文化祭が終わり、土日が明けて週の始まりの学校だった。
文化祭が名残惜しいのか、いまいち勉強に対してやる気のない奴らが目立っている。
まあ、俺は元から勉強に対してそれほどやる気があるような真面目な人間でもねえけど。それに、文化祭の後だからかいつもより勉強に対するやる気がでない。
けど、今日からはまたいつもと違った学校生活が来るのを楽しみにしている。その理由というのが
「ようよう、義之!」
……人が楽しみにしている事を思い返そうとしたところで声がかかった。
振り返ると、そこには悪友の一人である板橋渉がいつも通りのハイテンションで登場してきた。
「渉か……。何だ?」
「いやいや、なんでそんなに露骨に嫌そうな顔すんだよ?」
「後ろから耳元で囁かれたら誰だって引くわ」
悪い奴ではないんだが、時々ちょっとウザったくなる時があるんだよな。
「なんだよぉ……この俺のフェロモンたっぷりの声聞いたら悩殺モンだろ?」
「確かに死にそうだな。気持ち悪さで」
「ひどっ!?」
それとコイツ、根っからの弄られキャラっていうか……からかうと面白い。
ウザイと感じながらも時折俺達はコイツをからかって暇潰しもしたりする。ある意味学校生活には欠かせない存在だったりする。
「って、忘れるとこだったわ。お前知ってるか? 今日このクラスに転校生が来るの」
「知ってる」
「ありゃ? 知ってたのか。ちょっとつまんね。ついさっき杉並に聞いたばかりだけどな」
俺の場合は別に杉並ルートからじゃなくてもわかる。転校生がアレだからな。
「お前がそこそこテンション高いというからには女子か?」
でも俺はあえて転校生が来るということだけを知ってる事にして惚ける。
「いや、男子だぜ」
「ならなんでそんなに面白そうにしている?」
「ほら、お前もまだ覚えてると思うけど……お姫様抱っこ事件の事は知ってるだろ?」
「あぁ、白河が誰かにお姫様抱っこされて小恋が大慌てだったな」
「そう! あの、学園のアイドルの白河をまるで白馬の王子様のようにお姫様抱っこして学園の廊下を猛スピードで走り回ったあの男! そいつが転校生らしい」
「へぇ~……」
それも、まあ知ってる。
「後、2階や3階からの飛び降り……しまいにはトラックを追って更にそいつに向かって飛び降りても軽傷だけで済んだバケモンときたもんだ。
「ほぉ……」
その件については音姉や由夢に詳細を聞いたから知っていた。
「怖い人じゃないといいんだけど」
そしてまた横から別の声がかかってきた。
「オッス、月島!」
「おはよう、渉君……義之」
「ちゃお」
「やっほ~♪」
来たのは俺の幼馴染の月島小恋。そして両脇にいるのはその親友の雪村杏に花咲茜。
この3人の少女はそれぞれの苗字の頭文字を取って雪月花と呼ばれている。かなり仲のいい奴らなんだが。
「その転校生だけど、怖い人の方がむしろ小恋としては嬉しいんでしょ?」
「えぇ!? どうして!?」
「どうしてって、それは……小恋がそういうタイプの男の子が好きだからでしょ?」
「うぇっ!?」
「うんうん♪ お姫様抱っこされながらあっという間に別の空間へ連れていかれ、二人っきりの密室であ~んな事や、こ~んな事をされて小恋ちゃんはあっという間に快楽の世界へ」
「つ、月島はそんなことで喜んだりしません!」
仲がいい筈なんだが、杏と茜はことあるごとにこうして親父紛いのセクハラを小恋に浴びせていた。もう慣れてしまった光景である。
小恋も小恋でよくこいつらと一緒にいられるなと思うよ。
「何っ!? 月島にそんな趣味が……だったら俺が月島をっ!」
「渉君は……」
「色々な意味で危険だから駄目ね。小恋が穢れきっちゃうわ」
「何で!? ていうかそんな状況になった時点で月島は穢れてるだろ!?」
「大丈夫。その人もきっと、義之と同じフィンガーテクの持ち主だから」
「う~ん……果たして、その人と義之君のフィンガーテクはどちらが上か」
そう言って杏と茜がこちらを向いて軽く下ネタを飛ばしてきた。この光景も変わらずだった。
何も変わらない日常が繰り広げられる中、朝のホームルーム前のチャイムが鳴った。
この会話は中断して全員自分の席へとついて丁度教師が教室に入って朝のホームルームが始まった。
「えぇ……もう知ってる奴は知ってるだろうが、今日このクラスに転校生が来ます」
教師の言葉にひそひそとクラスメートが転校生の話題を出してきた。
知ってるのは俺を除いて渉や雪月花の3人くらいだったか。まぁ、俺達は杉並からの情報があるからその手の話が早いってだけで、他はあまり杉並からの情報を好きこのんで仕入れる事は少ない。
大半眉唾もの真実少数の情報だからな。
「では、その転校生を紹介します。入りなさい」
教師から指示が出ると教室の戸が開き、そこから茶髪で少々癖っ毛の少年、明久が入ってきた。
「初めまして。今日からこのクラスに入ることになった吉井明久です。お気軽にダーリンと呼んでも構いませんよ?」
「ダーリィィィン!」
明久の言葉に渉が応えた。
「……失礼。忘れてください」
明久もその返しを予想していなかったのか、精神的にかなりダメージを負ったようだ。
まさか男からあんな仕草でダーリンなどと呼ばれたらたまったものではないだろう。
あ、ちなみに明久という呼び方は土日の間に自然と出たのだ。何か明久とは色々と話が合うんだよな。
料理に関しても結構会話が弾むし、ゲームの話も結構たくさんしたな。今度何かで対戦でもしてみるか。
そして紹介が終わったのか、明久は空いている席に座ってホームルームが続行する。ホームルームが終わると早速明久の方へ向かう奴がいた。俺もその1人だけど。
「よう! さっきのは面白かったな吉井!」
「あ、さっきの……ごめん。本当、さっきのは忘れて」
「自己紹介でダーリン呼ばわりを希望だなんて……ある意味強敵ね、義之」
「何で俺に言う?」
そしてどういう意味だよ杏。
「さっきのは面白かったよね、ダーリン♪」
「……本当に忘れてください」
「あ、茜ぇ……流石に可哀想だと思うよ」
ダーリン呼ばわりに明久のダメージが酷くなるのを見かねた小恋が止めに入った。
「あ、ありがとう……えっと?」
「あ、月島小恋。よろしく、吉井君」
「うん、よろしく」
「で、雪村杏と、花咲茜、板橋渉……俺の友人だ」
「ふ~ん……楽しそうだよね、義之の友達って」
確かに、飽きない連中ではある。
「ん? 義之、お前コイツと知り合いだったのか?」
「ああ……今俺ん家に居候してるからな。訳あって」
「ええぇぇぇぇ!?」
俺の言葉に一番驚いたのが小恋だった。一体どうしたのだ?
「訳って、具体的にはどんな?」
「え? んっと……簡単に言うと、家出だね」
「家出? 家で何かあったのか?」
「何かっていうか……殺されそうだった。リアルに」
「…………は?」
明久の言葉に渉が間抜けな声を発した。まぁ、普通そんな事を言われれば冗談で流す事なんだが。
「殺されそうって……?」
「具体的に言うと、低いレベルで指を何本か折られる。高いレベルでカッターの飛び交う状況の中、大群で金属バットで殴られたり、ノーロープバンジーさせられたり、十字架に縛られて火祭りになったり──」
「……義之、これ……マジで言ってる?」
「……(コクッ)」
俺も殺される状況を述べられた時は冗談だと思ったが、状況の述べ方が具体的すぎるし、何より目が本気だった。
「小恋ちゃん、これは思わぬ伏兵が来たよ」
「ふぇっ!? な、何のこと!?」
「ひとつ屋根の下で二人っきり。ここで何か手を打たないと義之が遠い存在になっちゃうわよ?」
「ならないよ!? それに音姫さんや由夢ちゃんもいるんだし、二人っきりなんてことには──」
女子は女子で訳のわからない議論を広げてるな。
「あ、そうだ吉井君」
「ん?」
「えっと……文化祭の時なんだけど」
「文化祭?」
「えっと、ななかを抱えて走った時の……」
「ななかちゃんを?」
……ななかちゃん?
「ななかちゃん? 白河をそんな風に呼べるほどもう仲進んでるのか?」
「いや、ななかちゃん本人が名前で呼んでって」
「……へぇ、アイツがねぇ」
「初対面で名前を呼ばせるなんて……」
白河は小恋の昔からの親友だと文化祭で聞いたが、渉も白河と顔見知りなのは意外だった。
「で、ななかちゃんがどうしたの?」
「あ、うん。あの……お姫様抱っこした時の」
「あぁ……あの時はななかちゃんが手芸部に追われてて、困ってたから僕が抱えて走ったんだよ。あの数を一人で撒くのは無理があるだろうし」
「手芸部か。そういやこの間の文化祭でミスコンがあったもんな。それに出場してほしいって頼まれてたんだろう。確かに白河は学園のアイドルだけに優勝候補だもんな」
「そうだったんだ」
あのお姫様抱っこ事件の動機については納得したのか、その場にいる全員が頷いた。
「じゃじゃじゃ、あの2・3階からの飛び降りの理由はなんでしょうか? 飛び降り隊長殿」
「と、飛び降り隊長?」
「あんだけ大騒ぎしてりゃ、目につく奴は大勢いるだろう。目撃した4組の奴らが目の前でリアル飛び降りしても平然としてる姿を見て騒いでたぜ。そんで、色々噂が広まってお前に飛び込み隊長って名がついたんだ」
飛び降り隊長……単純だけど、納得いく名だ。実際目撃したわけじゃないが、見た奴は大多数で生アクションを見た連中は憧憬の念を抱く者もいたそうで。
「で? 何度も飛び降りした理由っていうのはなんだよ?」
「あぁ、それは──」
それから明久は飛び降りの理由を説明した。
「一度目は女の子のストラップを壊した不良を追いかけるため……」
「二度目は新しいストラップが紛れたゴミ袋を回収しようとトラックを追いかけに」
「最後はトラックを止めるため……」
「よく生き抜く事ができたわね」
「いやはや、自分でもそう思ってます」
俺も事情を聞いた時は面食らったぞ。行動力がすごいとかそんな言葉じゃ言い表せないほどぶっ飛んだお人好しだった。
「女の子のストラップをどうにかしようとトラックを追いかけて……滅茶苦茶だけど、勇気あるよな」
「うん。何か、絵本から出てきたヒーローみたいだね」
まぁ、ヒーローという割にはなんというか……明久には悪いが、顔に締りがない感がある。
「何だか、その辺りは義之君と似てるわよね」
「ええ。色々似通ってる部分が多そうね」
「何言ってるんだ。俺には明久みたいに飛び降りできる度胸はねえぞ」
「そうじゃなくて……て、言ってもわかるわけないか。義之だもの」
杏が意味不明な事を言った。何の事だか。
「ん? そういや、今まで流してたけど……義之の家に居候ってことは、お前! 音姫先輩や由夢ちゃんとも食事を共にしてるのか!?」
「へ? うん、そうだけど……」
「くっそぉー! 羨ましすぎるぜ! 俺も家出して義之の家に転がりこみてぇ!」
「来んな」
渉がハイテンションで阿呆な事を言ってきた。
「くそぉ……何でこんなに差があるんだ? 一体俺とこの2人とでどんな違いがあるんだよ?」
「知るか。ていうか、お前の考えてるような状況じゃねえぞ。明久はともかく、俺と2人は姉弟みたいなもんだし」
「いいの! それでもいいの! 俺も弟くんや兄さんと呼ばれてみたいの!」
渉が腰をくねくねしながら力説してきた。正直キモイ。
「あの、板橋君の考えてるような事はないけど……気持ちはわかるよ。確かに音姫先輩って、理想のお姉さんそのものっていう感じがするし……僕の姉さんが姉さんだけに、余計にね」
「だろ!? そう思うだろ!? 正直その理想のお姉さんの傍にいられるのが羨ましいぜ!」
「あのなぁ……音姉とはあくまで姉弟みたいなもんだし、そんな特別視するようなもんじゃ……」
「「贅沢言うなよ!」」
怒鳴られてしまった。しかも、明久も一緒になって。
「お前は贅沢すぎんだよ! いつも男が羨ましがる状況に溶け込んでるから感覚が麻痺してんだよ」
「そうだよ! 音姫さんが姉ポジションにいるなんて、あんな風に優しくされて、楽しそうに笑い合って……羨ましいよ。僕なんか……僕の姉さんなんて……ちょっと女子と一緒にいただけで拷問じみたスキンシップかけてくるわ、妙なコスプレする上に、僕に女装まで押し付けるような人なのに!」
明久の怒鳴り声が教室内に響き、教室が一瞬で静寂に包まれた。
というか、明久からとんでもない言葉が出てきた気がしたんだが。女装って何だ?
「音姫さんは義之を本当の弟みたいに可愛がってるけど、僕の姉さんなんか……異性として僕の事を好きなんて言ってくるんだよ! しかも、友人達の目の前で! それに暑いというだけでバスローブだけの姿になって迫ってくるし、料理に関する常識持ち合わせてないし、それに何度姉さんの理不尽な関節技を受けたか……うぅ……」
叫ぶだけ叫んで明久が泣き出した。
「……何か、スマン」
思わず謝ってしまった。そして周囲からものすごい同情の視線が明久に集中していた。
というか、明久の家族については大体は聞いていたんだが、改めて言われるとなんとも言えない気持ちになるな。
家族の事に関する会話はできる限り話題には出さないようにしよう。また明久が泣きそうだからな。
こんなで吉井明久が風見学園に転校して新しい生活が幕を開けたのだった。