(仮)第501統合戦闘航空団専属家政婦エミヤシロウ   作:にんにく大明神

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久しぶりなのにちょっと短めになってしまったです。


I'm standing in the moon light.
夜の中


 

 

 

Sanya V.Litvyak

 

 

 

 

「それじゃ絶対にすぐ迎えに来ます! 本当です!

 だから少し待ってて下さい!!」

 

「ああ、頼む」

 

「エイラをお願いね芳佳ちゃん」

 

 そう言って芳佳ちゃんは私達の言葉を最後まで聞かずに背を向ける。気を失っているエイラを担いでいるというのに物凄いスピードで夜の空に消えて行った。

 私とエミヤさんは二人で吹き付ける雨に打たれながらそれを見送った。

 どことも知れぬ孤島の浜辺、月どころか星も見えない暗闇の中。体力も限界で膝もさっきからガクガク震えて、情けないことに私は今にも地面にへたり込んでしまいそうだ。

 でも、こんな状況でもどこか心細さが無いのはなんでなんだろう。

 

「とりあえず木の陰にでも入ったらどうかね?

 このままでは風邪を引いてしまう」

 

「はい」

 

 気を取り直したといったようにこちらに向かってそんなことをいうエミヤさん。

 正直すでにこれでもかというくらい雨に濡れているのであまり意味もない気がするが、それでもやはり寒いものは寒かった。

 浜辺を離れて手近な木の根元に入る。次いで入ってくるエミヤさんの顔を見上げてふと思った。

 彼は今何を考えているんだろうか。

 いつものような仏頂面を浮かべている彼だったが、雨に濡れて前髪が降りてきている表情はいつもより少し幼く見えた。

 

「私の顔がどうしかしたか?」

 

「い、いえ。……なんでもありません」

 

 視線を真っ直ぐ合わせられて思わず下に目を逸らすと、同時に視界に断線した自分のストッキングが見えた。ところどころ肌が見えていて正直自分でもかなり痛々しい姿だと思うが、かといってわざわざ脱ぐ気も起きなかった。

 

「雨、いつになったら止むんでしょう?」

 

 浜辺に転がった片足分のストライカーをぼんやりと見つめながらエミヤさんに尋ねる。   

 別にそんなことが知りたいと思ったわけでもなかったのに、なんでだろう。もしかしたらこんな時でも冷静さを見せる彼の言葉を聞くことで、少しでも現実から目を背けようとしたのかもしれない。

 

「さてね。私は天気について詳しいことなど分からんが、雲の流れも速いし案外朝になれば晴れていたりするかもな」

 

 言われて空を見上げる。暗くてはっきりとは分からないが、確かに上空では雲が視認できるほどの速さで流されているようだった。

 それを見て先程飛んで行った芳佳ちゃんは大丈夫だろうかと心配になる。きっと雲の上を飛行しているんだろうと思うけど、あの雲の速さからして結構風は強そうだ。

 エイラが早く目を覚まして一緒に飛んであげられていればいいんだけど……。

 

「心配するな。新人とは言っても、芳佳の魔力容量はもともとそれなりのものがあった。それに、美緒の訓練にもしっかり着いて行っているようだからな。ちょっとやそっとのことでは大事には至らないだろう」

 

「……はい、そうだといいんですけど」

 

「それはそうと、少し眠ったほうがいい。

 戦闘の疲労もあるだろうし、何より起きていたところでそうできることは無いからな。今のうちに眠っておくのが得策だろう」

 

 そう言うエミヤさんは、遥か海の彼方を見つめたまま休もうとしない。彼の人間離れした視力は何かを視界に捉えているのだろうか?

 しかし、そんな小さな疑問はすぐにどうでも良くなる。彼の言うとおりで、私は本当にくたくただったのだ。

 その場に腰を下ろしてゆっくり目を閉じる。瞼の裏には気を失ったエイラの姿が浮かんできた。

 それで緊張が途切れたのか、絶え間ない降雨の音すら子守唄のように私はすぐに泥のような眠りに落ちたのだった。

 

 ――――なんでこんなことになってしまったんだろう?

 

 

 

 

 

archer

 

 

 

 

 

「サーニャ、位置を逐次報告してくれ。迎撃する」

 

 インカムを通して遥か雲海の先に小さく見える少女に語りかける。

 雲の中にいるのか、私の視界には敵影を捉えられていなかったので、私は索敵をサーニャのリヒテンシュタイン式魔導針に頼り切るしかない。

 

『はい、敵はシリウスの方角から輸送機に向かって直進しています。速度約100ノット、このままならおよそ一分十五秒後に衝突。輸送機との相対高度は――』

 

「いや、それはいい。三十秒後に第一射を放つ。合わせてくれ」

 

『了解』

 

 彼女との連携も慣れたものだった。

 なんだかんだと言って一番共闘する機会も多く、今となっては星を使って報告する彼女のやり方も分かりやすく感じてきてしまっている。

 その時、遠雷のような轟音と共に遠くの雲に大きく穴が穿たれた。現在位置を知らせてくれたらしく、数十秒後の敵の姿のイメーじがより確かなものに変わる。

 

『今の砲撃による敵の進路変更はありません』

 

「ああ」

 

 十秒後のリリースに向けて洋弓を一気に引き絞る。今の私は射において最悪と言っていい条件だが、この程度なら生前もこなしたこともあるし中る自信はあった。

 輸送機の左翼と機体の間に右足をひっかけ、左足で装甲に刺した黒鍵に体重をかけて体勢を整える。外側広筋と体幹を意識して風圧による姿勢のブレを補正する。

 そしてそのまま宣言通りの時刻で矢を放った。

 背後から聞こえてくるエンジン音の中に紛れて甲高い風切り音が空を裂く。イメージの中でネウロイが被弾した瞬間矢を元の魔力に返還すると、壊れた幻想とまではいかないものの周囲の雲が吹き飛ばされた。雲の切れ間に黒い機体を認めた一瞬、轟音と共に再び雲海に大きな陥穽が現れる。

 示し合せた通りにサーニャのフリーガーハマーは火を噴いてくれたらしい。

 

「どうだ?」

 

『……敵機沈黙しました』

 

 インカム越しに彼女の乱れた息遣いが聞こえる。彼女のような細身で大火力兵器の反動を押さえるのは、たとえ魔力で身体強化をしていても辛いものがあるのだろう。

 状況終了の知らせを受けてこちらも体の緊張を解いて嘆息する。まったく、仕方ないとは言えこの戦闘参加方法はいくらなんでも無理があるだろう。 

 

「そうか。

 今のはいいタイミングだった」

 

『ありがとうございます』

 

 彼女は相変わらず淡々と必要事項しか述べない。当初は余程嫌われたものと感じていたが、どうやらそれが素であるらしい。

 慎重に機体を乗り越え右翼に移る。口を開く前に扉が開いた。

 

「ご苦労様でした。その様子なら大丈夫だったみたいね。

 良かった」

 

 言葉とは裏腹に、さして心配していなかったという調子でミーナが私を迎え入れる。

 

「サーニャさんも今日はもう帰投して大丈夫よ。お疲れ様」

 

『はい、了解しました』

 

 

 さまざまな問題が発覚した本部基地からの帰路、私達は偶然ネウロイと遭遇することとなった。

 いや、正確には遭遇したというよりは遭遇しているという連絡を夜間哨戒中のサーニャから受けたのだ。どうにも彼女は私達が乗っている輸送機を誘導しようと近くまで来ていたらしく、特に言葉も無く一人で応戦を始める。

 しかしサーニャのフリーガーハマのような大火力兵器は、高速で動く対象に対しては非常に扱い辛い。攻撃をしない代わりに進路を変える様子もない敵にサーニャは苦戦しているようだった。もう一人サポートに入るのが理想的だったが、本部には報告をしに行っただけなので当然ミーナ達がストライカーを持っているはずもなかった。

 どうしようもないと口々に言う彼女達の目は、示し合せたように私の顔という一点のみを注視していた。そんな経緯から、非常に不本意ではあったが、私はあのような曲芸まがいの狙撃をしたのであった。

 

「それにしても、エミヤもサーニャもいつの間にそんなスムーズに連携を取れるようになったんだ? 今見ていた限りでは相当手慣れているように見えたんだが……」

 

「あ、それ私も思いました。なんていうか、呼吸が合っていましたよね」

 

 感心した、といった顔をして美緒と芳佳がこちらに興味深げにこちらを見てくる。応対するのが億劫に感じた私は、一言気のせいじゃないかとだけ言って椅子の端の方に腰かける。

 私としては、これ以上話すことは無いというサインのつもりだったのだが、二人はしばらくそのことで私を質問攻めにした。

 

 

 私は芳佳に伝言を頼んだ人物の容姿を聞いて、真っ先にアヴェンジャーを連想した。全身刺青、上裸、黒髪、赤い布。こんなファンキーな服装の人間はそうそういるはずもないからだ。

 本当にアヴェンジャーがいるのなら彼にはいろいろ聞かねばならないことがある。そう思った私は、その場にいたミーナ達に断ってからアヴェンジャーを探し回った。

 最終的には基地内をあらかた調べ尽くし、その捜査範囲を周辺市街地にまで広げたが、ついに見つかることは無かった。気付けば時間も夕方になってしまっており、ようやく本部基地に戻ってきたときには、普段の調子を取り戻していたミーナが激しくお冠であった。

 しかし私は彼女の叱責を受けている途中、あることに気が付いて首を傾げることになる。

 そう、そもそも私は本部でサーヴァントの気配を感じていないのだ。

 人であって人でない超越者の圧迫感。いくらアヴェンジャーが弱小な英霊であったとしても、その存在感は同じ建物にいればサーヴァントである私が気付かない筈がない。

 芳佳が嘘をついていた、という可能性もあるが、それも正直現実的ではない。想像だけでアヴェンジャーの容姿を言い当てるなど不可能に近いし、なによりそんなことをする理由が無いからだ。

 そこまで考え至って、私は新たな疑問を発見することになる。それは本来一番理解しているはずの自身のことであった。

 何故私は一番最初にサーヴァントの気配を探ろうとしなかったのか。探し回ったとて相手が霊体化していたのであれば姿を見ることはかなわないのだから、結局は気配を探るしか方法は無いにもかかわらず、何故私はわざわざ自分の足で走り回るという極めて非効率的な行動をしてしまったのか。

 正直な話、その時はそうするより他は無い、という考えが意味もなく根底にあった。

 長い間聖杯戦争などと言う単語から離れた生活をしていたせいで、考えが至らなかった。と言えば一見筋が通っているようにも見えるが、私の直感はこの疑問の答えがそのまま現在直面しているさまざまな問題の解に当てはまるような気がしてならなかった。

 

 

 

 

 

 

「ミーナ、私を召喚したときに使ったという本を見せてもらえないか?」

 

 翌日の昼。一通り家事を済ませた私はミーナのいる指令室を訪れていた。

 要件は口にした通りで、ルッキーニが拾ってきたという、今回の事のおおよそ発端とも言える書物を調べるためだ。

 

「……構いませんけど、どうしてまた急に?」

 

「いやなに、なんだかんだと言って今まで確認していなかったからな。昨日のこともあるし、良い機会だからと思い立っただけだ」

 

 昨日のこと、という私の言葉にミーナの顔が一瞬こわばった。

 しかしそれも無理はないだろう。まだ確証は得られていないとはいえ、一時的にでも自分の行動が操作されていたかもしれないのだ。誰だって薄気味悪く感じる。

 

「あの本は昨日も一通り読み直したんですけど、特にたいしたことは……、でもそうね。確かにエミヤさんなら私達より多くのことが分かるでしょう」

 

 少し戸惑いながらもミーナはカーキ色の軍服のポケットからキーケースを取り出す。その中の小さな鍵を使って、執務室の椅子に座ったままデスクの引き出しの鍵を解錠した。

 ミーナは特に探す様子も見せずに、その中から一冊の本を取り出してこちらに手渡してきた。

 えんじ色のハードカバーはところどころ擦り切れていて、ページは日焼けし茶色く経年劣化している。私はその古書に似たものを見たことがあった。

 

「……偽臣の書、か?」

 

「心当たりがおありなんですか!?」

 

 私の漏らした言葉にミーナが身を乗り出して尋ねてくる。しかし彼女には悪いが、私も確信を持てたわけではなかったので首を振って否定を示した。

 

「すまないがまだ断言することは出来ない。

 少し調べたいんだが、借りて行っても構わないかな?」

 

「え、ええ。どうぞお好きなように」

 

 少しがっかりした様子を見せながらもミーナは快諾してくれた。

 軽く礼を言って指令室を後にする。扉を閉める瞬間、

 

「何か分かったら教えてください」

 

 というどこか疲れた様子のミーナの声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 偽臣の書、というものを見たのはいつだったろうか。

 その単語が意味するところは確かに理解できている。しかし、いったい私はなぜその存在を知っているのか。

 もしかしたら件の四日間の間でどこかで目にしたのかもしれない。あの何でも起こり得て、そして何も起こりはしない四日間ならばそんな機会があったとしても驚くべきことではないだろう。

 いや、あるいは生前参加した聖杯戦争中関わることがあったのかもしれない。

 どちらも今となっては確かめようもないことだが、それでも私がこの古書についての知識を有していることは確かだった。

 

 試しにページを開いてみると、そこにはおよそ文字と呼べるものは存在しなかった。まったくの白紙である。

 彼女達の話すところによると、この本に記されていた魔法陣と呪文によって私を召喚したらしいが、どうやらそれも記憶違いであるということなのだろう。

 見ればうっすら認識阻害の魔術がかかっている。ミーナは昨日改めてコレを確認したと言っていたが、それもこの魔術の前に記憶を適当に自己補完してしまった可能性が高い。

 

 小一時間眺めた結論から言えば、この古書は聖杯戦争において偽臣の書と呼ばれていたものに限りなく近いものだろうと私は思う。

 マスター権の一時的な委譲を意味する令呪の一つの形態。聖杯戦争においては、戦うことを拒否した間桐桜が間桐慎二に自らのサーヴァントライダーを与えるという形で存在していた。

 コレが偽臣の書であると断言しないのは、ひとえに私の知識不足というより他ない。

 今まであやふやにしか感じ取れなかったマスターとのリンクも、この本を手に取ってからははっきりとこの本に対して感じている点や、本の外観から私は偽臣の書と考えた。

 しかしそう断ずるにはおかしな点も多いのだ。

 手に取るまで認知出来ないなど、この本の存在意義を揺るがすような問題と言っても過言では無いように感じるし、この本を手にしている彼女達が本の意味も分からず手にしているというのも変だ。

 普通こういった契約に関する魔術はどのような形であれ相互の了解が必要な筈なのだから。

 いや、本当はそう言ったおかしな点もこの本本来の性能なのかもしれないし、なによりその真偽すら分からないのだ。

 そういった諸事情からして、私はこの本が偽臣の書と断定することが出来ない

 

 しかし、私がこの本を手に取ってからいろいろとはっきりしたことがある。

 

 まずマスターの問題。

 長い間マスターが誰か分かっていなかった私だが、現在この本を通した誰かにリンクを感じている。その誰かが誰なのかは分からないのが問題だが、状況は進展したと言えるので今はこれ以上深く考える必要はないだろう。

 ならば、この基地のウィッチ達は私に関係ないのかと一瞬考えてしまうが、そういう訳でもないらしい。

 リンクの先がはっきりしたことで私に提供される魔力の元がはっきりしたのだが、それが彼女()なのだ。特定の一人というわけではなく、計11人のウィッチ達全員から分割して流れてきている。

 マスター権と魔力提供を別の人物に割り当てる、などということが可能なのか私には判断が付かないが、現状そうなっているのだから可能なのだろう。

 

 芳佳からの提供量が他より大きいのが気になるところだが、そこを除けば随分と私達の関係はすっきりしたと思う。

 背後にいる人物が何者なのかというのは確かに気になるところではあるが、それについても大体のあたりはついた。

 

 この新しい発見を、新たな頭痛の種を与えないようにある程度はぐらかして、今度ミーナに伝えておくことにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それ、本当にネウロイだったんですの?」

 

 どこか辛辣な様子でペリーヌがサーニャに問いを投げかけた。

 ペリーヌとしは別に責めたてているつもりではないのだろうが、どこか厳しい視線にサーニャは萎縮してしまう。

 グランドピアノの前で小さくなってしまったサーニャを、そんなペリーヌの視線から覆い隠すようにエイラが仁王立ちする。そのまま威嚇するように舌を出して見せた。

 

「な、なんて下品な!」

 

「へーんだ」

 

「二人ともそこまでにしなさい」

 

 ミーナが仲裁に入ると睨み合っていた二人はそっぽを向いた。

 それでちょうどペリーヌと目があってしまう。案の定彼女の憤慨の矛先がこちらに向いてきた。

 

「だ、だいたいなんでエミヤさんがここにいるんですの!?」

 

 彼女が何を言いたいかは分かっていたが、あえて分からないといった様子で返答した。

 

「何か問題があるかな?」

 

「んなっ! い、言いたいことも何も、……。わ、分かって言っているんでしょう!」

 

「いや、分からんな。……ああ、君がその少しおませなネグリジェを着ていることなら、なに、恥ずかしがることは無い。

 私も大人だからな。そのようなことはいちいち気にしたりせんよ」

 

 徐々に紅潮していくペリーヌの顔を眺めながら、私はとどめを刺した。

 

「……それとも、気にしてほしいのかな?」

 

「きぃぃーーー!

 レディに恥をかかせるなんて! 最低ですわ!」

 

 髪を逆立ててこちらに食って掛かってきそうな様子のペリーヌを見て、少しからかい過ぎたかとも思った。もしかしたら最近皆が言うように、私は本当にストレスが溜まっていたのかもしれない。

 元のレールに戻る前に再び脱線した私達に、いよいよミーナが怒りの声を発した。

 

「おほん!! い・い・か・し・ら?

 話を戻したいのですが」

 

 笑顔のまま額に青筋を浮かべるミーナに、ペリーヌも冷や汗を浮かべながらようやく引き下がった。   

 

 

 現在501基地のウィッチ全員が二階の談話室に集合している。昨日私とサーニャが遭遇したネウロイについてある問題が浮上したため、ミーナの呼びかけで急遽集合することになったのだ。

 しかし、呼び出された時間が就寝時刻直前ということもあって、彼女達の多くは寝巻の姿のままやってきた。そのうちの何人かは普段から下着で寝ているらしく、そのまま下着で廊下をふらふら歩いて来た。

 本当ならペリーヌのような反応が適切なのだとは私も思うのだが、ペリーヌを除いた下着組はみな私の姿を見ても平然としていた。

 わーきゃー騒がれるよりは私も楽でいいのだが、やはりこの世界の女性は少し羞恥心というものが足りないとも改めて思った。

 

 事の発端は、昨日の報告書をサーニャと提出しようとしている時に私が口にした一つの疑問だった。

 あのネウロイはどこからやってきたのだろうか、

 指令室のデスクに広がっている欧州の地図を見て私はふとそう思ったのだ。

 サーニャが言うには輸送機に向かって直進してきたとのことだが、そのネウロイが来た方向には既存の巣は無い。いや、それどころかそもそも陸地が無い。

 どういうわけか水を越えることを嫌うネウロイが洋上に巣を構えた前例はないというし、考えられるとしたら北極海の氷の上だが、その可能性も低いだろう。ネウロイに意思というものがあるのか正直甚だ疑問ではあるが、彼らとてそのような場所に巣を作ることに利点は無いはずだ。

 

 そんな訳で集められたウィッチ達だが、ペリーヌはそもそも私達の見間違いではないかという疑問を呈した。確かに敵機はずっと雲の中を潜航していて、その動向を正確に把握出来ていたのはサーニャだけだ。私も雲の切れ間に一瞬目にしたと思ったが、戦場の緊張感において誤認などはよくある話である。私もそのようなミスを犯すほどやわな経験は積んでいないと言いたいところだが、起こりうる可能性の排除は戦場において死にもつながるため、ペリーヌの意見もきちんと吟味するべきなのは確かなことだった。

 

「とにかく、だ。エミヤとサーニャの言うことが本当ならば、私達の知らない敵の巣があるということだ。それを放置するのはどちらにせよ良くないことだと私は思うのだが」

 

 ずれてしまった話題をバルクホルンが軌道修正した。その意見に、ソファに寝転がっていたエーリカが賛同する。

 

「どちらにせよ、今まで以上に気を遣うのは悪くないと思うなー」

 

「そうだな……。前も言ったが奴らの成長は予測がつかない。どんな新種がいるかも分からないのだからな。

 そこで思ったのだが、どうだろう。夜間哨戒のシフトを増やして警戒を強めるのは。

 最近サーニャの夜間撃墜数も伸びてきているし、彼女なら一人でも大丈夫かもしれんが、万が一ということもある」

 

 美緒がそんな提案をしたことで、話題はサーニャの同伴を誰にするかという方向に変わって行った。

 しかし、意外なことに真っ先に立候補するであろうと思われたエイラは、特にそんな様子もなく流れを見守っていた。

 

「あ、ルッキーニは無理だぞ。今だってほら」

 

 シャーリーが唐突に声をあげる。

 彼女の言うとおり、ルッキーニは眠気に耐えられずすでにシャーリーに寄り掛かるように眠っていた。

 軍としては咎められるべきことなのだろうが、今さらルッキーニを責めたてるような狭量な彼女達ではない。ペリーヌやバルクホルンでさえ仕方ない、と言った表情を浮かべて見せた。

 

 一つ思い立って、私は他の推薦や立候補が出る前にある提案をして見せた。

 

「……芳佳はどうだろう?」

 

「え、わ、私!?」

 

 うつらうつらと船を漕ごうとしていた芳佳が素頓狂な声をあげる。

 完全に油断をしていたらしい芳佳をかばうようにリーネが反論した。

 

「無理ですエミヤさん! 今だって芳佳ちゃん半分寝てたんですよ!!

 こんな状態で飛んだら飛びながらでも寝ちゃいます!」

 

「リ、リーネちゃん何言ってるの!? 私起き、うん。起きてたよ!」

 

「……いいかもしれませんね」

 

 にわかに騒がしい雰囲気が流れ始めると、先程から流れを見守っていたミーナが賛同の声をあげた。

そしてそれに重ねるように美緒も大きく頷く。

 

「うむ、正直宮藤はまだまだだが、確かに戦力になる。いざとなれば治癒魔法もある。

 それに物は経験だ。案外ナイトウィッチの素養もあるかもしれんぞ。はっはっはっは!」

 

「で、でも!」

 

「待ってリーネちゃん。私やってみたい。

 ……サーニャちゃんとも仲良しになりたいし」

 

 最後に小さく付け足しながらも、芳佳はやりたいと言って見せた。

 それを見届けてミーナが話をまとめた。

 

「それじゃあ、宮藤さんには明日から夜間哨戒のシフトに加わってもらいます。他のみんなも例の海域にはいつも以上に気を配って頂戴」

 

「「「了解!」」」

 

 その気の抜けた服装とは対照的に、見事に唱和する彼女達(ウィッチーズ)を見て、改めてミーナの統率力に感服する。

 生前軍とは浅からぬ縁を持ったこともあったが、その経験と照らし合わせても彼女の能力の高さと人望は優れたものであることには疑いの余地が無いだろう。

 しかし、ミーナは未だにどこか怪訝そうな表情を浮かべている。周囲の人間も同じような顔をしてひそひそ囁き合っている。

 しばらくしてミーナは、意を決したとでも言うように口を開いた。

 

「……あの、エイラさん?」

 

「ん、なんダ?」

 

「あなたはいいの?」

 

「何がダ?」

 

 この場でミーナの言いたいことを理解していないのはエイラだけであった。誰もが何か悪いものでも食べたんじゃないかという心配の視線をエイラに向ける。

 おそらくミーナが聞かずとも、他の誰かが必ず聞いていたであろう質問。それは、

 

「夜間哨戒のシフトのことよ。サーニャさんと一緒の任務なのに、いいの? 参加しなくて?」

 

 そんなミーナの不審そうな目にエイラは笑って返答した。

 

「ハハハ、冗談よしてくれヨ中佐。

 ――――私は最初からカウント済みダロ?」

 

 静まり返る談話室。

 サーニャの重々しい溜め息を合図に、少女達はのそのそと各々の部屋に帰り始めた。

 

 

 




すごく中途半端に一区切り。
一話で予定していた展開を消化するには三話ほど必要と知って愕然とする私。
というわけで、九話十話も同じくくりの話になると思います。

せめて冒頭のシーンに繋げたかった……。

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