「……く~~っ」
目が覚めた。見渡すと僕の部屋……というのはちょっと図々しいかな。
正確にはさくらさんの家の空き部屋を僕用にしたものだ。日付は……12月25日。
うん、この日にち……この場所にいるということは、ちゃんと帰ってきてるということだね。
少し前までは過去の世界だったり自分の住んでいた世界で地獄巡りだったりと大変な時間を過ごしていた。
昨日はようやく帰ってきてこれたはいいけど、クリパの人形劇本番直前で小恋ちゃんが風邪で倒れ込んでしまって人形劇に出られなくなった。
まあ、あんだけ濃い時間を過ごしたのだから心身共に限界が来たっておかしくはなかった。それから小恋ちゃんの代わりに義之と練習していた音姫さんが小恋ちゃんの代役として人形劇に出たのだった。
結果はもちろん、上々。音姫さんの台詞にかなり気持ちが篭ってたからか、お客さんの中にはマジ泣きした人もいたくらいなんだから。
それから小恋ちゃんを渉が送ったり僕はアイシアちゃんの案内したりその後でななかちゃんに謝ったり、芳乃家に戻ってからはようやく戻ってきたことを祝して小さなパーティなども。
雄二は霧島さんと一日中イチャついてたけど。
ちなみにあの濃い日々のことはみんなも大体覚えているみたいだ。とはいっても、僕ら文月学園メンバーに義之、朝倉姉妹以外はほとんど夢を見たんじゃないか状態だったが。
まあ、あんまり深く考えてもしょうがないので夢ということでという結論でそれ以上その話に触れることはなかった。
でも、ななかちゃんは僕と恋人になったという事実があるからか、他の人よりあの出来事をハッキリ覚えているっぽい。本人はみんなが覚えてないことがちょっと不満ぽかったけど。
こっち側での23日……僕らにとっては一週間近くの間に起こった結果はこれくらい。これからは平和な日々が続くんだ。
そう思いながら背伸びをした時だった。僕の部屋の窓に何かが当たる音がした。
一体何だろうと僕は部屋の窓のカーテンを引き、窓を開けた。
「おはよー」
外にいたのはななかちゃんだった。こんな寒い中、笑顔で手を振っている姿が太陽よりも眩しかった。
「ていうか、どうしたのこんな朝早くから?」
「今日クリスマスイヴじゃん?」
「うん、知ってるけど」
「それで早く起きちゃって……そしたら、明久君起きてるかなーって思って来てみました♪」
時間は普段ならもう少し寝てるっていうくらいの時間帯。僕が寝ていたらずっと外で待ってるつもりだったのだろうか。
「ひょっとして、わくわくして眠れなかった~って感じ?」
「あたり~。ね、今日こそはパーティ、一緒に回ってくれるよね?」
そういえば、昨日は約束だったからとはいえ、恋人であるななかちゃん以外の女の子と回ったからなぁ。
今日こそは恋人として、クリパを回ってあげなきゃね。
「うん。約束したしね」
「うん。それじゃ、私先に学校に行ってるね」
「今からって、流石に早くない?」
流石にこの時間帯じゃまだ準備している頃だと思うけど。
「そんなことないよ。週番の時と同じくらいの時間だよ」
そういうものですか。
「じゃあ、二度寝して遅刻ないようにね~」
「了解」
ななかちゃんは笑顔で手を振ってから颯爽と学校に向かって駆け出していった。
「……さて、僕も急ぐかなっと」
本来なら急ぐべき時間ではないが、男として可愛い恋人さんを寒空の中待たせるわけにもいかない。
なので、僕は急いで制服に着替えて食パン一枚を口に咥えて学校へと向かった。
終業式が終わった。
忘れてた。そういえば何故かクリパの最中に終業式なんてのがあったんだよな。
濃い時間が多かったのと僕達の学園じゃなかったことだからすっかり頭の中から抜けていた。
まあ、これで思う存分冬休みを堪能できるようになったわけだけど。短い間だけどここでも色々あったなぁ。
今年最後の学園のイベントとなるとなんというか、ちょっとね。
「まあ、とりあえず今はななかちゃんの方だ」
今日のクリパはしっかりと楽しませてあげないとね。恋人としては。
しかも今日はクリスマスイヴなのだ。1年の中でも重要なイベントで、その日に恋人とデートなのだ。
「明久くーん!」
おっと、噂をすれば本人のお出ましだ。
廊下の向こうから小走りで僕の方へ走ってきた。待っている僕に向かって笑顔で走ってくる、ななかちゃん……嬉しい展開だ。
「白河さん、発見しました!」
「白河さん! ミスコンの件、どうなりましたかぁ!?」
……後ろに控えている余計な邪魔者さえいなければ。
ていうか、あれは手芸部の人達じゃないか。何故かななかちゃんを追いかけている状態だ。
ななかちゃんも今気づいたようでハッと後ろを振り向いて驚いていた。
「ええ? う、うそー」
「ミスコンは、もうすぐしたら始まりますよー!」
「あっちゃ~……」
一瞬手芸部の迫力に引いたが、ななかちゃんは走るペースを落とさずに、
「逃げるよ、明久君!」
僕の手を引っ張っていざ、逃走劇の始まりだった。
「って、こんな日に限って──っ!!」
「あははは!」
せっかくのデートだというのに、何故に手芸部の追っかけに付き合わなくてはいけないのか。
まあ、FFF団よりかは何倍もマシな方だけど。
「どいて、どいてー! ごめんねー!
廊下を走り、教室を巡る生徒達で混雑している中、ななかちゃんは器用に過ぎ抜けてく。
この動き、僕とは違う意味で相当場慣れしているな。その華麗な動きはもう注目の的だ。
「お? 明久、何やってんだお前?」
「ごめん、義之! 説明してる暇がない!」
義之と会い、一言言い残しておいてすぐに逃走を続行。
「あれ? ななかに明久君?」
「やっほー、小恋! 元気になったー!?」
「こ、小恋ちゃんおはよう! それじゃあ、また!」
小恋ちゃんに会ってはまたすぐに逃走。
「あれ? 明久君に白河さん?」
「あ、音姫さん! すみません、今ちょっと私用で!」
「私用って、ひょっとしてデー……って、こらー! 廊下は走っちゃ駄目でしょ!」
「無茶言わないでください! 追っかけられてるんですから!」
音姫さんと会ってまた逃走。
「む? 明久かの? 今日は白河とデートかの?」
「その筈だったんだけとね!」
「白河さん! ミスコンの件のこと、考えてくれましたか!?」
「こういうこと!」
「ふむ、なるほどの。ま、頑張るのじゃぞ~」
秀吉とも会ってすぐに別れて逃走。
「雄二、今度はこれ」
「って、これ昨日も見ただろうが! しかも今度は2回連続鑑賞だと!?」
「退屈なら、寝てていい」
「だからそれは気絶だ──ぎゃばばばばば!」
こっちはもういつも通りすぎるから省略。
「白河さん、是非付き合って──」
「ごめん、無理ー!」
「(ガーン!)」
途中で告白しようとする人もいたが、一瞬で撃沈した。
ななかちゃんに告白してきた輩を沈めたいところだが、後ろの追っ手のこともあるので実行に移せない。
ていうか、そういえば僕がななかちゃんの恋人だという事実は一部の人しか知らないんだっけ。
なんだかスッキリしないというか、ちょっとモヤモヤしたものが胸の中で渦巻いている。
他の男がななかちゃんに近づいているからだろうか。いや、それとは何かちょっと違う気もするけど。
「……こうなったら、もう……」
「ん? どうしたの……って、とっとと!?」
ななかちゃんがいきなり急ブレーキをかけてその場で止まった。
「ど、どったの?」
いきなり止まるからびっくりして危うくコケそうになった。
そして後ろからは息が上がった状態の手芸部の人達が追いついてきた。
「はぁ、はぁ……よ、ようやく追いついた……」
「こ、こちら、付属校舎の廊下……し、白河さん、止まってくれましたぁ~」
へろへろになりながら手芸部の人達がトランシーバーで他の人達と連絡を取り合っていた。
なんでミスコンに女子を出すだけでそこまで行動力があるのか。まあ、気持ちはわかるけど。
「ていうか、どうしたのななかちゃん? 追いつかれちゃったけど?」
「うん、そだね」
「いや、そだねって……」
「なんか、気が変わった」
「へ?」
「このまま何も知らないでっていうのもアレだから、いっそのこと……」
何か呟くとななかちゃんは手芸部の方を振り返って、
「私、ミスコン、出てもいいよ」
「「………………え?」」
「え?」
あまりに突然の言葉に手芸部の人達も僕も驚き、数秒その場に沈黙が訪れた。
「……え? ええぇぇぇぇ!?」
「ほ、本当ですかああぁぁぁぁ!?」
「うん」
「や、やややや、やりましたああぁぁぁぁ! 白河さん、ミスコンに出てくれます──っ!」
「緊急連絡っ! 白河さんが遂にミスコンに出てくれることを決意してくださった! 至急白河さん用の衣装を用意しろ! 今すぐに!」
手芸部の人達はななかちゃんがミスコンに参加することを知るとすぐに連絡してななかちゃん用の衣装を用意させる連絡を取った。
この行動力はムッツリーニに及ばないものの、流石だと賞賛しよう。ていうか、
「ちょっとななかちゃん、ミスコン出てもいいの?」
「なんか、出ないともう気がおさまらなくなっちゃって」
「え、えと……どういう事?」
「うふふ……まだ内緒♪」
そう言って誤魔化した。よくはわからないけど、ななかちゃんがミスコンに出たいというのならまあいいけど。
「絶対見に来てね」
「そ、そりゃもちろん」
「絶対だよ。来なかったら酷いからね」
「わ、わかりました」
「うん!」
一体何がななかちゃんを奮い立たせたのだろうか。
「じゃ、明久君。死なないようにね」
「へ?」
別れ際に突然変なことを言うななかちゃん。微笑んでから踵を返すと手芸部の人達についていった。
残された僕は呆然とそれを見送ることしかできなかった。
「えっと……一体、何だったんだろう?」
それから僕はデートもできないままひとりでブラブラと時間を潰した後、ミスコンの会場である体育館へと集まった。
「うお────!」
中に入るとそこは既に何百人もの観客がいて、大盛り上り。ものすごい熱気に包まれていた。
ミスコンはもう始まってるっぽいけど、ななかちゃんの出番はまだっぽいね。
「お、明久じゃねえか。見に来てたのか!」
「あ、渉。君も来てたのね」
入口の近辺で渉が飲み物片手にミスコンを鑑賞していた。
「今回は優勝候補ひとりもいない分、大穴狙いで白熱してるぜ」
「ミスコンでトトカルチョはまずくない?」
「とは言っても毎度のことだからな。まあ、固いこと言いっこなしだぜ」
「そう…………ていうか、優勝候補がいない?」
「ああ。優勝狙えそうな女子には片っ端から声かけたけど、全て断られたって手芸部が嘆いてたらしいぜ」
それで手芸部の人達、あんなに必死だったわけか。そこまで自分達の作った衣装を着させて優勝させたかったのか。
「ちなみに、今んとこトップ人気で本命馬なのは隣のクラスの大塚あゆ」
確かにステージにいても結構可愛らしいと思える娘がいた。
「大穴も大穴は一個学年下の化也萌子」
「えっと、誰?」
「あのステージの一番右端。ちょっと小太りでブルマ姿の」
「……なんというマニアック」
「まあ、ブサ可愛いって感じの顔立ちと肌が秋田美人並にキメ細かくて白いらしい。ああいうのが好きな男もいるわけよ」
見れば確かに彼女にエールを送っている男子も見受けられる。
「それで、明久は誰に賭けるよ?」
「へ? いや、僕賭けは……」
「まあ、賭けっつっても、大体みんな昼飯一回分だけどな」
「な、なんだ……そういうこと」
それなら大体みんな運動とかで提示する条件だし、許容範囲か。
ていうか、ここまできてわかったけど、みんなやっぱりななかちゃんが参加するの知らないんだ。
まあ、ななかちゃんが参加するって決まったのはついさっきの話なんだから無理もないだろうけど。
「じゃあ、僕はななかちゃんに賭けるよ」
「……同じく」
「って、ムッツリーニ! いつの間に!?」
「お前、杉並ばりに気配を感じねえぞ。っていうか、何いってんのお前ら。白河は今回エントリーしてない──」
明久が台詞を言い切る前に会場アナウンスが流れる。
「さーて、盛り上がってきたところでここでサプライズだ! なんと、今大会に、超優勝候補、白河ななかが登場だ──────っ!!」
『『『…………ええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?』』』
ななかちゃんの名前が出た途端、会場内が一気に大興奮となった。
ななかちゃんファンの男子達が野太い声を上げてななかちゃんの名前を連呼した。
「おおっと、すごいななかコールだぁ!」
『『『ななか! ななか! ななか! ななか!』』』
「いやいやいや、ちょっと待てよ。こんなの賭けにならんじゃねえか!」
渉があまりの事態に唖然としてステージを見た。
会場が一瞬暗くなってスポットライトがステージに当たる。
「こんにちは~!」
『『『うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』』』
ななかちゃんが手芸部の丹精込めて作ったドレスを身に纏っての優雅な登場に会場内が再び大興奮の嵐に。
すごい。他の候補者とは雰囲気が全く別物だ。ちょっと物足りなかったなあって空気が一気に華やかなものに変わっていく。
「それでは、ここで恒例のインタビューに参りたいと思います。白河さんは今回、ギリギリまでミスコン出場を渋ったと聞きましたが?」
「あ、はい。散々悩んだんですけど、やっぱり出ようかなって」
「ほほう。それは何か考えがあってのことですか?」
「はい」
「って、ええぇぇぇぇ!? な、ななな、なんですこの意味深な微笑みは──っ!?」
『『『おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』』』
「は、ははは……なんともすごい人気っぷり」
改めてななかちゃんの大人気に脱帽するよ。
「ていうかお前ら、白河が出るなんて情報どこで掴んだんだよ?」
「さっき廊下を往来した時に手芸部がななかちゃんを追いかけてて突然ななかちゃんがミスコン出るって言い出したからね。僕の目の前で」
「……新しい情報を逐一仕入れるのは当然」
「え~? 土屋はともかく、明久……それ反則だろ?」
「ふふふ、これでみんなから昼食をおごってもらえるんだね」
僕は余裕の笑みを浮かべながらななかちゃんのいるステージに視線を移す。
ステージ上ではななかちゃんが困り笑顔を浮かべながらインタビューに答えていた。
「さ、さてさて。ここで男子生徒達が気になって夜も眠れないという……不眠症を続出させた、気になる一言を聞いちゃうぜ────っ!」
『『『しゃあああああぁぁぁぁぁ!!』』』
漫画に出るミスコンでの王道、『好きな人をこの場で告白しちゃえコーナー』か。まさか実際目にするとは思わなかったけど。
まあ、流石にこんな大会場の前でいきなり好きな人の名前を言うのはないよね。
「ズバリ! 白河さんの意中の相手は……!?」
あれ? ここで思った。僕はななかちゃんと付き合っている。そして、去り際に残したななかちゃんの気になる一言。
「それは……」
瞬間、僕は嫌な予感がした。まさかななかちゃんは……ここで?
「……明久君」
「……は?」
「吉井明久君です! そして、現在お付き合いしてます!」
「がはぁ!?」
やっぱりだった! ななかちゃん、この場で僕と付き合ってること暴露する気だったんだ!
『『『………………』』』
しんと静まった会場内では僕の吐血した音だけが響いていた。
「お、おい……やばいんじゃねえか、明久?」
「……嵐の前の静けさ」
「そ、そのようだね……」
ステージを見るとななかちゃんがしてやったりって顔しながら僕に向かってVサインを出してから一目散と逃げ出した。
さっきの去り際に残したななかちゃんの言葉の意味はこれだったのか! こ、これは本格的にマズイ……僕もとっとと逃げなくては!
「な、なんですと────っ!?」
『『『ありえね────っ!!』』』
「マズイ! 正気に戻られた!」
「に、逃げろ明久!」
「そ、そうだね! そ、それじゃあ!」
『あ、おい! アイツだ! 吉井だ!』
『吉井ぃぃぃぃ! 貴様絶対に殺ぉす!』
「さらばだ!」
会場内に雷が落ちたかのような怒涛が木霊し、僕はそこから逃げ出した。
また逃走劇が始まるのか。しかも今度は嫉妬に狂った男子達によって。
「よっ! ほっ!」
僕は嫉妬に狂う野郎共の目をかいくぐってようやく学園外に出ることができた。
「ふう~……危なかった」
本気で危なかった。校舎内の至る所に包囲網が敷かれていてそれをかいくぐるのは一苦労だった。
「まさか、あそこで付き合ってます宣言するとは……」
「わっ!」
「ぴゃああぁぁぁぁ!」
「あははは! 今、ビク─ッってなった! エビみたいにビク──ッって!」
突然聞こえた声に振り返るとそれはななかちゃんだった。
「はあ、はあ……ななかちゃん、心臓に悪い冗談はやめてよ」
「あはは。もう、ようやく来たんだ。私ずっと待ってたんだよ、明久君が戻ってくるの」
「そりゃあ必死で逃げてたからだよ! ななかちゃんの発言によって嫉妬全開になった男子達から!」
「あ、そうだったんだ~」
この娘、絶対ワザとだ。それから数歩先まで笑いながら歩いて振り返って、
「でも、これでみんな知らないなんてことはないよね?」
「何が?」
「私と明久君が……こ・い・び・と、だってこと」
「…………」
まあ、これで前よりかは告白する人は激減するかもしれないけどさ。
そう考えると、僕の頬に冷たいものがひらりと落ちてきた。
「あ、雪だ~」
空を見上げると真っ白な雪が風に乗って桜に混じって舞っていた。
「……ホワイトクリスマスだね」
そういってななかちゃんが微笑みながらくっついてきた。
「メリークリスマス」
「……うん。メリークリスマス」
「じゃ、行こっか!」
「へ? 行くって、何処に?」
「決まってるでしょ! デートの続き! 今日は全く回る暇なかったんだから! せめて商店街目いっぱい回ってやる~!」
ああ、昨日はアイシアちゃんと。そして今日は嫉妬に狂った男子達の所為で全く回ることができなかったからなぁ。
「そうだね! じゃあ、今日は店締まるまで思いっきりクリスマス満喫しちゃうか!」
「お~!」
僕達のクリスマスは、ここからだった。