉ちゃんの前では」

 

 由夢ちゃんが義之を崖っぷちへと追い詰めていく。

 

「ちょ! 何を言ってるのかな我が愚妹は! 俺がそんなものを隠したりするわけないじゃないか! いくら休みだからって、脳みそまでだらけすぎてるんじゃないか!?」

 

「…………」

 

 義之、それは自殺願望者の言葉だと受け取っていいのかな? 由夢ちゃん、今ので完全に頭にキたよ。

 

「お姉ちゃん、ベッドの下」

 

 ぼそりと一言、由夢ちゃんが呟いた。

 

「え?」

 

「ちゃんと、ベッドの下もお掃除しないとね。ホコリとか溜まってるはずだし。きっと、色んなゴミが出てくるよ」

 

 悪魔の笑みで残酷なことを言った。哀れ義之。

 

「うん、そうだね。というわけでどいて、弟君」

 

「ちょ、ちょっと待った、音姉! ここは俺と明久が協力してやるから!」

 

「そ、そうだね。ここは僕が──」

 

「明久さん、今度はそのケースお願いします」

 

「ああ、はい」

 

「って、乗っかるなよ!」

 

「あ……」

 

 しまった。女子に頼みごとされるとつい身体が動いてしまう。こういう時には悲しい習性だよね。

 

「はい、隙あり」

 

「うおっ!?」

 

 僕に気を取られてる隙を狙って由夢ちゃんが義之を引っ張って部屋の隅へと追いやる。

 

「って!?」

 

 そして、義之がベッドから離れたところを狙って音姫さんが義之の絶対領域へと侵入した。

 

「ちょ、ちょっと待った音姉!」

 

 義之が慌てて音姫さんを止めようとするが、

 

「ぎゃあああぁぁぁぁ!?」

 

 時すでに遅し。音姫さんがベッドの下に手を入れていた。もう何をしても遅いだろう。

 

 義之はここで、終わってしまう。

 

「義之……」

 

「……何だ?」

 

「……骨は拾っておくよ」

 

「……せめてここから助け出してくれ。足が、動かないんだ……」

 

 そうしてやりたいのは山々なんだけど、

 

「……僕も、動けないんだ。由夢ちゃんに止められてるから」

 

「すみませんね、明久さん」

 

「お前かぁ!」

 

 僕は由夢ちゃんに拘束されて動くことができない。これでもう詰みだ。僕達の負けだよ、義之。

 

「さて、ここで最後っと……ん? 何だろ、これ? ダメだよ弟君。ベッドの下に物なんて置いちゃ──」

 

 軽く叱る声と共にベッドの下から女子の目には決して入れてはならないものが出てきてしまった。

 

「…………」

 

 瞬間、ぴきりと音をたて、音姫さんと周囲の空気が固まった気がした。

 

「…………」

 

 何だか、音姫さんの背中からものすごい氣が溢れているような気がするよ。ものすごいプレッシャーが部屋中に満ちてるよ。

 

「……巨乳アイドル・恵梨香のヒミツ、あなたにぜ~んぶ見てほしい……弟君は、どんなヒミツを知りたいのかなぁ~?」

 

「あの……いや、その……あははは」

 

 つらい! 僕に向けられてるわけでもないのに、音姫さんの怒気が滅茶苦茶つらい!

 

 下手すれば姫路さんや姉さん以上に怖いよ!

 

「魅惑の巨乳女教師・淫らな特別個人授業……どんな特別個人授業なんだろうね? ね? 弟君」

 

「そ、その……数学……かなぁ? あ、あはははは……」

 

「爆乳レースクイーン・危険なナビシート……危険なナビシートね。ナビシートって危険なものなの?」

 

「いや、その、助手席って、事故の時一番死亡率が高いって言うじゃん? だから危険なのかな、なんて……」

 

「うふふふ……」

 

 こ、怖い……背中越しにいる由夢ちゃんまでもが震えてるのがわかるよ。

 

「……弟君」

 

「はい」

 

「ちょっとそこに正座なさい!」

 

「は、はいぃ!」

 

 音姫さんが怒鳴ったと同時に義之はその場に正座した。

 

「……それと、由夢ちゃん、明久君」

 

「「は、はい……」」

 

「これ」

 

 急に指名されたと思ったら義之のベッドの下にあった本を僕達に手渡した。

 

「……え、えっと」

 

「これ、何を?」

 

 僕に渡すならともかく、女の子の由夢ちゃんにまで渡してどうするのだろうか?

 

「燃やしなさい」

 

 僕の疑問に一言、残酷な判決を下した。義之がその残酷な判決に心で叫びをあげてるのが見てわかるよ。

 

「何か問題でも?」

 

「いえ、ございません」

 

 音姫さんに言われ、一瞬で縮こまった。

 

「あ、あははは……じゃ、じゃあ私達はこれを燃やしてくるんで」

 

「あ、後は、ごゆっくり……」

 

 それから僕達は部屋を出て行った。義之が裏切り者と言いたそうな表情が最後に見えたが。

 

 恨みでもなんでも、後でたっぷり聞いてあげるよ。生きていれば。

 

「……さて、僕のマイコレクションも一緒に捨てようかな」

 

「いいんですか? いや、あっても困るんですけど」

 

「うん……もし、これがななかちゃんに見つかって、あんな状況になったらと思うと」

 

「……あぁ」

 

 義之の二の舞にならないよう、僕もここで苦渋の決断をくださねばならない。僕の、命を守るためにも。

 

 そして、地獄とかした遅めの大掃除が午後まで続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、明久君のお部屋を掃除したら次は私達の家をお願いね、弟君」

 

「はい……」

 

 1時間にも及ぶ音姫さんのお説教を受けた俺は心身共に消耗しきった状態で明久の部屋の掃除を始める。

 

「義之、大丈夫?」

 

「ダメだ……しばらくは立ち直れそうにねえ……」

 

 そうだ。俺の宝物が……マイベストコレクションが全て水の泡……いや、塵となって土に還ってしまったのだから。

 

「その気持ちはわかるよ。でもね、数があればいずれは見つかってしまうのが運命なんだよ」

 

 明久が遠い眼をして呟いた。お前も、大切なものを失ったことがあるのか。

 

「まあ、明久には既に白河がいるわけだからもうそれは必要ないから……羨ましいぜ」

 

 ただのエロ本じゃわからない女子の身体の魅力をいつでも観察できるようになれたのだから。

 

「あはは……それが理由ってわけじゃないけど、ななかちゃんに見つかるのは怖いから……全部、義之のと一緒にして燃やしたよ」

 

「一緒に!?」

 

 バカな……いくら恋人ができたからと言って、自分の魂の一部とも言えるものを燃やしたというのかこいつは。

 

「流石に……義之みたいな目には会いたくないから……」

 

「……なるほど」

 

 まあ、音姉のアレを見ればそう思うのは無理ないかもな。

 

 白河が怒るところなんて想像もできないが、エロ本が見つかって関係が悪くなったなんて話はごめんだろうしな。

 

「まあ、過ぎた災難は忘れてさっさと大掃除を始めよう」

 

「そうだな」

 

 明久の言葉に頷いて俺達は明久の部屋の掃除を始めるのだった。

 

 だが、明久の部屋はゲームや漫画が主なので他の部屋と比べて比較的片付けやすいな。

 

 この調子ならここは短時間で済みそうだ。

 

「……お?」

 

 本棚の整理をしていると、薄いノートが目に入った。そして、その表紙には『……日の日記』と記されていた。

 

 前半の部分がマジックのインクが滲んだかして読めなくなっているが、これが明久の日記であることは予想できた。

 

 まさか明久が日記なんてものをつけるのは以外だった。

 

 いちいち細々としたものを記すのを面倒臭がると思っていたのにな。俺もだけど。

 

 明久がどんな風に日記をつけているのか非常に気になった俺は失礼ながら中身を見せてもらうことにした。

 

 日記を開き、ページをめくるとそれぞれのページに空色のペンで一言二言の文が綴られていた。

 

『5月17日 火曜日 この日より、僕達は空色のペンを使い、ここに思い出を増やすことにした。理由はなんでもいい。ただ今を生きている。それだけで僕らは今日というかけがえのない一日を記念日にできるのだから。カレンダーとこの日記にある空の色は僕らにとって思い出の──生還を味わった時の世界の色なのだから』

 

「…………は?」

 

 この文章を見て俺は一瞬わけがわからなかった。

 

 生還の記念? 一体何を言っているのやら。俺はそんな疑問を抱えたまま次々とページを捲っていく。

 

『5月24日 今日から学力強化合宿の始まり。電車の中で美波の激辛料理の上に姫路さんの殺人級の料理を食して三途の川を初めて渡りかけた。そんな中で生還できた記念をここに記しておく』

 

『6月15日 姉さんが帰ってきて、その姉さんのパワーアップした料理を久しぶりに食べて、また三途の川を渡りかけた。そして、また生還できたことに感謝したい』

 

『7月1日 最近、姉さんが料理を作る機会が多くなった。その所為か、だいぶ姉さんの料理に耐性ができた気がするけど……やっぱり臨死体験は免れないままだった。それでも、生き抜いていられるんだ。生きているというこの感覚を、決して忘れてはいけない。僕達以外に死んでしまった数々の人間のためにも』

 

「………………」

 

 ここまで読んでパタン、と日記を閉じた。

 

「……お前は今までどんな人生を歩んできたんだああぁぁぁぁ!」

 

「うわっ!? 何、義之!? 急に大声出したりして!」

 

「何じゃねえ! 一体何なんだこの日記は!? お前、本当にここまでの数臨死体験をくぐり抜けてきたのかよ!?」

 

「え? ……あぁ、懐かしいなぁ。僕の『臨死体験生還記念日日記』。この日は……あぁ、そんな事もあったなぁ」

 

「その前にひとつ聞かせてくれ! そこに書いてある事って、みんな真実なのか!?」

 

「え? 当然でしょ。そうじゃなかったら日記の意味がないじゃん」

 

「いや、そんな臨死体験の数々を当然で片付けられてもなぁ!」

 

 一体この世界に来るまで何回臨死体験してきたんだよ。

 

 その日記に記されてるだけでも一ヶ月のうちの大半を占めてるぞ。そんなにポイズンクッキング食べてよく初音島に来るまで生き残れたな。

 

「まあ、これを見たのなら義之……生きているっていうことは、とても大切なことなんだってことを、忘れちゃダメだよ?」

 

「なんとなくわかるが、こんな日記を見てから言われてもなぁ!」

 

 確かに生きているというのはとても大切なことだと思うが、こんなくだらない理由で生死の狭間を彷徨った奴に言われてもな。

 

 こいつの事は文月学園に行って大体は理解できたかと思ったが全然甘かった。まだまだこんなとんでもネタを隠していたとは。

 

 ていうか、空色の印がついてる日が週に……少なくて3日。多くて6日も……ほとんど毎日じゃねえか。

 

 そんだけの数の死線を今まで本当に越えてきたのかよこいつは。

 

「まあ、過去の思い出は傍らに置いといてさっさと掃除済ませておこうか。これ終わったら次は朝倉家の掃除だし」

 

「そ、そうだな……」

 

 明久の臨死体験日記をパタリと閉じて部屋の隅に置き、掃除を再開する。

 

 うん。アレのことについてはもう記憶から消しておこう。深く考えたら負けだ。アレは永久に目に届かないように後でどうにかしよう。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。