灼眼のシャナ~ブラッディメモリ~   作:くずたまご

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※本話には顔文字が出現します

8/19追記:後半部分の説明文、一部追加。


第ⅩⅤ話 無双

 “天壌の劫火”アラストールの『フレイムヘイズ』に選ばれた少女は、何度も何度も失敗を重ねてきた。酷く挫かれる度、より強くなってきた。それは少女が元来備えていた性質に起因するが、直接手は貸さずとも、常に彼女の理解者が傍にいてくれた事も大きく関係していた。その中の一人に、アラストールは当然入っていた。

 しかし、此度の惨劇の原因の一端を、そのアラストールが負っていた。それだけではない。彼女の理解者、その全員が……深く深く、惨劇に関わっていた。

 もちろん、彼らは失敗しないとまでは思っていない。だが、不幸にも少女は致命的なミスを犯し、巻き起きた惨劇も少女の想像を遥かに超えていた。

 崩れ落ちる街、そこかしこから上がる悲鳴。そして……血塗れの慶次。

 自身の失態とアラストールたちの罪、フレイムヘイズの使命が一斉に圧し掛かった。それは少女が一人で背負うにはあまりに重すぎた。

 使命、感情、信念……それら全てが少女を雁字搦めにし、気づけば足を止めた。

 アラストールは何も言わなかった。否、言えなかった。原因の一端である彼の言葉は、今回に限ればあまりにも軽すぎた。とてもではないが、少女を導けるほどの力は存在しなかった。

 進む道が見えない。頼りのアラストールは、助言一つ下さない。

 こんな事、初めてで、もう不安で不安で堪らず、どうすればいいのか分からなかった。

 

 

「慶次」

「…………!」

 

 

 それを晴らしたのが、慶次だった。

 弱いくせに、

 苦しいくせに、

 今すぐでも逃げたいくせに、

 決して逃げ出さず、真正面から椿()を受け止めてくれた。

 そして、一番欲しかった言葉を掛けてくれた。

 

 

「慶」

「……! ……!」

 

 

 後に残ったのは、新たなる覚悟と、晴天のような晴れやかな気持ち。

 思えば、彼は最初からそうだった。

 腹が減れば食事を持ってきて、事件に詰まっていたらどこからともなく情報を持ってくる。本人は大したことないくせに、気付けば椿が必要なものを持ってきてくれた。だからだろう、彼といるとすごく居心地が良くて、ついつい甘えてしまい……自分が弱くなるのではないかと、不安になった。

 だが、それが杞憂だと今なら分かる。椿が道を間違えそうになれば、慶次は必ず正してくれる――『嫌な事はするな』と伝えてくれた、今の様に。

 もう、人間だからとか関係ない。

 慶次なら。慶次だから……一緒に戦いたい。

 だから――。

 

 

「け」

「……!」

 

 

 …………さっきから、慶次と話そうとする度に目の前をチョロチョロするこの女を、ぶん殴っても構わないだろう。

 

 

「……ちょっとの間、動けなくしてあげるわね」

「ホントすまないけど、堪えて下さい椿さん!!」

 

 

 

 

 慶次と椿が再び手を取り合った後、慶次は現状の説明――特に慶次の心臓が止まってから――を求めた。椿は順を追って、病室に来るまでの過程、そして堂森市の状況を説明した。

 慶次の心臓が止まった後、椿は心肺蘇生を行った。『宝具』の力か、はたまた対処が早かったためか、ほどなくして慶次の心臓は動き出した。とはいえ、片腕の喪失、全身大小の骨折、裂傷、内臓破裂等々、聞くだけで意識の遠のきそうな瀕死状態。心肺蘇生が成功し、『宝具』を持っているとしても油断できる状況ではなかった。

 椿は急ぎ慶次を病院に担ぎこみ、手術と点滴でその場を凌ごうとした。その時、慶次の次に重傷だった美代もついでに病院に連れ込んだとの事だ。

 手術を行うまでに、生きている事を疑われたり、霊安室に運ばれそうになったりと、それなりに波乱万丈だったらしいが、椿のフレイムヘイズパワーや、美代の七光りパワーで脅しすかして、どうにか危機は脱したとの事だった。

 

 

(色々あったけど、とにかく二人には感謝感謝、だな)

 

 

 現状、右腕を失ったせいか、若干バランスは取りにくいものの、動けるまでに回復している。このまま順調に進めば、明日までには全快するだろう。

 それよりも問題なのは、堂森市だった。

 “燐子”に傷つけられた街は、当然ながら混乱に陥った。加えて、混乱を収拾しようにも昨晩から積りに積もった雪が妨害し、何一つまともな対処が行えなかった。

 そこに、止めの大地震だ。

 水道管は破裂し、送電線は断線され、交通と通信網は断絶。今や堂森市は都市機能を完全に失い、陸の孤島となっていた。

 

 

(あれで、全部インフラがぶっ飛んだみたいだな。病院と学校のあった新市街地の方は、建物が新しい分、まだマシだろうけど……旧市街地は、もうダメだろうな)

 

 

 慶次が認識していた以上に、状況は悪化の一途を辿っている。しかし、交通と通信が遮断された現状、外部の助けは期待できない。慶次たち堂森市の人間だけで、この困難を乗り越えなければならなかった。

 

 

(まあ、今は街の事よりも、目の前の事だな)

 

 

 はぁ、と慶次がため息を吐く。視線の先には、犬歯を剥きだしに怒る椿とそっぽを向いて慶次にしがみ付く美代だ。

 事情も大体把握した所で、これからどう戦うべきか? と慶次が椿に話しを持ち込んだあたりから、美代が両腕で大きなバツを作りながら、二人の間に不自然に割り込んで妨害してくるようになった。

 一旦、一触即発までいった二人だ。いがみ合って、当然とも言えた。たが、これから先それでは困る。

 

 

「それでこれからの方針は――」

「……、……」

「……人の前をぶんぶん飛んで……! この、蠅女!」

「ま、待て待て。落ち着けって」

「っ、こいつ、慶次を盾にして……!」

 

 

 まあ、最初は「相手は人間だ」と、(珍しく)耐えていた椿であったが、これ幸いと美代が調子に乗って延々と続けるものだから、椿もそろそろキレそうだ。

 慶次は宥めるが、美代が冷笑を浮かべて慶次に背中にくっ付いて盾にしているのが気に喰わないのか、椿の目尻がどんどん吊り上っていく。

 ともかく、このままでは埒が明かない。それどころか、椿の怒りの矛先が慶次に向かってきてもおかしくない。

 

 

「か、紙とか筆記用具はないのか?」

「あ?」

「っ!? そ、そうだよな、持ってたら使ってるよな」

 

 

 せめて二人が意思疎通できれば椿に尋ねるが、けんもほろろな回答が返ってくる。他に方法がないか訊きたかったが、そもそもそんな方法があればすでにやっているだろうと思い直す。決して、椿が怖かった訳ではない。

 手話、読唇術など、他に何か方法はないか考えるが、そもそも日本語以外話せない慶次にそんな高等技術は持ち合わせていない。

 もう諦めて紙をじっくり探そうとすると、肩をツンツンと美代が突き、どこから拾ってきたのかスケッチブックと黒色のマジックを差し出した。

こんなのも持ってないの? といった感じで美代が口角を上げながら椿を見る。

 

 

「こいつ……!」

「待て待て! 暴力はダメだ! それと美代! そういう煽っていくスタイルは自重してくれ! 俺の胃に悪い!」

 

 

はーい、と唇だけで答える美代。本当に分かったのか一抹の不安を覚えながら、慶次の目の前で美代は文字を書いていく。

 

 

「無駄に上手いわね……」

「相変わらずだな……」

 

 慶次と椿が美代の達筆な文字にやや呆れ気味感心している間に書き上げる。

そこに書き上げられた文字は、

 

 

『一緒に戦う( ゚Д゚)<ハァ?』

『そんなあなた達の稚拙な想いを打ち砕いてあげます。とっととかかって来いよ( ´Д`)y━・~~』

「……へー」

「……ほほう」

 

 

 まさかまさかの挑発に、慶次と椿が揃って額に青筋を立てる。

 

 

「……もうこいつ無視しない?」

「まあ待て。お前の気持ちもわかるが、美代の事だ。どうせ常識外れの手段で俺を守ろうとする。無視したら、何をするか分からないぞ」

「そう言えば、そうだったわね」

 

 

 思い出されるのは、昨日のソフトボール。あの時もそうだが、美代の行動は全て慶次から危険を遠ざける事に終始している。今回も恐らくそうであろう。

 とはいえ、相手は美代。さっきから変な行動ばかり取っているが、比喩やお世辞ではなく天才だ。放置していたら、何をやらかすか分かったものではない。

 そして何より、椿と一緒に戦うと誓ったばかりなのだ。はいそうですか、とすぐに撤回など出来る訳がない。

 ここは一つ、ガツンと言う必要があるだろう。決して、安い挑発に乗った訳ではない。

 

 

「よし、俺に任せろ」

「……不安しかない」

「す、少しは信用しろよ!」

「はいはい」

 

 

 椿のじと~っとした視線を浴びながら、慶次は美代とベッドの上で向かい合う。なぜか喋る前から美代のペンは走っているが、今は気にしない。

 

 

「いいか美代。確かに無謀な戦いかも知れないが、これは六年前の惨劇も、俺の命も関わっているんだ。こんな事に関わるのは危険かもしれないが、もう俺たちは覚悟を――」

『そういう精神論は良いんで、一つだけ質問に答えて下さい』

「お、俺の決意表明を遮って……! ま、まあいいだろう、俺は大人だ。ドンと来い」

 

 

 慶次が胸を張って待ち構えると、美代は珍しく悩む様に眉根を寄せた。しかししばらくすると、まあいいか、と唇だけ動かして再びペンを走らせる。

 そして、慶次は書きあがった文章を見て、

 

 

『慶次さんって役に立つんですか(?´・ω・`)』

「    」

 

 

 ――絶句した。

 

 

『慶次さんって役に立つんですか(?´・ω・`)』

「    」

 

 

 もう一度、スケッチブックを突きつけられ、慶次が完全に凝固する。

 慶次は片腕もなければ、まともに歩く事もままならない半死半病人だ。当然、戦闘の役には立たない。

 ならば情報収集という点はどうかというと、こちらも役立てそうにない。昨日の捜索で情報はほとんど出し尽くしていたのだ。昨日、美代に情報提供を依頼したのも、すでに情報を持っていないという証左でもある。

 つまり現状、慶次が出来る事は皆無であり、美代の質問の答えは――役立たず(NO)

 もうこれは覚悟とか以前の大問題で、役立たずだと的確に美代に指摘されてしまった。

 

 

「    」

「……!」

 

 

 美代は容赦せず、黙った慶次に追撃を掛ける。

 

 

『慶次さんって、今は何も出来ないですよねヾノ・∀・`)ムリムリ』

『役立たずですよね(*´・∀・)ニヤニヤ』

『出来もしない協力って、それって足手まといじゃないですかヾノ・ω・`)㍉㍉』

『やっぱり役立たずですよねΣ(゚ロ、゚;)<ヤダー』

『それに、次に“化け物”に遭って生き残れる保証もないでしょうd(`・д´・ )<ムリ!』

『やっぱり役立たずですよね(*/∇\*)<バケモノコワイ』

『ですから、二人とも不幸にしかなりません(乂`д´)<アウト!』

『共闘はやめましょうねヽ(*゚д゚)ノ<ロンパー』

「……お、俺だって、食器洗いぐらいは……ぅぅっ」

「ちょっと、子どもみたいに泣かないでよ! それに食器洗いって、他にももっとあるでしょ!」

 

 

 美代に畳み掛けられ、頬に涙が伝う慶次。不安な的中した、とがっかりしながら椿が間に割って入る。

 

 

「全く……何が任せろよ。十秒で論破されてるじゃない」

「返す言葉もございません」

「まあ、期待してなかったからいいけど」

「!?」

「こいつ放っておいたら何するか分かんないし……はぁ、私が説得するしかない、か」

 

 

 それに私も約束を取り消したくないから、とまでは言わない。

 椿はため息を吐くと、慶次を押しのけベッドに座り美代と向かい合う。慶次はいじけて、ベッドの端っこに丸まった。

 椿は慶次をゴミを見るような目で一瞥してから、闘志を滾らせた椿と、無表情の美代が先の議論を引き継ぐ。

 

 

「慶次が役に立つかどうかは、正直()()()()()わ」

『分からないような人に、協力を仰ぐのは危険です。すぐに撤回しましょう』

 

 

 対して、美代も今回は顔文字もなく、文字も美術的な崩しがない。こちらも本気、という事だろう。慶次の時とは大違いだった。

 

 

「なら訂正する。()()()()()()

『同じじゃないですか』

「全然違うわよ」

『では、どう違うのか説明を』

 

 

 椿の語気が荒く、美代の筆跡が荒々しくなる。二人が段々と議論にのめり込んでいく。

 

 

「一応訊くけど、慶次のような凡人が“燐子”を一匹でも倒せるって予想できた?」

『こんな凡庸でヘタレな男が、“化け物”倒せるなんて思う訳ないじゃないですか』

「私もこんな馬鹿で変態な生き物が、“燐子”倒せるなんて少しも思ってなかったわ」

『同じく』

「……あの、慶次くんってすごく繊細なんで、あまり虐めないでくれませんか?」

 

 

 ガンガンと言葉の流れ弾が飛んできたので、一応抗議してみる。

 

 

「事実よ」

『真実はいつも一つm9(^Д^)<プギャー』

「…………」

 

 

 だが、二人してこれだ。彼女たちがいつもの調子に戻った、と喜ぶべきなのだろうが、これではあんまりである。

 ともかく、ここにいても傷だらけになるだけ。慶次はこっそりベッドから下りて、部屋の隅で『の』を書く作業を始め、現実逃避する事にした。

 その間も、二人の議論は白熱する。

 

 

「話を戻すけど、慶次には私たちも想像できない“予想外の力”があるの。意外性、と言ってもいいわ」

『慶次さんのカッコいいところですね。でも、それは私だけが知っていればいい事ですので、そのうち忘れて下さい』

「ええ……えっ」

 

 

 あまりに自然に書いていたせいか、椿は一瞬頷きかけていた。不自然な内容、のはずなだが、美代は何事もなかったかのように続きを書き始める。

 ここで話の腰を折るのも何となく憚られたのか、椿は首を傾げながら再び議論に戻る。

 

 

『ですが、意外性だけで無茶をさせるのは、軽率ではありませんか。慶次さんの命は、そこまで軽くありません』

「私も普通だったらそんな事させないわよ」

『つまり、慶次さんの“計算できない力”に頼らざるを得ないほど、状況は悪いという事ですか?』

「……悔しいけど、今は敵の目的が分からない。抜本的な解決策がない。だからこそ、敵も私たちでさえも予想できない慶次が、必要だと思う」

『意外性があるとはいえ、慶次さんはやはり凡人です。荷が重すぎませんか?』

「もちろん、慶次に全部を任せはしないわ。万が一、億が一の一手として、無茶にならない範囲で働かせる」

『  』

 

 

 ここで美代のペンが止まり、椿も一旦言葉を切る。慶次も『の』の字を書く作業をやめる。

 何となしに、慶次と椿の視線が交錯し、ため息が漏れた。

 慶次と椿の共闘。慶次もある程度了承しているとはいえ、改めて事細かに言葉にすると滅茶苦茶だった。

 慶次は過去、現在、未来……その全てがカルと関わっているからこそ、逃げ出すわけにはいかない。

 椿も己が不足から、無闇に惨劇を広げてしまった。しかも、敵の計画は壮大で、その一端さえも見えていない。慶次の力が例え小さくても、今は縋らなければ計画は防げない。

 いっそ清々しいと思えるほど、好材料が一つもない、消極的な共闘だった。

 

 

(これ以上惨劇を広げないためには、俺たちが協力するしかない……美代、お前はそれでも俺に戦うなと言うのか?)

 

 

 この状況で、天才と言われた美代が指し示す答えとは。じっ、と慶次と椿が美代に注視する。

 美代は俯くと、再びペンを高速で走らせ始めた。

 そして、二人は気付く。

 彼女の口の端が、上がっている事に。

 

 

『ツバキさん、先ほど慶次さんは“計画の障害と成り得る”と仰いましたよね?』

『それなのに戦わせるのは、軽率を超えて愚かではありませんか?』

「そもそも、慶次が計画の障害になる理由が分からないのよ。確証がない事由で、慶次を遊ばせておく余裕はないの」

『敵は二回も慶次さんの命を狙っているのを、お忘れでしょうか?』

「命を狙われているからこそ、戦うべきでしょ」

『いいえ、現在、見逃している所から判断すると、慶次さんは敵からしたら“大した障害ではない”と評価されていると考えるのが妥当です』

『しかし、機があれば殺しに掛かっています。おそらく、計画の障害になるのは事実なのではないのでしょうか』

「……確かに、それなら『弐得の巻き手』の不可解な行動も、一応筋は通るわね」

 

 

 理路整然とした推測に椿が頷く。一度見聞きしただけで、ここまで推察できるとは、椿も慶次も改めて美代の頭脳に驚嘆する。

 だが美代が、女の子が浮かべちゃいけない口の歪め方をしたのだ。おそらく今はまだ序論。

 椿もそれが分かっているのか、決して美代を遮る事無く、続きを待つ。

 

 

『以上の点をもちまして』

『①慶次さんが敵の計画を阻む可能性』

『②慶次さんの計算できない力』

『敵からすれば、①の方が嫌がられると思うのですが、それでもツバキさんは②に賭けるのでしょうか?』

「それは出来れば①がいいけど――」

『私にいい作戦があります』

「作戦……?」

 

 

 美代が目を輝かせて椿を遮る。彼女の様子から、その作戦とやらに承諾させるために、わざわざ議論に持ち込んだのだろう。

 一体どんな作戦なのか、椿と慶次は期待半分、あと半分は共闘撤回は恥ずかしいので大した作戦じゃない様に、という情けない祈りで、作戦発表を待つ。

 そして、美代はウキウキしながらスケッチブックを二人に見えるように掲げる。

 

 

『愛の逃避行作戦』

「……」

「……」

 

 

 慶次と椿の目が合う。どういう意味? いやいや、お前が話を聞いてみろよ、と目だけで語り合う。結局、二人とも目で会話しただけなので、部屋には嫌な沈黙が流れた。

 空気に耐えきれなくなった美代は、作戦名の書かれたページを破り捨て、音のない咳払いをした。

 

 

『皆さんの緊張も解けたようですし、作戦の詳細を説明しましょう』

「……慶次。結局、さっきのはどういう――」

「いいから聞き流せ! そ、それで作戦ってのは何だ?」

「~~~~」

 

 

 美代は首筋まで真っ赤にして俯く。恥ずかしがりながらも、否、恥ずかしかったからこそ素早く続きを書き始めた。

 

 

『慶次さんに堂森市外部から援助の要請をさせます』

「外部? ……って、俺に逃げろって事か!?」

「っ! あんた、それをどこで――!」

 

 

 慶次がその提言に噛み付こうとすると、椿が珍しく慌てた感じで美代に詰め寄った。

 美代はまだちょっと赤い耳で冷静に書き返す。

 

 

『現代社会で情報は命です。あなた方にも当然、情報を取り扱うための互助会のようなものが存在するのではないのですか?』

「確かに、外界宿(アウトロー)っていう組織はあるけど、あんたがどうして知ってるのよ!? 本当に何者なの!?」

「そこも流せ。一々考え出したら、心が持たなくなるぞ」

「…………」

 

 

 美代のほとんど推測の提言が的中しており、相変わらずの明晰な頭脳に慶次は呆れを含んだ注意を椿に告げる。

 慶次の言葉が不服だったのか、美代はやや唇を尖らせて説明を続ける。

 

 

『慶次さんが計画の障害になり得る。まずは、これが不可解だという事をしっかり理解して下さい』

「……?」

 

 

 何が不可解か分からない慶次に、椿が長いため息を吐く。

 

 

「考えてみて。“燐子”を何十匹も抱える『弐得の巻き手』は、私じゃなくてあんたを“計画の障害になり得る”って言ったのよ? “燐子”を一撃で倒せる私じゃなくて、一匹倒すだけで命がけなあんたを」

「……マジ、意味わかんないんですけど」

「うん、私もそう。でも、そっか……だったら、慶次は外部に行かせた方が――」

「椿?」

「っ、何でもない。続きお願い」

 

 

 一時、思慮に耽った椿は、何やら納得顔で続きを促す。

 慶次はとんと思い当たるものがないが、それも美代の説明を最後まで聞けば分かる、と判断して再びスケッチブックに目を向けた。

 

 

『これが異常に不可解だと理解できたところで質問です。果たして、敵を倒しただけで“計画”は崩れるのでしょうか?』

「その程度で崩れる計画なら、真っ先に私を狙っているわね」

『その通りです。だからこそ、今、一番大切なのは、敵を倒す事ではなく惨劇を止める事』

『そして、惨劇の根源が敵の言う“計画”であるのならば、計画の阻止を第一目的に動かなければなりなりません』

『となると、私たちが優先して行わなければならないのは、計画の調査でしょう』

『しかし、私たち三名では明らかに人材不足。でも、足りないと分かっているならば、足せばいい』

「だから慶次は、活躍できるか分からない戦闘じゃなくて、確実に遂行できるメッセンジャーとして使え、と」

 

 

 美代はコクリと力強く頷く。

 

 

『調査が終わった時には、慶次さんは計画の障害に“なり得る”から、本物の障害に“成る”』

「その間、私は計画が露呈するまで足止めをする、と」

『不服でしょうか?』

「ううん、感心してるのよ。どうせ私は集団戦に向いてないから、戦いに専念できるのは願ったり叶ったりよ。それに、有り得ないけど、仮に負けたとしても慶次はすでに堂森市の外って事でしょ? 私がしくじっても、慶次という切り札は外界宿(アウトロー)に確実に渡る。悪くないんじゃない?」

 

 

 そこまで言うと、椿は黒寂びた瞳に強い炎を宿して好戦的に笑う。

 正直、慶次は堂森市の外部に行く、という点にやや後ろめたいものを感じる。が、美代の言う事は理路整然としており、反論の個所が見当たらないし、何より椿がかなりの乗り気だ。

 

 

「おい、椿。この作戦に乗るのか? まあ俺は……あまり乗り気じゃなけど、他に何も思いつかねえ」

「そうね……それじゃあ、幾つか質問」

 

 

 椿は声に期待を乗せ、美代に尋ねる。

 

 

「まず、この積雪と地震で交通網が遮断された堂森市から、どうやって脱出するの?」

『私の家に登山道具がありますし、何よりそのバットがあります。私のナビゲートを加えれば、確実に堂森市からの脱出できるでしょう』

「“燐子”対策は?」

『化け物に襲われた終わりです。ここは事前に外部への連絡隊を結成して、撹乱させておきましょう。新発田家と前田家の名前を使えば楽勝です。あと、私と慶次さんが出立するのは、私たち以外には秘密にしたらどうでしょうか?』

「囮じゃねぇか!?」

「ふうん」

「ふうん、って、お前……」

 

 

 あからさまに外道な提案に慶次は突っ込むが、椿は対照的に楽しそうな声を上げる。作戦に対する評価だけではなく、そこには純粋に美代という人への称賛も含まれていた。慶次が命を懸けてようやく得たものを、こうも簡単に得る……ここまでされると、嫉妬よりも先に感心してしまう。

 ここで椿は、今ではすっかり普通のペンダントっぽくなったアラストールに視線を向ける。

 

 

「アラストール、どう思う?」

「適材適所、上手く配置された作戦だ。我に異論はない」

 

 

 椿はアラストールから簡単に承諾を得ると、不敵な笑みを浮かべ、

 

 

「分かった。その作戦、乗ったげる」

「……ま、そうなるよな。んじゃ、俺も腹括って、お前に賭けるか」

「――っ!」

 

 

 美代の、おそらく短時間に練り上げたであろう作戦に、全員が承諾した。美代は思わず右拳を強く握って、小さくガッツポーズを取る。

 慶次は彼女の可愛らしい姿に頬を緩めていると、ベッドから飛び降りた椿が真っすぐ慶次へと向かっていった。

 

 

「ほら、ぐずぐずしないで。そうと決まったら、早速準備よ」

「了解了解……と、その前に、少しいいか?」

「何?」

 

 

 慶次を促す椿。素早い準備の大切さは分かるが、慶次はその前にどうしても言いたい事があった。

 

 

「お前も論破された」

「っ!?」

 

 

 椿がそれを今掘り返す!? と、目を丸めて慶次を見る。

 だが、慶次はそんなの構わない。根が小心者だからこそ、仕返しできるうちに仕返しする。

 

 

「説得する? 説得されてんじゃん。というか、一緒に戦うのはどうしたのさ?」

「う、うるさいうるさいうるさい! これは説得されたとかじゃなくて、効果的な作戦に変更しただけで、あんたみたいなボロクソに叩きのめされたのとは違うの!!」

「へへへ。ナカーマ」

「あ、あんたと一緒にしないで!」

「ナカーマ」

「――こ、の! ニヤニヤすんな!!」

「いっ!?」

 

 

 椿が慶次の減らず口とイヤラシイ笑顔を止めるために、両の頬を思いっきり引っ張る。ある程度、手加減されているとはいえ、フレイムヘイズの怪力は強い。滅茶苦茶痛い。

 だが、慶次にも意味不明な意地がある。なぜか引きはがすなどの抵抗は全くせず、体操座りをしながら『仲間』と。それだけを言う。

 ちなみに、美代は超高速筆談が祟ったのか、現在、ガッツポーズが留めになって右腕が攣っている真っ最中でそれどころではない。

 

 

「ニャ、ニャ……ガマ……」

「何でこういう時だけ頑張るのよ……!?」

 

 

 病室の隅で体操座りをする男子高校生。

 その男子高校生の両頬を引っ張る外見小学生。

 そして、右腕を抱えて静かにベッドで悶絶する美少女。

 重い空気を吹き飛ばし、確かな一歩を踏み出そうとしていた若人たちが、いつの間にかおかしな事になっていた。

 これを見て、アラストールが一言。

 

 

「どうしてこうなった」

 

 

 ――アラストールの呟きは、来訪者による小さなノックで掻き消された。




無双(無双するとは言っていない)



アラストールに酷い仕打ちをしていると思ったあなたへ。
プロットの段階では、もっと酷かったです!
さらに言えば、今話に限れば全員もっと酷かったです!(おい
ですので、どうか寛容な気持ちで、ここは一つよろしくお願、。・゚・(Д゚(○=(゚ω゚=)

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