「ん……」
「あ、明久君!? 目覚めた!?」
「ん……あれ? ななかちゃん? 僕は……」
僕が目を覚ますと、何故かベッドの上だった。何で僕、ベッドの上で寝てるんだろ?
「あれ? 明久君、覚えてない? 作戦が成功した後でフィードバックの痛みとか疲労とか蓄積したのが原因だって……それで気絶したんだって」
「あ、そういえば……」
よくよく思い出してみたら確かに学園長の言う通り、扉を開けるところからの記憶がなくなっている。
それ以前の記憶も少しずつハッキリしていった。姫路さんに美波の召喚獣と戦った事、拷問されたこ──
「あ、明久君! 目が覚め──」
「アキ! ようやく──」
「ごめんなさ~い!」
姫路さんと美波が入ってきたと同時に僕は保健室からダッシュで逃げ出した。
「──ましたか……って、明久君!? 待ってください!」
「──目が……って、アキ! アレは違うってば!」
2人が何か言ってるけど、今は正直言ってあの2人がすごく怖い! 知らずのうちに身体が逃げろと警告している!
僕は本能の赴くままあの2人から逃げていった。
「アキ──ッ!」
「明久君!」
召喚システムの修理も終わったところで明久の見舞いに行こうと来てみれば明久があの2人の入室と同時に痛みと疲労の蓄積で寝転がった者とは思えないほどの速さで保健室から離脱していった。
マジでとんでもない速度だったぞ。
「明久君……すごい速さで逃げていったね」
「もう、あの2人に対してトラウマができてしまったようですね」
「まあ、今までならなかったこと自体が奇跡的だと思うが」
今まで遅れたのが今回になって発症してしまったということなのだろう。
2人は明久を追って保健室から出て行ったが、今追いかけたところで多分明久は逃げ続ける一方だろうな。
「自業自得ではあるけど、流石に今回はちょっと同情するかな……」
どうにか仲を取り戻すくらいはしてやりたいところだが、流石に今回のは以前と同じくらいハイレベルな事態だぞ。
「む……君達か。吉井はいるか?」
後ろの方から声がして、振り返ってみるとそこには西村先生がいた。
「あ、西村先生でしたか」
「うむ。ところで、吉井はいるか? そろそろ目が覚めてる頃だと思ったのだが」
「ああ、明久は今……」
「全力で姫路さんと美波さんから逃げてる最中です」
俺が言う前に杏が淡々と説明した。ストレートに。
「姫路と島田から? 何故そんなことになる?」
「そりゃあ、あんな事になれば……というより、西村先生は見てなかったのですか?」
「ああ、俺はFクラスのバカ共の補習で手が離せなかったからな。吉井が随分活躍したそうだが」
「まあ、確かにそうなんですけど……途中があまりにも悲惨で」
決して児童に見せてはならない……下手すればR指定のホラー映画にしてもいいくらいのとんでもない光景だったな。
「む~……よくはわからんが、それはまた聞くことにしよう。まあ、吉井でなくとも君達も関係者のようだから学園長室まで同行してくれないか?」
「学園長室ですか?」
西村先生の言葉に音姉が問う。
「ああ。召喚システムが復興したと同時に君達が知りたかったものの正体がわかったと言ってたが」
「本当ですか!?」
あの扉の正体がわかったのか。
「そうらしいな。そういうわけだから、まずは君達だけでも学園長から聞いた方がいいと思うが……」
「わかりました! ありがとうございます!」
「うむ。さて、俺はFクラス連中の補習の続きがあるのでこれで失礼する」
そう言って西村先生は廊下を通り過ぎていった。
ようやくあの扉のことがわかったか。言われなくてもなんとなくわかるが、とりあえず聞いておこう。
「みんなはどうする?」
「もちろん行くぜ、学園長室! ようやく帰れるんだろ、俺達の輝かしい学園に!」
「まあ、まだ帰れると聞いたわけじゃないけどね」
「せっかくのところに水刺すなよ杏!」
「まあ、あの扉のことがわかればそれだけ帰れる日も近いってことだから素直に嬉しくはあるわ」
「とりあえず、みんな行くってことでいいんだな?」
俺の言葉に全員が頷いて学園長室へと向かっていった。
「ああ、やっと来たかい。おや? 吉井はいないのかい?」
「ああ、明久は……ちょっと、とある事情によって逃げてる最中です」
「何だい。あの2人から逃げてるってことかい。まったく、女に対してはとことんチキン野郎だね」
「いや、あれは仕方ないのでは……」
というより、自分の学園の生徒をチキン呼ばわりするのはどうかと思う。
たまに明久もこの人をババア呼ばわりしてるけど、一番の理由はこの人の態度にあるのかもしれない。
「まあ、あのバカがいてもいなくても別に支障はないからこのままあの扉についてわかったことを話すよ」
「はい」
それから学園長の口からあの扉について聞かされる。
「ああ、まずあの扉なんだがね。アレからは試験召喚システムが発する特殊な波長と似通った波長が出てたのさ」
「それは、前に聞きましたね」
「それを細かく調べようとして暴走事件が起きたんですよね?」
音姉の言葉に苦い顔をしながら学園長は頷いた。
「ああ。あの時は本当に焦ったけどね……。まあ、吉井が暴走を止めたおかげであの扉の調査も順調に進んだけどね」
「それで、あの扉のことについてはわかったんですか?」
「ああ……とりあえずあの扉は──」
「既に開くようになったというわけだ」
「どわぁ!?」
横からいきなり杉並がしゃしゃり出てきた。本当に突然だったから驚いて大きく後退した。
「いきなり出てくるな! ていうか、何処に行ってたんだお前は?」
「無論、あの扉にだ。あの暴走事件は扉を調べて起こったのだろう? ならば解決後がどうなったのかたった今調べてきたが……既に扉の鍵が開いてあの扉の向こうに行くことが可能となった。どうやらあの扉の鍵となる条件が試験召喚システムにあったようだな」
「そ、そうなのか?」
「はぁ……何処から現れたのか。それと人の台詞に割って入るんじゃないよ、クソジャリ」
「ハッハッハ。とまあ、そういうわけで我々はいつでも向こうへ帰れるようになった。喜べ諸君!」
あの扉に関してもう少し悪戦苦闘するかと思ったが、意外とあっさり解決して喜ぶ気もちょっと薄れちまうな。
「向こうへ……とは、どういうことだい? まるであんた達があの扉をくぐってきたという感じだが?」
「あ……」
杉並……ここに学園長がいるの忘れてやがったか。学園長に今の話を聞かれて怪しまれてる。
「いやいや、実はわたくし共は別の世界から来たのです。以上」
「ストレート過ぎだろう」
杉並は隠す気もない風に学園長に言った。
「ほ~……にわかには信じがたい話だが、あの扉に執着していたことといい、あんた達の名前が日本の戸籍に残ってないのも納得がいったよ」
だが、学園長は疑うでもなく笑うでもなく、納得した風に頷いた。
「えっと……信じるんですか? こんな話」
「普通だったら笑い話で終わらせてるだろうが、召喚システムを逆に侵食するとかあの扉が全く動かないとか普通じゃありえない要素が盛られてるんだからね。そんな普通じゃありえない話が来たって今更驚きはしないよ」
俺達から言わせてもらえばこの学園の試験召喚システムも普通じゃありえないものに分類されるんですけどね。
ともかく、信じてくれたならそれはそれで話も進みそうだからいいんだけど。
「えっと……まあ、そんな感じであの扉が開かなきゃ永久にこの世界彷徨ってたんで」
「そうかい。ま、あたしとしてはいいデータが手に入ったことだし……それについては感謝するよ。あんた達のお仲間のおかげで企業の奴らにもいい見せしめができたしね」
学園長は特に気にした風もなく、データが載っているらしい書類に目を通しながら呟いた。
まあ、口は悪いものの、ここまで調べて俺達が帰れるきっかけをくれたのだから感謝はしている。
俺が学園長にお礼を言おうとした時だった。
「学園長────っ!!」
突然学園長室の扉がものすごい勢いで開き、そこから明久が駆け込んできた。
「なんだい、またあんたかい。入る前にはノックをしろと何度言ったら──」
「そんなのはどうでもいいですから! とりあえずこれ!」
バン! 、とこれまた勢いよく一通の封筒を机に叩きつけて差し出した。
その封筒の表面には、『吉井明久 退学届』と書かれていた。
「退学届? 何でいきなりこんなもの出してくるんだい?」
「本格的に家出するためです!」
言い切った。たったの一言で重大なことを言い切った。
「何で家出なんてする……ああ、あんたの彼女のもとへ行きたくなったってことかい?」
学園長がニヤニヤしながら明久に問うた。まあ、明久と白河が付き合ったというのはもう周知の事実になったからな。
そういう理由が思いつくのもわかるのだが、明久の場合はな。
「それもありますが、何よりもこの世界にいたらもう命がない!」
うん。大半の理由がそれだと思った。
あの3人の暴力に苦しむ毎日、更にあの2人に対してトラウマもできてしまったのだ。
この世界から逃げたくなるのも無理はない。だからこそ退学することを決心したんだろう。
「またわけのわからないことを言うね。まあ、あんたが退学してもこっちは損はないしね。というかむしろ大助かりだよ。学園の器物を損壊させる存在が消えてくれるのはこっちとしても嬉しいしね」
学園長がこれまた教育者とは思えない一言を履きながら明久の退学届を受理した。
「まあ、退学するならあんたの腕輪は返してもらうよ」
「ええ……まあ、退学になるなら当然ですよね」
そういって明久は自分の腕につけていた腕輪をはずして学園長に手渡した。
「ま、あんたがどうなろうが知ったことじゃないが、向こうでも精々迷惑をかけないよう気をつけな」
「それくらい気をつけますよ。ただこっちにそんな気をつかう必要がなかっただけで」
それはそれでどうかと思う。
「……あんたはこの学園に対してどんな感情を持ってるんだい?」
「妖怪ババアが設立して自分の趣味のために生徒を実験台にして自分は高みの見物をしていて主に僕にアレコレ押し付けて──」
本当に明久はこの学園で何を体験していたのだろうか。
そんなことを考えていると再び学園長室の扉が勢いよく開いて複数の影が飛び出してきた。
「ババア──ッ! 頼む! 今すぐ俺を退学にしてくれ! 今すぐだ!」
「学園長! 儂も頼む! このままでは儂の命が保たん!」
「……俺も退学」
そう叫んで入ってきたのは坂本、木下、土屋の3人だった。
「雄二、秀吉、ムッツリーニ……3人共どうしたの? そんな血相変えて」
「当たり前だ! このままこの世界にいたら俺は本格的に破滅してしまう!」
「帰ってきて早々やたらと男子からの告白が押し寄せてきての……それを聞いて姉上からの折檻が以前より一段と酷くなって……そろそろ本格的に命の危険を感じての」
「……この世界でできることはこの数日でやれた。これ以上この場所に居座るつもりはない」
「それで、3人も退学届を?」
「も、って事は明久もか?」
「うん。姫路さんと美波に本格的に殺されそうだし、さっき家に帰ったらどこから聞いたのか、ななかちゃんと付き合ってるのがバレて……本格的に命がヤバかったから」
そっか。ついに玲さんにもバレてしまったのか。うん、その判断は懸命だと思う。
「そういうわけでババア、さっさと俺も退学にしてくれ!」
「儂も頼むぞい」
「……受理願う」
「ああ、わかったわかった。受理してやるからさっさと出て行きな。あたしはこれから大忙しなんだよ」
本当に面倒臭そうに言いながら退学届を受理した。こんな軽くて大丈夫なのかと思ったが、手間がかからないのは幸いだった。
「よし、受理はできた! さっさとあっちの世界に逃げるぞ!」
そう言って坂本は例の扉のある場所に向かって駆け出していった。
「とりあえず、俺達も行くか……」
色々展開がすっ飛んだ気がするけど、とりあえずメンバーは揃ったようなので俺達も扉に向かっていく。
誰かを忘れてる気もするけど、初音島組は全員揃ってるので問題ないはずだ。
例の扉の前に着いて俺達はいざ扉を開こうと気持ちを落ち着けていた。
「い、いよいよ帰るんだよね?」
「本当に帰れればいいんですが……」
俺の両隣で音姉と由夢がくっついていた。まあ、不安になる気持ちはわかるけど、若干くっつきすぎやしないか?
「ああ、この後もまた別の世界ってのはマジ勘弁してほしいぜ……」
「ふははは! よいではないか。むしろ心躍ると思わんか?」
「それはあんただけよ」
「今度こそ無事に帰れることを祈りますわ」
そうなってほしいぜ、本当に。
「よっしゃ! いざ、俺達の自由の都へ!」
坂本が率先して扉を開け、中へと飛び込んでいった。そんなに翔子さんから逃げたかったのか?
「そういえば、秀吉は大丈夫なの? 木下さんの方はともかく、ご両親は?」
「む? それは大丈夫じゃ。親には男を磨くために旅に出ると言ってきたからの」
「さぞ、泣いていたんだろうね。秀吉の両親」
「何故わかるのじゃ? 何故か両親共に泣いておったのじゃが」
「まあ、気持ちはわかるよ。以前の僕にもそれを聞かせたら血の涙を流しただろうね、ムッツリーニのように」
「…………(ドバドバドバ)」
明久の言う通り、土屋は血の涙を流していた。ご両親が涙した理由もなんとなく納得できる。
外見はどうみても女の子にしか見えない奴が男らしくって言われたらそりゃあ……なぁ。
「して、明久の方はどうなんじゃ?」
「う……とりあえず、置き手紙していったよ」
「なんと書いたのじゃ?」
「『幸せをつかむために、家出をします』って」
「それはなんとも直球じゃのう」
今頃玲さんはそれを読んで怒り心頭だろうな。
「では、儂らも行くかの」
「うん!」
「……いざ、新たな地へ」
そして明久達も扉の中へと入っていった。
「……ちゃんと戻ってくれよ」
俺も祈りながらみんな一緒に扉の中へと入っていった。同時に、目の前が真っ白になった。
「………………ん?」
「あ、目が覚めた?」
目を開けると、目の前にはさくらさんの顔が見えた。
そして周りを見ると、どことなく和風な雰囲気が漂う学園長室……間違いなく風見学園だ。
となると、俺達は帰ってきたっていうことか。
「あの、さくらさん……今何日なんですか?」
「12月23日。クリパが始まったばかりだよ」
「え?」
ちょっとおかしく感じた。俺達が過去の風見学園に行ってから随分とたっている。
更に明久のいた世界にも行った日を含めると一週間はいなくなったはずだ。向こうに行った時間とこっちの時間の流れは同じくらいだったはずなのに、ちょっとおかしかった。
ひょっとして、アレは……全部夢なのか?
「夢じゃないよ」
俺の心を読んだかのように、さくらさんが呟いた。
「あれは僕の見た夢だけど……あれもまた、義之君たちにとっての、ひとつの現実。無数に広がる可能性のうちのひとつだよ」
「えっと……」
さくらさんの言葉はイマイチよくわからない。
とりあえず、あれはあれでまた現実に起きたことってことかな?
「まあ、いいか」
こちらではどうあれ、あれは俺達が体験した物語のひとつなんだ。
俺はそれを忘れてなければいい。
「そういえば、俺がいるってことは、明久達はどうなったんだろう?」
「多分、別々の場所で目が覚めてるはずだよ。どんな状況下で覚めたかまではわからないけど」
「そうか。俺が今こうして目が覚めたのなら多分あいつらもそのうち──」
『ちょっと明久君! 今の台詞の真意を聞きたいんだけどー!?』
『明久君! この娘が一体誰なのか話してくれるよね!』
『だー! お願いだからまずは話を聞いて! 腕がちぎれるから!』
『……雄二、今すぐデート』
『何故だああぁぁぁぁ!? 何故翔子がこっちに来てるんだ!? 影ひとつ見当たらなかったはずだろ!』
『愛さえあれば私は世界でもなんでも越える』
『俺に安息の地はないのかああぁぁぁぁ!』
「………………」
とりあえず、ちゃんと明久達も戻ってきているようだ。若干予想外の人物もいた気がするけど。
「……とりあえず、俺は教室戻るか」
あまり時間がたってないとはいえ、委員長の機嫌が悪くなってる可能性が否めない。
ほんの少し時間が空けたからといって、本番前にうろついてたら真面目な委員長が何も言わないはずがない。
「あ、そうだ。さくらさん」
「ん?」
大切なことを言い忘れてた。俺はすこし溜めてから一言、
「……ただいま」
家族である、大切な人への……一言を。